爆豪勝己は疾駆する。
先程の巨大な刃がなんだったのか、それの正体を確かめるためだ。敵であればそれは仕留める。味方であれば利用する。
だが敵である可能性が高いだろう。クラスの中にあれほどの力を使える人間はいなかったはずだ。故に、あれは敵のそれであると考えるのが一番早い。
「の、はずなんだが───誰もいねぇな」
先程、刃が起った場所へとたどり着く。しかしそこにはなんの姿もない。移動したのか、と考えるがそうではないと勘が告げる。
妙な石があちこちに落ちているのを確認した。蒼い石だ───なんなのだろう、これは。周囲を確認し、なにもないことを確信する。
なんだ───と、思っていると、何かが近くに着地した。
近い。
振り向く───途端、視界が幻惑的に歪む。なにが起こっているのか、と理解するのは一瞬だった。
視界がジャックされた。
相手の個性によるものだろうと考える。この場合、対策はどうするか……それを考え、眩む頭を振る。
……視界がジャックされる、と言ってもあんまり強くはない。精々視界が瞬きすらしていないのに歪むというだけ。ならば耐えられる。
「こんなもので俺が呑まれると思ってやがるのか───!?」
純粋に、苦しいだけならばヘドロ事件のときに一度耐えた。そこにわけのわからなさを追加したとしても問題ない。世界が狂っている。自分の眼球がこぼれおちた。しかし視界はある。ならば目はある。
何故なら彼は爆豪勝己だからだ。
───尋常ではないプライドの高さが、気を狂わせることをよしとしない。正面から視界のジャックを払い除け、そして爆破で近づいた。
先程上鳴電気と拮抗していたのは、あれがお互いに素人の戦いであったためだ。しかし爆豪勝己は戦闘力だけで雄英入試をのし上がった男。
プロすら認める実力である。
そんな二人の衝突の結末は───もはや、語るまでもない。
「───相澤先生!?」
広場へと戻ってきた五人は、謎の黒い
そのことに、誰もが一瞬躊躇した。
「手ェ離せ」
真っ先に行動したのは轟だ。氷を操り、器用に
「あー……戻ってきたか。最近の生徒は優秀だぜ、なぁ? 黒霧」
「そうですね……であれば、逃げられたのも致し方なしということで」
「それはお前が不甲斐ないだけだ」
「愉快にお喋りしやがって……!」
「待て」
切島が踏み込もうとしたところを、尾白が止める。
「相手の個性がわからない。峰田の個性で先手拘束を狙うべきだ」
「お……オイラか!? マジかよ!?」
「無理ならいい! できればやってくれ!」
「お……おぉぉぉぉぉ!!」
峰田が、頭のもぎもぎを投げた。死柄木の足元へと落ちたそれを見て、死柄木が首を傾げる。
「なんだその個性……情報にねぇな」
と、いって、死柄木が
その瞬間、誰もが勝利を確信する───しかし、それは勘違い。
もぎもぎが崩壊するように、塵となって消えた。手を払い、死柄木は峰田を睨めつける。
「なるほど……拘束特化。いい個性してるなヒーローの卵は……」
「……死柄木弔。どうしますか? 転送したところを捕らえる───などは」
「そうまでして警戒する相手じゃない。脳無で十分だ───脳無。あの子供を殺せ」
脳無と呼ばれた異形は、その指示に従いイレイザーヘッドの腕から手を離し、立ち上がる。
近づいてきたところを───轟が、全身を氷漬けにして動きを奪った。
それすら物ともせず───全身がばらばらに砕けることさえ気にもとめず、そのまま動く。砕けた端から再生していくのだ。
勝てる予感がしない。死ぬかもしれない───と、思う。
高速の移動。それを、肌で察知した切島が一歩前に出て、可能な限り体を固め、その身で拳を受けた。
天井まで吹き飛ばされる。
拳を受けた前面は粉々に割れ、血が溢れ出た。辛うじて意識は繋ぎ止めてはいるが、しかし思考力は定まらない。呆けたように、何が起きたかを理解できなかった。
直後───激痛。当然だ。大怪我なのだ。体が割れるなど、通常ではありえない傷である。五体満足なことをなによりも喜ばなければならない。
落下する。
そこを、蛙吹梅雨が舌を伸ばして確保した。
「危ないわ」
「……サンキュー、梅雨ちゃん……」
ゆっくりと地面に降ろされる。震える足でなんとか立ち上がり、そして吐血した。心配そうに眺める蛙吹に指を立て、切島は立ち上がった。
「あの威力……尋常じゃねぇ。あと三発も受けたら不味いな」
