Ray〜lonely fight〜   作:小石

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続き


Tears

 

8years old

 

 

8歳になる前だったか。何度も地獄を味わって、心が麻痺していた時だ。

世界の全てが色を失って、生きている実感がない。食事をしてもどんな味がわからなくて、陽射しを浴びても暖かさがなく、花壇に花を植えても、匂いも土の感触も感じない。お風呂に入っても癒されない。音楽を聴いても心は動かない。家族の声は悲鳴のように聞こえる。

毎日、今まで見送った兄姉たちの夢を見た。日によって、鬼に食われる夢だったり、逃げ惑う夢だったり、もっと酷い様子の夢を見たりした。そこではいつも、俺は見ているだけだった。身体が硬直して指一本動かせず、ただ大好きな兄姉たちが死んでいくのを見つめて突っ立っているだけ。

 

「レイ、助けて!!!!!!!」

 

シンディーが俺に助けを求めて手を伸ばす。

 

「助けてぇ、レイ、早くー!!!!!!」

 

マーカスが恐怖の表情で叫ぶ。

 

「死にたくない……!レイ、たすーーっ。」

 

マーリンが動けない俺の前で無残に八つ裂きにされていく。他の兄弟たちも、俺の目の前を通り過ぎ、死の道へと落ちていく。

その光景に恐怖で目を見開いていると、肩にポンと誰かの手が。

 

「レイ、もっとよく見なさい。目をそらしてはいけない。」

 

ママが俺の肩に力を入れて、押した。

落ちる、と思ったら、すんでのところで繋ぎとめられる。多分ママが支えているんだろう。

落ちる感覚の怖さに瞑っていた目を開けると、そこにはこの間見送った姉、ケイトの顔があった。

いや、本当にあのケイトなのか?あんなに生き生きとした顔は青く、キラキラと輝いた目はくすみ淀み、サラサラだった髪は乱雑に乱れて……

 

「あなたが死なせたのよ。」

 

ケイトから目をそらしたくて、声のした後ろを振り向いた。冷たい表情のママがいるはずのそこには、首をもがれた血まみれの胴体が、俺の肩を掴んでいた。

 

『さぁ、今度はお前の番だ。』

 

死んだママの体の頭上には、あの恐ろしい鬼の面が、俺を見下ろして身の毛のよだつ濁声で迫った。

恐ろしいはずのその姿は、その時の俺には天国からの使者のように見え、その濁声は優しい囁きに聞こえた。やっとこの地獄を終わらせることができるのか。なら早く、俺を殺してくれ。この地獄から、解放してくれ。俺を……!!!!!!

 

♪〜……♪♪♪〜…♪♪……♪♪〜……

 

歌声が、どこからともなく聞こえてきた。

俺を地獄へ誘う母親の声かと思ったが、どうやら違う。聴いたことのない、男の子の声だった。あの旋律を、誰とも知らない少年の声が歌う。どこまでも純粋で、澄みとおり、光そのもののような救いの声が、地獄を包んだ。

 

「レイ!起きて、レイ!」

 

地震かと思うくらいの揺れと必死な声に呼ばれ、俺は目を覚ました。

あたりは真っ暗だが、それにも増してなぜか視界は明瞭としない。度の合わない眼鏡をかけた時のように、歪んでいる。

声の主人は、どうやら同室のブリジットらしい。言いながら、俺の肩を掴んで揺らしている。俺がまったく返事をしないで呆然としているからだろう。一生懸命呼びかけてくれた。

 

「大丈夫よレイ。大丈夫、大丈夫……。」

 

ブリジットは、動かない俺を抱き上げて、あやした。状況が飲み込めないでいたが、次のブリジットの言葉で納得した。

 

「怖い夢を見たのね。大丈夫、みんなは起きていないし。しばらく側にいるから。」

 

俺は夢にうなされていたらしい。ブリジットを起こしてしまったのだろうか?それとも、たまたまブリジットが起きていたのか?どちらにしても、夢のせいで心拍数が上がってひどく汗をかいてしまった俺は、どんどん冷えてくる体温を感じて身震いした。

苦しかった。こんなに優しくされても、俺はブリジットのために何もしてあげることはできない。それどころか、それを後押しする最低の裏切り者だ。いずれブリジットのことも見送らなければならない。今の俺には、何もできやしないんだ。

悔しい、悔しい、悔しい……!

