”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第六話

 ゴルドの召喚から時は過ぎ、他の面々も召喚を終えていた。

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアはケイローン(アーチャー)

 カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアはフランケンシュタイン(バーサーカー)

 セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアはアストルフォ(ライダー)

 そしてダーニックがすでに召喚をしていたヴラド三世(ランサー)と、そして本領を発揮させるのに時間がかかると踏んでこれまた先に召喚されていたロシェ・フレイン・ユグドミレニアのサーヴァントであるアヴィケブロン(キャスター)

 ここにゴルドの召喚したジークフリート(セイバー)と、俺の召喚したマザーハーロット(ビースト)が加わって黒の陣営は完成した。

 この陣営が完成するまでにかけられた時間は、最初となるヴラド三世が召喚されてから三ヶ月。

 そして、ヴラド三世が召喚されたのが本来よりも早いユグドミレニア離反前だということも考慮すれば、この陣営が揃ったのは俺の知る大筋と比べても同じ時期(聖杯発見から三ヶ月)であり、それはつまり赤の陣営もおそらくは揃っているだろう、ということまでは予想がつく。

 そして今朝、飛ばしていた使い魔がシギショアラにて獅子劫界離の姿を発見した。

 これから一晩かけて彼はトゥリファスにまでやって来るはず。

 そうなれば正しく聖杯大戦の幕が上がるのだが。

 

「やっぱり愛歌の作った飯はうまいなぁ……」

 

「ふふ、ありがとう。……でも、そういうならちゃんと味わって食べてちょうだい」

 

 今ここから準備できるようなことなど特に何もないために、できる限りこれまで通りの生活をすることにした。

 どことなく空虚な笑みを浮かべるビーストの作った朝食を食べながら使い魔で獅子劫が入った地下墓地(カタコンぺ)を見張っていたら、スマホを食事の時まで手放せない学生に対してスマホを手放すようにいうようにして、ビーストに強制的に使い魔とのリンクを切られる。

 サーヴァントとは違って、この使い魔は自力で用意した存在なので強制的にリンクを切られるとこちら側にもフィードバックはあるはずなのだが、愛歌の卓越した技巧によって一切の痛みなどはなかった。

 無駄に洗練された無駄のない無駄な行為によって獅子劫の監視は邪魔されてしまうようなので、これ以上の監視は無駄と判断。

 というか一回遮られたのだからこれ以上やっては『言うことを聞けないのか』ということでビーストを怒らせるかもしれない。

 

「ええ、それでいいのよ」

 

 どこか慈しむような瞳を、けれど人間に対してのものではなく犬猫に向けるものと同色の、相手を対等と見做さない視線を向けてきている。

 彼女がどう言う存在なのかを分かっているからその視線にも納得が先行するが、きっと他の人間だったなら耐えきれずに怒鳴り散らしたりしていたのではないだろうか。

 かく言う俺もその視線に耐えられるわけではなく、テーブルで向かい合うように座るビーストから視線を逸らして彼女の作った日本食に視線を移す。

 ただまあ、こっちの料理に関しても普通の魔術師がこの料理を作るためにされたことを聞けば泡を吹いて倒れるだろう。

 何せ、醤油などの調味料はこのためだけに転移魔術を使って日本に買いに行っているのだから。

 

「……量はまだ現実的だな」

 

 こっそりと呟く。

 並べられている料理の量はビーストが食べる分も含めて二人分。

 フラグメンツで恋をした相手(アーサー王)に一人で食べきれるような量ではない大量の料理を用意していたことを考えれば、おそらく俺が彼女の望む通りになった時に『理想の王子様ができたことの嬉しさ』で大量の料理を作るものと思われる。

 

 そうなっていない(彼女の理想に染められていない)ことを喜べばいいのか、それとも悲しめばいいのか。

 

 ……この考え方は危うい。

 どう考えても喜ぶべきことだ。

 見捨てられる(殺される)かもしれないという恐怖はあるが、ならば彼女の理想に染まると言うのも今の自分の考え方が消えてしまい、”俺”と言う人格が消えてしまう可能性だってある。

 ”真幌”の人格を塗りつぶした俺が何を言っているのかと言われてしまうかもしれないが。

 

「ごちそうさま」

 

