”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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前回のところを他の方のssと被っていると言われたので変えさせていただきました。
全体の流れとしては変わっていないのですが、獅子劫たちが作戦会議をする時間が短くなったこと、アーチャーの攻撃が止んでいる間に転移するのではなくアーチャーの攻撃の最中にセイバーが担いでいた獅子劫をぶん投げる形に。あとはそれに伴って二人の念話をちょっと追加。


第八話

「あら、アーチャーじゃダメだったかしら? ……まあ、今日はこれぐらいで問題ないわよね」

 

 まるで負け惜しみのようなビーストの言葉だが、これは別に負け惜しみというわけではない。

 何せ、あの汚泥で構成されたアーチャーには最初に作り出して以降、一度たりとて魔力を送り込んでいなかったのだから。

 それでも相手がアーサー王の息子ということで思っていたよりも強く作ってしまったのだが、それについては別にあれがフルスペックというわけでもないので問題はない。

 先ほどのアーチャーが動きを止めたのも、実際にはどこにいるのかわからなくなったからではなく、今日のところはこれぐらいで問題ないかと判断したビーストが止めただけのこと。

 ただそれでも、ゴーレムから情報を送り込まれてしまったのだから仕方がない。

 最大でサーヴァント十五騎を同時に相手に回すのは面倒という他ないのだから。

 

 正直なことを言うのであれば、ビーストならば聖杯大戦なんて料理と同じようなものだ。

 手順がわかりきっているから、簡単に終わらせることができる。

 ただ、それでも今はサーヴァントとしての体をなしていること、そして聖杯大戦を通じて己のマスターに理想の王子様ならばどういった行動をとるのかを教えて、彼を王子様にするためにそのようなことを一切していないだけのことなのだ。

 とはいえ、今の彼も今の彼でペット(犬猫)程度の価値はある。

 彼女がどう言う存在なのかを知って、彼女の言うことには従いながらもそれでも自分の意思は捨てていない。

 それこそ、今すぐにでも矯正して『理想の王子様』にしたいと思うことはなく、そこに至るまでの彼の意思を見て楽しむことができる程度には。

 

「ん? これで終わりだからそのまま戻ってもいいって?」

 

 念話が飛んできた。

 彼女のマスター(ペット)からだ。

 その命令に従うのもいいのだが、今日はもう一つだけ、彼にも伝えていないことをしようと思っているのだ。

 そのためにも、ミレニア城塞に一度寄り道をする必要がある。

 

 ただ同時に、それをしようと思うのならば彼女のマスター(坂月真幌)を一時的にとはいえ一人で夜道を歩かせることになる。

 実際、今もすでに真幌は一人で歩いているようだ。

 何かあれば真幌を『理想の王子様』にしたいのだろう彼女が助けに来ると信じているのか。

 それは彼女の性質を知るならばあまりにも呑気と言わざるを得ないのだが。

 

 なぜなら、彼女にとってまだ彼は『素体』、そしてペット以上の価値はないわけで、それこそ掃いて捨てるほどとまでは言わずとも壊れたら別の存在を探せばいい、と言う程度の存在。

 だから、『王子様(アーサー)』のように何に代えても優先すべき存在ではないのだ。

 

 例えば。

 

「ふふ、初めまして」

 

「……て」

 

 彼女が別の世界で「綺麗」と称した、孤高なりし優しき竜のかつての姿と出会えるようなタイミングであれば。

 彼女は少しの間だけ、彼を優先順位としては下げることがあるかもしれなかった。

 

 助けてと言う言葉。

 何にも染まっていない、原初の生存本能。

 無垢なはずの彼がいずれあの竜に至るのだと思うとその光景を眺めてみたいと思ってしまう。

 それが、マスターを放置して彼に会いに来た理由だった。

 

「死にたくない? ……なんて、答えられないわよね」

 

 ホムンクルスの生命維持用の魔力供給槽から出て来たばかりの彼は、そもそもが魔力供給のためだけに存在していた。

 そのため、五体が発達していないのだ。

 ここまで歩くこともできず這って来るしかなかったように。

 それだけで体力の全てを使い果たしてしまったように。

 

 見つかれば死んでしまうと理解しながら、もう逃げられないながら、それでも彼の心には彼女の問いに対する答えが、純粋な『生きたい』と言う願いがあった。

 

 

 

 

 

「そういうわけで連れ帰って来たわ」

 

「あ、そう……」

 

 ビーストがやったことに対しての説明を求めてきたダーニックたちには、『皇帝として暗殺者を雇ったこと』と、サーヴァントとして召喚されるにあたり彼女と同一視される存在の力を持ってきたことで、『暗殺者を生み出す』と『サーヴァントを召喚する』が複合される形で使えるのだ、と自分に暗示をかけて堂々と語ったことで納得させた。

