”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第七話

『悪い、頼んだ愛歌』

 

『いいえ、問題なんてないわ』

 

 真幌はその言葉を念話を通じてビーストに告げる。

 結局、あの言葉が撤回されることはなく、ビーストがそれを良しとしたことで彼女は戦いに参戦することになった。

 ビーストがあの場にいたのは、彼女がキャスター適性を持ったアサシンだと宣言していたため。

 獅子劫界離を暗殺できるようであれば暗殺しろ、ということ。

 暗殺者(アサシン)のクラスの本領を発揮できるようであれば発揮しろというそれは、セイバーがいるために不可能と思われる行動なのだが、ヴラド三世からすれば敵対者(ローマ皇帝)を合法的に処理できる可能性があったからなのではないか、という疑念も実は真幌からすればあったりする。

 

 ただ、この戦いにおいてビーストの本領を発揮させられない、というわけではない。

 

 あの空間を一時的にビーストの陣地にしたという形で誤魔化しているために、彼女の本領を発揮させることができる。

 黄金劇場を作ったからキャスターの陣地作成に引っかかったというわけではなく、シモン・マグスという宮廷魔術師から魔術についても習っているという形で、彼女は根源接続者として、彼女の知る限りの魔術を使用することも許されてしまっている。

 

「まあ、まずは有用だということを示さないと面倒だものね」

 

 彼女の思考は『理想の王子様を作る』という形で固定されている/本当に?

 だが、まずは聖杯大戦に勝利しないことには最大でも十三騎のサーヴァントに狙われる。

 それはいくら根源接続者といえど面倒なのだ/自分を裏切る(殺す)理想の王子様が欲しいの?

 だから、聖杯大戦が終わるまでは本腰を入れての王子様作成はお預けなのだ。

 王子様を作らないで済むことにホッとしたことなんて、ない。

 

「余計な考えね」

 

 削除、削除と呟いたビーストはその考えを頭の中から消して、宝具たる黄金の杯を取り出した。

 現在のビーストはセイバーたちがいた建物と彼らの本拠地たる地下墓地の中間地点とでもいうべきところにまで転移している。

 無論、この光景が天草四郎時貞(ルーラー)に監視されている可能性も考えて隠蔽魔術はすでに行われている。

 根源接続者が行なった隠蔽ゆえに、よほどのことがない限りはルーラーが相手であっても彼女のマザーハーロットという真名を知ることはできない。

 

「それにしても、こういうのって普通はキャスターと連携して行うものじゃないのかしら」

 

 キャスターのゴーレムで撹乱している間に大規模な魔術の詠唱を終わらせてマスターを消し飛ばす。

 さすがに大規模な魔術が使えるとは知らないだろうから仕方のないこととはいえ、セイバーがゴーレムを相手にしている間だったのだから、セイバーが自由に動ける今に比べれば格段に可能性が上がっただろう。

 それこそ、ゴーレムがセイバーとそのマスターとの間に壁を作れば、一合で吹き飛ばされるとはいえその一合の時間だけで十分に暗殺できたはずだ。

 暗殺のスペシャリストであるアサシンのクラス(ということにしている彼女)が不可能だと判断したのにもかかわらず、それでもなお暗殺を強行しようとするのは一体何故なのか。

 

「あの吸血鬼(ヴァンパイア)はよっぽど私に死んで欲しいのね」

 

 失敗して死ねばそれはそれで良し。

 それに、基礎スペックの低いアサシンとはいえサーヴァント。

 決められた行動しかできないゴーレムと戦った時に比べて、こちらにも意思があるために相手の能力を引き出せるだろう。

 そうなればこれからの戦いに有利になる、と踏んだ、というのがビーストの考え方。

 成功すれば敵の中でも最も注力しないといけないセイバーが消滅するので良し。

 どう転んでも黒の陣営には良き結果しかもたらさない。

 

 ただ、ビーストにとってこの戦い、少々面倒なところがある。

 赤のセイバーは未来で重要な立ち位置になる存在なのだ。

 殺してしまうわけにはいかない。

 なので、殺さずに済む程度の、けれど黒の陣営に彼女の力を見せつけられるような程度の力を出さなければならない。

 そのため、彼女が選んだのは沙条愛歌(ビースト)がかつて行ったこと。

 

「さあ、踊ってちょうだい」

 

 ビーストの持つ黄金の杯から溢れる無色の魔力が赤く、紅く、朱く、赫く染まっていく。

 葡萄酒のような液体が粘性のある泥へと変貌し、形を成していく。

 その禍々しさすら感じさせる泥は正当な存在であればきっと吐き気を催すだろう歪さと醜悪さを併せ持ち、とある人型をかたどった。

 

「いい? あの赤のセイバーを殺すのよ」

 

 作られた人型は一つだけ。

 深紅の弓を持った、泥で象られた肉体ながらも元になった人物はきっと高名な存在だったのだろうと思わせる男性。

 

 それがビーストの言葉に頷いて飛び出した。

 

 

 

 

 

