”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第十三話

 視界いっぱいに広がるのは洞窟の中。

 その中心で妖精をおもわせる一人の少女がくるくると踊っていた。

 これは過去の映像だ、と気がついた。

 

「早く会いたい、早く会いたい、早く会いたい! 私のセイバー! 私の、私だけの王子様!」

 

 無邪気に踊る少女に恐ろしさを感じざるを得ないのに、その恐怖から漏れ出るはずの声も出ることはなく、ただ眺めているだけ。

 その事実が、これは夢なのだと気が付かせてくれた。

 幻想的な洞窟も、中心で踊っている見知ったはずの(見知らぬ)少女も、全てが過去の出来事なのだと。

 気がついた時には放り出されていた現実味のないこの楽園(地獄)を楽しもうとは、真幌の心が砕けでもしない限りは決してあり得ないだろう。

 なぜなら、その幻想を砕いてもあまりあるほどの呪詛がそこにはある。

 彼女が踊る洞窟の中心、そこに存在する聖杯から流れ落ちる汚泥とその下に存在するビースト……第六の獣の存在がこの幻想を地獄へと変貌させていた。

 

 見たことのない場所が汚れ、世界の滅びの中心となるはずのその光景。

 されど真幌の瞳が捉えているのはそんな存在ではなく、この中では最も小さき存在だけ。

 実際の戦闘能力や危険性はどれが一番上なのか、そんなことは真幌も知らない。

 だが、彼の人生の中で唯一その危険性を理解することができたのはその小さき少女だけ。

 故に、彼が捉えたのはその少女だけだった。

 

 ──まあ、当然だろうな。

 

 真幌が契約したビーストの過去は、彼だって知っている。

 知っているからこそ、これまであれほど恐れていたのだから。

 だが、この光景に納得を得たことで、先の言を翻すように”これは彼女の過去ではない”と判断した。

 より正確には、これは彼女が体験した過去ではない、と。

 

 なぜならば、依り代となった沙条愛歌には”セイバーとともに聖杯戦争に参戦した経験”などないのだから。

 それは、彼女の胸元に刺し貫かれた傷がないことと令呪が発現していないことから簡単にわかる。

 ならばこれは何かと言われれば、きっと彼女が『千里眼』で見た光景。

 彼女がいずれ出会うはずだった理想の王子様との未来を夢見て、そしてその果てに裏切りを得てなお何も変わることがなかった世界。

 恋に一直線で、いずれセイバーと結ばれることを無邪気に信じていた世界の彼女は彼にとっては恐ろしい存在と言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「運が良かったって言わざるを得ないのかな……」

 

 この世界の、セイバーと結ばれることを諦めてセイバー(理想の王子様)を作ることを決めたビーストと、セイバーと結ばれると信じて早く会いたいと叫んでいた彼女、どちらをサーヴァントとして召喚するのがマシかと言われれば間違いなく俺が召喚した方だろう。

 どう考えてもそうでなければセイバーを呼ぶための生贄か、あるいは彼女自身がマスターになるために令呪を奪われて瞬殺される終幕だった。

 

「ちょっと、真幌。あなた私の過去を夢で見たでしょ」

 

 だから、普段ならば回収したホムンクルスが起こしに来るというのに今日に限ってはビーストがやってきた時も、普段に比べて恐怖よりも安堵の方が大きかった。

 

「お前がサーヴァントで良かったわ……」

 

 本気で、心の底から安堵する。

 沙条愛歌ではなくビーストが己のサーヴァントであったことに。

 だが、どういうことだろうか。

 なぜかビーストが頬をわずかに赤らめているではないか。

 

「もう! そういうところはセイバーに似なくてもいいのよ」

 

「……!?」

 

 しかも、あり得ないことにセイバーに似なくてもいいとのこと。

 これは本当に俺の知るビーストなのだろうか。

 いや、普通に経路(パス)は目の前の少女につながっている。

 俺の中で”未だ彼女に見限られていない”と信じられる唯一確かなその契約は未だ途切れることはなく、されど少しだけ彼女の心拍数は上がっていることが伝わって来る。

 どちらかといえばドキドキとした、といった様子だろうか。

 ただ、ドキドキする要素はあるのか謎だ。

 なぜならば彼女ならば俺が言葉にしたことの意味を間違うことなどないだろうし、そんな彼女がドキドキするような言葉を口にしたような覚えはない。

 例えば、先ほどの言葉が純粋に彼女がサーヴァントであることを喜んでいるのならばまだしも、俺の場合はまだマシだったな、というような感情だ。

 彼女があんなことを言うような理由は決して存在しない。

 