 英霊たちからの視線も合わせて地獄のような詰問となっていたその状況、正直納得なんてしてもらえるわけがないと思っていたのだが、サーヴァントを増やせるという特性を喜んだのかダーニックのとりなしもあってどうにか終わらせて帰ってきてみれば、ビーストがホムンクルスを一名家に連れ帰ってきていた。

 近い未来、彼女が連れて来たことで潰えたその可能性ではジークと呼ばれていたのだろうホムンクルスを見て、そういえば『Fate/Labyrinth』で出会っていたな、と思い出す。

 これが──現在では名も無きホムンクルスのために仮称ジークとしておくが──未だジークフリートの心臓を得ていないために他のホムンクルスたちと同じ見た目をしているにもかかわらずジークだということに気がついた理由は二つ。

 一つ目は、何よりも非人間である沙条愛歌(ビースト)が連れ帰って来たということ。

 彼女からすれば普通のホムンクルスなど興味を抱く対象ではなく、しからばこのホムンクルスには彼女が興味を抱く理由があるのだ、ということだ。

 二つ目は、彼をビーストが発見した時の状況が、原作における黒のライダー(アストルフォ)が彼を発見した時の状況と酷似していたから。

 つまり、生きたいという生存本能に従って自らのゆりかごから脱出し、そのまま這ってでも進んだという証拠。

 それができるホムンクルスがポンポンと生まれるはずもないのだ。

 

 彼の立場は魔力供給用のホムンクルス。

 セイバーのマスターたるゴルドが、彼の家の魔術である錬金術によって鋳造した人工生命体。

 通常の聖杯戦争における制限、マスターからの魔力供給によって行動を起こすサーヴァントという存在であるがゆえに宝具の使用なども含めた諸々をマスターの魔力と相談する必要があるというもの。

 だがユグドミレニアは、現界を除いた魔力を全てホムンクルスから供給することでその制限を取っ払った。

 資金があればいくらでも生み出せるホムンクルスは魔力電池としては都合のいい存在と言わざるを得ない。

 

 そんな彼が逃げ出したのは、キャスターの宝具の炉心として選定されたから。

 キャスターの宝具は生きた魔術師を炉心とする必要があって、彼はそれに足る存在だったのだ。

 だから今もきっと、ジークはミレニア城塞で探されているはずで。

 

「で、そのホムンクルスはどうするんだ?」

 

「そうね……」

 

 それをここで匿うのならば、使い道を知りたいと思って尋ねる。

 頤に指を当てて小首を傾げる姿を見るに、珍しく何も考えることなく連れ帰って来たらしい。

 彼女ならばそれを発見した時点で使い道など無数に思いつくだろうに。

 けれど使い道などの一切を考えずに連れて来た、ということは純粋にかつて見た彼の心象()が綺麗だったから連れて来たのだろうか。

 そんなことを考えて、まだ理解できる価値観があるかもしれないという事実にホッとした。

 彼女がやっていることはともかく心は純粋な少女なのだから。

 心まで完全な怪物ではないのなら、もしかしたらそこに俺が生き残るための道があるかもしれない。

 ただ、俺がそんなことを考えているとは露知らず、ビーストは彼をどうするのかについて考えている。

 

「……ダーニックへの連絡はどうする?」

 

「そうね……まだ使い道は決めてないから保留にしておいて」

 

「了解っと」

 

 それならそれでいい。

 彼女が眠っているジークを影の中にずぶずぶと沈めていく姿を横目に、ダーニックからもらった資料に対して目を通す。

 というのも、先程のビーストの汚泥英霊の召喚があったせいで縁召喚で彼女を呼んだと知られている俺も彼女と同じような精神性なのだと思われて忌避されているのだ。

 さすがに同じ戦場においては仲間として戦ってくれるだろうが、彼らは英霊とはいえ人間、ともなれば嫌いな相手に対しては助力が遅れてしまうかもしれない。

 

 特に理性が蒸発しているアストルフォなんかは。

 

 もらった資料は時計塔に忍んでいるというユグドミレニアの血族が用意した赤のセイバー(モードレッド)のマスターについて。

 獅子劫界離という人物について知っているとはいえ、この世界でも変わらないのかどうかは俺には判断できない。

 しかしざっと流し読みをした程度では目に見えてわかる変化はない。

 

「獅子劫界離、死霊魔術師(ネクロマンサー)、この辺りに変化はないか」

 

 ユグドミレニアの血族ということで、時計塔に忍び込んでいる魔術師たちはどうしても二流、あるいは一流程度でしかなく、時計塔の重鎮にはなれはしない。

 よって上の方だけで話が完結しているのだろう聖杯大戦におけるマスターについての情報は、その魔術師のことをこちらで確認しない限りは手に入れ難いのだ。

 それでも、獅子劫界離に関しては比較的簡単に手に入った。

 何せ、どこからどう見ても時計塔の魔術師らしからぬ人物が堂々と時計塔を闊歩して講師の部屋に入っていったのだ。

 生徒たちに若い者が多いことを考えれば、それはある意味噂になりやすい人物だったと言えるだろう。

 

