”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第十六話

 ”赤”のランサーは一人、とある場所に向けてその歩を進めていた。

 少し離れたところでは同陣営のアーチャーが”黒”のランサーを相手にして攻めあぐねている光景が見えるのだが、ランサーも助けに行くわけにはいかなかった。

 その理由は至極単純、二重の意味で彼が戦わねばならない相手がいるから。

 一つ目は戦略的な観点。

 赤の陣営はバーサーカーとセイバーを欠いている。

 ”黒”のランサーはアーチャーが、”黒”のアーチャーはライダーが、それぞれ戦っている。

 ”黒”のライダーは赤の陣営のアサシンが相手をするようで、彼女が神代の魔術師と同等の存在であることを考えれば心配する必要など全くなく、”黒”のバーサーカーは心赴くままに暴れているらしく今すぐにどこかのサーヴァント同士の戦いに介入するという気配は見えない。

 アサシンを騙る獣のサーヴァントに関しては転移を繰り返して戦場を駆けることが可能ゆえにそう簡単に捉えられるものではない。

 こちら側のキャスターは戦闘能力など持たないことを考えれば、”彼”のことを抑えるのは赤のランサーでなくては務まらない。

 そして、これは二つ目の理由にも被るのだが、アーチャーでもダメージを通すことは可能ということはすでにわかっている。

 その上でランサーがこちらに来たのは、”彼”との再戦をランサー自身が望んでいたから。

 

 故に───

 

「やはり、貴公が来ると思っていた」

 

 彼は、”黒”のセイバーの前に立つ。

 

「どうやら、此度は誰の邪魔もなくお前と殺し合うことができるようだ」

 

 ランサーの声に微かに混じるのは確かな歓喜。

 それに対する返答はない。

 代わりに出現したのは、”黒”のセイバーが彼に向ける、彼の宝具たる聖剣『幻想大剣(バルムンク)』。

 赤のランサーも、その手に神槍を出現させて構えた。

 二人の中に奇妙な共感が生まれる。

 どちらも、あの晩の初めての戦いのことを思い出している。

 ”黒”のセイバー(”赤”のランサー)が持つのは己の聖剣(神槍)をその身に受けてなお、軽傷で済ませるほどの頑強な悪竜(黄金)の鎧。

 いかなる苦境にあったとしても屈することを知らず、己の信念に基づいて戦う不屈の精神の持ち主。

 前回の戦いは時間切れという形で不完全燃焼に終わったが、此度はそのような無残な結末には至らない。

 よほどのことがない限りは、彼らの戦いは終わることはない。

 

 今このセイバー(ランサー)はお互いの首を取りに来ている。

 

 そのことだけわかれば十分。

 心ゆくまで戦えることに感謝して、彼らは全ての戦場の様子を過去に置き去りにする勢いで己の武勇をぶつけ合うことを選択した。

 

 

 

 

 

 攻め込まれた側である”黒”のマスターたちはそれぞれ、己が最も信頼する”安全な場所”にてその戦いの趨勢を見守っていた。

 地下室に潜る者もいれば、己の工房に潜る者もいて、工房でゴーレムを作っていたら思いもよらない傑作ができたので外にいる自らの師にそのことを伝えに行った馬鹿者もいたりした。

 それでも、外に出た者も含めて全てのマスターが悟っていることはある。

 ”サーヴァントを助けに行こう”という考えは愚かなことでしかない、ということだ。

 この戦場に生身で出るということはそれはつまり死んでいるのと同義であるということを、戦端が開かれた瞬間から誰もが理解していた。

 だから、最初の戦いの時にはサーヴァントを引き連れて戦いに出ていたゴルド・ムジーク・ユグドミレニアも恥辱に身を震わせる───などということはなく、彼は自室で様々な感情が入り混じった表情で己のサーヴァントの戦いを眺めていた。

 

 彼の手の甲にはマスターであることを示す、元々は三画あったことがわかる、けれど今はすでに一画しか残っていない赤い紋様、令呪。

 彼の失策によって一画を失い、それを取り戻すために一画を使用するという最悪の使い方であった。

 だが、それを己のサーヴァントは責めることはない。

 その事実が、己が喋るなと命じたことすらも忘れて彼の心をざわつかせていたのだった。

 

 他のマスターたちと違って、彼は己のサーヴァントを信じきれていない。

 それはこの陣営において唯一彼のみが明確な弱点を持っているからであり、そんな彼に対する不信はセイバーに対する”喋るな”という命令からも読み取ることができる。

 無論、それは真名を悟らせないという一点からすれば有効的な戦略とは言えるのだが、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアがセイバーに対する不信を失くす機会を失った、とも言えた。

 なぜなら、彼らはそれによってコミュニケーションを取ることがなかったから。

 だからゴルドは彼のことをただの使い魔としか見ることができず、人格を持たない兵器と同等の扱いしかすることができなかった。

 令呪がある、という安心感もあったのかもしれない。

 

 例えば、セイバーがゴルドの命令に逆らうような何かがあったのならば話はまた変わったのかもしれないが、今の所そのようなことは赤のランサーとの初戦においてしか発生していない。