 赤のセイバー(モードレッド)がそのことに気がつくことができたのは、彼女が持つスキル『直感』が働いたから以外にはなかった。

 殺気はない、気配もない、その状況下で気がついた理由は彼女にも説明することができないもので、もうそれ以外に理由はないだろうというだけのこと。

 

「マスター!」

 

「ぐえっ」

 

 セイバーが叫び、己のマスターである獅子劫にタックルしながら彼を抱きかかえて、『魔力放出』すらも加えて一息に飛び退いた。

 それに伴ってセイバーが踏み込んだ場所の石が砕け散ったのだが、次の瞬間にはそれすらも気にならなくなった。

 

「ゴホッ、ガハッ……お前なぁ、いきなりは……」

 

 セイバーが疾走していた時間は数十秒。

 通常ならば長いとまでは言うことができないような時間でありながらも英霊同士の戦いにおいては異常に長い。

 あまりにも突然な、しかも『魔力放出』による加速まで加えてのタックルに息が詰まり咳き込みながらも苦言を呈そうとした獅子劫だが、路地裏に入ったことで疾走を停止したセイバーに抱えられた状態のまま、セイバーが駆けてきた道が視界に入ったために状況を理解して言葉をつぐむ。

 おそらくは地下墓地(カタコンぺ)の方から飛んできたであろう矢は石造りの地面を削り取り、まるで巨大な蛇がのたうち回ったかのような跡をその場に残している。

 

「アーチャーかっ!?」

 

「ああ、狙撃だろうよ」

 

 その矢の威力など見ればわかる。

 セイバーが気づかなければ、セイバーが全力疾走を行わなければ、獅子劫界離は間違いなく死んでいた。

 思わず叫んだ獅子劫に、どこか冷静なままのセイバーが返す。

 

「コソコソとまあ、やってくれるじゃねえかアーチャーよぉっ!」

 

 いいや違った。

 冷静だなんて口が裂けても言えなかった。

 己の主人(マスター)に対しての狙撃、その有用性は認めるが、彼のサーヴァントたる自分を出し抜いて主人を殺せると狙ったことに対しての怒りが大きすぎて、一周回って冷静に見えていただけのことだった。

 実際、今の彼女の周囲にはパチパチと赤雷が渦巻いている。

 漏れ出した魔力が形を成しているという事実が、今のセイバーの怒りを示していた。

 

「ちっ!」

 

 だがそれでも、マスターを守らないといけないということだけは忘れていない。

 今度は壁を貫いて迫ってきた鏃をセイバーの一刀が叩き落とす。

 

 ──重たい。

 

 並の宝具程度の破壊力はあるのではないかと魔力で構成された矢を切り落としたセイバーは考える。

 実際にどれほどの力が込められているのか明確にわかるわけではない。

 それでも『直感』がこれはただの矢だと判断していて、そして同時に、あの破壊はこの矢に魔術的な効果が付与されていたわけではなく純粋な威力によってなされたものなのだと理解もした。

 

「ああ、くそっ! 透視の魔眼か何かか!?」

 

「それよか『千里眼』だろ!」

 

 魔術師なためにどちらかと言えば魔術的なものに思考が及ぶ獅子劫と、サーヴァントとして呼び出されたために持った知識から、『固有スキル』の枠組みに入りながらも汎用スキルと呼んでも問題ない程度には幾人ものサーヴァントが持つスキルを上げるセイバー。

 正解は後者。

 ビーストの持つ聖杯から呼び出されたアーチャーは、知性は残らず、スペックも劣化しているが、それでも一級のサーヴァント。

 その真名はアーラシュ・カマンガーと言い、彼は未来予知に等しい『千里眼』を備えている。

 それも、ビーストの持つものとは違って本当の意味での『千里眼』をAランクで。

 

「面倒だなぁ、おいっ!」

 

 この状況下に対応するための手段を獅子劫は持たない。

 彼がしばらくの間耐えられるのであればセイバーが打って出ることも選択肢の中に入ったのだが、そうでない以上はどうにかして範囲外から逃げ切るしかない。

 路地裏から路地裏に、できる限り相手に姿を見せないように走って走って走り続けて、それでようやく矢が飛んでこない路地裏にまできたのだが、獅子劫とセイバーの両名はどちらも未だに気を抜いていない。

 

「っても、これだけ派手にやってんだからそろそろ誰かが外に出てきてもおかしくはないはずなんだが……」

 

 そんな気配などない。

 地面を削るようにして突き刺さる鏃の数々が爆音を生み出しているにもかかわらず、誰一人として起きているような気配を感じない。

 何人も起きてくるようなことになれば、さすがに隠蔽することが難しくなってそこでこの戦闘を終了することができるのだが。

 

「誰も起きてこねえな」

 

「それだけしっかりとした隠蔽工作をしてるってことだろ」

 

 市街地戦のために外に出てこないといけないことまで考慮して隠蔽用の魔術を使用している。

 このトゥリファスそのものが黒の陣営のテリトリーなのだから当然と言えるのだが。

 

「ってことはだ」

 

