脳が鳴らす警鐘をすべて無視し、己の肉体を信じて放たれた攻撃をその身で受ける。
弾き飛ばされ、硬化した皮膚が少しだけ痛む。それでも、気合と根性さえあれば負傷をものともせずに戦える。
───切島鋭児郎は、現在一人で耐久戦を強いられていた。
(───クソっ、決め手に欠ける……!)
相手にしているのは、その姿すら不鮮明で、性別さえもわからないローブの人物。
人というにはあまりにも歪な触腕を見るに、どうやら異形型の個性らしい。
(殴った感触はやわっこくてダメージなし)切島は考える。(瞬間的に腕の硬化の強度を上げれれば……打撃じゃなく斬撃のダメージで仕留められるか?)
硬化は固めていくたびに鋭く、刃のように鍛え上がる。ならば、その硬化の強度を上げ切断方向のダメージを増やしたほうがいいかもしれない。
……問題は、硬化しすぎると自分の肉体が耐えられないということにある。
いくら戦闘に秀でた個性とはいえ、未だ未熟。なればこそ、その個性の応用とも呼べる分野へと手を出すには習熟が甘かった。
せめて、緑谷ほどの火力があれば───と、思うが、しかしあれは自らの体を傷つけることを引き換えに放てる技。
だからこそ、それを羨むのは違う。できないのは自損覚悟で戦えない臆病な自分のせいだ。
触腕が伸びてきた。それをいなしてガードするには、技量が足りない。体で耐え、根性でガードする。
ガードし───そして、触腕を掴んだ。
引っ張る。
引きずられ、相手はたたらを踏んだ。わずかに隙ができた。その瞬間に、拳を振りかぶり、一瞬だけ拳に力を込める。
顔面にあたる位置に叩き込まれたそれは、柔らかく打撃を通さない体に、確実に衝撃を与えたという手応えを生んだ。
「───ふぅ……」
とはいえ、気が抜けない。腕をちらりと盗み見る。一瞬の硬化だが、それだけで持ち上げることさえしんどく感じるほどの疲労が溜まった。駄目だ。正直相性が悪い。
「───ハハ」
と、そのとき何をしてもだんまりだった
「───はは、はははははは、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははははははははあっはははははははは」
否、それはあくまで歓喜に聞こえただけだった。本当はもっと恐ろしい、悍ましい感情が込められた声だった。
「あはははははぁ───はっ───はっ」
「───!?」
敵の身体が瞬間的に膨張したのを見て、切島は警戒する。
なになのかはわからないが───なにかわけのわからないことが起こっている、それだけは理解できた。膨張は進み、その体は風船のようになった。と思えば、
「あ───はは───ははははは」
破裂する。
「な───!?」
ばつん、と音を立て、血や臓物などを周囲に吹き飛ばし、あっけなく破裂する。
ローブの中から見えたのは男の姿。
「ただの人間……だよな?」
なにが原因だったのか、それすらわからない死亡。所謂怪死……だろうか。それを目の当たりにして、切島鋭児郎は困惑の極致にあった。
「……いったい何が……」
そもそも、彼の敵がこれ一人だったこと自体なにかがおかしい。たしかに強い敵だったが、決して勝てないというわけではない。
オールマイトを殺すなどと言い張る
いや、しかし。
自分に回すぶんのリソースを他に注ぎ込んだとしたら?
そこに思い当たったとき、切島鋭児郎は振り向いた。死体など、考えている暇はない。今はただ、その不吉な予感を払拭するために仲間の元へと走っていく。
───背後の死体がゆっくりと起き上がったことに、彼は気付くことはなかった。
問題があるとすれば、自分に充てがわれた敵が弱すぎることにある。───尾白猿夫は、一人で辛うじて制圧することができた敵を見て、そう思う。
「───おい! 尾白!」
「っ……切島か。そっちも一人だったのか?」
「おう! ……なんだ、一人で制圧完了してるじゃねぇか。今手ぇ空いてるか?」
「空いてるけど……どうした?」
「俺のところ、敵が一人しかいなかったんだ。ひょっとするとどっか別のところにリソースつぎ込んでるかもしれねぇ、救援に向かおう!」
「……マジか。わかった! 急ごう!」
そう判断し、尾白は切島と共に走り出した。
「……どこに向かう!?」
「水難エリア!」
「んなっ! 正気か!? 一番リスクのある場所だぞ!?」
「リスクのある場所だからこそ───だ。そこにいるやつが一番危ういってことだろ! 梅雨ちゃんとかがそっちにいないとしたら、ガチで死ぬ可能性だってある!」
言われ、たしかにと尾白は納得する。
水難エリアの凶悪さはこの場合トップに上がってくる。何故なら、こちら側はなんの準備もできていないのだから。
