真っ黒の世界の中、逃げろと勘が叫ぶ中逆らって剣を振り払う。
敵の挙動は電磁波を通して筒抜けだ。しかし、視界に全く頼らない戦い───それが本当にあるものなのかを不安に思い、躊躇で手がおぼつかなくなる。
そして同様に体幹もあやふやだ。目を瞑ると体は自然に震えるというが、そのとおりだ。機動力に頼ることはできない。だからこそ、捌くことを十分に考える。
放電は使えない。周囲に人が倒れているからだ。だから完全に一対一───なんだこれは、なんの地獄だ。そう思う。
しかし───視界がないことがプラスに働くこともあるのだろう。縛りプレイを強いられている身だが、そう思う。
おそらく今戦っている敵は、見たらいけない敵だ。
見た瞬間、そこから個性に囚われる。幻覚を見、そして極限までその世界に囚われると、実際に死ぬ。
自分の目を抉った
つまるところ、極限まで初見殺し……どころか、人間殺しの個性。
上鳴は、自分をつかもうと伸ばされた腕を払い、そして剣を突き込む。触れる一瞬だけに個性を発動すれば、上手い具合に耐久戦もできるようになるだろう。
だから、それを狙う。振り切られる剣を
「はっ───」
それを返す刃で振り払う。
「お前、戦うのは下手だな!?」
それこそ、戦闘自体は素人に近しい上鳴ですら圧倒することができるほど。
相手を即死させることができる個性だ。戦闘をする経験がなかったのだろう。いや、それでも個性不使用で戦う経験を作る必要があった。
自分が特例だとしても、それを捻じ伏せることができるくらいの実力は用意しておくべきだった。
喉下から脳天を貫き通そうとする動きを回避。相手が急所ばかり狙ってくるぶん読みやすい。動きは一本に収束するのだから。
凌ぎ、削る。武器に刃こそないが、こちらはスタンガンのようなもの───触れただけでダメージが入るのだから、この調子で進めていれば勝つのはこちらのほうだ。
そして、刃の扱いにも慣れてきた。プロと比べると明確に劣るが、しかし振り方は効率化されていく。
剣が閃いた。
それは、一本の線となり敵を殴打する。
インパクトの瞬間に、力を込め強く打撃した───同時に個性を発動する。そろそろ思考力が奪われてきた。脳がショートしてきた証拠だ。しかし、目を使わないぶん正常の生活よりはまだ楽である。
「───」
───相手の動きが止まる。疑問になりつつ、自分の体も止まった。
「───私は───」
声が聞こえた。それは女の声だった。耳を疑う。おぞましい声を想像していたが、しかしそれは普通の女の声だ。
「───お前には───敵わない───」
「そうか。大人しく拘束されてくれると嬉しいんだが」
「───けれど───負けはしない」
……そのとおりだ。
自分の攻撃は通用しない。純粋に、火力が足りない。
「長くやったらわかんないぜ? 俺の体力切れを狙えば殺せるかもしれない」
「───それほど───時間はない───助けを呼ばれた」
───助け。
誰だかわからないが、なるほど……だれかがやってくれたようだ。ならば、自分もそれに恥じない動きをしなければならない。
せめて。
自分だけが対策できる───こいつを確実に仕留めなければならない。
そう思い、キャパオーバーを承知で全力でやってやろうと決心し、剣を握った直後、
相手の姿がかき消えた。
「───……あ?」
逃げられた、と悟ったのは一瞬だ。相手の生体反応がこつ然とかき消えた。どこへ行ったのかはわからない。しかし、ミスった───逃してはならないやつを逃してしまった。
それを惜しみながら、未だに流れ続ける血を拭って視界を確保した。
突然視界に入ってきた光に目が眩み、少しだけ慣れるのを待つ───悠長なことをしている余裕はないだろうが、しかし確認しなければならないことがあった。
目が慣れてきて、ちらりと地面に目をやった。少し離れた位置に、潰れたなにかが落ちている。
「あ───やっぱり、目か」
なにか、踏んだもの。なんなのかを考えた通り、それは自分の眼球だった───最悪だ。もう治る見込みはない。
「ヒーローになるってこういうことなんだろうな───」
怖くて泣きそうだ。最悪だ。なんでこんなことになったのか、それがわからなくなる。けれど、同じ状況に囚われているのは自分だけではない。
自分が気絶させた二人。
ちらりと目をやって、すぐに逸らした。
「……ガチで上、裸じゃねぇか……」
自分が捕まったときにこうなったのだったか。弱点を伝え忘れた自分のミスだ。ならば、目を失ったことも自業自得───だろうか。
