”黒”のビースト、愛歌ちゃん   作:ぴんころ

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第九話

 黒のアサシン(ビースト)が呼び出したアーチャーが赤のセイバーと戦った日からすでに数日が経っている。

 そんなある日の晩のこと、俺たちにもミレニア城塞への召集がかかった。

 これまでの数日間は相手方に動きはなく、ユグドミレニアも大聖杯があるのだからわざわざ打って出る必要性を感じることはなく、結果として戦闘は小康状態と呼べる状態に陥っていたのだが、その状況に一つの要素が加わったことによって彼らはどちらも打って出る必要性に駆られたのだ。

 

 その要素の名前は、ルーラー。

 

 裁定者のサーヴァント。

 『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く絶対的な管理者。

 部外者を巻き込むなど規約に反する者に注意を促し、場合によってはペナルティを与え、聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐための存在。

 そのため現界するのにマスターを必要とせず、「中立の審判」として基本的にどの陣営に組する事もない。

 それを赤の陣営は抹殺しようとして、黒の陣営は懐柔しようとしている。

 赤の陣営はランサー、カルナ。

 黒の陣営はセイバーとそのマスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 赤の陣営による暗殺は黒の陣営の介入により失敗し、黒の陣営による懐柔はそもそものルーラーとしての立ち位置から失敗した。

 どちらも目的を達することはできなかったために、当然の帰結として次に行われるのはサーヴァント同士の戦い。

 赤のランサーはその目的たるルーラーの殺害のために。

 黒のセイバーは己のマスターの命によりこの場で赤のランサーを撃破するために。

 

 その戦いに否を唱える理由など、ない。

 

 そんな光景を、俺たちはミレニア城塞ではなくユグドミレニアが与えた家で見ていた。

 名目上はアサシンがこのあいだのセイバー戦で使ったあれは時間をかければかけるほど完璧に近づけることができるとかなんとか、そんな適当なことを言った気がする。

 だが実際の理由はそんなものではない。

 その気になればあの汚泥英霊に関してはポンポン生み出すことができる。

 なので、今回こちらで見ることにしたのは、こちらでないとダメな理由が……ジークと呼ばれるはずだった存在がここにいるから。

 

「で、どうだ?」

 

「……俺もあの戦いに加わるのか」

 

 横にいるジーク……いいや、もうこの名前は正しくない。

 今の彼はジークフリートの心臓を受け継いだことで生きながらえたホムンクルスではないのだから。

 心臓の代わりにビーストから与えられた泥によって生きながらえ、そして同時に生存本能以外は薄弱だった彼の中に人間の悪性という情報が埋め込まれ、竜殺しの力ながらもジークフリートのものではない力を持ってこれより先の生で彼の障害となる存在を打ち破ることを許された。

 彼の心臓に聖杯の魔力とともに埋め込まれたのは、とある滅びに向かう世界でエインズワースという置換魔術の使い手たる家が用意した魔術礼装、正式名称をサーヴァントカード、通称クラスカードと呼ばれるものだった。

 それによって彼はジークフリートの心臓を受け継ぐことなくサーヴァントとしての力を振るうことができるのだが、今はそれはいい。

 重要なのは、彼の力の源がジークフリートではなくなったことによって名前もジークではなくなったということだけ。

 

「シド、そんなこと言ってるけど見えてるんだろ?」

 

「それは、まあ……」

 

 ビーストが壁をスクリーンとして映し出している、赤のランサーと黒のセイバーの戦い。

 俺のような常人には彼らが繰り広げる死闘の一端すらも視界に捉えることはできないが、英霊の力を取り込んでいるに等しい、シドという新しい名前を得たホムンクルスならばその全てを網膜の内側に焼き付けることも可能だろう。

 生存させてくれたことに対して深い感謝を抱いた彼はどことなく崇拝すら感じさせる瞳で礼をしたいと語り、そんな彼にビーストが望んだのはサーヴァントとして戦うこと。

 そのために与えられた力は、彼女が参加した聖杯戦争におけるランサー、ブリュンヒルデの伴侶たる英霊シグルドのもの。

 俺やビーストでは決してたどり着けない、戦闘を生業とする英霊だ。

 

「聖杯大戦の第二戦……敵方も魔力供給用のホムンクルスでも持ってるのかね」

 

 そんなことを思ってしまうのは、きっと赤のランサーの真名を知っているから。

 彼は魔力の消費量で言えば、黒のセイバーどころかほとんどの英霊を、それこそ狂戦士として召喚された英霊であったとしてもそのほとんどを上回る消費を強いるはずだ。

 そんな彼を、たとえ前哨戦、スキルや宝具を使用しない本気には程遠い戦いとは言え、始まってからすでに数時間も経っているというのに平然と戦わせ続けることができるのだから、そんなことを思っても仕方ないと思ってもらえるはずだ。

 

 そう……すでに彼らの戦いが開始してから数時間。

 夜更けに始まったその戦いは剣と槍をぶつけ合うだけの原始的なもの。

 少なくとも赤のセイバーの『魔力放出』のような、特殊なものなど何もないただの二人の戦士の戦いだった。

 常人では目で追うことすら不可能であるにもかかわらず、俺からしても彼らの戦いは『殺し合い』というよりも神々に捧げる『演舞』か何かを見ているような気分になることができる。

