”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第十四話

 ユグドミレニアは魔術協会の陣営、すなわち赤の陣営と呼ばれるそれが一体どこから攻め込んでくるのか、戦術を組み立てる上でそれをどうしても考えざるを得なかった。

 トゥリファスを抜けて攻め込んでくる、以前のバーサーカーのようにイデアル森林を越えてくる。

 現代の魔術師では不可能に近いが相手にサーヴァントがいることから飛行魔術を使用してくる可能性もそう低くはない。

 そして、獅子劫界離というフリーランスの魔術師は銃器を使用していたために機械についても詳しいのだろう。

 そのことを考えれば魔術協会という後ろ盾がある赤の陣営が魔術的な加工を施した戦闘機や飛行機を用意して攻め込むという、空からの襲撃も予想しないわけにはいかなかった。

 

 だがそれでも、領土ごと攻め込んでくるとはさすがに予想外のルートだった。

 

 ビーストの転移魔術によって連れてこられた真幌、そして連れてきたビーストだけはそれに対して驚きを見せてはいなかったがそのことに気がつく余裕などない。

 

「我が領土に醜悪な要塞で乗り込んできた挙句、あのような汚らわしい骸骨兵を撒き散らすとはな」

 

 外に出ている命知らずなマスターはすでにいない。

 いるのはサーヴァントだけ。

 そして、神代のサーヴァントであったとしても感嘆の息を漏らすほどの殺意を、全て不愉快さという形に変えて表現するヴラド三世。

 ここルーマニアは彼の領土であり、そこに侵入したという時点で赤の陣営は敵であり、侵略者であり、彼にとってはオスマントルコにも匹敵する蛮族。

 英霊としてのそれではない、ヴラド三世としての『鏖殺せねばならない』という義務感が満ちてくる。

 

 彼が周囲を見渡す。

 その場に、この陣営のサーヴァントが集結する。

 魔力で編まれた肉体が城壁の上に顕現する。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)黒のキャスター(アヴィケブロン)黒のセイバー(ジークフリート)黒のアーチャー(ケイローン)黒のライダー(アストルフォ)、そして彼らを束ねる黒のランサー(ヴラド三世)

 それを、少し離れたところから黒のビースト(マザーハーロット)が眺めていた。

 黒のランサーが各々に指示を出していく。

 

「アーチャー、お前はライダーとともにホムンクルスたちの指揮をとれ」

 

「ラジャー!」

 

「了解しました、ただし赤のライダーが出てきた場合には私でなくば抑えはできませんが……」

 

「構わぬ。指揮は最初の方だけでいい。どうせ混戦になるのだ。使い潰されるだけになるが、さすがにあの骸骨兵どもを城塞に近づけさせるわけにはいかんからな」

 

 ライダーの屈託のない笑顔は別に何も考えていないというわけではない。

 彼とてシャルルマーニュ十二勇士の一人、その程度の指揮は問題ないだろうとアーチャーは頷く。

 どうせ、途中からはサーヴァント同士の戦場にしかならないのだ。

 

「それからキャスター、お前はここで待機だ。赤のバーサーカーの枷を解くタイミングはお前に任せる」

 

 キャスターはゴーレムの制御以上に気をつけないといけないのがバーサーカーの制御だ。

 いいや、制御なんてできるような相手ではない。

 バーサーカーの代理マスターであるアヴィケブロンだが、このバーサーカーは自らの上位者に対しての反逆に思考を固定されているが故のバーサーカー。

 今のアヴィケブロンとの繋がりはギブアンドテイクによるもので、実際には制御するようなものではないがために今はどうにかなっているが、彼がもしも命令を下すようなことがあればそれこそこちらに反逆を行なってアヴィケブロンが消滅、それに伴う形でバーサーカーの消滅とてあり得るのだ。

 

「了解した。ああ、それとランサー。王たる君がまさか徒歩(かち)で行くわけにもいくまい。馬を用意させた」

 

「ほう」

 

 その言葉に興味深げな視線を向けたランサー。

 王の視線を一身に受けたキャスターは平時の通り。

 

「無論、造り物(ゴーレム)だが」

 

「大いに結構。ただの馬ではこの戦いについてくることなどできはしないからな」

 

