”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第十一話

 赤のバーサーカー、トラキアの剣闘士スパルタクス。

 彼の進撃は圧制者が世に一人でも有る限り止まることはなく、今もこうしてミレニア城塞にある黒のランサー(圧制者)を追い求めて走り続けていた。

 その進撃を食いとめるべくミレニア城塞より千界樹(ユグドミレニア)の命令を受けて出陣したのはホムンクルスと、そしてバーサーカーの巨躯をはるかに超える巨体の石の巨人(ゴーレム)

 通常であればその二種類の兵士の数はたった一騎の敵兵を相手にするにはあまりにも過剰な物量と言わざるを得ない代物だったが、その一騎が英霊(サーヴァント)であるというのであれば、たとえそれらの数が千でも万でも、全くの意味をなさない塵の山にしかならないだろう。

 

 バーサーカーの肩口にホムンクルスの斧槍(ハルバード)が食い込み、ゴーレムの拳が顔面に叩きつけられる。

 ホムンクルスはともかくとして、ゴーレムは下級のサーヴァントであれば同等に戦えるだけの性能を有しているにもかかわらず、バーサーカーの足を一瞬でも止めるには及ばない。

 拳によって隠れた顔には微笑みが絶えることはなく、あらゆる攻撃をその肉体で受け止めながらバーサーカーはひたすらに前進する。

 此度、バーサーカーの迎撃に出たゴーレム達は彼の肉体と同質のものを思わせる青銅製のもの。

 三メートル級のそれを苦もなく放り投げ、運悪く投げた場所にいたホムンクルス達を押しつぶす。

 

「哀れな圧制者の人形よ、せめて我が剣と拳で眠りなさい」

 

 別に仲間が潰されたからとて怯むような情緒をホムンクルスは持たない。

 だから、彼らが一瞬動きを止めてしまったのはそんなものではなく、きっと戸惑いと呼ばれる感情によるもの。

 法悦を抱くがごとき笑みを決して絶やさない彼を理解することができず、そんな感情にとらわれて動きを止めてしまったのだ。

 

 その瞬間に、なんとも珍しいことにバーサーカーが言葉を発する。

 

 狂化ランクが低いわけではない。むしろ彼の狂化ランクは評価規格外(EXランク)

 彼は会話は不可能なわけではないが、”最も困難な道を行く”ことに思考が固定されている。

 だからこそ、こうして黒の陣営が放った兵士たちの攻撃を全て受け止めているのだ。

 たとえそれが超圧縮された筋肉が生み出す天然物の鎧によって内部にまで届かないとしても、それでも自ら攻撃に向かって行くようなその行動は当たり前の感性を持つ存在であれば思わず目眩を覚えてしまうほどに理解不能な存在だった。

 彼は己の進路を塞ぐ全ての存在を打倒して、その先に存在する彼がいうところの『圧制者』の打倒をも目指して先に進んで行く。

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 知ってはいたけれどこうして見てみると、確かに訳がわからないバーサーカーだあれ。

 ぶっちゃけた話気持ち悪い。

 そんなバーサーカーを映し出すスクリーンがあるのは俺たちに与えられている家であり、そこには俺たち以外にも()()()()()()()()()()()()()()()がその光景を眺めている。

 

「私たちはここで見ていてもいいのだろうか……?」

 

「いいに決まってるだろ。……というか、今から戦場に向かってどうするんだ? 武器も何もないだろうに」

 

「それは……」

 

 戦場で潰されているホムンクルス、というのは別に冗談でもなんでもない。

 同型機のホムンクルスというわけではなく、彼らはあそこにいるホムンクルスそのもの。

 沙条愛歌という根源接続者の力を借りることで自分の身の丈以上の魔術の使用を可能にした結果、『ホムンクルス達の鏡像を現実に映し出す』という、魔術師の道理(等価交換)を知っていれば頭おかしいんじゃないかと言われるようなことを実行したのだ。

 そのため、戦場にいるホムンクルス達は左右逆転した状態で武器を持っているのだが、そもそもホムンクルス達の利き腕など魔術師でしかない彼らが知るはずもなく、彼らが偽物だということがバレるような事態には陥っていない。

 

「で、肝心のビーストはどこに行ったのやら……」

 

 彼ら彼女らを救出させたビーストは、こちらにホムンクルス達を転移させてからまたどこかに転移していった。

 転移魔術をポンポン使用するその姿に魔術師の道理を知っているホムンクルス達は驚いていたのだが、そんな姿にビーストが頓着するはずもない。

 俺が彼らを見捨てなかった、という事実だけが彼女にとっては必要なもので、それ以降彼らがどうなろうとビーストにとっては知ったことではないのだ。

 まあ、彼女が何をしていようとも俺にそれを止めることはできない。

 簡単にやられるような子ではないので、別に心配する必要もないだろう。

 そう思って、視線を彼女が礼装を作ったことで彼女無しでも戦場の映像を映し出せるようになったこの部屋からバーサーカーの猛進を眺めることにした。

 