 

 激しい剣戟はお互いの武器と、そして肉体とぶつかり合って、傷つけた肉体から飛び散る血を剣気だけで蒸発させ、その光景を鋼同士がぶつかり合ったことで生まれた火花が彩っていく。

 黒のセイバーはネーデルラントの勇者、世界的に有名な竜殺し(ドラゴンスレイヤー)であるジークフリート。

 世界中に存在する不死の英雄の一角を担う者であり、竜の血を浴びたその肉体は触れた者であれば誰しもが鋼鉄を思い起こす。

 そんな不死の英雄の代表格と言っても過言ではないだろう彼の霊格は、間違いなく最高位に他ならない。

 竜の血を浴びて不死となった彼の肉体はその逸話によって宝具となった。

 『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』という名を持ったその肉体はBランク以下の攻撃の全てを無効化し、さらにはそれを上回る攻撃に対しても強制的にBランク相当のダメージを減衰させるという。

 つまり、彼を傷つけるためには最低でもAランクの攻撃方法を持っていなければならず、さすがにAランクを十二種類持たなければならないヘラクレスに比べればまだまともではあるのだが、それでも宝具の解放でもなければ普通は傷つけられない英霊という立ち位置へと彼を押し上げる、まさしく最上位に属する防御系宝具である。

 

 しかし、彼と打ち合う赤のランサー、彼の槍の一撃はその全てがセイバーの肉体に小さいながらも傷をつけている。

 それは錬金術に特化した家系であるムジーク家出身のゴルドの使う、平均程度の治癒魔術ですぐに回復するような代物ではあるのだが、確かに傷である。

 つまり彼は真名解放などしていない、その槍の通常攻撃だけでAランクに届くレベルの攻撃を放つことができるということだ。

 さらには彼の纏う黄金の鎧はセイバーの持つもう一つの宝具、剣士(セイバー)のクラスに据えられるに至った理由である宝具の『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』による一撃、それもB+ランクの筋力値から放たれたものを受け止めるほどに頑丈だった。

 しかし、それもそのはず。彼の英雄はマハーバーラタの大英雄、施しの英雄カルナ。

 その黄金の鎧『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』は生まれた時から彼が持つ、父たる神スーリヤの威光そのものであり、それがある限り彼は不死身であった。

 

 共に、相手の攻撃を受けながらもそれを致命傷とすることがないほどの防御力を有しながら、技の卓越性ではわずかに赤のランサーが上回り、軀の頑強さで言えばわずかにジークフリートが上。

 しかして、この戦いはただの小手調べでしかないとは言え、そこから見る限りはその総合力は同等と言わざるを得ない。

 結果として黒のセイバー(ジークフリート)赤のランサー(カルナ)の戦いは均衡状態を保ちながら、勝敗がどちらかに傾くことはなく夜を徹して続いているのだった。

 

「それにしても……こんな形で見ていてもいいのだろうか?」

 

「いいのよ、別に。見方なんて誰かが決めたわけではないのだから」

 

 ひょっこりとキッチンから顔を出したビーストが、その光景を眺めながら疑問を口にしたシドを諭す。

 ここにいる俺たちは全員、ビーストが作ったポップコーンを片手に映画を見るかのようにして二人の戦いを眺めている。

 ひどく現実味のない戦いを、現実味がないままに現実感のある行為に落とし込んでいるのだが、現実のことを未だよく知らないシドは疑問を抱いたらしい。

 

「それにしても、一人の女性を取り合って戦うのってこういうものなのかしらね?」

 

「いや、さすがにそれは違うだろ」

 

 そう、違うはずだ。

 こういう場合にビーストの言葉を否定しなかった場合、シドが間違った現代知識を覚えてしまうかもしれない。

 こちらのことを慕ってくれる生まれたばかりの赤子のような彼に流石にそれは不憫だろうから、ちゃんと否定をしないといけない。

 

 とは言っても、確かに一人の少女の身柄を取り合う名目で戦い始めたのは事実だ。

 

「ルーラーに見惚れでもしたのか?」

 

「そう、だな。確かに俺はあの人を美しいと思った」

 

 ……こういうところ、ホムンクルスはずるいと思う。

 思ったことをさらっと言える。

 映像の端に映っている紫水晶のような瞳を持った、金糸のような髪を三つ編みにした少女。

 幻想の中にのみ存在することを許されたかのような美しさを纏ったあの少女こそ、この戦いの原因たるルーラーのサーヴァント、救国の聖女ジャンヌ・ダルク。

 その存在が召喚されることを知っていた俺たちからすればともかく、シドからすればとても珍しい存在なので、そういう意味で見ていたのかと思ったのだが、実際は見惚れていただけのようだ。

 

「それにしても、どうして赤の陣営はルーラーを殺しに行ったのだろうか?」

 