 その結果、結構な時間をかけて作られた資料には彼の基本的な情報が全て書かれていた。

 

 魔術協会が送り込んできた刺客、フリーランスの魔術師であり賞金稼ぎ。

 賞金稼ぎという彼の立場に死霊魔術師という魔術の特性を考えるにかなりの実力者。

 何せ彼らが魔術のために大量に消費する死体を一番効率よく集めることができるのは戦場なのだ。

 それがフリーランスの賞金稼ぎともなれば、魔術師としてだけではなく戦闘者としても確かな実力者だと判断することができる。

 

「っても、これがわかるのは俺が魔術師じゃないからだけど」

 

 苦笑しながら、その場合の可能性について考える。

 俺が魔術師のまま……というか前世の記憶に目覚めていなかった場合は、きっとダーニックとセレニケ以外のマスターのように侮蔑の視線で見ていたのではないだろうか。

 まあ、そんな可能性はどう描いたところで現実になることはない。

 事実として今ここにいる俺は彼がどういう存在なのかを知っているために、彼のことを危険視している。

 彼自身の性格は気持ちのいいものなのだが、今の彼は別に味方というわけではないのだから。

 

 そんなことを考えながら資料の確認を終えてビーストの方を見てみれば自らの影、先ほどジークを収納した影の中の空間に聖杯の泥を注ぎ込んでいる。

 ジークと名付けられるはずだったホムンクルスの使い道を発見したのだろう。

 彼女の考えることは基本的には俺の予想をはるかに超えるので……いいや違う。

 ビーストの考える結末そのものはそこまで逸脱したものではないのだが、そこに至るまでの過程として彼女にできる行為の全てが選択肢として存在するために、俺たちの思考ではまるで理解できない行動を行なっているのだ。

 

「もう、何をやっているのかしら?」

 

「え、あ……なんかしたか俺?」

 

 ビーストが少し頬を膨らませて、こちらを見ている。

 それを可愛らしいと感じて、数瞬遅れて彼女の機嫌が悪いという事実に対しての恐怖を覚える。

 数瞬もその事実に気がつくことに遅れるなんて、英霊(サーヴァント)であれば十回は自分を殺せる……って違う、そもそも俺がサーヴァントと戦うことなんてないんだからそんなことを気にする必要はない。

 どうにかビーストから不機嫌な理由を聞き出して、そこを修正しないといけない。

 

「私の王子様なら、彼を死なせかねないこんな行動をしたら止めるに決まってるでしょ」

 

「ああ……なるほど……」

 

 確かにアーサー王ならば止めるだろう。

 彼女にはその理由はわかっていないのだろうが、それでもかつての聖杯戦争でアーサーから止められたことで無駄な犠牲を嫌っているということだけは知っている。

 まあ、彼女自身その時は諌められただけなので実行はしていたのだが。

 

「わかった……次からは止めるようにする」

 

「ええ、それでいいのよ」

 

 ビーストが頷いているのでどうやら選択肢は間違えなかったようだ。

 今の彼女が最終的にアーサー王に殺された理由として思い描けているものは、俺に考えられる限りではその一点のみなので、もしかしたらこれ以上は『理想の王子様』とやらは全て彼女の思い描く形にしかならないのではなかろうか。

 そんな不安がないとは言わないが、それは今の俺が考えてもどうしようもないこと。

 未来のことは未来の俺に丸投げするとして、今はジークに対して何をしたのかを尋ねてみるとしよう。

 

「で、そのホムンクルスに何をしたのさ?」

 

「なんだと思う?」

 

 さて、なんだろうか。

 彼女が死にかけのホムンクルスに対して取る行動。

 正直、何も思いつかない。

 彼女の思考回路なんて、俺の頭で理解しきれるはずがない。

 それでもきっと彼女はちゃんと答えることを望んでいるのだろうし考えて。

 

 考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて。

 

「あ……」

 

 そこで一つ、彼女がフラグメンツで行ったことを思い出した。

 それは伊勢三という少年に対しての所業。

 大昔の聖者様のような彼に対して、「30分誰も恨まなかったら助けてあげる」というようなことを言っていた。

 そして、ジークのことを綺麗と称して手を出さずに終えた彼女が、その綺麗になる前の彼に対して出会ったのなら。

 

「もしかして、そのホムンクルス相手に聖杯の中身を埋め込んで何か条件付きで彼の願いを叶えるとか言ったのか?」

 

 自分が手を加えてもそんな綺麗な存在のままでいられるか、なんてことを考えて手を出してもおかしなことではないのかもしれない。

 だって、もうどれだけ頑張っても彼がジークになる可能性は低い。

 彼女ならそんな未来を持ってくることも可能かもしれないが、それでもそこまでやるほどの価値を見出しているのか。

 少なくとも王子様を作りたいと思う心よりは下なのだと思うが……。

 

「残念、不正解よ。……でも、間違ってるとまでは言えないわね。答えは───」

 

 その答えは、驚くべき内容だった。




ジーク君……!?

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