狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第25話

 人生は生まれた頃からレールが敷かれていて、テキトーに生きてもそこから逸れることはない。

 

 そういうものだと思っていた。

 

 すべては大いなる流れに導かれ、その流れに逆らうことは愚かしいことである。

 

 そういうものだと思っていた。

 

 だから、全ての行為にも感情にも感傷にも意味はなく。ただ一つの在り方として、いずれ滅び行く星の一人として───ただ、その流れに従うように生きる。

 

 そういうものだと思っていた。

 

 ───そんなことを考えたのが、幼稚園を卒園し、小学校に上がってすぐだったか。

 

 どこまでも人間として不完全な一家に生まれた以上、賢くならなければ死んでしまうような人生だった。だからこそ勝手に賢くなっていったし、世界の成り立ちまで勝手に想像した。

 

 世界には愛だとか、恋だとか、そんな上っ面のものは一切なくて、どいつもこいつも自分勝手な生き方しかしていないものだと悟ったのは小学校二年生の頃。

 

 ヒーローになるんだ、なんて漠然とした夢を語る少年少女が、その(じつ)彼を化物と呼び、排斥する。ヒーローなんて上っ面のものでしかない。どいつもこいつも大層な理念ばかり口から吐きやがって、実際のところなにも考えちゃいない。

 

 空っぽだった。

 

 すべてのものがからっぽだった。だからこそ、彼───茶味からすると、ヒーローなんかに意味はなく、どいつもこいつもろくなものではなく、死んだほうがいいとさえ思える───そういうものばかりだった。

 

 頭の中がろくでもないやつらに、茶味は興味を示さない。争いは同レベルでしか起きない。茶味は周囲と比べ早熟だった。早熟の天才だったのだ。

 

 だからこそ、自分が存在することで周囲が()()()()()()()()ことに気づいていたし、それをわかっていてなにもしなかった。

 

 それが間違いだと知るのは───遠い未来のこと。

 

 

 

 

 ワン・フォー・オール、出力5パーセント。制御は安定しない。もともと制御を手放し、ここですべてが終わってもいいとさえ思えるほどに自暴自棄になにもかもをかなぐり捨てた結果、先程のように制御しきれない───扱いきれない段階まで、止まることもなく行ってしまったのだ。

 

 だから制御できなくてもいい。全身に張り巡らせたワン・フォー・オールが、その生命の鼓動に対応するように脈動するのを感じながら、緑谷は拳を握る。

 

 ……いや、握れない。わずかに指を動かすので精一杯だ。だから、これはもうほとんど死に体と言って差し支えないだろう。だが、それでも気合で拳を握った。

 

 対する相手は、まだ健在。体にかなりダメージこそ来ているだろうが、未だ自分のそれに比べるとマシなレベルだ。

 

 結論。圧倒的不利───だ。

 

 足こそ壊れていないが、腕はもう駄目だ。ろくに扱えない。蹴りを主体にした動きでいこう、と考え、踏み込む。

 

 敵との距離は幸い遠くはない。光の槍は恐ろしくはない。イメージが形作られるまで、六秒ほど猶予がある。そこを突ければ突破できる。

 

 ひやひやさせられるが───しかし、実際にノーダメージで抜けられる。

 

「ぉぉぉおおおおおおおおおあああああ!!」

 

 下から、蹴り上げる。光を扱うことを中断し、その蹴りを掴んだ茶味の拳が体を打つ。血を吐いた。ダメージは深刻だ。

 

 そしてそんな状況なのに、相手は徐々に力の扱いに慣れてきているようだ───光を操ることに固執せず、機転を利かせた咄嗟の格闘。

 

 ───拳を通じて、記憶が流れ込んできた。それは彼の歩んできた血みどろの記録と、それに至るまでの物語。

 

 

 

 

「母さん。俺の髪、どんどん黒くなってるんだよ」

 

「へー。偉いじゃん。バカ息子のくせにしっかり制御できるようになってきてるのね。この調子だと、人間になれるのもそう遠くはないかも?」

 

「……そうだといいんだけどね」

 

 化物一家に生まれた少年である茶味は、人間に紛れ込むことができるように、その髪の色をゆっくりと変質させていく。

 

 蒼から、黒へ。黒はあくまでも力を制限した状態だが、その状態であればまだ人間に近い状態である───ということである。だから、蒼を封印し、二度と扱わない。

 

 母親と、茶味の誓いにも似たものだった。そして、これから続く家系には生まれたときから黒になるように、ゆっくりとその力を弱く、弱くしていく。

 

 それが母親の望みだった。黒でもまだ化物として進行は進むが……だが、それでも蒼よりは遥かにマシだ。

 

