狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第2話

 あんまりに唐突すぎる死がそこにやってきたので体は硬直した。怖い。動けない。助けて。だれか。

 

 そう思った───いや、思えたのもつかの間だ。気づけば自分から正常な思考は奪われていた。いや、思考力が芽生えてからなんども考えていたことが、突然できなくなった───ただ、ろくに考えることもできないまま、目の前の生き物の恐ろしさに体を震わせることしかできない。

 

 こわい。

 

「この個性───たしかに強力だけど、リスキーだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。なるほど。これは僕には……要らないな」

 

 ()()がこちらの前にゆっくりと腰を下ろす。怖くて動くこともかなわない。ゆっくりと手が伸ばされる。なにをされるのだろう。いいや、抗うだけ無駄だ。どうせ死ぬ。

 

 死ぬ。

 

 と、思っていたのに。

 

 軽くその男がぼくに触れると、冷静な判断が帰ってきた。と、いうよりは思考力だろうか? 少なからず、ぼくの頭の中はものを考えられるくらいには冷静さを取り戻したのだった。

 

「その個性は返してあげる。さて……しかし、弔へのお土産にちょうどよさそうだ」

 

 体がゆっくり撫でられる。その指が骨の隙間を通って内臓を潰すのを幻視する。

 

 怖い。ゆっくりと殺されそうな気がしている。その予感は消えない。

 

「君、連れて帰ってもいいかな」

 

「…………!!」

 

 あんまりに怖くて全力で首を縦に振る。

 

「そっか……よかった。じゃあついてきてもらうよ」

 

 そう言って、首ねっこを掴まれて───そのまま服のポケットに収納された。

 

「さぁ、行こうか。君の新しい家族のもとへ」

 

 

 

 

 今まで生まれ育った森から出て、人の街に出た。これははじめての経験だ。

 

 しかし、うるさい。人の街とはこんなにうるさいものなのか。

 

『ヒーローになりた『クソが全員死ね『あー個性ぶっ放してぇ『我々異能解放軍の力を『金がねぇ『死ね『課金は楽しい』───……。

 

 たくさん聞こえてくる雑音(ノイズ)。聞くにたえないそれを、()()()()()()()()()()()()()からどうしようもない。

 

 雑音だけではなく沢山のイメージも流し込まれた。人と人が裸で重なっている情景、なにかを殺したいという衝動、物語を作り上げる人の肥大な想像、なんらかの機械の工作予定図───たくさんのものが、頭の中に流れ込んできた。

 

 ポケットの中で丸まっていると、男はぼくの背に触れる。そういえば、このひとからは全くなんのイメージも伝わってこない。どうしてなのだろうか。

 

「君の個性はいろいろなことができる」

 

 と、内心を見透かすように男は告げた。

 

「人の心を読んだり、なんでも自由に変身したり、傷ついた体を癒やしたり、体を尋常じゃないほどに強化したり───君の個性は、それこそ性能でいえば世界で一番強いものだろう」

 

 それこそ、可能性とするならばワン・フォー・オールより。

 

 男はそうつぶやいた。

 

「君が今感じているすべてが、人の心の中なんだ。君の個性はそれを覗き見てしまう───望もうと、そうでなかろうと。どうだい? 気分は。最悪かい?」

 

「───……」

 

 小さく頷いた。

 

「そうか、最悪か……君が望むのなら、その雑音を消すことだってできる。どうする?」

 

 首を振った。

 

「そうか。嫌なのか。……うん。長々と人混みにいるのはよくないね。急いで帰るとしよう」

 

 男はそう言って、歩く速度を早めたのだった。

 

 

 

 

 男に連れ帰られた先で、ポケットから出されたぼくは机の上に下ろされた。それを見ると、自分がいかに小さいのかを実感させられる。まぁ、男の手のひらに収まるくらいなのだから、自分が小さいことなどわかりきっていたことなのだが。

 

 ともあれ、ぼくは男に連れ帰られた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね」

 

 と、男はいう───彼は、自らをオール・フォー・ワンと名乗った。

 

「この家には君と、もうひとり子供がいる。その子の遊び相手になってやってくれ。……弔!」

 

 男は、だれかの名前を呼んだ。すぐに一人の少年がやってくる。かちゃりと扉が開いて、ゆっくりと歩いてきた。

 

「はい、先生」

 

「この子は君の弟だ。かわいがってやってくれ」

 

「え……狐? が弟って、どういうこと……ですか?」

 