「ああ、多分狙ってやがる。今の状態も、多分相手が見つけられない場所にいるからだ。オレたちがここから出たら一気に矢の雨が降ってくるぜ」

 

 先ほどまでの連射を思い出せば、見つけているのであれば射撃をしない理由がない。

 もしかしたら建物の陰にいることは把握していて、それでも二人が矢の雨で外に出てこない間に仲間を呼んでいるだけのことかもしれない。

 タイムリミットはそう遠くはない(アーチャーが見つけるまで)

 

「で、どうすんだよマスター。なんか策でもあるのか?」

 

 彼らの作戦会議を待つ必要など黒の陣営にはない。

 それどころか、彼らに打つ手を与えずに倒してしまうことが最良である。

 よってアーチャーが狙いやすいようにゴーレムによってビーストに獅子劫とセイバーがどこにいるのかの情報が与えられ、その情報をビースト経由で受け取ったアーチャーがさらなる矢を連射する。

 

「ちっ! 少しは休ませろってんだ!」

 

 アーチャーの再度の矢による雨をもう一度マスターを担いで走り出す。

 もはや獅子劫では言葉を発することすら難しい状況ではあるが、魔術師としての基本技能、使い魔(サーヴァント)に対する念話によって彼女の質問の答えとした。

 

 ──おい、セイバー。この状況をなんとかする策はあるかって言ったな?

 

 ──ああ、言ったぞっ! つうか少しは集中させろ! こいつ、トリスタンクラスの弓の名手だ!

 

 ──おいおい、マジかよ。円卓一の弓の名手と同等だと? まあいい。策ならある。

 

 ──マジか!? だったらとっととやってくれ!

 

 ──よしよし。いいか、その作戦っていうのはだな。

 

 聖杯戦争、及び聖杯大戦はサーヴァントの実力だけで勝ち抜けるものでは断じてない。

 その実力差があまりにも大きければ話は別なのだろうが、基本的にはマスターの実力も重要なものだ。

 とはいえ、額面通りの実力がどれだけ高かろうとそれはサーヴァントに比するレベルのものではなく。

 ならば軍略かと言われればやはり一騎当千の英雄たちに比べて研究者気質の魔術師たちが及ぶはずもない。

 必要なのは魔術師としての、ではなくマスターとしての実力。

 マスターとは、サーヴァントを召喚した、聖杯によって選ばれた魔術師の呼称である。

 ならばもちろん、彼らの実力とはたった三度だけ許された令呪と呼ばれる奇跡の運用法。

 どのタイミングで、どのような命令で使用するのか。

 

 その答えとして、確実に高得点を得られるのだろう使い方が今この場で行われていた。

 

「セイバー! 距離を詰めろ!」

 

 赤く光った令呪が一画、消滅する。

 

 使い方は、サーヴァントの動きをブーストするもの。

 お互いの間で”アーチャーを倒す”という思考が一致していたために、それはセイバーの動きを補助した。

 令呪の効果が発揮されるよりも先に獅子劫がセイバーによって投げられて、彼は少し離れたところに背中を打ち付ける形で矢の雨の範囲外から逃れた。

 

「っ! ……ごほっ……セイバー!」

 

 凄まじい勢いで叩きつけられ、その衝撃から立ち直るのに数秒かかった獅子劫が先ほどまでいたところに視線を向ければ、すでにその場にはセイバーの姿は存在しない。

 

 令呪という規格外の魔力の塊は、それこそサーヴァントに強制的に自害させることすらも可能である。

 ただそれは、相手の意思に沿わない命令に強制的に従わせるためのものであり、使い方としては間違っていないが相手次第では一画では足りないことだってあり得る。

 だが、サーヴァントの意に沿う形で使用した場合、それは行動を補助するブースターとして機能し、限定的な形の用法を行えばそれこそ奇跡のような御技を行使することすらも可能とする。

 

 例えば、移動の命令を始点と終点を繋げての空間跳躍、魔法に近い大魔術たる転移として行うことも。

 

「!?」

 

 令呪の力によって距離をつめたセイバーはその場に立っていた存在に対して目を見開く。

 普通の、ただし高位のアーチャーだと思っていた相手がサーヴァントですらない痛ましい何かだと気がついたために。

 それが元々は英霊(サーヴァント)だったことにもすぐに気がついて、こんな形に行使した黒の陣営に対しての怒りも湧いて出た。

 

「これで終わりだッ!」

 

 叫びとともに力強く両手で握った剣を一閃。

 怒りの咆哮が『魔力放出』スキルを奮い立たせ、ただの『魔力放出』から赤雷へと変貌して『頑健』なはずのその肉体を両断した。

 

「ふんっ!」

 

 どろり、と通常のサーヴァントとはまるで違う形で溶け落ちていくようにしてその姿を消していくアーチャーのサーヴァントらしき何か。

 それが溶け落ちるよりも先に、さらに『魔力放出』で赤雷を纏った剣を叩きつけるようにして蒸発させる。

 その一撃は、セイバーの怒りを示すような、暴虐と呼んでもいいような一撃だった。


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