 

「レイ……。」

 

声もなくすすり泣く俺に気づいたのか、ブリジットは俺の顔を遠慮がちに覗き込んだ。俺は顔を見られたくなくて、ブリジットの胸にしがみつく。俺の気持ちを察したのか、ブリジットはすぐに覗き込むのをやめ、代わりに頭を撫でてくれた。

 

トン トン トン トン トン……

 

ゆりかごのように揺れながら、背中をさすってくれる姉の優しさに包まれて、悪夢に苛まれてズタズタだった心は次第に落ち着いていった。

次に目を覚ました時、太陽はすっかり登っていて、部屋で最後に起きたのは俺らしかった。

 

「おはよう、レイ!やっと起きたわね。」

 

すでに着替えて他のチビたちの面倒を見ていたブリジットが俺を見て笑った。

 

「レイがビリだー!」

 

「今日はレイより早く起きたぞぅ!」

 

続いてはしゃぐのは1つ下のジミーと1つ上のチャッキー。

 

「珍しいね。レイがこの時間まで目を覚まさないなんて。」

 

ゆっくりした口調で言うのは1つ上のアビーだ。いつもと変わらない穏やかな朝だった。

あれから、夢を見ずに眠れたらしい。ただ、夜中に起きてしまったので、まだ少し眠い。食堂に行って、エマやノーマン、他の兄弟たちと挨拶を交わしながら、ブリジットは昨日のことは誰にも言わないでくれたようだと思った。

朝食の時、ブリジットと目が合うとウインクをされた。一緒に食器を洗いながらお礼を言ったら、「良いのよ、気にしないで」って言って、楽しい話をしてくれる。ブリジットの気遣いは、俺の暗い心を幾分か癒してくれた。

その日の昼すぎ、ママの書斎に呼ばれた。嫌なタイミングだ。

 

「最近、調子はどうかしら?レイ。」

 

「別に、普通……。」

 

かすかに微笑みながらの問いは、確信があってのものだろう。ここのところずっと夢のせいでちゃんと眠った気がしなかった。ママはとっくにお見通しらしい。

 

「まぁ、仕事をちゃんとしてくれたら、そんなことはどうでも良いのだけれど。」

 

(だったら、わざわざ聞くな……!)

 

ママは俺の苛立ちを知ってか知らずか、話題を焦らして書類に目を通している。多分、100%わかってやっていると思うが。

 

「今日呼んだのは他でもないわ。次の出荷が決まったの。」

 

なんとか苛立ちを抑えようとしていたところ、ママは本題に入った。俺は血の気が引いた。

 

「え……だって…一週間前にケイトをしゅっ…出荷したばかりじゃ……。」

 

また失敗した、と思いながら、俺は動揺した。

一度出荷すれば、次の出荷は大体いつも2ヶ月後だ。なのに、なんでこんなに早い?

ママは、まるで俺の疑問が聞こえたかのように答えを言った。

 

「レイには言ってなかったんだけれど、今回は立て続けに出荷することになったのよ。理由は知らなくても良いけど、上からの命令は絶対。あなたにもしっかり仕事をしてもらうわよ、レイ。」

 

俺は心臓がドクドクと鳴るのを感じながら、聞いた。

 

「今度は、だれ……?」

 

ママはそんな俺を見下ろして、花が咲くように笑う。

 

「ブリジットよ。」

 

また、底のない地獄が始まった。あの歌は聞こえない。

 




続く
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