しかし、まぁ……恥ずかしかっただろうに、自分のためにこうまでしてくれた二人には感謝以外の言葉がない。近くに落ちていたシートを掛け、最低限露出を避ける。着せるのはさすがに変態扱いされるだろう。
「……さて」
二人を放っていくわけにはいかない。が、自分ひとりでは担いでいけない。ならば動けない。
わずかに個性を発動し、連絡できないかを試す。電気系の個性持ちは死んだ───となると、あれが通信を妨害していた可能性だってある。
「…………」
『はーい!?』
「……雄英一年A組、上鳴電気です」
『上鳴くんね! ひょっとして通信を妨害してたやつは倒したの!?』
「偶然ですが、倒しました」
『ナイスじゃん! 今増援に向かってる! あと少しで着くわ!』
「はい、わかりました! 意識不明のやつが二人いるので俺は動けません、できればでいいのでだれか一人お願いします!」
『……了解!』
それで、通信を打ち切った。個性の使いすぎか、血の流しすぎか、そろそろ正常な思考ができない。自分の意識すら怪しくなってきた。なにか、止血するものはないか。服の袖を怪我に押し当てる。今意識を失うのは不味い。さっきの放電が抜けて、起き上がったやつが襲いかかってくるかもしれない。だから、患部を直接圧迫する。
「……………………」
足に力が入らなくなった。心臓が早鐘を打つ。あれ、これヤバいかも。ふと忘れていた痛みが襲ってきて───
腕の肉を噛み千切られた。
痛みはほとんど麻痺しているが、だからといって突然の凶行に判断が追いつかない。
「……暴走しやがった」
茶味が小さく言った言葉を、緑谷は聞き逃さなかった。どういうことかと視線を向けようとして、
「集中しろ! 今は見境なく全員殺しにくるぞ!」
その言葉に、視線を元へと戻す。
先程自分の体の一部だったはずの肉を小さく噛みちぎり、彼女は嬉しそうに尻尾を振った。
その喉がゆっくり動いた。肉を飲み込んだ瞬間、目を見開き、その体から力が抜ける。異変であるとすぐにわかった。
(───ひょっとして、ワン・フォー・オールが継承された!?)
となると不味い、彼女の四肢が爆裂するか、それか暴走状態の彼女がワン・フォー・オールまで使ってこちらに牙を向くかのどちらかだ。
どっちにしたって最悪でしかない。
「……血に酔いやがった……」
「な……なにそれ!?」
「お前、バカみてーに強個性だろ!? そういうやつらの個性因子は姫様にとって度数のキツイ酒のようなもんだ! だから酔った!」
「嘘だろ……!」
「こうなると見境ないぜ───ここいらで一つ、共闘とかどうだ?」
「……は?」
茶味の言葉を、一瞬理解できなかった。崖から飛び降りてくるそいつは、頭を掻きながらいう。
「姫様はこうなるとリーダー以外の誰も彼もを殺しにくるからな。酔いから覚めるまでの間、共闘しよう」
「……だれがお前なんかと……」
「言ってる場合じゃねぇんだ。俺一人じゃあ酔いが覚める前に確実に死ぬ。お前一人でも確実に死ぬ。だから共闘する以外の選択肢がねぇんだよ」
「…………今だけだ」
そう言って、緑谷は拳を握る。
骨折した足がズレて、コケてしまいそうになる。少しだけ足を上げて、体勢を持ち直した。重心の移動にも気を遣わなければならない。
左腕は二回目のスマッシュで動かすことすらかなわない。だから、右腕だけで彼女を相手しなければならない。
───狐の姿がブレる。
一瞬で後ろに回られた。目で追うことすらできない。直後、なんの容赦もなく放たれた尻尾は、確実に人を一人殺して余りある威力をしている。
それを、茶味がその身で受けた。大きく吹き飛ばされながら、一瞬ではるか彼方へと吹き飛ばされ、
「……………………」
「───が───はっ、はははははは! 嘘だろ、絶好調すぎんだろ! おい緑谷、お前の個性強すぎるぞ! 強化の性能が尋常じゃねぇ!」
「んに……」
「おっと狐さんそこをひっぱられると俺が耳なしチャージになってしまういたいたたたたたたいたたいた───痛いなおい! いい加減離しやがれ!」
茶味が狐の腹にその肘を当てる。
直後、弾け飛ぶようにして狐の腹が爆ぜた。
それさえも瞬時に復元される。服はちぎれ飛び、その白い肌が露出している。その体には傷一つない。
いまこの瞬間、腹が消し飛んだことなどなかったかのような有様だ。
ずるり、と茶味の腹から腕が引き抜かれる。血を吐き、穴の空いた腹に内臓が零れ落ちないように気をつけて手を当てて、そして背後の狐を見た。