 そこまで考えて、もしかしてと思い至る。

 昨日のカルナとの戦いで起きた何かが未だに尾を引いているのだろうか。

 何があったのか全く教えてもらえないので、俺には想像することしかできない。

 それでも、今の彼女は見かけ上はこれまで通りのために、きっと問題はないのだろう。

 彼女は根源接続者、ありとあらゆることを知ってしまっている彼女はきっと、こういう場合の立ち直り方だってきっと知っている。

 

 だから、これ以上心配することはしない。

 

「そういえば、カルナにはまだ真名はバレてないのか?」

 

「多分大丈夫だと思うわ。さすがに、ネロ・クラウディウスが真名でないことぐらいはバレてると思った方がいいでしょうけど」

 

 ああ、そういえば彼には虚飾が通用しないのだったか。

 ならば確かに、真名の偽装に関してはバレていてもおかしくはない。

 最悪の場合、彼女がマザーハーロットであることもバレているかもしれない。

 そうなれば詰みだ。おそらく黒赤のどちらの陣営もこちらを滅ぼすために全力を投じるだろう。

 彼女の持つ黄金の杯は大聖杯を穢すがために。

 

「でも」

 

「ええ、そんなことを気にしても仕方がないわ」

 

 言いたいことは理解されてしまっている。

 もうすでに起きた出来事、彼女の持つ力ならば改竄は可能なのだろうが、セイバーに殺された時ですらそれを行わなかった彼女がサーヴァントになったからといって急に行うとは思わない。

 ならば必要となるのはこれからのことについてであり、だが今日はそういうことを行う予定ではない。

 そろそろ、赤の陣営が空中庭園で攻め込んでくることはわかりきっている。

 そうなれば必ずしも彼女の真名がバレないとは限らないことも、それに伴って今の時間が最後の休息となるかもしれないということも。

 

 だから、今日の時間はデートに使われることになる、らしい。

 

 

 

 

 

「そういえば、今日みたいに何をするのか全く決めることなく真幌と出かけるのは初めてかしら?」

 

「ああ、そうだな。そもそも一緒に出かけること自体がそこまでなかったから。こうしてだらだらとするなんて初めてなんじゃないか?」

 

 無論、一日を一切の予定もなく時間を潰すなんてことはそう許されたことではない。

 今日に関しても、一応は”ピクニック”という名目である。

 いつものフリルドレスに身を包んだ、いつも通りのビーストのはずなのだが、どことなくいつもよりも人間味があるように感じるためか、これまでの幻想的なそれとは違う、ただの美しい少女然とした姿に声をかける命知らずも結構いたりする。

 そういう連中に対しては彼女が何かをしでかすよりも先に暗示を使用することでどこか別のところに向かわせる。

 これが例えば彼女の理想の王子様であれば、ただ共に歩くだけで敵わないと思わせることができるのだろうが、俺にそこまで求められても困る。

 それでも一応の満足はしてくれるようなので、この調子で進んでいけばいいのだろうが、それも叶わないようだ。

 

 サーヴァントの気配を感じた。

 

 もしかしたらライダーあたりが街中に出ているのかもしれない。

 だが、赤のサーヴァントがそこにいるかもしれない。

 そしてその可能性の中でも決して低くはないだろうサーヴァントが一騎存在することを俺は知っている。

 

 その相手に邂逅(謁見)しに行くかどうかと尋ねれば、それはそれで面白いんじゃないかとビーストは言葉にする。

 ……確かに、相手が赤のセイバーだった場合、獅子劫さんがいれば魔術協会の中で俺はどういう立ち位置になっているのかを聞いてみたくはある。

 負けるつもりは毛頭ないが、それでも全部が終わった後に戻る場所があるのかどうかということを魔術協会側から聞くことができるチャンスというのは手が出るほど欲しい。

 終わった後に帰ったら、自分も普通に敵だと思われて攻撃される可能性だってあるのだから。

 

 ビーストの許可も得られたことなのでそちらに向かってみれば、思った通りの姿があった。

 思わず獅子を幻視するほどの気品ある黄金の髪を後ろでまとめた、赤いジャケットを纏った少女。

 そしてそれに手を焼いているのだろう、まるで親が子供に向けるような視線を向けている、どこからどう見てもヤのつく自営業にしか見えない男のコンビ。

 

