in the dreams
「レイ、おいで。」
ママだ。慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、俺を抱き上げる。優しく頭をなでて、柔らかい声で名前を呼ぶ。大好きな母の声。俺は赤ん坊だった。
「レイ、こっちだ!」
やっと自分で立てるようになった時、当時9歳だったマーリンがヨタヨタ歩く俺に両手を広げて、頑張れ頑張れと声援をくれる。
「もう、レイったら!」
俺があんまり無神経なことを言ったから、スーザンがプリプリ怒る。歳の近い子で俺を叱ったりたしなめたりするのはスーザンくらいだった。
「レイは偉いわね。」
俺が当番を手伝ったり、弟妹の面倒をみると、必ず褒めてくれたブリジット。
「今度こそレイを笑わせてやるぞ!」
ちっとも可愛げのない弟だったろうに、飽きもせず遊びに誘い続けてくれたマーカス。
「レイ、教えてくれよ〜。」
どんなにぞんざいな扱いをしても慕ってくれた、もう一人の同年の兄弟ダレン。
「レイ抱っこー!」
愛想のない兄に寄り添うようにそばに居てくれたマージョリー。
「じゃあお願いね、レイ。」
俺が2人のため、最後の犠牲者に選んだ可愛いコニー。
苦しい、そう思った時、
「ねぇレイ、これはどう思う?」
「流石レイだね。」
俺を親友と憚らない誰よりも大切な2人が、側にいた。2人が笑うと、救われた。明るい陽射しが、いつもの樹の木漏れ日になって俺たち3人を照らす。子供達の声が庭に響く。洗濯をする音が、ボールを蹴る音が、誰かが歌う声が…歌…?
♪〜……♪♪♪〜…♪♪……♪♪〜……
目を瞑ると、暗くて温かい場所にいた。
懐かしい夢をみた。
温かく、影も暗闇もない明るい場所で、穏やかに過ごしていた…と思う。のどかで満ち足りた気持ちだった。ハウスで暮らしていた頃の夢だろう、内容は目を覚ました瞬間に忘れてしまったが、久しぶりに恐怖や危機感もなく起きることができた。こころなしか、もうずっと疲れが取れなかった体も、不思議と怠さがなくなり、軽くなったような気がした。
12 years old
ーー2046年12月末ーー
「お、レイ。やっと起きた。」
目を開けると、傍で荷物をまとめていたらしいドンが言った。起き上がって見ると、ギルダは簡単に朝食の準備をしている。どうやら大分寝過ごしてしまったようだった。
「悪い。」
「いいって。」
「レイはいつも根詰めすぎなのよ。夜の見張りも一番してくれるし。たまにはちゃんと休んで、私たちに任せてくれたって良いんだから。」
ドンは屈託無く答え、ギルダには諭すように言われてしまった。2人とも、この旅の一年ですっかり成長して、逞しくなった。見張りも狩も一通りすべて任せられるほどだ。
俺は苦笑した。
「あぁ、すまん。そうするよ。」
自分も起き出してギルダを手伝った。
昨日野営地に選んだのは、岩山が連なる渓谷の奥にある洞窟だった。山の反対側には岩の樹の森が続き、その先には広い湿地帯がある。目的地はその湿地の手前にそびえる大樹だった。遠くからでもひときわ高く見えるその樹は、樹齢500年以上にもなるもの。シェルターの資料で調べた、エマが見たという金の水の手がかりの一つだ。
湿地帯は鬼がいる可能性が高いが、今いるここら辺一帯の岩山には、鬼はいない。動植物もなく、危険はほとんどない土地だった。
その代わり食糧は手に入りそうにないので、非常食用にと家族が持たせてくれたパンと、スープを作ることにした。
鬼がいないので火を焚いて、わずかばかりの野草を入れスープを温める。洞窟の天井にはわずかに穴が空いているようで、かすかな朝陽が差し込んでいる。食事はいつも簡素で質素だった。味付けもごく薄くにしかできないが、皆んななんとかやっていた。
「エマとヴァイオレットは?」
「何か食べられるものがないか探しに行ったみたい。ここら辺は何もなさそうだけど、2人ともお腹が空いて仕方ないみたいだったわ。もし何もなくても、動いたら気がまぎれるかもしれないって。」
「…そうか。」
それは運動神経の良いエマやヴァイオレットらしいといえばらしかったが、いくら危険度の低い土地でも、用心するに越したことはない。あの2人なら大丈夫だとは思うが、少し心配だった。
ドンが付け足した。
「ザックが、心配だって2人についてってたから。安心しろよ。」
どうやら心配が顔に出ていたらしい。内心慌てて、表情を引き締めた。
ザックがいれば、何かあっても問題なく連れ帰ってくれるだろう。ザックの危険回避能力と危機への対処能力はズバ抜けている。ヴァイオレットは機転がきくしフォローも上手い。エマは…個人としての能力は間違いなく高いが、無鉄砲が過ぎ…いや、チームワークは卒なくこなしてきたし…あの変なところでのドジっぷりと突っ走りを発揮しないでくれたら心配はいらない…か?
