”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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この辺りは原作とほとんど変わらないなぁ……


第十五話

 赤のアーチャー、アタランテは眼下に広がる敵軍の威容にも焦ることはなく、そもそもそちらを見てすらいなかった。

 愛用の天穹の弓(タウロポロス)に番えられた矢は二つ。

 狙うのは朧な月光に照らされる夜の空。

 晩秋独特の冷え切って乾いた風が、彼女の持つ獅子の耳をふわりと撫でたことで彼女は悟った。

 頃合いだ。

 

「我が弓と矢を以て太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る」

 

 矢が妖しく輝き出す。

 通常の弓兵(アーチャー)は弓、あるいは矢が宝具であることが多い。

 だが、彼女にはそれは当てはまらない。

 その二つはあくまでこの宝具を放つ上では触媒に過ぎない。

 

 彼女の宝具とは、弓を引いて矢を放つという術理そのもの。

 

「この災厄を捧がん───『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!」

 

 空へと放たれた二本の矢は輝く軌跡を残しながら空の彼方へと消えていく。

 彼女が加護を願った太陽神アポロンと月女神アルテミスは、そのどちらもが狩りに縁深い神である。

 アポロンは弓矢、アルテミスは狩猟に縁が深く、そのどちらもがアタランテという英霊を語る上で外すことができない概念である。

 無論、神々がただ人間を救うはずがない。

 ただ加護を望んだだけで与えるはずがない。

 代償が必要なのだ。

 求めた加護に見合う代償を。

 それはつまり、彼女が宝具の前口上として語った『災厄』であり、それは同時に彼女にとっては加護でもある。

 求められた災厄とは───敵の命。

 

 夜空に満ちた淡い光、それと同時に雨のように細やかな風を切る音が聴覚に優れたサーヴァントたちの耳に届く。

 ただしこれは、恵みの雨のような生易しいものでは断じてない。

 神々が求める災厄であるがゆえに、今から降り注ぐのは生贄を求める神々の荒ぶり。

 災厄(カタストロフ)という名前の豪雨が、戦場にある命を奪いにいく。

 

 数え切れないほどの光の矢が、戦場に降り注ぐ。

 ホムンクルスたちは次々と矢に刺されて倒れていき、頑丈なはずのゴーレムたちであっても無数の矢の前には針鼠となり砕け散る未来しか残っていない。

 攻撃の範囲が戦場全域に広がったために矢の密度は下がり、それではさすがにサーヴァントたちは傷つけられない。

 サーヴァントたちはそれぞれ躱し、受け止め、あるいは弾き返していくために耐え切ることはなかなかに容易なことであり、もともとホムンクルスやゴーレムにはそこまで期待されていないことも合わせて、そこまでの痛手とは決して言えなかった。

 戦場に咲いた紅蓮の花、己が生み出したその陰惨たる光景を冷徹極まる表情で見つめながら、アーチャーは振り返って告げる。

 

「これで露払いは終わったぞ。交代だ、ライダー」

 

「応!」

 

 喜色満面の笑みを浮かべた赤のライダーがその言葉に応答して、走り出した彼はそのまま空中庭園から飛び出した。

 戦闘の開始よりも先に先制攻撃はアーチャーが、先陣を切るのはライダーが、そう決まっていたために交代も速やかに。

 彼が口笛を吹けば、空を引き裂いて強壮な軍馬三頭が引く戦車(チャリオット)が舞い降りて、落下を続けるライダーのことを掬い上げる。

 御者台にて手綱を握り鞭を一つ、筋骨隆々たる馬たちの嘶きが戦場全域に響き渡った。

 

「さあ、開戦だ! ”赤”のライダー、いざ先陣を切らせて戴こう!」

 

 言うなり、ライダーは空を舞う戦車を地上に向けて急降下。

 ホムンクルスとゴーレムがそんな彼の前に立ちはだかる。

 戦闘に特化したホムンクルス、重さ一トンを超える史上最高のゴーレム使いが生み出した珠玉の逸品、そのどちらもが海神(ポセイドン)から赤のライダー(アキレウス)が賜った不死の神馬が前には一切の価値を持つことなく、あっさりと轢殺されていく。

 

「さあ、”黒”のサーヴァント! 我らにその力を見せてみろ! このライダーの戦車を止められるものならば、止めてみせるがいい!」

 

 ライダーの挑発。

 それは彼の戦車に対しての彼の強い信頼から来る。

 海神(ポセイドン)から賜った神馬と、それに比肩する名馬。

 それはつまり、一頭でも殺すことに成功すれば英雄だと間違いなく言われるような馬である。

 さらにそれを操るのは世界中で知らぬ者がいないであろう大英雄アキレウス。

 そんな彼を止めるのは、正攻法では間違いなく不可能だ。

 故に、黒の陣営は搦め手に出る。

 

「退け、雑魚が!」

 