 そんなことを考えながら食べ終えて、席を立てば、家の前に何者かがいることが結界が伝えてくれる。

 多分、ビーストはもっと早く気がついていたのだと思う。

 彼女には『千里眼』がスキルとして備わっている。

 それはマザーハーロットではなく”根源接続者”沙条愛歌を大元にしたスキル。

 なので通常の千里眼とは違って”視力の良さ”、”遠方の標的の捕捉”、”動体視力の向上”に対しての補正はほとんどない。

 代わりに高位の千里眼の所持者が持つ『未来、過去、現在(時間軸)の観測』に関してはおそらく、冠位魔術師(グランドキャスター)の資格者が持つ千里眼と同等か、あるいはそれ以上。

 

 ”ちょうど飯が終わるのと同時にやってくる”なんて、どう考えても可能性は低い。

 毎日監視されているのだが、ビーストがそれを──特にロード・エルメロイII世との連絡については綿密に──誤魔化していることに加えて、朝食が終わるタイミングはまちまちなのだ。

 ぴったりと合わせることができてすごい偶然ですね、なんて言えるはずがない。

 

「愛歌。外にいるのはホムンクルス、なのか?」

 

「ええ、多分ユグドミレニアのでしょうね。……こんな朝から来るなんて常識がないんじゃないかしら?」

 

 俺にはこの工房に仕掛けられた防衛用の魔術の解除することはできない。

 この工房には俺の手は一切加わっておらず、用意された魔術一つ取っても俺には決して手の届かない高みに属するものなのだから。

 だから愛歌が入れようと思うか、俺自身がそれに気がついて愛歌に頼み彼女がそれを受け入れるかしない限りは家の前の魔術師は入れない。

 ちょっと怒っているかのような彼女の言葉だが、ホムンクルスを相手に何を言っても仕方がないということは分かっているのかそのホムンクルスを招き入れる。

 

 はずだったのだが。

 

「そうね、ちょっと問題よ」

 

 私が使っていた魔術はなんでしょう。

 

 ビーストの問題。

 俺が使い魔を使用したことで今のホムンクルスが陥っている状況を確認してしまったために、本来ならそのまま入れるはずだったホムンクルスは入れない。

 すまない……本当にすまない。

 そんなどこかの世界のジークフリートのようなことを思いながら、敷地に入ってから玄関にたどり着くまでの間をうろちょろしているホムンクルスをじっと見る。

 

「……置換魔術(フラッシュ・エア)?」

 

「正解」

 

 その言葉とともに魔術が解除される。

 この使い方は『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』でエインズワース家が使っているのを見たことがあるから思いついたが、多分知っている”俺”じゃなかったら、”真幌”だったなら”等価交換が成り立っていない”と発狂していたかもしれない。

 敷地に入ったと同時にそこと玄関を空間置換でつなぐことで永遠に中には入れないようにする。

 愛歌がしたのはつまりそういうことで、こうして知識を持った状態で現実で見せられると俺も発狂したくなる。

 発狂しないでいられるのはもう心の中の合言葉に”沙条愛歌なら仕方ない”を設定しているから。

 そんなことを考えていると知っているのか知らないのか、その答えは俺にはわからないのだが、少なくともどちらであってもおかしくはないと思えるビーストはホムンクルスを迎えに行っている。

 数分後彼女が連れてきたホムンクルスは、もともとが戦闘用なのかそこまでの疲れを見せずにダーニックからの伝言を告げた。

 

 ”今晩、赤のセイバーのマスターとの戦闘を行うため、ミレニア城塞にまで来られよ”

 

 

 

 

 

 その日の夜、ミレニア城塞の王の間に七人のマスターと彼らに従うサーヴァントが揃っていた。

 ……いや、嘘だ。俺とビーストだけはその通常に当てはまらないし、そもそもビーストに至ってはこの場に来てすらいない。

 ビーストはランサーからの命令ということで戦場の方に向かっているためにこの場にいないのだ。

 というわけでここに集まることができる人員は全員揃った黒の陣営は、全員がとある映像に視線を向けている。

 キャスターは用意した七枝の燭台(メノラー)に灯った炎の光を通じて、赤の陣営が誇る最優のサーヴァント、セイバーのクラスで召喚された英霊との戦いを見通している。

 俺たちが見ているのは彼が覗いているものと全く同じ。

 ただし、炎を通して見るのではなく映画館のスクリーンのように、ミレニア城塞の壁に投影されたものではあったのだが。

 