「命を捨てる気か」
「俺は盾だからな」
「誰かが死んだら負けだ」
「だが俺以外が受けると危ないだろ……大丈夫だ。まだ耐えれる」
「……わかった」
死ぬな、と言って、轟は氷を放った。今度は一切容赦しない、極大の大氷結だ。イレイザーヘッドを巻き込まないように制限してはいるが───それでも、可能な限りの最大出力。
それを、脳無は正面から殴り砕く。
いかに強度があったとしても関係ない。オールマイトと戦うことを想定して設計されているのだ。
オールマイトができることを、できないわけがない。
「……全然効かねぇ」
「切断には弱いんじゃないのか!?」
「たぶん耐性がある。特大の火力があれば抜けるかもしれねぇが……物理的な攻撃は基本的に無力だと思うぜ」
「じゃあ俺たちじゃあ勝てねぇってことじゃねぇか……!」
その会話の中で、峰田がもぎもぎをばら撒いた。相手の足場を制限するように配置されたもぎもぎは、迂闊に動くことを許さない。
「……ナイス峰田!」
「……す、すまねぇ……俺にはこれくらいしか……」
「それを言ったら私は今何もできてないわ峰田ちゃん。そんなに気に病まないで」
「……爆豪や、緑谷ほどの火力があればあるいは……」
「ないものねだりだ。俺らのできることを考えよう」
「あれ? ───つーか尾白は?」
だれも気づかなかったが、尾白がいつの間にかいなくなっている。どこにいるのか───と考えると、脳無の向こう。死柄木弔と呼ばれた男に、ワープゲートの男と対等に渡り合っていた。
その背後にはイレイザーヘッドの姿がある。
「……相澤先生を……! なるほど、……梅雨ちゃん! 尾白の補佐に回れるか!?」
「ええ……でも切島ちゃん。さっきみたいなことがあったら……」
「そのときは俺がカバーする。蛙吹、先生を助けに行ってくれ。くれぐれも、触られないように気をつけてな」
「……わかったわ」
「お、オイラは!?」
「待ってくれ。相手に個性が通用するかどうかを見てからだ」
脳無が動いた。もぎもぎを上から踏みつける。そして、足をあげようとする───その足は、地面に粘着されているままだ。
「……つ、通用する……? オイラの個性、通用してる!?」
脳無は地面を引っ剥がし足を持ち上げた。
「通用しねぇぇぇぇぇ!?」
「相手が悪かったな」
「……でも、姿勢が崩れてる。ひょっとするとお手柄なんじゃ……」
鬱陶しかったのか、脳無は自分の足をもぎ取った。
その足が再生する。
「卑怯くせェな」
「……再生にも限度があるだろ! 轟、できる限り相手の体を凍結させ続けてくれ! 峰田も撒けるだけバラ撒いて!」
「わかった」
「お、おう!」
───ヒーローはまだこない。
回避すら厳しい弾幕を掻い潜り、振るった拳は片手で止められる。放ったぶんの威力をそのまま跳ね返すように、横に放り投げられる───地面に小規模なクレーターが出来た。その速度で、地面に叩きつけられた。
幸い弾かれ浮き上がったので、空中でむりやり体勢を直して着地する。相手の個性が変化したのか、明らかに先程よりも許容可能な衝撃量が増している。
だが、その考え方は適切ではないかもしれない。なぜなら先程見たからだ。体が真っ二つにされていたのを。だからこそ、わかる。
許容量以上は吸収できないのではなく───
あるいはそういう性質へと変化したのかもしれないけれども……その解釈が一番しっくりくる。圧倒的再生力のせいで吸収されているように思えるが、しかしあくまでその程度。
だからこそ、下手に100パーセントは放てない。下手に放ったが最後、その威力をそっくりそのまま返される───いや、おそらく一度返された。
先程は幸いなことに、内臓が露出する程度で済んだが……次直撃すると、どうなるかわからない。それこそ、腹が弾け飛び、死ぬかもしれない。
そう、さっきのは運がよかった。
茶味は弾幕で自らの身体を守っている。突っ切るには被弾覚悟でなければならない。しかし頭蓋骨程度容易に貫けるだろう鉄球の旋回だ───ひょっとせずとも、踏み込めば死ぬかも。
「どうした! こないのかぁ!?」
「───はっ───! 冗談!」
ワン・フォー・オールの出力、8パーセント。体が軋む。まともに動くこともできない。だが動けないほどではない。
(なんだこいつ、速度が上がって───!?)
