5 years old
“William Minerva”
俺がその存在に気がついたのは、5歳になった頃。本を読み終わったあと、何度か巻末に同じフクロウのマークを見つけて気になった。
「あら、レイ。今度は何を読んでいるの?」
図書館で1人でいると、スーザンが入ってきた。多分スーザンは、本を取りに来たのではない。俺を探しに来てくれたのだろう。“本は嫌いではないが、好んで読むほど好きでもない”とは以前、スーザン本人が言っていたことだ。
「“人類と食糧の歴史”……え、何、こんな難しいの読んでるの?」
スーザンは、驚きを通りこして信じられないというような声を出した。確かに、子供が読むにしては厚くて重い一冊ではある。俺も、ある疑問が生まれなきゃ、こんなものを読もうとは思わなかっただろう。
「書いてあること、わかるの?」
「難しい。」
「じゃあ読んでも意味わからないんじゃない?」
「そう思って辞書も持って来てるんだ。」
「あら、ほんと。賢いのねレイ!」
「……別に。」
スーザンと話すと、いつもスーザンのペースになる。明るくて楽しくて、でもなぜだかひどく安心する。
「レイは本が大好きなのね。」
スーザンはニコリと笑いながら言った。本当はそれとは少し違うのだが、最近は本ばかり読んでいるので、説得力は薄い。これからも読み続けるつもりだから、そう思われるのは都合がいいかもしれないと、否定はしなかった。
「今度はヘレナが里子に決まったし。さみしくなっちゃうね。」
俺は、そのことはあまり考えないでいた。湧き上がってきた疑問に答えを出すのはまだ早い。けれど、もし答えが出たとして、自分にできることがどれ程あるのだろうか。
「レイは、外に出たら何がしたい?」
スーザンはいつもの明るい笑顔で、未来を想像してキラキラと輝いている。俺はこの時、自分はスーザンのようにはなれないな、と思った。
「うん……ひとりで生きていけるようになる、かな。」
「……重いわね、レイ。じゃあ、ひとりで生きていけるようになったら何をしたい?」
「……。」
本当は、マーリンに会いに行きたい、と言いたかった。あの優しい兄の声をもう一度聞きたい。できたらチェスをして、前より強くなった自分を褒めてもらいたい。けれど、その願いが叶うことがあるのだろうか?
この時の俺には、嘘でも、嘘は吐けなかった。
「もう、レイったら。そんなに難しい質問だったかしら?」
少し困ったように笑ったスーザンは、俺の頭をポンポンとなでた。スーザンの手は、太陽の陽射しように温かくて優しかった。
「そうね。まず私が手本を見せてあげないと!」
そう言うと、なぜか腕を組んで自信満々に言い放った。
「私はね、外に出たら、みんなに手紙を書くのよ!今まで出てった兄姉たち、誰からも手紙ないじゃない?あのマーリンやライラでさえ、すっかり私たちのこと忘れちゃったみたいだもの。」
少し怒った顔をしているスーザンだが、本当は悲しいんだろう。べったりだった姉のライラが、出て行って2ヶ月以上になるのに、スーザンの手紙の返事を一通も送ってくれないから。
「だからね、どれだけ外が楽しくて魅力的な世界でも、あなたたちのことを忘れないように、一番初めに手紙を書くの!そして、世界がどんな風か、あなたたちに教えるの!
そうだ、もし新しい家族にお願いできたら、写真も撮ってもらうわ!そしたら私がいる場所がどんなか、よくわかるじゃない?」
スーザンはいつの間にか、俺の隣に座って力説していた。身振り手振りを加えて自分の考えを披露する2歳年上の姉は、家族思いの優しい姉だ。スーザンの思いが視界と空気を通して伝わってきて、こそばゆい。マーリンと違って年は近いけど、やはりスーザンも姉に変わりなかった。一緒にいると、守られている気がするんだ。
スーザンとはそれから何度も外への夢の話をしたが、スーザンがハウスを出るのは、それから4年後のことだった。
続く