 キャスターが連れてきたのは宣言通り、彼の作った巨大な銅鉄馬(ゴーレム)

 ゴーレム作りによって名を残した彼に相応しい、この戦場でもついて行くことだけであれば不可能ではないと思える代物。

 鉄と青銅が組み合わされ斑模様となったその馬は紅玉(ルビー)蒼玉(サファイア)の瞳を持ち、怪しい輝きを湛えながらランサーを見つめている。

 

「大いに結構」

 

 馬の良し悪しがわかるのか、彼はそのゴーレムの馬に対しても満足そうに頷くとランサーは馬に飛び乗る。

 次に彼が視線を向けたのは黒の陣営の中でも双翼を担うと言って過言ではない、黒のセイバー。

 

「セイバー。赤のランサーは君に任せよう。あれほどの英霊を止めるとなると他の英霊では厳しいだろうからな」

 

 頷くセイバーの相手たる赤のランサーは、マスターの命を破ってまで言葉を交わした相手である。

 彼を他の誰かに譲るつもりはなく、されど無断で戦うのと王の許可を得られた状態で戦うのではまるで違う。

 生前、そして死後、これまでのジークフリートが認識する限りでは『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファブニール)』に通常攻撃で傷をつけたのはあの相手だけだ。

 彼との再戦は、セイバーにとって望むべくもない。

 

「バーサーカー、お前は自由だ。本能の赴くままに果てるまで戦い、狂い踊るがいい」

 

「ゥ……ゥゥゥゥィ…………」

 

 バーサーカーは一度だけ軽く頷く。

 城壁の縁に両手を置き、今にも飛び出していきそうだ。

 

「あら、私はどうすればいいのかしら王様?」

 

「アサシンか……貴様は……」

 

 ランサーが不快げな顔。

 アサシンの戦い方が英霊の誇りを著しく損なうものであるために、彼は未だに彼女のことを認めてはいない。

 だがこの状況でマスターの暗殺など不可能であることはわかりきっている。

 どう考えてもあの中にいるだろうマスターを暗殺するのは、彼女一人でできるようなことではない。

 何せ、相手の宝具なのだから、それぐらいの仕掛けがあるとは思っておいたほうがいいに決まっている。

 

「貴様は、あの英霊兵を生み出せ。それぐらいしかできることはないだろう」

 

「魔術の支援はいらないのかしら?」

 

「貴様よりも貴様の生み出した意思なき英霊たちの方が信頼できる」

 

 酷い物言いではあるが、ビーストはまるで堪えていないかのように微笑みを絶やさない。

 そんな彼女から視線を逸らして、ランサーはこの場に集ったサーヴァントたちをぐるりと見渡した。

 

「さて、諸君。敵は六騎のサーヴァント。こちらには七騎のサーヴァントと赤のバーサーカーが手に入ったが、あれはただの使い捨てる兵器でしかない。よって数に数えることなど不可能。兵数は一騎だけこちらが上回っているとはいえ難敵であることに変わりはない。赤のランサーはセイバーと互角に戦い、赤のライダーはそのセイバーの攻撃に傷一つつかなかった。未だ姿を見せぬアサシンやキャスターも、相手が魔術協会(強大な権力)であることを考えれば恐るべき存在がその座についていることは間違い無いだろう」

 

 この状況だけ語れば互角に近いと言えるだろう。

 ビーストが英霊を呼べることを考えれば、もしかしたらこちらの方が有利と言えるかもしれない。

 だが、だからと言って油断することなどあり得るはずがない。

 なぜなら、彼らは知っているから。

 

「さて、ここまで聞いたとしても油断や慢心などをする愚か者はいるはずはないだろう」

 

 そう、いるわけがない。

 全員がその言葉を疑っていない。

 

「この程度の絶望、この程度の戦力差、喰らい尽くしてきたからこその英雄よ! 我らが一騎当千であろうと奴らもまた一騎当千! 所詮は蛮族と侮ることは許されぬ! 我らに許されるのは勝利の栄光のみよ!」

 