「あ? ……おい、マスター気をつけろ。こいつ、サーヴァントだ」

 

「マジか……ん? おい、お前もしかして坂月真幌じゃないのか? エルメロイ教室の」

 

「ええ、そうですよ獅子劫さん」

 

 その言葉に獅子劫界離が朗らかに笑う。

 どう考えても似合っていない。

 この強面で一体何人の人間を心停止に追い込んだのだろうか。

 魔術も複合すればそれぐらいは簡単にできそうな顔だと思った。

 

「とりあえず、お話ならどこか別のお店でするとしましょう?」

 

 そんな、どこか睨み合いのような状況に終止符を打ったのはビースト。

 こういう場合彼女の存在はありがたい。

 喧嘩っ早いセイバー、強面の死霊魔術師(ネクロマンサー)、ついでに俺。

 まともに話が進むとは思えないので、こういう普通の少女然とした彼女の存在は。

 

 

 

 

 

 入ったのはどこかのお店。

 オープンテラス形式のカフェだ。

 このトゥリファスを探せば結構な頻度で見つけることができるタイプのところであり、だからこそこの四人が一堂に会するこの珍事は周囲の注目を集めていると言わざるを得なかった。

 

「それで、何を聞きたいんですか?」

 

「いや、エルメロイⅡ世からはお前を連れ帰ってこいっていう依頼を受けてるんだわ。っていうわけで聖杯戦争から脱落してくんねーか?」

 

「あー、俺もやめられるならそれ以上のことはないんですけど……」

 

 とりあえず、今の俺は予想通り『ユグドミレニアに潜入していた魔術師』という立場にあるらしい。

 きっとエルメロイⅡ世はユグドミレニアの離反に先立って行動を起こした優秀な講師なのだという見られ方を上位の面々からはされているのだろう。

 無論、ユグドミレニアの諜報員が時計塔にいることを考えれば、一定以上の立場にある人物以外は知らないことだろうが。

 

「なんだ、戻れない理由でもあるのか?」

 

「ええ、まあ……」

 

 まず、時計塔の中にいるであろうユグドミレニアの諜報員が消えるかユグドミレニアが敗北しないことにはユグドミレニアの諜報員たちに命を狙われる生活がスタートすることになる。

 そのことを説明すればなるほどと納得してもらえる。

 そちらで受け入れる用意をしているとはいえ、彼らの手が未だ及んでいない範囲でこちらの命の危険があるのならそう簡単に向かうことはできない。

 

「それともう一つ……」

 

 横に座るビーストに視線を向ける。

 彼女を令呪で自害させることはほとんど不可能に近い。

 今の、俺が獅子劫(赤のマスター)と仲良くお喋りをしているという状況を彼女が隠蔽し、その上でなおモードレッドの剣が届くよりも先に彼女は転移をすることができる。

 俺の記憶が正しければ、彼女はサーヴァント反応に近づくと決めた時点で影の中に汚泥のサーヴァントを一騎用意している。

 

「やりたいこともあるんで」

 

 彼女が非人間から”妥協”を覚えたことで人間に近づいた。

 今この召喚をされている時だけが、沙条愛歌という人物を人間にしてあげられるのではないか、とそんな傲慢な考えも抱いてしまったのだ。

 死にたくない、という気持ちだけだったのに、彼女の過去を見て恐怖を覚えるのと同時に”あんなに思っていたのに振られることすらもなく刺し殺された”という憐憫も覚えてしまった。

 別に俺が理想の王子様になる必要はない。

 ただ、彼女が妥協を覚えて”理想の王子様を必ずしも追い求める必要はない”と思うようになってくれたら、それ以上に望むことは何もない。

 そこまでいけば、俺からもきっと目を離してくれるだろうから、その頃にはきっと俺も逃げられるようになっている。

 やりたいことというのは、大きな目的で言ってしまえば”沙条愛歌という少女から坂月真幌への興味を失わせる”こと。

 それに成功してしまえばきっと、俺は獅子劫に保護される形で時計塔に戻ることができるようになる。

 問題は、興味を失ったタイミングで殺されないかということだけで。

 その辺り、慎重にならざるを得ないのだが。




ちなみに黒のアサシンカーマはちょいちょい書き始めてたり……

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