 状況についてはシドも理解している。

 赤の陣営がランサーを派遣してルーラーを殺害しようとしたこと。

 その理由は、赤の陣営の内情を知らないシドからすればあまりにも謎だったのだろう。

 何せ、聖杯戦争の進行役と言われるルーラーを狙った時点で、聖杯戦争の運行を妨げると判断されてペナルティを受けても仕方ないことなのだ。

 黒の陣営との戦いが控えている中、それはあまりにも致命的に思われる。

 

「普通に考えるなら、狙わないといけない状況だってことだろうよ。例えば、ルーラーがその強権を発動するほどの反則を犯している、とか」

 

 そんな風に答え、映像に視線を戻す。

 俺と、おそらくはビーストも視界に捉えることができない速度の戦いではあるが、シグルドの力を置換することで──それも根源接続者(ビースト)が作ったクラスカードなので本家のそれに近い力を──手にすることができるシドならばこの戦いを視認できるはず。

 自分がこれから身を投じることになる戦いを、彼に知っておいてほしいということでこちらで見ることにしたのだ。

 ここでちゃんと見てもらわないとダメだろう。

 

 とは言っても、そろそろ戦いは終わりだ。

 戦いの空間に朝の日差しが差し込んで、彼らの姿をつまびらかにしていくのだから。

 未だ完全ではないが、それでもわかる。

 これ以上の戦いは、聖杯戦争の大原則たる『夜にのみ行う』ということを逸脱する。

 よって二騎のサーヴァントはランサーからの提案という形で戦いを終える。

 ランサーはその場を去り、セイバーもまたマスターであるゴルドがルーラーに二、三語りかけてから、彼の提案が断られてから帰って行った光景を最後に、ビーストが映していた映像は途切れた。

 

 

 

 

 

 サーヴァントがぶつかったのは二回。

 黒のアサシンと赤のセイバー、黒のセイバーと赤のランサー。

 その戦いを眺めていたのはもちろん黒の陣営だけではなく赤の陣営も。

 ただし、それはシロウ・コトミネという神父だけだったのだが。

 彼が召喚したアサシンなのだが、その真名をセミラミス。

 アッシリアの女帝である彼女は生まれてすぐに捨てられて鳩に育てられたのだが、その逸話からか鳩を使い魔とし、その監視網をルーマニア全土にまで広げている。

 二度の小競り合いもそれによって確認し、その情報をまとめた資料に神父は目を通している。

 

「さすがは、ジークフリートというべきですか」

 

 黒のセイバーの真名をすでに知っている彼はそんな言葉を口にした。

 その彼を玉座より見下ろすのは彼のサーヴァントであるアサシン。

 女の色香を振りまきながら男を堕落させる黒の魔女。

 

「だが厄介なだけであろう? 少なくとも、こちらのライダーを打ち破れる相手ではない」

 

「ええ、向こうの上位二騎のサーヴァントは神性を持っていませんから」

 

 赤のランサーは太陽神の息子たるカルナ。

 魔力さえ足りていれば彼だけでも並大抵の聖杯戦争であれば勝利は確実だろうが、そんな彼と同格の大英雄がもう一人、彼らが口にしたライダーである。

 

「もう一人、真名がわかっているのは我と同じくアサシンか。それで、其奴の真名は?」

 

 おかしな会話である。

 そもそもジークフリートは名乗るどころか声を一度たりとも発していない。

 そんな状況下で真名を知るには彼と生前からの知己である者がいる、ぐらいなのだろうが赤の陣営にはそんな存在はいない。

 それでも、どちらも黒のセイバーがジークフリートであることは疑っていなかった。

 

「ネロ・クラウディウスだそうですよ」

 

「ほう……確かローマの皇帝だったか」

 

 まさか女性だったとは思わなかったので多少の驚きを得たが、アサシンにとってはそれだけだ。

 むしろ、どことなく顔色が平常とは違う神父の方にこそ興味を惹かれた。

 

「やはり、キリシタンとしてはかつてキリスト教を弾劾したあの皇帝は許せぬか?」

 

「確かに憎いか憎くないかで言えば、きっと憎い存在なのでしょうが……」

 

 それとはまた違う、と神父は語る。

 権謀術数の只中にいる女帝ゆえに必須と言える人の嘘偽りを見抜く力は当然のごとくアサシンも身につけていて、そのセンスがシロウが嘘をついていないことを見抜いている。

 そのため、それがどういうことなのかを語るように促す。

 

「最初、あのアサシンの真名を読み取れませんでした。いいえそれどころかアサシンというクラスすらも。……ネロ・クラウディウスに隠蔽の逸話なんてありましたか?」

 

「キャスターが隠す……ああ、ゴーレム使いにそのようなことは不可能か」

 

「ええ。……ですので、本当にネロ・クラウディウスなのか、と」

 

 真名が明かされながらも、その真名が真実なのかわからない英霊。

 そこに、シロウは少しばかりの異質さを感じざるを得なかった。




黒のアサシンカーマちゃんとか思いついたし、セミ様をサーヴァントにして超高度からヘラクレスを狙い撃ちにする話とかも書いてみたい……
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