 

 

 

 

 惨い有様だ、とバーサーカーのもたらした破壊の惨状を見た黒のアーチャーは呟いた。

 そして、この惨状から読み取れるバーサーカーの性質についての所感も述べる。

 サーヴァントならば有して当然の戦闘力とはいえ、これほどまでの惨状を()()()()()()()()のはなかなかの例外だと思われたから。

 

「あのバーサーカーは技術ではなく傲岸な力で敵を屠る怪物ですね。一切の術理を不要とし、ただ戦うために生まれ落ちたような英霊。バーサーカーとして狂化されたからああなったのではなく、バーサーカー以外に適応するクラスはないのかもしれません」

 

「ボクやアーチャーのこともあの拳で殺っちまうかな?」

 

「あの馬鹿げた力なら十分ありえるでしょうね。直撃だけは避けなさい」

 

 ヘーい、と気の抜けた返事をしたのは派手に着飾った中性的な少年、黒の陣営にてライダーのクラスで呼ばれたサーヴァント、アストルフォ。

 その手に握られたのは、イングランドの王の息子にしてシャルルマーニュ十二勇士たる彼に相応しい装飾華美な黄金の馬上槍(ランス)

 近づいてきていた音と振動が不意にたち消え、わずかばかりの静寂が森の中に満ちる。

 気配を断つ術を持たないバーサーカーはそこにいる、そのことはライダーにもわかる。

 先の警告を残したアーチャーはすでに弓兵(アーチャー)としての本来の居場所たる城壁の上に。

 この場にいるのは自分一人なのだ、と蒸発した理性で自らの危険を理解しながらも一歩踏み込んで。

 

「さあ、圧制者よ。その傲慢が潰え、強者の驕りが蹴散らされる時が来たぞ」

 

 アストルフォは理性が蒸発している騎士ではあるが、相手の戦力を測れないという訳ではない。

 自分ではこのバーサーカーの一撃を受ければ即死してもおかしくはないということも、逆にバーサーカーには彼の槍では致命傷を与えることはできない。

 所詮はただの馬上槍、強化魔術がある訳でもなく、因果逆転の呪いがある訳でもなく、あらゆるものを貫く伝承がある訳でもない。

 

「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我が名はシャルルマーニュが十二勇士の一人アストルフォ! いざ、尋常に──勝負!!」

 

 アストルフォが己を奮い立たせるようにして叫んだその言葉も、バーサーカーからすれば「己から真名を明かす」という傲慢にしか映らない。

 スパルタクスは羆の大きさで猪の突進を行うような、巨体にはあまりにも似合わない俊敏な動きから大上段の振り下ろしを繰り出した。

 

「ははははははははははははは!!」

 

「……ぃっ!?」

 

 アストルフォは躱した。確かに躱した。

 だが、それにもアストルフォの生死を分ける以外にはほとんど意味はなかった。

 なぜならその一撃は大地に大きな爪痕を刻み、巻き起こした衝撃だけでアストルフォをスパルタクスの射程から弾き飛ばすだけの威力を誇っていたから。

 

「あいたたた……ひどい一撃だこと」

 

 これは倒せないな、と確信する。

 先ほどまでは予想でしかなかったが、今となってはそれは確信に至った。

 アストルフォの火力ではきっと、バーサーカーのマスターからの支援も加われば一切のダメージを与えることは不可能だろう。

 彼も英霊となった存在であるがゆえに技もあるが、小手先のそれらが通用するなんて都合のいい未来を思い描くことすらできないほどにバーサーカーは強靭である。

 あるいは、ライダーのクラスのサーヴァントが誇る多彩な宝具であれば彼に通用するものがあるかもしれないが、それは大量に魔力を消費するためにそう簡単にポンポン使用するつもりはなかった。

 

 それでもライダーが下がらないのは、これがバーサーカーを倒す作戦ではなく、捕獲するための作戦だからだ。

 この作戦において彼以上の適任などいるはずもない。

 

「さあ、行くぞ……君の力を見せてやる! アルガリア!」

 

