”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第四話

 『溢れる邪淫の杯(ルクスリア・アウレア)

 

 それが、沙条愛歌(ビースト)の持つ黄金の杯、つまりは彼女の宝具の名称である。

 マザーハーロットの持つ姦淫による穢れに満たされた杯と、沙条愛歌が繋がった蒼銀のフラグメンツの聖杯が合一となったもの。

 その中身は沙条愛歌の持つ聖杯同様の膨大な魔力であり、マザーハーロットの持つ聖杯の中身なのかワインのような赤い液体であり、様々な効能が見受けられる。

 例えば、魔力炉として使用すればこの霊地で用意できる程度の工房を遥かに上回るものを用意できるし、ワインとして使用するのであれば中身は姦淫による穢れそのものなのだから、お互いの理性を緩める魅了としての効果を発揮する。

 つまり現界してしまった時点で、彼女がビーストか否かは置いておいたとしても、その気になれば、彼女は俺を殺して一人で聖杯大戦に突入することも不可能ではない。

 

 そんな中で、俺の我儘だけを通そう、なんてことができるはずもなかった。

 

 

 というわけでビーストのご要望によるデートである。

 

 

「あら、いくらなんでもそれはひどくないかしら。私はデートを求めたけど、あなたも出かけること自体には賛成していたじゃない」

 

 彼女と繋がれた俺の手にあるユグドミレニア特有の二画分で構成されている千年樹の葉と、そして最後の一画である沙条愛歌が聖杯戦争に参加した時の熾天使の令呪と同じ模様でできている三画の令呪は魔術によって隠されている。

 俺が手の紋様を隠すのと同じように彼女もその背中から生えた羽と頭の角を隠している。

 

「俺が求めたのはデートじゃないって。このあたりの地形とかを確認するだけのことじゃないか」

 

 訂正はしたが、彼女の耳には届いていない。

 都合の悪いことだから無視しているのだろうか。

 それとも興味がないから聞こえていないのだろうか。

 鼻歌を口ずさみながら歩く彼女の姿にそんなことを思いながら、俺も彼女につられるようにして歩を進める。

 

 

『デートは男性にリードしてもらうのもいいけど、お互いの行きたいところ(興味のあるもの)を擦り合わせて、どこにいくのか決めても楽しいと思うの』

 

 

 デートをしたいと言った彼女はそう宣言した。

 彼女は怪物なのだと理解していて、それでもなお見惚れてしまうような美しい笑みを浮かべてそう言ったのだ。

 

 俺は彼女のいう『理想の王子様』というものがどういう代物なのかわからない。

 彼女が作る『理想の王子様』とやらが星の聖剣使いたる騎士王……彼女のサーヴァントであったアーサーだというのならば、きっと彼女はもう一度その『王子様』に殺されることになり、その恋情が叶うことはない。

 彼女自身それはわかっているのだろう。

 そうでもなければ、あらゆる事象を繋がったことで知っている根源の姫が、あんな薄っぺらい言葉を、あんな薄っぺらい笑顔で口にすることはなかったはずだ。

 

 ……そう、薄っぺらかったのだ。

 本来なら恐ろしい、と思うはずの彼女に対して、ここまで空虚な言葉と笑みを浮かべられるのか、と痛ましさを覚え、それによってできた空白に、純粋に整った顔立ちの笑みが届いたことで見惚れてしまった。

 

 きっと、彼女自身が求めている『理想の王子様』がどんな代物なのかに気がついていない。

 強大な力を持っているとはいえ、いくら根源と繋がったことで知識を得ているとはいえ、彼女自身はたかだか十数年生きてきただけの、経験すらないただの少女なのだと理解させられてしまう。

 

 ああ、こういうのはダメだ、そう思う。

 彼女のことを完全に『こちらの人生を弄ぶ怪物』として見ることができていれば、きっと俺も怪物と人間としての関係で、どうにかして彼女から逃れようと躍起になることができていたのに。

 こうして人間味のあるところを見せられると、ヤンキーが子猫に傘をさしているのを見た同級生のように、これまで見てきた根源の姫(かいぶつ)としての部分ではなくただの少女としての部分が俺の瞳には強調されてしまう。

 

 ただ、それでも下手な行動は俺の死に直結することには変わりないという事実だけが、これまでと同じ行動を取らせてくれている。

 

「今日は使える時間が限られてるんだから、早めに確認の方は終わらせたいんだ」

 

 これまでと同じように、聖杯大戦に向けての準備。

 聖杯大戦を行うことになったのはいいのだが、ユグドミレニアがヴラド三世を呼んだために強力な魔術師に強力なサーヴァントを呼ばせるということを魔術協会側は行う予定らしい。