 映像の中では小柄な騎士による黒のキャスター(アヴィケブロン)の作り出した無数のゴーレムに対する蹂躙劇が繰り広げられている。

 黒のキャスターが生み出したゴーレムはまさしく一級品。

 現代の魔術師では決してたどり着けない高みに存在する、まさしく超一流のゴーレムの造り手が生み出したあれらは、低ランクのサーヴァントであれば互角に戦えるだけの実力を宿している。

 

 それを一合、最大でも三合で斬り伏せたセイバーはまさしく最優のクラスにふさわしい実力者だということがわかる。

 

「さすがセイバー、と言うべきかな」

 

 映像越しでもわかる赤のセイバーの圧倒的な闘志に気圧されていた俺を含めたダーニック以外の(サーヴァントの戦いを知らない)マスターは黒の陣営の領王たるヴラド三世(ランサー)の言葉でようやく我を取り戻した。

 最後のゴーレムが粉砕された頃に言葉にされたそれは、すでに戦場にユグドミレニアが送り込んだ兵士たち(ホムンクルス)も敵のマスターたる獅子劫界離によって殲滅された状況であるがゆえに、マスター運にも恵まれているとも取れるような言葉ではあったのだが、その事実はわからない。

 

「筋力B+ 耐久A 敏捷B 魔力B 幸運D」

 

 ダーニックが言葉にしたのは赤のセイバーのステータス。

 それに加えて読み取れる限りでは対魔力と騎乗はBランク。

 ただでさえ高位のステータスに加えて、+補正がついた筋力など珍しいと言う他ない。

 瞬間的にそのステータスを倍にするのが+補正、つまりあのセイバーは瞬間的にAランクを超えた筋力を発揮できると言うこと。

 と言うのが黒の陣営の総意だろうか。

 ステータスだけでは勝負は決まらないことは原典(staynight)から明らかなので、俺の中ではそこまで大きなことではないのだが。

 

「幸運を除いてC(平均)以下が存在しないとは、まさに剣の英霊にふさわしいステータスでしょう」

 

 臣下としての立ち位置を崩さないダーニック。

 ステータスを読み取ることができるのはマスターだけなので、ヴラド三世は彼の報告を信じる他ない。

 

「ほう」

 

 感心したように声を漏らしたランサーに、ダーニックからの報告はさらに続けられる。

 

「さらに注目すべきは、一部ステータスを隠蔽している節があることです」

 

 理解できたのはクラス別スキルとステータスのみ。

 固有スキルか、それとも宝具によるものかはともかくとしてマスターの透視能力を阻害する隠蔽スキルがあるということになる。

 かくいう俺も阻害はされているのだが、最初から赤のセイバーはモードレッドと知っているためにそこまで驚きはない。

 驚いたところは隠蔽スキルの効果はこういった形で現れるのか、という体験に対してのものだけだ。

 セイバーの使っていた固有スキルと思わしき能力や、手にしていた剣の意匠を想起することが阻害されている。

 『自分の素性を隠す』という伝説によるものだとあたりをつけたランサーは頷き、自陣のセイバーに対して視線を向ける。

 

「セイバーよ、君は彼に勝てるかね?」

 

 無論だ、と視線を返したセイバーは力強く頷く。

 召喚された彼は”致命的な弱点(真名)”が漏れることを恐れたゴルドによって会話をすることを禁じられている。

 王の御前にあってもなお主人の言いつけを守る姿は、裏切りと欺瞞を嫌うランサーにとっては好ましいのだろう。

 笑みすら浮かべてランサーはアーチャー(ケイローン)へと視線を向けた。

 

「大賢者よ、君はどう考える?」

 

「難敵であることには違いないでしょう。ですが、あとは宝具の性質さえ判明すればさほど問題はないかと思われます」

 

「ふむ……では、宝具の性質を暴くためにも一手加えてみるのもいいか」

 

 敵に解析させないためにゴーレムは破壊されたあとは自動的に焼滅するように設定されている。

 映像の中ではそのことを知らない敵マスターたる獅子劫界離がゴーレムに使われた素材に触れて、その熱に思わず手を離している姿が見えた。

 今回は敵の中でも注意を払うべきセイバーの実力の一端が垣間見えた、というだけでも十分な戦果だったと言えるだろう。

 

 だが、ランサーは何を思ったのか。

 

「アサシンをぶつけてみようか」

 

 そんな言葉を口にするのだった。




いやだよぉ……みすてないで……まなかさま……

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