 

 そう、彼が今日、赤のランサーとの戦いの前に喋ったことはゴルドの命令に反したことではない。

 

 令呪を二度使った彼は、そして赤のランサーとの会話を行った(自らの命令に反した)ところを目撃してしまったこともあって、『彼の心境がわからない』ということが恐ろしくなってしまったのだ。

 なぜなら彼は逆らえないわけではないから、彼がどうして自分の命令に従うのか、マスターの変更だって不可能ではない彼が敵意を隠して自分に近づいてきて令呪を奪えばそれで全て済むから、彼が何を望んでいるのかを知る必要があった。

 

 だから、会話を許可した。

 

 しかし、ゴルドを相手にどれだけ弁舌したところで信じるはずがない。

 この男はあまりにも肥大したプライドがあって、自らの考えこそが絶対なのだと考えてもおかしくはないような類の人間だから。

 あまりにも大きすぎる失態でもない限りは決して殊勝な姿は見せないだろう。

 セイバーにもそれぐらいのことは理解できたので、彼は行動で示すことにした。

 彼はゴルドに請い願われたからこそ召喚に応じ、彼が求める勝利をもたらすのだということを。

 

「ええい、負ければ承知はせんぞ……!」

 

 ここでジークフリートが敗北するということは、つまり彼に目をつけたゴルドが愚かであったということになる。

 そのようなことを断じて認めるわけにはいかないゴルドは、セイバーに対して契約の経路(パス)を通じて治療魔術を行っている。

 私にここまでさせたのだ、という思いと、これだけしかできんとは、という思い。

 彼の中に湧き出る二つの思いが、余計に彼の身を締め付けていた。

 

 

 そして、そんな彼とはまた別種の心配をする者もいた。

 

「……愛歌のやつ、ここでビーストだってバレたりしないだろうな」

 

 真幌が呟いたのはピラミッドの中。

 ビーストが召喚したオジマンディアスのピラミッドの中に収納されたのだ。

 彼を殺すことは黒化状態のオジマンディアスには許されておらず、排出に関しても『赤のバーサーカーが消滅した後』と言う条件をつけられているために、彼はある意味一番安全な場所にいるとも言える。

 そのことは彼も伝えられていたので、心配するのはビーストがビーストだとバレないのか、と言うこと。

 ルーラーもこの場に向かっていることを考えれば、最大で十五騎のサーヴァントを同時に相手取ることになり、ついでに彼もユグドミレニアの本拠地で彼らと争わないといけなくなる。

 

「というかここで待っててもやることないんだよなぁ……」

 

 彼女が敗北する可能性なんてものは一切考えていない。

 カルナを相手にして生き残った彼女だから、そう簡単には死なないだろうという信頼もある。

 ただ同時に、できることならこの戦いで死んでいてほしい、とも思っている。

 そもそも彼女はこの戦場で何をするつもりなのだろうか、なんてことにまで考えが及ぶ。

 他のサーヴァント達は指標があるためなんとなくやっていることはわかりやすいのだが、彼女のそれは『理想の王子様を作る』という漠然としたもののために、戦いに関しての動きがまるで予想できないのだ。

 

 

 では、その彼女が今何をしているのかといえば。

 

「初めまして、”赤”のキャスター」

 

 戦場にて、ビーストはバーサーカーと接触したシロウ・コトミネ神父とともにいた赤の陣営のキャスターを転移魔術によって奪い去り、二人きりの密会とでもいうべき、固有結界に近い大魔術を使用して外の戦場からは隔離していた。

 戦場の方には数時間で消え去る程度のシャドウアーチャーを残してあるので、サボっているとは思われないだろう、という考えのもとだった。

 

「おお! もしやあなたがこちらのランサーが言っていた獣の冠を抱く者ですかな?」

 

「ええ、サーヴァント、ビースト。ちょっと厄介だからあなたにはサクッと死んでもらうわ」

 

 この空間は外界からは隔離されている。

 彼のマスターであるシロウ・コトミネに対して彼女がビーストのクラスであることを伝えようにも伝えることなど不可能。

 今、外では黒のライダーが空中庭園に撃ち落とされ、赤のバーサーカーが出撃を開始している。

 さらには赤のセイバーがマスターを引き連れてこの戦場にド派手に割り込んできた、というまさしく混戦模様なのだがそんなことはここにいる二人には関係ない。

 

「ううむ……吾輩、殺されてしまうのですか。それはそれで仕方ないことだとは思いますが……」

 

「あら、一つぐらいならお願いを聞いてあげてもいいわよ?」

 

 彼が劇作家であることはビーストも知っている。

 彼の描く自分の恋物語というものに興味がないわけではない。

 だからお願いとやらを聞くことを選んだが、それでも彼はこの場で殺す。

 興味よりもカルナの一言、『理想と現実で軋轢を覚えている』というあの言葉が頭から離れないために、彼女は彼を殺すことを選んだ。

 

「あなたが一体どのような願いを抱いて聖杯大戦に参加したのか! 人類愛から転じて人類を滅ぼすあなたが、一体どのような愛を以てこの戦いに参加したのか! 吾輩、ランサーからあなたのことを聞いてからどうしようもなくそれが聞きたかったのですよ!」