 先の振り下ろしで開いた距離を埋めるようにして、ライダーのクラスの本領たる騎乗を行わない状態ながらも電光石火の突進を行なってスパルタクスとの距離を詰める。

 突き出される馬上槍(アルガリア)をバーサーカーは歓喜の表情とともに受け止める。

 それこそがスパルタクスの在り方ゆえに、必ず敵の攻撃を受け止めてからそれに対しての反撃という形を行う。

 そこに例外はなく、アストルフォの一撃に対しても同じようにして反撃の小剣(グラディウス)を振り上げる。

 その、きっと誰もが思い描くであろう未来、バーサーカーにとっては何よりも歓喜すべき一瞬先の未来が訪れる。

 

 そのはず、だったのに。

 

触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)

 

 アストルフォが己の宝具の真名を叫ぶ。

 この戦場において致命的なまでの効果を持った、その宝具の真名を。

 効果に一番最初に気がついたのは、己が落下する感覚を抱いたバーサーカーだった。

 踏みしめていたはずの大地がなくなり、振り下ろすはずだった剣のことを一瞬忘却し、されどその表情から微笑みを絶やすことはなく。

 けれどこの宝具の効果に対する反逆までは彼には許されていなかった。

 

 この宝具は名の通り、触れた相手を転倒させる効果を抱いている。

 サーヴァントに使用すれば、相手の肉体に対して触れる──たとえそれが魔力で編み上げられた鎧であっても──ことによって『膝から下を強制的に霊体化させる』という効果として発揮される。

 相手の攻撃をとにかく体で受けるバーサーカーに対しては致命的なまでに相性のいい『触れただけで発動する宝具』が、このライダーの第一宝具だった。

 

「両足を失くした程度で、私は止められない」

 

「……いや全くその通り。だからこれから止めるのさ」

 

 それでもなお両腕で這って進もうとするバーサーカー。

 彼の思考に停止はない。

 そんな彼に対して黒のキャスターの作った重さ一トンを超えるゴーレムたちがのしかかろうとする。

 機動力を奪うまでがライダーの仕事であり、それ以降はゴーレム達の仕事。

 残った二本の腕を振り回すバーサーカーに頭蓋を砕かれながら、それでもなお動きを封じることが彼らに与えられた任務である。

 しかし、その任務も達成できそうにはない。

 砕かれるゴーレム達ではバーサーカーの動きを止めることはできず───

 

「ふむ、見事なものだ。卑下する必要はないぞ、キャスター。お前のゴーレムはよくやっている。あのバーサーカーが異常なだけだ」

 

 そんな彼の前に、黒のランサー(圧制者)が現れた。

 赤のバーサーカーの歓喜と憎しみ、その全てを向けられるべき対象が。

 

 その後のことは語るまでもない。

 ここは黒のランサーの領地、そのため彼の宝具は何も問題なく解放できる状態であり、『杭』がバーサーカーの肉に突き刺さり動きを封じた。

 キャスターがバーサーカーの暫定的なマスターとなるための儀式を行えば今日の目的となるバーサーカーの捕獲は終了だ。

 

「ここまでは普通に進んでるわね」

 

 その光景を、少し離れたところからビーストは見ていた。

 とあるビルの屋上で、異常なまでの強化が行われた視力を以て捉えた戦場では、バーサーカーがキャスターとの契約を結ばされた瞬間が見えている。

 そして同時に、赤のライダーとアーチャーを相手にしている黒のセイバー、バーサーカーの二名。

 さらにライダーが神性持ちでなくば攻撃が通らないという事実もあるために後方から援護するアーチャー。

 

「黒のサーヴァントとお見受けする」

 

 それの観察を邪魔したのは、そんな声。

 振り向いたビーストの瞳に映ったのは一人の青年。

 無造作に伸ばされた白い髪、鋭さを纏った眼光、そして何よりも体と一体化したかのような黄金の鎧。

 

「赤のランサー、カルナね」

 

「ほう、真名まで知っていたか」

 

「なぜ、と問うのは無粋よね。これは聖杯大戦だもの」

 

 言の葉を紡ぎながら、少女はすでに転移でランサーから離れている。

 本気を出すつもりだからか、隠蔽魔術の一部を解除して胸元の令呪の紋様と同じ形状の翼と角を出現させている。

 無論、真名については隠していて、されどカルナを相手にしては『貧者の見識』によって暴かれる。

 よってこれは、天草四郎時貞に真名を掴ませないためだけの使用だった。

 そしてそれと同時に彼女が持つ聖杯からこんこんと泥が溢れ出る。

 

「始めようか、獣の冠を抱く者よ」

 

 赤のランサーも、日輪を背負ったがごとき威容にて周囲を覆い出す泥を焼き尽くす。

 この女はここで打ち果たさねばならぬと決意してのことだった。




鏡像を取り出す形で生存したホムンクルス君達。愛歌ちゃん様に回収された彼らの未来はどこだ!

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