”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第二十話

「で、結局こうなったわけか……」

 

 三日ほどかけて取り寄せられたのは飛行機。

 ピラミッドのある場所はルーマニアの国境付近をうろついている。

 つまり、ビーストが見せているのは『追いかけてこないのならすぐにでもルーマニアの外に出るぞ』というユグドミレニアへの脅し。

 ユグドミレニアは少しでも早く彼女を追いかける必要性に駆られていて、赤の陣営からすればそんなことは知ったことではない。

 むしろ作戦の成功率を上げるという一点からすれば、いつ外に持っていかれるかわからないという状況から、どうあがいてもユグドミレニアの手では取り戻せないという状況に陥ったほうが都合がいいのかもしれなかったのだが。

 ピラミッドに乗り込む面々の中にマスターは真幌だけ。

 マスターが魔力をどの程度の距離までであれば送りこめるのかは謎なのだが、その危険を押してまでピラミッド突入組になるというのは、殺してくださいと自分から宣誓しているようなものである。

 必須となる、そうカルナから宣言された真幌以外は全員つい先日ユグドミレニアが買い取った、ピラミッドからそう距離が離れていない場所にある邸宅に一時的に移ることになる。

 

「俺まで入れていいのかい?」

 

「ええ、もちろん」

 

 獅子劫の言葉にフィオレは快諾……しているようには見えるが実際には違う。

 獅子劫の本心を言葉にするのなら、『ビーストの撃破が終わったらそのままお前らの邸宅に爆弾ぶち込むから別行動させてくれ』であり。

 フィオレの本心を言葉にするのなら、『ビーストの撃破が終わり次第血族全員であなたをぶっ殺して差し上げます』というものである。

 なにせ、この同盟は対ビーストのためのものであり、ビーストとの戦いが終わってしまえば次の瞬間黒と赤は敵対関係に逆戻り。

 そしてその状況下で一番に倒さなければならないのは、考えるまでもなく獅子劫と赤のセイバー。

 それ以外の赤のサーヴァントであれば、今の状況なら黒がマスター権を握っているということで令呪による自害をさせることが可能だから。

 

 だから獅子劫は、どうにかしてこの邸宅から抜け出そうとしていて。

 だからフィオレは、どうにかして獅子劫を引きとめようとしていた。

 

「サーヴァントを従えるマスターが一網打尽にされちゃ、坂月真幌が困るだろ?」

 

「サーヴァントが一騎でも脱落すればまずたどり着けないことを考えれば、複数箇所にゴーレムを割いて防衛するよりも一丸となって行動したほうがいいと思うのですが」

 

 笑わない笑顔を向けながら『どうにかして相手を出し抜いてやろう』と考える二人から視線を逸らしてロシェは黒のキャスターと、カウレスは赤のアーチャーと会話をする。

 前者はこれが最後になるかもしれない師弟としての会話なのだと思ってしまって、後者は数日間ではあったが確かに主従の関係を築いたものとして。

 

「先生! あの、その……」

 

「ロシェ。君は、とてもいい弟子(マスター)だった」

 

「そ、そんな……!」

 

「謙遜する必要はない。人嫌いであるはずの僕が、こうしてそばに置くことを心地いいと思えたのは君が初めてだった」

 

 叶うことならば君にも宝具を見せたかったが、とキャスター……アヴィケブロンは口にする。

 この戦いでは、原初の人間(アダム)が必要となることを悟りきっているからか、彼はその材料を用意された飛行機に積み込んでいた。

 そのことはロシェも知っていて、ダーニックが死んでしまったことも合わせれば、この聖杯大戦では決してアヴィケブロンの宝具を見ることはできないだろうとわかっていた。

 

「アーチャー、この数日間助かったよ」

 

「感謝されるいわれはない」

 