 

 なんだ、そんなことか、とビーストは嘆息した。

 結局のところ彼は知的好奇心が旺盛なだけなのだろう、と彼女は判断した。

 だから語ることにはためらいもなかった。

 

「私は、私の理想の王子様を作るためにこの戦争に参加したのよ」

 

 だから、彼女が語った瞬間に好奇心旺盛なシェイクスピアの瞳が一瞬で好奇心を失ったことは、あまりにも理解不能だった。

 期待外れだった、というような彼の表情。

 彼女が自分から聞いておいたくせに、と影から溢れ出た触手(愛歌ちゃん虐殺ウィップ)にて殺しにかかったところで、シェイクスピアの口からなるほど、と言葉が漏れて一度その影の動きを止めた。

 

「何がわかったのかしら?」

 

「あなたは別に、理想の王子様などとやらを求めてはいないこと程度は」

 

 苛立ちを隠しきれないビースト。

 その言葉は彼女のことを全否定している。

 それでも、その答えに至った理由ぐらいは聞いてやろう、と促す。

 

「あなたは理想の王子様を作りたい。『作る』というのなら、別に今のマスターをそれに仕立て上げる形でも問題ないのでは?」

 

「ええ、というか彼が理想の王子様になれるから、私はマスターとして選んだわけだし」

 

「ではなぜ、あなたは自らの持つ能力を使ってとっとと改造してしまわないのです?」

 

 彼女の能力を完全に知っているわけがない。

 それでも、ランサーの言葉がある。

 彼女が獣であることも見抜いた彼には、彼女が全能であることもなんとなくではあるが察していた。

 そして同時に、ただの恋に焦がれる少女であることも。

 後者に関しては『人類悪なのだからそれはないだろう』とシェイクスピアは思ったから尋ねただけのことであり、全能であるということに関してはそこまで疑っていない。

 

「あなたが彼に対してどのような感情を抱いているのかは知りませんとも。ですがその感情は『理想の王子様』が欲しいという感情よりも上なのですか?」

 

「そんなはずがないでしょう」

 

「ええ! ええ! その通り! あなたが人類悪と言うのなら! 人類全てを滅ぼしかねない愛ならば! その愛がマスター個人に向ける感情よりも小さいはずがない!」

 

 では、あなたは一体なぜ彼を暗示などを始めとした諸々の手段を使わずに、彼が理想の王子様になる瞬間を待ち望んでいるのか。

 

 キャスターはそう語り、宝具を開帳する。

 この現界において、最初で最後の宝具の開帳である。

 キャスターの宝具、『開演の刻は来たれり、万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)』は対象のトラウマをつく場面を顕現して相手の心をへし折る対心宝具。

 では、ビーストのトラウマとなる場所はどこかと言われれば。

 

「……」

 

 不快気に顔を歪めたビーストの視界に映るのは、自分を突き刺すセイバー(彼女の王子様)の姿。

 つまるところ彼女はただの少女であり、理想の王子様に裏切られることが嫌なのだと。

 その一点がマスターを未だ改造させられていないと言う現実に繋がっている。

 

「ええ! ええ! ですがあなたはいずれ王子様に殺される! なぜなら、王子様はあなたの存在を決して許すことができないのだから!」

 

 では、現実にあるマスターで妥協できるのか、と問われれば、それができるのならばそもそもビーストになってなどいない。

 最後には必ず殺される(裏切られる)とわかって王子様を求めるか、それとも王子様(理想)を諦めるか。

 普通ならば後者を選ぶのだろうが、あまりにも完璧な存在を見てしまった彼女はそう簡単には割り切れない。

 それが、カルナの口にした軋轢の正体である。

 

(ふむ……人類悪と言うからどのような存在なのかと気になったのですが……結局はただの小娘だったわけですか)

 

 もはやシェイクスピアに彼女への興味はない。

 そもそもが人類愛から転じたことによって生み出される存在が人類悪だ。

 その彼女が誰かに対して愛を抱くことに関しては何もおかしなことではない。

 ちょっとスケールが大きいだけで、面白みのクソもないただの恋愛話。

 あまりにも大きな期待を抱きすぎていたために肩透かしを食らったような気がして、己のマスターの方がよほど面白いと帰ろうとしたところで。

 

「は……?」

 

 その一言を残して、半身を消し飛ばされたシェイクスピアは、自らが消滅したと言う認識すらなく消滅した。

 彼が最後に見たものは、先ほどまでの笑顔とはまたどこか違う質の笑顔を浮かべたビーストの姿だった。

 

 ──あ、吾輩何かやっちゃいましたか?

 

 その思考を言葉にすることはなく、シェイクスピアは聖杯大戦から脱落した。




シェイクスピアが厄介なのは作者にとっても同じこと、自作の引用なんてさせる隙は与えないよ。
代わりに世界を救済するための一端を担わせてやったから、それによって続いた未来で延々と創作してなさい。

おや、愛歌ちゃん様の様子が……?

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