 原作の通りならばカルナやアキレウスといった強力無比なサーヴァント。

 当然のことながらダーニックは今回の聖杯大戦では誰が召喚されるのかまではわかっていないが、彼はロード・エルメロイII世が参加した聖杯戦争を知っていたらしく、それに伴う形でイスカンダルという英霊についても知っていたらしい。

 そのため、サーヴァントを呼び出すサーヴァントなんていうチートも彼の知識の中にはあったようで、それもあってか英霊召喚は触媒を手に入れ次第行う、ということに。

 

 魔術協会からの離反が原作開始の三ヶ月前。

 さらにそこから一ヶ月間かけて作られた『狩猟』特化の魔術師の部隊が壊滅。

 そこから二ヶ月かけて魔術協会側のマスターが集められたわけだが、ユグドミレニアはダーニックとロシェ以外の全員がその最後のマスターである獅子劫界離とほとんど同時期にサーヴァントを召喚しているのだ。

 つまりそれ以前に襲撃を仕掛けられていれば、いくらホムンクルスやゴーレムがいるとはいえユグドミレニアが滅んでいてもおかしくはなかったはず。

 マスター同士のサーヴァント召喚の順番で序列をつけたりしないため、という名目もあったのかもしれないが、それでもそのことを考えれば、同時召喚にしないのもおかしなことではない。

 

 そして今日は、アインツベルンの伝手で菩提樹の葉を手に入れたのだろうゴルド・ムジーク・ユグドミレニアがジークフリートを召喚する予定なのだ。

 夜にはミレニア城塞に向かわなければならない。

 

 ただ、それまでの時間は全て彼女のために使用することができる。

 彼女が求める『理想の王子様』の像を探すことについては手伝いをする。

 それはつまり、『彼女が求める理想の王子様を演じる』ための指標となるから。

 自分が死にづらくなるのだ、と思えるから。

 

 

 

 

 

 その日の夜、ミレニア城塞にて。

 召喚儀式が行われる王の間に俺たちが到着した時点で、他の黒のマスターになる予定の魔術師たちは到着していた。

 とは言ってもアサシンを召喚する男(相良豹馬)はこの場にいない。

 そもそも、残りのメンバーに関しては令呪があるためにすぐにわかったことだが、彼の令呪がそのまま俺に渡ってきたのだ。

 相良家の魔術の特性からして諜報要員としてしか活躍できないだろう彼が、この場にいないのはある意味当然とも言えることだった。

 

 セイバーを召喚する予定のゴルド・ムジーク・ユグドミレニアの詠唱を、霊体化できないらしいビーストと共に眺める。

 カウレスなんかはビーストの美貌に見惚れていたりしたのだが、姉であるフィオレに諌められていたりした。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 そんなことを考えていればゴルドの詠唱が最後の一節まで終わる。

 上座にある玉座に座りその光景を眺めるヴラド三世も、もしもサーヴァント召喚に失敗、それどころか召喚されたサーヴァントが状況を判断することなくこちらのマスターたちに襲いかかるようであれば即座に処理できるように眺めている。

 

「召喚の招きに従い参上した。サーヴァント、黒のセイバー。我が運命は千界樹(ユグドミレニア)と共にあり、我が剣は貴方の剣である」

 

 だが、ランサーの処理が行われることはない。

 魔法陣の中心に出現し、その銀灰色の髪を魔法陣から昇る風に揺らしながら、燦然と輝く全身鎧に身を包んだ大剣を背負った男性は、確かな理性と知性を宿した瞳でゴルドに向けてしっかりと言い放った。

 そして、彼が”黒の”と言葉にしたことからわかる通り、聖杯から呼び出されたサーヴァントには”陣営”という概念がしっかりと根付いている。

 ならば、それを行う必要などないのだ。

 

「ではゴルド。そのサーヴァントの真名は?」

 

「俺は──」

 

「……悪いが、私はこのサーヴァントの真名をこの場で開示するつもりはない」

 

 本来の聖杯戦争は六騎のサーヴァントを倒した暁には、勝者は願いをなんでも叶えられるという謳い文句である。

 赤の陣営を七騎倒せば問題など何もなく願いを叶えられるのだと信じているから、少しでも勝利の可能性を高くするために真名を聞いてしまう。

 それは何も間違いではない。

 だが同時に、少しでも漏れる口を少なくするために情報を与えないということも間違いではない。

 

「真名の開示は最初から申し合わせていたことでしょう。それを反故にするというのなら、私たちも真名を開示する必要性はないということかしら?」

 

 セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアの冷ややかな声。

 並大抵の精神力しかない相手ならば、きっとその目を向けられただけでも泡を吹いて気絶してしまうだろう。

 しかしゴルドは気にすることはない。

 

「……私のサーヴァントは逸話における弱点が致命的でな。それが知られる可能性は少ない方がいい」

 