茶味は、あっという間に近づかれた緑谷に対応することができなかった。顔面へと向かってくる拳をガードしようとして、───直後、その左拳が炸裂する。
「───スマッシュ!」
それは100パーセントの力だった。確実に顔面へと叩き込めるタイミングだった。故に、博打に出る。問答無用の100パーセントで、顔面を殴り飛ばした。
茶味の体を遠くへと弾き飛ばす。すぐに起き上がった茶味のもとへ、緑谷は既にたどり着いていた。
「───デトロイト───」
「ヒーローにぃ───」
「───スマッシュ!!」
「負ぁぁぁけぇぇるぅかぁぁぁぁぁあああああ!!」
放たれた100パーセントに合わせるかのように、茶味は右腕を振りかぶった。
互いのスマッシュが炸裂する。顔面を叩き潰すかのような勢いで放たれた拳は、先にダメージを食らっていたぶん茶味のほうが力で押し負けている。
「ぅぅぅゔぅぅがぁぁあああああああああああ!!」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、互いによろめき、
「───1000000パーセント」
そんな、とんでもない威力の攻撃。
「デトロイトぉぉぉぉぉおおおおあお───」
それに対し、茶味は先程食らったダメージをそのまま返そうとし、視界の眩みが一瞬動きを止める。
ああ、ここまでかクソッタレ。茶味はこころの中で毒づいた。口が血まみれだ。せめてもの抵抗に緑谷を正面から睨みつける。
「───スマぁあぁぁああああああああッシュ!!」
そして、右腕が放たれた。
右腕はもう、蘇生レベルの修復をしないと元に戻りそうにはない。あるいはそれ以上に生命力を食われるかもしれない。そんなレベルでの怪我になっている。
緑谷くんの怪我を見て、ぼくはそう思った、
茶味が組み上げた蒼の空間は解除され、周囲は先程の模様がある。ぼくは周囲を確認した。
……誰かが近くに倒れている。誰だろう。わからなかった。どこにいるのかすらわからなかった。必ずどこかにいるはずなのに───そう考えて、まずは緑谷くんを治癒しなければならないと考える。
ここで治癒をしないのは不自然だからだ。緑谷くんに対しては慎重に、仲間を装わないといけない。
敵対を考えたとき、ぼくでは緑谷くんに勝てない。それがわかりきっているからだ。先の戦いを見て特にそう思った。
治るかもしれないからといって、躊躇なく腕を破壊したのだ。しかもそれを平然と行う。
……先生にも似た恐ろしさを感じる。ひょっとすると、オールマイトもこういう人間なのか。そう考えると、とんでもなく恐ろしい。
「……大丈夫?」
「あ……死染さん。ありがとう。でもまだ動けるよ」
「……ほんと?」
「うん。そのために足もある。左手もがんばったら使えるし、だからあと八回は100パーセントも使える」
「……そ、そうなんです?」
なにこのここわい。
ぼくがこうまで怯えるのは異常だぞ、と思いつつ、治癒を発動した。だいたい蘇生四回ぶんほどを利用し、完全に体を治癒する。今の彼の体力を消費すると危険なので、ぼくの生命力で補った。だからそのぶん、消費が大きい。
あ、でも回復事故を装って殺せたかもしれない。なんて思いつつ、ちらりと茶味を盗み見る。
意識はあるらしい。ただ、体が全く動く気配もない。それだけ強力だったのだろうか。
やっぱり緑谷くん怖い。
「……広場に戻ろう。相澤先生が心配だ」
「……うん。わかった」
ぼくは緑谷くんの言葉に返事して───そして、いつのまにか茶味の頭を膝に乗せている姿があることに気づいた。
まったく気配がなかったそれは───見覚えがあった。茶味の母親の姿をしている。
ぼくが先程感知した、正体不明の人物の正体だった。
緑谷くんは警戒して拳を構える。そのことに、まったく反応を見せずに、茶味の母親は言った。
「バカ息子め」
それは、彼女にしては珍しく、言葉に寂しさを滲ませていた。頭を撫で、そうしてその唇に唇を落とす。
彼女はにっこりと笑い、こちらを見る。
「ねぇ、ジョンちゃん」
「……はい」
「……死染さん?」
「もっとあなたとお話したかったけど……それももう最後。このバカと、娘のこと、よろしくね。───さよなら」
「……え……?」
即座に、緑谷くんが身構えた。しかしそれは意味もない。茶味に溶け込むように、彼女の体が消えていく。
───それは幻想的な光景だった。蒼が空に立ち昇っていく。彼女の体が解けていく。
最後に茶味に口吻して、彼女の体は完全に、鉄球へと変化した。
「…………なにが」
緑谷くんが理解の追いつかない、と言った表情で呟いた。その視界の中で、茶味が目を覚ます。
「……クソババア」
茶味は、鉄球を構えた。
黒い鉄球は、触れた瞬間にその色を変え───そして、なによりも眩いような、純白へと変化する。
「男の決着に水差しやがって……まったく風情のわかってねぇ」
顔を上げた茶味の目には、涙が溜まっている。しかしそれは決して零さないようにして、茶味はその鉄球を放った。
自らへと。
その瞬間、世界は純白に包まれた。
今までの茶味が覚醒だとするなら、今回のこれは転生というべきものでしょうか。超転生とか……なさりませんよね……?
融合できた理由とか母親の個性紹介とかは次回で
補足
上鳴くんと戦い、爆豪くんがどういうわけか相手の個性を踏み倒してぶっ倒した謎の存在の正体が茶味の母親になります。