 ランサーはヴラド三世。

 幾度も幾度も迫り来るオスマントルコの兵から国土を守りきった英雄。

 そんな彼が、圧倒的有利、もはや敗北の目など見えないと言っても過言ではない状況だからと言って油断するなどあり得ない。

 なぜなら彼はその状況をひっくり返して勝利をもぎ取ったからの英霊であり、そして相手の戦力も全てが英霊。

 油断などあり得るはずもない。

 

「あれは蛮族だ。我が領土を穢し、傲岸不遜に下劣に高笑いする死ぬしかない愚者どもだ。恐怖という知識が欠けている彼奴らは、徹底的に躾け直してやらねばならぬ」

 

 ランサーの言葉は過激だが、言いたいことは実にわかりやすい。

 生かして帰すな。

 彼の言いたいことは徹頭徹尾それだけであり、そしてそれはこの聖杯大戦に勝ち抜くことが目的である彼らにとっても望むところである。

 

「では、先陣を切らせてもらおう」

 

 ランサーは騎乗スキルを持たないが故に、生前に培った馬術だけで馬を操り、城塞から草原へと馬とともに飛び降りた。

 城壁と切り立った崖で高度は百メートル以上あるのだが、アヴィケブロンの作り出した銅鉄馬はその程度の高さでは破損などするはずもない。

 馬を操りゆっくりと草原を進む彼は、この状況に生前とのことを照らし合わせる。

 此度の敵はたったの六騎、されど生前のオスマントルコ軍十五万をはるかに超える戦力。

 されどこちらも負けてはいない。

 黒の陣営も己を除いて六騎、されどこの六騎はその全てが一騎当千の将、一人いるだけでも敗色濃厚の戦場を勝利に導くことができる存在だ。

 ライダーとアーチャーが指揮するゴーレムとホムンクルスが集結し、生前から様々な将を率いてきたランサーをして見事と賛辞するほかないほど速やかに、そして整然と列を形成する。

 その軍勢の脇には封じられた赤のバーサーカーとそれを引き連れたキャスターが。

 敵味方の区別がつく程度のギリギリの理性のみを有しているバーサーカーは、ランサーが様子を見る限りでは解き放てば一直線に敵の陣営に向かっていくだろう。

 セイバーは、そんな彼らの前を歩いている。

 背後のホムンクルスが蹴散らされる間に彼が振り向くことによってジークフリート最大の弱点である背中を奇襲によって狙われるという事態を避けるためだ。

 前面からの真っ向勝負に関しては前を歩くランサーが全て弾くだろう。

 そしてそれらから離れているのが黒の陣営のバーサーカー。

 彼女は理性ある狂戦士のため、おそらく味方を巻き込むことはないだろうが、それでも彼女の宝具のことを考えれば周囲に展開した陣は間違いなく壊滅する。

 そのため陣を敷いて先に進む他の面々から一人だけ離れていた。

 

「ふふふ……ここでランサーのおじさまが死んでくれるなら楽でいいのだけれど」

 

 そして、そもそも城壁の上から一切動いていない唯一の人物。

 黄金の杯から泥を零してはシャドウサーヴァントを生み出すビーストは、すでに後方支援のためのサーヴァント(アーチャーとキャスター)を呼び出している。

 さすがにそちらにまで視線を向けるつもりはないランサーだが、背後に増えたであろうサーヴァントらしき気配を感じて、仕事をしていることだけは理解していた。

 

「ふむ、どうするつもりだ?」

 

 軍を前面に進めたランサーは、相手の軍を眺めて訝しげに呟く。

 そこに見えた軍には、一切サーヴァントの姿が見えなかったからだ。

 竜牙兵だけで構成された軍は、どうあがいてもサーヴァントに対しての勝ち目などない。

 彼が向けた視線の先、空中に浮かぶ逆しまの城、赤のアサシンであるセミラミスの宝具『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』は滞空してこれ以上の進行を見せる気配はない。

 

 その声に応えるわけではないだろうが戦端は開かれる。

 

 赤のアーチャーが、最初の一矢(ファーストコンタクト)となる矢を空に向けて射ち放ったことによって。




立ち向かうは魑魅魍魎、悪鬼羅刹、否、七騎の英霊剣豪。参りましょう、屍山血河の試合舞台(ルーマニア)

Fate/Apocrypha 〜剣の陣営〜(七騎の英霊剣豪で陣営を作るだけの話)

始まりません

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