 彼の挑発に応じるように戦車の前に出たのは三体のゴーレム。

 特別強いと言うわけでもないゴーレムであることはライダーの目から見ても明らかだったために、舌打ちしつつも当たり前のように粉砕という道を選択する。

 

「さて。それはどうかな、”赤”のライダー」

 

 遥か後方から戦場を俯瞰していたゴーレム使い(”黒”のキャスター)は呟き、ゴーレムの指揮をとる指を滑らかに動かす。

 赤のライダーの失策はたった一つ。

 敵のゴーレムがただの硬くて強いだけのものだと勘違いしたこと。

 

 激突する瞬間に三体のゴーレムが弾ける。

 驚くライダーをよそに、三体のゴーレムはそれぞれ戦車を引く馬の足に絡まって即座に硬質化した。

 黒のキャスターが作るゴーレムによる拘束具は赤のバーサーカーの動きをも縫いとめることが可能。

 いくらライダーの馬が名馬といえど、その拘束をなかったものであるかのように進撃することは不可能だった。

 

「ぐっ……」

 

 赤のライダーの戦車がようやく停止した。

 その隙を逃してなるものか、とライダーに向けて殺到するのはホムンクルスたち。

 手に持った斧槍(ハルバード)を振り上げ一斉に跳躍したその姿は、まさしく連携のとれた軍隊のようで。

 ライダーというクラスが宝具の多彩さを売りにしていて、サーヴァント本体の能力値というのはそこまで高くないのが基本である。

 そのことを考えれば乗騎を潰された状態であるライダーも絶体絶命かと思われたのだが。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 吠えたライダーは腰の剣を引き抜き、片手に剣を、片手に槍を持って跳躍。

 一瞬の交錯で彼に襲いかかったホムンクルスの全てが、例外などなく死を迎えていた。

 彼は大英雄、それは戦車によるものだけではなく、彼自身がランサーのクラスで呼ばれたとしてもおかしくはないほどの武技を誇るが故に。

 この程度、苦境と呼ぶことすらもおこがましい。

 そして、彼に襲いかかったホムンクルスたちの血が雨となって戦場に降り注ぐ中、死体が崩れ落ちるよりも先にその隙間をくぐり抜けるように彼の首筋目掛けて矢が襲いかかった。

 

「……ッ!!」

 

 反応が遅れたとはいえ、ライダーは生来の俊敏さで剣を以て矢を弾く。

 とはいえ完全ではなかったようで、打ち落すまでにはいたらず軌道を変えるにとどまった矢は彼の首筋を掠めてその身体から血を表出させる。

 今の弓術、黒の側に彼を傷つけられるサーヴァントは彼の知る限りではアーチャーしか存在しない。

 己と戦える猛者がいることにライダーの胸には歓喜が湧き上がり、威風堂々と御者台に立って叫ぶ。

 

「”黒”のアーチャーは何処や! 預けた勝負、取り戻しに来たぞ! 今宵は心ゆくまで殺し合おう!」

 

 返礼の代わりと放たれた矢は、されど視界を塞ぐものがない故にライダーにとって打ち落とすことは造作もない。

 むしろそれはアーチャーの位置を教えることにしかならない。

 森の中より放たれる矢は、ライダーの強みたる機動力を打ち消すための領域。

 彼はそれに応えるように、戦車を霊体化させてから彼の領域に向けて走り出す。

 

 無論、彼にはゴーレムの拘束を砕き、戦場をその戦車にて踏破し、敵の戦列を蹂躙するという選択肢も残されている。

 いいや、むしろ”先陣を切る”、”一番槍”、そういった彼の役割を考えれば後続の道を生み出すことになるそちらを選ぶことこそが基本と呼べる。

 だが、それはあくまでも『基本』であって『絶対』ではない。

 この案を採用するということは弓兵に対して背を向けるということであり、眼前にて自らを誘う敵手から逃げ出すのと同意義であり、そしてそれを赤のライダーは決して許すことはできない。

 何故ならば彼は『英雄らしく振る舞うこと』を己に対して課しているから。

 偉大な英雄たる父と女神たる母、そして永遠の友の名誉のためにも彼は逃げ出すことなど己に対して絶対に許さない。

 英雄らしく振る舞い、鮮烈に生きて、そして死ぬ。

 それこそがライダーの本懐、ライダーの人生、彼の全てであるが故にその疾走は曇りなく。

 

 その先に、己の師が待っていることなど知らないままに。

 

 

 

 

 

 黒のランサー(ヴラド三世)は無手であった。

 その手には彼が据えられたクラスの象徴である槍など持っていない。

 そもそも、彼には剣も弓も槍も乗騎にも縁がない。暗殺は領主という立場を考えればされる側であっただろうし、魔術に至ってはキリスト教を信じる彼にとって忌避すべきものだろう。