何にせよ、ザックとヴァイオレットがいれば大丈夫だろう。
そんな事を考えていたら、入口の方から三人が帰ってきた。
「あ、レイ起きてる!」
「おはようレイ。」
「おはようレイ。良く眠れたか?」
まずエマが俺に気づき、ヴァイオレットが簡潔にあいさつし、ザックが気を使ってくれる。
3人とも、手に水を貯めたイソギンチャクを持っていた。どうやら食べ物は見つからなかったらしい。
「あぁ、おはよう。悪い、寝過ごして。」
そう言うと、ヴァイオレットが焚き火の反対側に座りながら驚いたように目を開いていた。
「レイにしては珍しいよな。もしかして旅に出てから初めてじゃないか?レイが最後だったのは。」
確かに、この一年を思い返してみても、大体いつも俺が一番早かった。
「レイってば本当に早いの!私が頑張って早く起きても、いつもそれより早く起きててね、ある時は狩から帰った後だったりしたんだよ?行くなら起こしてくれれば良いのに!」
エマはヴァイオレットの隣に座りながら言った。はじめは純粋に俺を褒める風だったのが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
「だから、今日はレイが寝てる間に私が狩に行ったんだからね!いつもふらふら〜っと一人で出てって私を置いてくから、今日はレイが置いていかれる私の気持ちを思い知ったら良いの。」
最後は説教のようになって俺に向かって腕組みをしているエマに、ヴァイオレットは呆れた表情になった。
「それでオレを誘ったのかよ。なんかやたらやる気あるし、ちょっと強引だったし、変だな〜と思ったら…」
「えっ強引だった⁈」
エマは驚いて声を上げた。どうやら自分では普通に誘ったつもりだったらしい。
「あぁ、別に気にしてないから良いけどな。腹減ってたのは事実だし。」
「ごめん…」
「いいって。」
シュンと項垂れて見るからに落ち込んだエマ。ヴァイオレットはそんなエマを慰めている。ザックは集めてきたイソギンチャクの水を水筒に入れながら見守っていた。すっかり兄の顔だ。
ドンとギルダも黙って2人のやり取りを眺めていたが、俺を挟んでクスクスと笑いだした。
「ん?どうした…」
「だって、」
クスクスが止まらずに言葉を切ったギルダの代わりに、ドンが続けた。
「いつもリーダーシップとって引っ張ってくれるレイとエマがさ、今日は朝から謝ってばかりだからなんか、可笑しくてさ。」
そう言って笑うドンは、どこか楽しげだった。ギルダは未だにクスクス笑っている。エマとヴァイオレットとザックは相変わらずだった。鬼が来る心配もほとんどない場所だったし、みんな久し振りにリラックスしている。
…旅に出てからずっと緊張状態が続いていたが、つかの間の穏やかな時間に、心が緩んだのかもしれない。
その時、今まで思い出さなかったハウス時代の記憶が蘇った。意識して記憶から排除しようとした思い出。
『レイ、今日は僕に謝ってばっかだね。いつものレイじゃないみたい。』
とっさに下を向いた。今顔を見られたくない。自分がどんな表情をしているかわからない。
『ねぇレイ、今日はどんな実験するの?』
屈託なく笑った顔。楽しげな声。自分より少し小さな背。柔らかそうな、光に反射して明るい栗色の髪。歳よりも幼く見える笑顔と仕草が、可愛らしかった…
俺が殺した、弟。
「レイ、どうしたの?」
心配げな声で言うのは、エマか。エマは兄弟姉妹を良く見ている。困っている子や自分ではなかなか言い出せない子の様子にいち早く気づいて手を貸してやる。そんなエマに普段は助けられているが、今ばかりは。
「…悪い…ちょっと用足してくる…」
誤魔化そうとして言った声は、多分情けない音をしていたと思う。いつもなら平静を装うくらいできるのに、突然思い出してしまったからだろうか、思うように感情をコントロール出来なかった。
皆んなの視線を感じたが、構ってはいられなかった。早く外に出て、誰もいない所に行って、落ち着かないと。
今さら、過去の自分の所業を振り返って嘆いたり後悔したり、自分勝手にも程がある。家族の為に生きるんだろ、前に進むんだろ、立ち止まるんじゃない。お前にそんな資格ない。
自分が殺した家族の為に泣くなんて、そんな資格はないんだ。
続く