Ray〜lonely fight〜   作:小石

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続き


Resentment

9 years old

 

 

「最近のあなたの成績はとても良いわ、レイ。この調子で、これからも私を喜ばせてちょうだい。」

 

いつものテストの後、ママが言った。

ママの言う喜びとは、どこから来るものだろう。奴らに俺を高く売りつけられると思って、それで喜んでいるのだろうな。

だが、その思惑が上手くいくと思っていられるのも、今だけだ。いずれ、俺を生かしておくのは間違いだったと思い知る時が来る。その時には、もう遅い。もう考えてあるんだ、その方法を。ママが振り返った時、俺は手の届かないところに行っているだろう。

この胸の内に燃える焔とどす黒い闇とを抱えて、ママの手の及ばない場所へ…

 

それまでせいぜい、俺を制御出来ていると思い込んで偽物の幸せに浸っているが良いさ。俺があんたを突き落とすまで。

 

「…うん。」

 

 

 

 

 

 

俺は考えていた。考えない瞬間はなかったが、今も考えていた。

朝食を終えて食器を洗うなどの何気ない日常の平和な時間は、俺にとってまるで本で読んだ映画の中の光景のようだった。見えているけれど、自分のものではない別の世界だ。

窓から陽が差し込んで俺を照らす。暖かい光と手を伝っていく冷たい水。カチャカチャと食器がぶつかる音。わずかに木の匂いの漂う家の空気。そして、大好きな大勢の家族。

 

「あーあ、今日もダメだったよ。キャルヴィンのやつ、なんであんなに早いんだ?」

 

隣で一緒に食器を洗いながら、ダレンがブツブツ言った。

ダレンは同年の兄弟で、キャルヴィンは1歳下の兄弟だ。2人は仲が良いのか悪いのか、いつも競い合っている。今ダレンが言ったのは、朝食で早食いを競い合った時のことだ。すでにダレンが言った通り、早食いでダレンがキャルヴィンに勝てることは、滅多にない。というか、今のところゼロだった。

 

「レイ、早く食べるコツ教えてよ。」

 

「…知らねーよそんなもん。」

 

「レイならなんでも知ってるだろ?」

 

「…いや、分野とか、そもそも俺にも好き嫌いとか得意不得意があるし。」

 

なぜかこの同年の兄弟は、俺に聞けばなんでも答えが返って来ると思い込んでいる節がある。そしてこの時の俺は、ダレンに真面目に答える気にはなれなかった。ダレンに限らず、ほかの兄弟みんなに対しても同じだった。

 

「まぁ、レイは早食いとか競争とかしないもんな。じゃあさ、今度ボール投げのコツ教えてよ。ボール投げはキャルヴィンに勝てるけど、最近はあいつどんどん上達してるんだ。追いつかれる前に俺ももっと遠くまで飛ばせるようになりたい!」

 

「…なんで俺が。」

 

「レイなら物理とか得意だろ?」

 

「…運動はエマの方が得意だろ。」

 

本当に、極力兄弟たちとは関わりたくなかった。だから、俺はみんなにあまり優しくしないしできない。そんな余裕はないし、する権利も自分には無いと思う。

でもダレンは俺の態度は気にしない。ダレン自身がお喋りなやつだし、ダレンは勘が良くて察しもいい。

 

「エマに教えてもらうのは良いんだけどさ。ほら、エマってちゃんと教えてくれないだろ?ギュンッとか、バッとかしか言わないんだもん。わっかんねーの。」

 

それは理解できた。エマは運動能力はピカイチだが、人にものを教えるとなるとてんでダメだ。5歳児くらいの語彙力しかない。

 

「…ま、ガンバ。」

 

「おう!」

 

ダレンは良いやつだ。俺がこんな適当な返事ばかりしても腹を立てない。時々、俺を理解してくれているのだとも思えた。実際ダレンは誰のことも理解している。そして自分のペースも乱さない。さっぱりした性格の兄弟だ。別の言い方をすれば単純で、ごく明瞭な世界観で生きている。身近なことしか知らない。身近で、この平和な世界しか知らないのだ。

突然、兄弟が憎くなった。明るいキッチンに黒いものが滲み出て来る。視界がおかしい。心もおかしい。大好きなこの場所で大好きな家族が暮らしているここが、家族が、目に見える景色が、全てが憎い。

最近はずっとこうだった。家族が大好きなのは本当なのに、それと同じくらいの憎しみが湧いて来る。愛情を感じたふとした瞬間に、一緒に出て来る。ふわふわと幸せな感情に重なるように、俺を静かに覆う黒い何か。憎しみ、恨み、妬み、悔やみ、罪悪感…家族を愛しているのに、その家族を殺す手引きをしている俺の、矛盾した現実に蝕まれていた心がやっと追いついたんだと思った。心もいつしか、矛盾した感情を同時に孕むようになった。純粋な感情なんていうものは、なに一つなかった。

なんでみんなは何も知らないのか。なぜ俺だけが知ってしまったのか。なんでみんなは知らないままで、そんな風に幸せに暮らしていられるのだろう。

俺の苦しみも知らないで。俺の絶望も知らないで!なんでそんなに笑える。なんでそんなに優しい。なぜ俺だけがどんどん汚れて堕ちていく。覚悟はしていたはずなのに、こんなにも耐え難いなんて…。

誰も俺を本当には理解できない。この俺の醜い感情を知らないままでは、俺を知らないも同然なのだ。

いつものようにテストを受け、昼食を食べ、遊び、掃除をしたり風呂に入ったりして、1日が過ぎていく。穏やかで温かく、贅沢はないが、不安や恐怖とも無縁な孤児院の孤児としての暮らし。平和だった。その平和と同時に存在する地獄を知らないままでいられれば、無垢に生きていられたのに。

俺は決意が揺らぎそうになった。みんなを見殺しにしてでも、エマとノーマンだけは助けてみせると誓った思いが。今は2人と話すのも辛さが伴う。

俺も楽になって良いだろうか。抗うのを諦めても良いだろうか。たった1人でこの地獄を抱えるのも、ママと駆け引きするのも、もう限界だ。みんなが笑っているのに俺だけ笑えないのはもう嫌だ。大好きなみんなを憎んでいる自分が嫌だ。みんなが死んでいくのに俺だけ生きているのは、もう嫌だ…。

死にたい。

 

 




続く
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