引きずり込まれ、息ができずに殺される。
そういう危険があるからこそ───仲間がいる場合、そこが一番危ういことになる。
故に走り───水難エリアへとたどり着いた。
案の定、そこには
しかし助けに行こうにも難しい。船の中に籠城しているのか、その近辺に群がっている───向かえない。
そちらへ行くと、確実に
どうするか───決めあぐねていると、水が凍結し、足場を作り出した。こんなことができるのはクラスの一人だけだ。
「よぉ」
「轟! お前、平気だったか!?」
「ああ。……水の中に生徒がいるかもしれねぇ。仕方ない。足場を作る。引きずり込まないように仕留めよう」
「わかった!」
「助かるよ!」
轟焦凍が水に手を翳した───水面に、足場ができあがる。その上を走り、尾白は船の中へと入り込んだ。
「……いた! 二人とも、こっちに!」
「助け!? すまねぇ、助かる!」
「ありがとう尾白ちゃん、助かるわ」
いたのは、蛙吹梅雨と峰田実の二人───梅雨ちゃんがいるのなら、なんとかなったかもしれないと思いつつ、尾白は二人を抱えて氷の上に飛び降りた。
露払いをしている切島が、その様子を確認して頃合いを見て離脱する。
生徒全員が水の上から退いたとき、轟が水のすべてを凍らせて、全ての
「……ここも、やっぱり凶悪なヤツはいねぇな……」
「……いや、わからない。今ここにいるのは五人だろ。もっと強い敵がいる場所があるかも」
と、言った直後だ。
極大の爆破が起こり───そして、空中で戦闘を繰り広げている姿に気づく。
腕は二本しかない。しかもそれで滞空を制御しているのだから、空中戦では翼を持つ相手に分があるに決まっている。
爆豪勝己は、しかしそれでも不敵に笑う。
細かく手を爆破し続けることで宙に浮いてこそいるが───当然、空中、それも落下死を免れない高度での戦闘は初めてだ。しかしそれを理由に負けることはプライドが許さない。
顔面へと向かってくる、翼を持った異形の腕。それを紙一重で回避し、手を爆破して接近する。相手が腕を伸ばすこと、それさえ誘い込めれば懐に潜り込める。
厄介なのが、自分と同じように相手が遠距離攻撃できるという部分。であれば、その遠距離攻撃の隙をついてインファイトへと持ち込む。
腹に触れた。相手の太い脚に着地し、片手を籠手へと。そして、引き金を引いた。
直後、空が爆ぜたと思えるほどの爆裂が起こる。
この爆破は威力を発揮するまでに時間が必要という制限があるが、しかしこういう
一度は消し飛んだ敵が、再生していく。それを見るのは
リカバリーガール曰く、治癒は体力を消耗する。つまり、相手は残機制なのだ。ストックさえすべて消し飛ばせば、仕留めることができる。
苦し紛れか、弾丸を吐き出してきた。それも回避すると、また接近するために爆破で浮遊する。
「ハッ───お前の得意な空中戦で俺に二回も殺されてるあたり、実力自体は高くねぇだろ」
「爆豪!!」
「ぁ?」
爆豪は呼ばれたほう───下だ。そちらへと一瞬視線を向ける。
「援護いるか!?」
「要らんわ!」
「了解! 任せる!!」
うぞうぞと蠢く肉塊───その視線は、別の場所へと移っている。爆豪勝己ではなく、下の五人のほうへ。
「チッ……」
案の定、相手はそちらへ向かおうとしている。させない。爆破で即座に接近し、首を掴んで、
───そのまま、地面へと。
爆破で推進力を稼ぐ。そのまま、相手を捉えたまま地面へと墜落していく。
さながら隕石のように。
抵抗をその身に受けつつ、攻撃されながらも爆豪は下へと向かい続ける。
腹を蹴り飛ばされても、執念で離さない。あまりの速さで視界がくらみそうだ。それでも意識は手放さず、
───落下する。
衝撃で自らの体もひどく傷ついた。血を吐き捨てながら、右腕を振りかぶって相手に叩きつける。
「ゥ───オオオオオアアアアアアアアアアア!!」
腹を殴られ、空へと弾き飛ばされた。即座に起き上がった敵は爆豪の体を横から殴りつけ、大きく吹き飛ばす。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
起き上がった。雄叫びをあげ、地面が爆裂するように吹き飛ぶほどの踏み込みで、爆豪へと向かってくる。
「は───はははははは」
爆豪も相対し、後方を爆破し荒々しく踏み込んだ。踏み込みの強さで足が痺れると思うほど強く踏み込み、相手の大質量を活かしたタックルを広げた腕の脇から抜け、側面から強めに爆破する。