「この子は世にも珍しい、天然物の動物の個性持ちだ。人の言葉がわかるくらいの知能を持っているし、ケアはしないといけないが───個性も強力だ。うまく使えば、優秀な手駒になってくれる。それとは別に、まだ子供だから遊び相手にできるんじゃないかと思ってね」

 

「……はぁ。頭がいい、ねぇ」

 

 男の呼び方は先生らしい。なるほど……これからは先生で統一していこう。

 

 手駒などと不穏な言葉が聞こえた気がするが、しかしまぁ、変なことをしないかぎりは悪くは扱われないはずだ。そう伏せながら思う。

 

 先生の心は読めない。しかし、弔と呼ばれている少年の心はよく伝わってくる。

 

 そこにあるのは好奇と、一つの怖れ。

 

 ゆっくりと少年が手を伸ばした。そして、手袋越しにぼくの体に指が触れた。

 

 安堵と、緊張。

 

 背中を撫でる指の動きがぎこちない。けど、なんというか、どこか懐かしいような気がして、ぼくは指に体を擦り付けた。

 

 緊張。手が硬直して、そのままゆっくりと離れていった。

 

 何故なのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうだい? 君の生活の中に、この子がいて大丈夫かな?」

 

「……ええ、先生。……生き物って、あったかいんですね」

 

「……そうかい」

 

 少年の荒みきった心は、わずかに晴れたように見えた。

 

 ぼくはそれを感じ取って───急にやってくる、空腹。なんでこんなときに、なんて思いながら、それをアピールするためにこてんっと横に倒れたのだった。

 

「……眠いのかな」

 

「いや、どうだろう。空腹かもしれない」

 

 先生がそう言ったので、起き上がって首を縦に振る。

 

 そう、ぼくはお腹が空いたのだ。なにかご飯をくれると嬉しい。そうアピールすると、先生はだれかに話しかけ始めた。

 

「ドクター。()()()()()()()

 

『わかった』

 

 と、どこからともなく(近くに置いてあったスピーカーが発生源だろうか)聞こえてきた男の声。

 

 まもなく、部屋の扉ががちゃりと開き、一人の老人が肉を運んできた。

 

「指定されてた肉じゃわい。死柄木は絶対に食うなよ」

 

「食うなって……ドクター。それなんの肉だ?」

 

「人の肉じゃ」

 

 あっさりとした解答に、少年はこれまたあっさり「ふーん」とだけ返したのだった。

 

 人の死に対する反応が淡白───これは、人間にしては珍しい反応なのではないだろうか。ぼくだって知り合いが死ねば心を痛めるくらいはするし、虐げられる同族は助けようと思う。

 

 しかしだいたいそんなものなのかもしれない───ぼくだって、いろいろ殺して食っている。同族が食われるくらいじゃあ、心はあんまり傷まない。()()()と思うだけである。

 

 ならば、きっとそれと同じ心理なのだろう───机からぴょこんと跳ねて、潰されてペースト状になった人肉に口を付ける。別に、人を食うのがはじめてというわけじゃあない。時々森で死んだ自殺者の死体を食うことだってあった。

 

 ……要するにぼくは、人を食べ慣れているのだ。

 

 人肉は特にぼくの飢餓感が癒えるから、見つけたらなるべくたくさん食べていた。だから、今こうして餌としてもらえるのであれば、ぼくはとてもうれしい。

 

「……人肉って美味いのかな」

 

「生態が根本的に違うだけじゃ。人が食ったら脳みそが縮むぞ」

 

「うっへぇ……まじか。食わねぇほうがいいな」

 

「逆に食おうとしてたのかお前は」

 

 久しぶりに食べる人の味は、美味しくおもえた。しばらくわずかに残っていた空腹感も、これで一気に解消される。

 

「そういえば、名前を付けてなかったな……弔。君の好きな名前をつけなさい」

 

 少年は、少し考えるそぶりを見せ、

 

「……ジョン・ドゥ」

 

「……死体か。良い名だな。それじゃあ、この子のことはこれからジョンと呼ぼう」

 

「わかった。ジョンよ、ワシがお前の食事を用意する人間じゃ。ドクターで覚えてくれ」

 

 と、指で撫でながらぼくの名を呼ぶ老人───つんつん、と最後に指先で突かれた。なるほど、ドクターか。把握。

 

 ドクターは「それじゃあ」と言って、早々に部屋から出ていってしまった。毎日肉を冷蔵庫に入れておくとのこと。

 

 ……そんなに人の肉ってありふれてるのか。

 

 社会を知った気分になった。

 

「……じゃあ、ジョン。個性の把握をしようか」

 

 先生の言葉に頷いて、今までやってきたように体に意識を向ける。

 