 彼ら二人は誰にも語っていないが、即席コンビであるカウレスとアーチャーの間にも何かがあったようだ。

 だが、それも宜なるかな。

 カウレスはいくら相手が高度な知能を有するからといってバーサーカー相手でも互いの思想を知ろうとすることをやめなかった。

 そういう人種であることを考えれば、むしろ受け答えもはっきりとしているアーチャーが相手であるならばお互いの信頼関係を築くことができない、と言われるほうが驚きだろう。

 

 そして、そこから少し離れたところでは昨晩のうちに己のマスターとはそういう話を済ませたケイローンがパンクラチオンを含め真幌に諸々教え込んだ術の最終確認を行い、アキレウスはそれにトラウマを発症し、カルナとジークフリートは戦いの前に体を温めるために軽い打ち合いを。

 さらにそこから離れたところではルーラーが少し悩んだ後に令呪を切って『ビースト及びその配下との戦いにおいての身体能力強化(ステータスアップ)』を行なっている。

 アストルフォに関しては、宝具の真名を忘れているということを今になってようやくマスターに打ち明けて、令呪によって宝具を使用しないと防げないような攻撃が来た場合に強制的に宝具を解放するように命令されていた。

 基本的にマスターとの別れを済ませた、あるいは行う必要のない面子は取り寄せた飛行機の改造の方に取り掛かっている。

 いいや、むしろピラミッドにまで飛行機を保たせる作業を行う面子こそが、すでに別れを済ませていた。

 

 特にその筆頭はモードレッドだった。

 

「本当にこんなこと出来んのかよ!?」

 

「できるできる」

 

「なんだよ、その軽すぎる断言は。理由があんのか理由が!」

 

「アーサー王ならできたぞ?」

 

 簡潔に、その一言がモードレッドのやる気に火をつける。

 彼が思い描いているのは別の世界で発生した、この世界ではもう二度と発生することのない第四次聖杯戦争(Fate/Zero)のこと。

 それを思い描いて、彼はモードレッドのやる気を引き出しにかかる。

 

「あの王は、俺が今お前に頼んでることを、誰に言われることもなく自分の才覚だけで完璧にやったぞ。

 あの王は、征服王イスカンダルの宝具にすら追いついたぞ。

 そうだ、アーサー王ならそのくらいはできたぞ?

 だったら、アーサー王を超えたいっていうお前ができないはずはないよな?」

 

 もはや煽りである。

 これだけ煽る元気があるならもっと激しくしても問題ないですね、とケイローンの授業が激しさを増したのだが、それをモードレッドは気にしない。

 別の世界であればアーサー王に対するコンプレックスもどうにかなっていたのかもしれないが、この世界ではそうなっていない。

 だから、今の彼女はアーサー王ができたくせにお前はできないの? と言われると是が非でも成功させにかかる。

 

「……ふん」

 

 中に入る。

 皆が最後の送別を終えて、飛行機に乗り込む。

 モードレッドが飛行機の操縦桿を握る。

 アキレウスはアーラシュが防衛をしている場合に抑える必要があるために、操縦することはできない。

 必然、騎乗スキルを持つアストルフォかモードレッドということになるのだが。

 彼が魔術を無効化する宝具を持つことが発覚したために、もしも魔術攻撃が来た場合に備えてアストルフォもやはり防御のために操縦桿を握っているのは厳しかった。

 宝具が多彩なライダーと、あらゆるステータスが高水準というセイバーというクラスの特徴の基本に忠実だったからこそ、二人の役割は決まったと言えた。

 

「よし、成功だ! 行くぞ!」

 

 モードレッドの言葉。

 内側に入り込んだ彼らでは決してわからないが、今のこの飛行機はモードレッドの体の一部とみなされ、彼女の鎧を纏い、通常よりも強度が増している。

 モードレッドの荒い運転でも問題なく飛べるように、この飛行機は最後の改造をされていた。

 

 そして、その機体はモードレッドの掛け声とともに、彼女の気性を示すような荒い出発をしたのだった。




また短い……

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