───指の先が、伸びている。
「あ」
変身の応用で作ったのだろうか。まるで鉄のように硬化し、大剣のように肥大化し、USJの天井を貫くほど長く伸びた五指がそこにはあった。
振り下ろされる。
ドームを切り離し、遥か遠くの森エリアまで深い渓谷のような傷跡を残し、すぐそばにいた茶味の体を両断し、
───大地に五つの谷を形成する。
「───は───?」
かろうじて直撃を免れた緑谷出久は困惑する。とんでもない規模の攻撃だ。尋常ではない。まずありえない。わけがわからない。
掠っただけの腕の端が消し飛んでいる。どれだけの威力だったのか。その直撃を食らった茶味は、生死など考えるまでもない。
「───あれ?」
目を覚ますと、ぼくの指がなにか妙なものに変化していた。これはなんだろう。変身を無意識に使っちゃったのかもしれない。とりあえず元に戻しておく。
やけに体が熱い。満腹感がある。体に視線を落とす───その途中で、変なものが見えた気がしたので目を戻した。
「あ、茶味だ」
言って、ぼくは治癒を発動する。体が真っ二つになっている。ひょっとしてぼくがやったのか。体に生命力が満ち溢れている。治癒を発動した───と、いうより蘇生か。
ほとんど死んでいた茶味の体を修復する。意識も同時に。自分に蘇生ができるんだから、他人への蘇生が
ぶっちゃけ、今のぼくは二十回死んでも平気だろう。そこらへんでようやく枯渇する、と言ったところか。
……いったいなにを食ったのだろう。
と、少し離れた場所に緑谷くんを発見した。
……どう見ても折れた足で立ってるのだけれど、あれはどうやっているのだろう。というか、地味にお腹から内臓がこぼれ落ちそうになっている。なんて怪我だ。
なんでこれで立てるのか、ちょっとわからない。
ぼくの評価は正しかった。緑谷くんはとんでもないほどの狂人である。
走って、近寄る。その体に治癒を使った。折れた腕も、砕けた足も、欠けた腹も、元通りに戻っていく。
しかし、わずかに欠けた腕の肉はもとに戻らなかった。どういうことだろう。治癒は完璧だったはずなのに。
「……緑谷くん、ぼく、君になんかした?」
「え……いや、……あの……」
反応でわかった。ひょっとすると、ぼくは緑谷くんの腕の肉を食ったのかもしれない。ほとんど意識なんてなかったとはいえ、申し訳なくある。
と、いうかぼくの食人習性が人にバレてしまう。誰にも言わないかな、たぶん言うんだろうなぁ、と思っていると、緑谷くんは立ち上がった。
「大丈夫」
「……え……?」
「僕は平気だから」
と、言って彼はどうしようもなく壊れていた腕をこちらに見せる。
「……自分じゃどうしようもなかったんだろ。そもそも、君は治そうとしてくれたじゃないか」
それだけで充分、と言って緑谷出久は立ち上がった。
「その個性が、人に襲いかかるリスクを背負っているとしても……それも全部、活かし方次第なんだよ」
だから、と言って。
「どんな爆弾であったとして───
緑谷くんは、個性を発動する。また壊れるんじゃないかと不安になったが、しかし制御できる範囲まで抑えているのであろう───腕が壊れることもなく、個性が制御されている。
「腕だけじゃなく───足も!」
そして、今度は足にも個性を発動する。
両腕、両足。どちらにも個性が作用し、彼の実力を更に上へとステップアップさせる。
「……さっきの……見たろ……」
茶味も相対して起き上がった。
「暴走のリスクを孕んでいる。一歩間違えれば市民を見境なく殺してしまうようなような人間だ……! だからこそ、お前らヒーローには渡せない!」
「そのときは僕たちが止める!」
「無駄だ。彼女は止まらない」
「できなくても止めてみせるんだ。たとえ命に代えてでも」
「そうかよ……じゃあ、共闘は終わりだ」
茶味は個性を発動する。
蒼い鉄球を、自分へと。
弾けるのは閃光だ。周囲を満たす蒼の奔流。その流れが、大地の色を塗り替えていく。
世界が蒼へと染め上げられた。
「───ようこそ、ここが俺の世界」
無限の蒼が連なる世界で、彼は自嘲混じりにこう言った。
「クソほど空っぽの世界だがどうか楽しんでいってくれ」
緑谷くんは狐さんのことを人食いが必須だとは気づいていません。個性の使いすぎで自我を失うとしか思ってません。
茶味くんも言葉のニュアンスでそれを察して核心の部分は伝えていないので、誤解はそのまま。ヒーローサイドには狐ちゃんのどうしょうもないその生態が伝わってはいない感じです。