宙へと浮いたまま、その翼を使い再び突進してきた。しかし───現在のコンディションは万全だ。そして準備も万端だ。クールタイムはとうに終わっている。突進は完全にカモだ。
「───消し飛べ」
再び、極大の爆破。
突進する姿を容易に呑み込み、その更に後ろの木々すら飲み込み、すべてを消し去る絶対の必殺。
爆破の煙が晴れた頃、彼の正面は直線に
その姿はまともに歩ける様子ではない。三度目の消滅で、体力を使い果たしたようだ。確実に相手を倒しきったことを確信し、爆豪勝己はその場から立ち去る。
後には、静寂のみが残された。
緑谷出久と茶味の戦闘が行われている山岳エリアはもとの姿を留めていない。
茶味の砲撃に対してできることは、足にワン・フォー・オールを使い走って戦うことだ。5パーセントでもそこそこの機動力はある。オールマイトのように超速移動はできないが……だからといって、それが遅いというわけではない。
顔面に放たれる弾丸を回避する。それは緑谷の後ろの岩を消し去り、更に着弾の余波で周囲
の地面をえぐり取った。
確実に急所を狙いにくる攻撃は読みやすい。問題は、その速度が視認すら不可能なことだ。
直感、そして十八番である分析による予測で辛うじて回避しているが、確実に避けられないレベルのものは100パーセントで相殺する以外にない。
現在、万全の右手に対して左は親指だけが残っている。
つまり、四回も100パーセントを使わされたということだ───それほど、せざるをえないレベルの攻撃が撃たれた、ということになる。
しかし、収獲もある。100パーセントを放てば相手にダメージを与えることができるということだ。だからこそ、緑谷は完全に劣勢というわけではない。
いや、目や口から出血しているぶん相手のほうが満身創痍と言って差し支えないだろう。
「───はっ、ヒーロー! お前まだ見習いのくせにクソ強いじゃねぇか!」
「……それは、どうもッ!!」
「だからこそ確実に摘む!」
乱雑に投げ放たれた無数の鉄球の弾丸。そのどれもが空中で一瞬止まり、縦横無尽に戦場を駆け巡る。当たれば確実に死ぬレベルの弾幕をあっさりとばらまいた茶味に、向かってくる弾丸の数を見て、緑谷はそこからほとんどノータイムで
判断の是非は考えている余裕がない。過剰だったとしても、足りなくて死ぬよりマシだ。
だから───腕を犠牲にする、100パーセント。
それは放たれた鉄球の全てを消し飛ばし、そして普通の人間では耐えきれないほどの威力を纏った風圧が、威力そのままに茶味を襲った。
「ぐ───ふ」
茶味は打たれ脆い。それは、個性の許容する衝撃を食らうと、その体の中で衝撃が炸裂するからだ。意識して衝撃は溜め込むものではなく、無意識に衝撃は溜め込まれる。
だからこそ、攻撃を貰うこと自体が危険なのだ。
茶味は、指だけでもかなりのダメージを負う。
そこに、先程のダメージとは比べ物にならない威力が飛んできたら?
「はッ───は」
目から、耳から、鼻から、口から。
血が零れ出る。まともに立つことさえままならない。足が震える。一歩歩く度に激痛が走る。これは全身がくまなく損傷している。
間違いなく重傷だ、くそったれ。
「くっそ……」
鉄球を取り出すことすら覚束ない。どうすればいい? 負ける。これは、完全に負けただろう。高火力系の敵はこれだから卑怯だ。
心の中で吐き捨てて、ほとんど気合で立ち上がる。
「───ヒーローにだけは……」
走馬灯、だろうか。在りし日の記憶が浮かび上がる。最悪だ。最悪な気分だ。けれど、それを見て、───自分の原点を思い出す。
「───ヒーローにだけは───負けてやらねぇ……!」
最悪な過去。忘れ去ってしまいたい過去。どこにでもありふれていた少年、茶味が明確に人生のレールを踏み外した過去。
それを思い出して───茶味は震える手で、一つの鉄球を取り出した。
それは黒く澱み、ドス黒く塗りつぶされ、そして晴れて蒼へと変化する。
「ああ、これだ」
放つのは自分へ。なにかに導かれるように、個性が瞬間的に進化───いや、あるべき姿へと戻っていく。
「───!!」
それを見て、緑谷出久は走り出した。マズい。なにかがマズイ。
なにがマズいのかもわからないが───あれを、砕かなければいけない。
勘と呼ぶべきなにかが警鐘を鳴らしている。そう、あれはだめだ。
撃ち込ませてはならない。
だから片足だけ100パーセントを開放して、即座に距離を詰める。
「───」
が、届かない。わずかに遅れた。緑谷が手を伸ばす、その目の前で茶味はその弾を自分へと撃ち込んだ。
───直後、突風。
全てを呑み込む、蒼の奔流───。
まだ序盤の序盤。
梅雨ちゃんは見た目的に判断されてます。