 というかだ、とゴルドがこちらに、より正確にはビーストに対して視線を向けてくる。

 しかめ面のおっさんに見られても嬉しくはない。どちらかといえばフィオレのような可愛い女の子に見られる方が……。

 

「私のサーヴァントの真名について尋ねるのであれば、それよりもまずはそちらの小僧のサーヴァントの真名について尋ねるべきではないのか」

 

 ダーニックはすでにゴルドから彼のサーヴァントの真名(ジークフリートという名)を聞き及んでいるはずで、そのこともあって彼の特例を認めるつもりだった、ということが外典の物語では確かに語られていた。

 そして、今さっきセレニケが言葉にした通り、ユグドミレニアの魔術師たちはサーヴァントの真名については開示することが予め決められていたのだが、俺とビーストに関してはその取り決めに参加していなかった。

 そのため、ダーニックがやってきた時に真名を語らずとも”仕方ない”といった雰囲気で許してくれたのだが───。

 

「あら、自分は弱点が致命的だから語らないというのに、他の人間には語れっていうのかしら? 私にも致命的な弱点があるから語りません、って言っても文句を言うつもりはないのよね」

 

 正直、彼女の真名について語ると言うのは恐ろしい。

 黒の陣営の領主(ロード)は、あのヴラド三世だ。

 信仰心に篤い人格者であり、一旦敵と見なした者には苛烈に対処するが、味方の見解や意見を尊重し、付き従うものには非常に寛大な態度で接する優秀な王。

 ただそれでも、ビーストの、彼の教義における敵対者に当たるであろうマザーハーロットという真名を受け入れることができるのか、と言われると、保証ができない。

 それにもかかわらずビーストが勝手に話し始めるのだから、心臓はばくばくと鳴って止まらない。

 

 だが、この状況だったら語るつもりはないというような結論にたどり着きそうで少しだけホッとしているところはある。

 周囲からの視線は冷ややかになってきたが、どちらが前例であるか、ということは置いておくとして”真名を明かさない”という答えを自分以外にも出しているというのは、小市民な俺からすればありがたいことだ。

 

「まあ、別に明かしても問題はないのだけど」

 

 なので、ビーストのその発言に対しては俺を含めた全員が驚いた。

 どう考えても明かさない流れだっただろ、と悲鳴のような声をあげなかったのは自分のことを褒めたい。

 多分俺以外も同じ気持ちだったと思う。

 こんな形で同じ気持ちになるなんて、誰も望んでいなかったと思う。

 

「私はアサシンのサーヴァント、真名はネロ・クラウディウス」

 

 ついでに、ビーストが真名を名乗らなかったというのが少し驚いた。

 彼女は”蒼銀”の話では、願いを叶えるためならば意思を無視することが多々あった。

 理想の王子様であるアーサーの言葉を無視したにもかかわらず、俺の”真名を明かしたくない”という思いを汲んでくれるとは思わなかったので、何か悪巧みをしているのではないだろうか、と思ってしまう。

 

 ただ同時に、ビーストであるマザーハーロットはネロ・クラウディウスであるという説が濃厚だったということを思い出したことで、悪くはない発言だったのではないかとも思う。

 そして同時に、ネロ・クラウディウスは(史実の方は知らないがこの世界では)幾度となく母親を暗殺しようとして失敗したという事実があることも。

 『Fate/Grand Order』で初登場したアサシンのサーヴァントである荊軻は『始皇帝の暗殺に失敗した人物』だということを考えれば、暗殺についての逸話があれば成功の如何は問われないのだろう。

 

 とりあえず、彼女がそう名乗ったという事実がここにある以上、ヴラド三世が消滅するまでは最低限隠さないといけないのだと覚悟を決める。

 ヴラド三世も聖書で描かれるマザーハーロットという存在、それが七つの頭と十本の角を持つ緋色の獣に騎乗した女であり、その”七つの頭”とはローマ皇帝であり、獣に騎乗した女とは”ローマ帝国”の暗喩であることは知っているはずだ。

 そのため目を細めながら、されど今は同じ陣営であるためにそれ以上は何も言わないらしい。

 これが嘘で、マザーハーロットだなんて知られたら、何が起こるのかわからない。

 

 隠し通さなければならない、と覚悟を決めたところで皆の視線がゴルドに向く。

 こいつが語ったのだから、お前も語らないと道理が通らないという顔だ。

 それらを向けられたゴルドはうっ、と呻きを漏らして───。




これを書いてると愛歌ちゃん様が東京の聖杯戦争で勝利して、アーサーに恋をしたけれど邪魔をされてしまうことを知っていたために別のサーヴァントを呼んでいた結果として誰かに邪魔をされるなんてこともなくブリテンの救済を成し遂げたために発生した、”王妃として根源接続者を招き入れた”ことによって分岐した異聞帯のブリテンなんて思い浮かべてしまう。

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