「ジョンの個性は弔と同じ、突然変異の個性だ───ただ、出来ることの幅が広すぎる。()()()()()()()()

 

「ってことは……先生みたいに、いくつもの能力が合わさってるってことか?」

 

「というか───本人の思いつき次第でなんでもできる個性だ。デメリットとして、食事を取らないと栄養不足で死ぬんだけど」

 

「最悪じゃねぇか」

 

「そこのケアはちゃんとするよ。まず、常時発動しているものとして【人の心を読む能力】。これは今は相手の感情などの漠然としたものしか見えないだろうけど、やがて相手の心を完璧に読むことができるようになると思うよ」

 

「……普通にクソ強いっすね」

 

「まだあるよ。たぶんだけど、身体機能の強化ができるようだ。こんな小さい狐が熊を殺して食べるんだから、当然この系統はあるよね」

 

「……それ、自分にだけしか効かないやつですか?」

 

「いや。この子の個性は()()()()()()()()()()()()()()()。生命力というか……もっと別の何かなんだろうけども。所謂魔法みたいなものだ。自分だけではなく、他人に使うこともできる。治癒能力も高められるようだから回復要員としても使えるかな」

 

「……先生。能力のわりにデメリットが少なくないか? あとやけにこいつの個性について詳しいけどどうやってるんだ?」

 

「僕ほど個性に造詣のある人間はそうはいない。一度扱ってみたんだから、それと合わせてある程度は想像できるものさ。デメリットが少ないのは……そうだね。獣からすると少ないと思うよ。ただ、人間からするとこの個性はとんでもないデメリットを課せられている」

 

「ああ……人食か」

 

「正確には【個性持ち】の捕食だけどね。自分の力で生命力を回復させ切れないのだろう。足りない部分を食事で補っているみたいだ」

 

「グルメにならないといいけどな」

 

「君次第だ」

 

 弔がぼくの耳に触れる。そのまま降りてきて、鼻に触れた。なんだよぅ。それで集中が途切れたので、目を開けて弔を見る。そこから読み解けた感情は、期待と尊敬の念。褒められてるみたいだ。えへん。少しだけ得意げになってみる。

 

 先生が声をかけてきた。

 

「ジョン。弔をよく見ろ」

 

 と、言われたので弔に視線を集中させる。幼い少年だ。その目は、まるで世界の深淵に立たされているかのような昏さと年齢に見合う後期で彩られていた。

 

「見たかな? じゃあ、()()()()

 

「……は? 先生、何言って……」

 

 ぼくは言われた通りに弔になろうとする。なる、と意識した瞬間に、ぼくの体は変質していった。激痛が伴う。痛い。脊髄を引き抜かれているような気分になる。いたい。

 

 けれど、そんな痛みはほんの一瞬だった。すぐにそれは収まり、ぼくは周囲を見る余裕を確保した。

 

「……うわぁ」

 

「やっぱり持ってたね」

 

 視点が普段より高い。それも、かなり。ぼくは先程まで立っていた机に、尻をついて座っている。弔が少し小さく見えた。さっきまであんなに大きかったのに。先生は……さっきと比べるとまだ小さい。

 

「変身する個性───一人でどれだけの力を扱えるのやら」

 

 弔が部屋に設置されている鏡を指差す。そこから見えたぼくは、弔の形になっていた。

 

 わぁ。

 

「なぁ、もういいだろ? 自分と同じ姿のやつが目の前にいると落ち着かねぇ」

 

「あっ、ちょっと待って。弔の個性が使えるかどうかだけ確かめさせてくれ」

 

 と、いって先生は腕を差し出した。どうするのか、と首をかしげると、「その手で握れ」と言い出した。指の使い方はままならなかったし、違和感があったが、それでも腕を動かすだけならまだいける。先生の腕をぎこちなくもつかみ、

 

 ───そうしてなにも起こらない。

 

「個性の再現とまではいかないみたいだ」

 

「元の個性は使えるんだよな?」

 

 それはいける。弔の問に応えるため、なるべく派手な力を見せる───てのひらに火を灯した。

 

「炎まで使えるのか」

 

「いよいよ汎用性の高い個性だね。あ、もう戻っていいよ」

 

 言われて、体に戻る。

 

 そしてぼくは体をこてんと倒したのだった。




 いわゆるMPを使用して魔法を使うかんじ。それだけじゃあできる幅大きすぎるからMPが切れると死にます。
 変身許容上限は2回。三回目使った瞬間ころっと逝きます。
 一週間人を食わないと衰弱死します。野生の段階でめちゃくちゃ死にそうなレベルなのね……。
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