 狂ったという逸話も特にあるわけではない彼は、オスマントルコを撃退したという実績によるものだけで『座』に招かれた英霊である。

 そんな彼が槍兵(ランサー)として召喚された理由、それは彼が行なった歴史的事実を鑑みればこれ以外にふさわしいクラスはないからである。

 その理由が、今まさに顕現しようとしていた。

 

 無手のまま銅鉄馬(ゴーレム)を走らせ続けるランサーに総勢五百以上の竜牙兵が群がろうとしている。

 無論、サーヴァントである彼にとってこの程度の敵は一山いくらの雑兵など全く問題ではないのだが、それでも真っ只中に真っ向から飛び込むのはただの無謀でしかない。

 そんなことができる者がいるのなら、ただの狂った戦士か、あるいは何かの策があるのか。

 黒のランサーは、後者だった。

 

「さあ」

 

 彼が両手を広げる。

 ランサーの指示を受けて大地を蹴った銅鉄馬は高々と空を舞い、地上にある雑兵を妖しい輝きを讃えたその瞳で睨め付けていた。

 

「我が国土を踏み荒らす蛮族たちよ! 懲罰の時だ! 慈悲と憤怒は灼熱の杭となって、貴様たちを刺し貫く! そしてこの杭の群れに限度はなく、真実無限であると絶望し己の血で喉を潤すがいい!」

 

 彼の肉体から、魔術師が一生をかけても届くかどうかというほどの魔力が吹き上がる。

 

「『極刑王(カズィクル・ベイ)』!」

 

 微かに大地が揺れる。

 竜牙兵たちが反射的に下を向けば、周囲一帯に細長い杭が召喚される。

 それらは天を衝くように伸びて彼らを次々と貫いていく。

 草原が樹林へと変貌する。

 細長い杭が幹であり、竜牙兵を構成していた骨こそが枝と葉だ。

 宝具発動より三秒、五百いた竜牙兵はその全てが命を散らしていた。

 

 だが、ランサーはそれらを無視して己が領土に踏み入った空中庭園に向けて銅鉄馬を走らせ続ける。

 

「……来たか」

 

 無論、その進軍を黙って許すような愚鈍がいるはずもなく、空中庭園から迎撃のために出陣した者もいる。

 猛烈なスピードでランサーに向けて迫る一つの影、それはすなわちサーヴァント。

 戦の開始を告げた”赤”のアーチャーがこちらに向けて迫ってくることを目視したランサーは、彼女に狙いを定めて杭を一斉召喚。

 かつての史実の再現にはまるで及ばない程度の数の死骸の中に、見目麗しき狩人をも含めようと杭の樹林が樹立する。

 どこから出現するのかまるで見当がつかない杭に、馬よりもなお速く風のように疾走を続けていたアーチャーの速度が鈍る。

 それでも、”赤”のアーチャーは杭同士の隙間をするりと抜けては確かに前進し、彼女は愛用の弓より矢を放つ。

 放たれた矢は、ランサーを貫くよりも先に彼のことを守るように出現した杭によって防がれる。

 どれほどの力ならばこのランサーの杭を破壊できるのかもわからず、そしてこの戦場において全力で弦を引き絞る時間など与えられるはずもなく、結果として次々と放つ矢は多少の威力の変動はあれどランサーの杭を突き破るには至らない。

 

「ちと、面倒だな……」

 

 アーチャーの呟きも宜なるかな。

 この杭が宝具であることは間違いがない。

 赤の陣営で唯一姿を見せているマスター、シロウ・コトミネの言葉の通りにこのランサーはヴラド三世なのだろう。

 彼の宝具として杭が選ばれるのも、聖杯より知識を与えられている彼女からすれば納得である。

 だが、あまりにもその数は異常だった。

 五百を超える竜牙兵を貫きながらなお出現する無数の杭。

 破壊力も速度もそこまでのものではないが、彼が展開できる数だけは神代のサーヴァントをして脅威と言わざるを得ない。

 その数、最大同時展開数は二万。

 彼が行なった二万のオスマントルコ兵の串刺し刑、その伝説上の出来事の再現であるがために。

 ストックが二万ではない、同時に展開できるのが二万であるだけ。

 故に、アーチャーの攻撃を防いだ杭は消え、アーチャーの肉体を貫くための杭が出現するということを繰り返す。

 もはやこの戦いはどちらが強いかではなく、どちらが先にミスをするのかということになって来ている。

 アーチャーが杭を破壊するだけの威力の矢を放つ時間はなく、ランサーの杭はアーチャーの肉体を捉えることは能わない。

 

 この場にアーチャーを守る前衛がいれば話は別だったのだろうが、現実は変わらない。

 その現実の中でいかにして勝利をもぎ取るか、道理を蹴っ飛ばして不可能を可能にするのが英霊であるがために、彼らの中に諦めという感情が生まれることはない。




魔術師ジークをマスターに! キャスターのジークとジークが変身したジークフリート、そこにジークが変貌したファヴニールで構成された”ジーク”の陣営! どこかにないかな!?

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