 学校では、今日も今日とていじめが続く。黒に近い蒼であるその髪は、やはりまだその効力を持っていない。担任からも見放され、茶味は孤独な日々を過ごしている。

 

 ……否。まるっきり孤独、というわけではない。

 

 思考回路が狂っているのか、茶味に話しかけてくる女子がいるのだ。彼女はどうにも明るい人物で、全ての人に平等に接するような、夢から覚めていない───言わば夢遊病患者のような女だった。

 

 いや、それは正しくない。どちらかというと世界を明晰夢であると勘違いしているような女だった。だが茶味はその女の馬鹿らしさがなによりも心地よかった。

 

 だから、いじめなんて平気だった。

 

「いたい」

 

 個性の訓練、と評し、サンドバッグにされるのももう慣れた。痛みなどとうに感じてはいないが、それでもひどく出血しているのだ。それくらいは言わなければ、気味悪がられると思った。

 

「やっぱり俺の個性が一番強いな!」

 

「えー!? 俺だし!」

 

 そう言って、放たれるのは水。体を引き裂き、小さく出血する。

 

「いたい」

 

 これもまた、痛くはない。こんな傷は一分もあれば余裕で治る。だからこそこのような役に抜擢されているのだろうが。

 

 と、いうか。茶味は思う。流石にどいつも個性が弱すぎるだろ。やる気があるのだろうか。

 

 少なからず半身を引き裂かれる程度の目にあったことがある以上、このくらいならば全然普通に耐えられる。だからこれは、ただの子供のストレス発散に付き合っているだけ。

 

 そこに彼女がやってきた。

 

「こらー! いじめはやめなさい!」

 

「うわ! 出やがった!」

 

「さーて、私の拳骨を喰らいたいやつはだれかな……?」

 

「逃げろ! 頭が二つに割れちまう!」

 

 去っていくいじめっ子たちを見届けて、彼女は嘆息する。

 

「どいつもこいつもいくじなしね」

 

「…………だから、俺に構わないでいいって」

 

「せっかく助けてあげたのにその言い草は酷いよ。喜んでくれない?」

 

「お前のそれは善意の押し付けだ」

 

「そんなんじゃないわよ! 私はただ、あなたと仲良くなりたいだけ」

 

「十分仲良しだ。これでいいか?」

 

「よくない!」

 

 はあ、と今度は茶味が嘆息し、

 

「この世の中には馬鹿と阿呆と愚図という三つの病がある」

 

「そうね、あいつら全員が罹ってる病気だわ」

 

「それならお前は重症だ。自分が含まれてないと考えてる時点で三重苦」

 

「えー? でもヒーローならみんな、これくらいやるでしょ?」

 

「……………………」

 

 今どき珍しい、まともにヒーローに憧れる少女だった。言葉に裏表のない、あけすけな女の子だったと覚えている。

 

 だからこそ、茶味のことを気味悪がらなかったのだろうか。いや、そんなのは関係ない。すべて偶然だ。

 

 ……いや、偶然か? 母親でさえ結婚し、子供を生んでいる。父親の顔こそ見たことはないが、恋愛結婚だったと聞いた。

 

 ひょっとすると、自分を恐れない頭のおかしなやつが世界にはもっといるのだろうか。

 

 ───そんなことを、思ったりした。

 

 そんな少女が消息を絶ったのはそれから二日後。

 

 半年後、彼女は死体で見つかった。

 

 

 

 

 ───知っている。

 

 その記憶を覗き、自らの頭の中に蓄えたデータからどういう事件であったのかをすぐに思い出した。

 

 ()()()()()()()()()

 

 守るべき市民に手を出し、あまつさえ死に至らしめた最悪の事件。

 

 見つかった少女は全裸で、性的暴行を受けた跡が見られるという事件であり、犯人である男は留置所で発狂死した。

 

 なんとも後味の悪い事件であると、緑谷は覚えていた。

 

「……ヒーロー女児殺害事件……」

 

「───!?」

 

「……その、当事者だったのか」

 

「なんで、知って───!?」

 

 落とされた拳を()()、緑谷は血を吐きながらも茶味を睨みつけた。握力などほぼ入らない体だというのに、その指は茶味の腕にめり込んでいる。どれだけの力なのかは、その傷からは想像もできない。

 

 そして、完全に確保された体勢から、

 

「───スマ……───ッシュ!!」

 

 痛烈な足が叩き込まれる。

 

 茶味は弾かれ、緑谷はその隙に体勢を直す。壊れているその腕に、強く力が宿る。瞳は死なない。どころか、一層強くその輝きを増している。

 

 その瞳に気圧されるように。

 

 茶味は、一歩だけ後ろに退いていた。

 

「なんだよ……」

 

 光が放たれる。塊となったその槍を、流れに従うように、体全体で絡め取り、そこから投げつける。それを回避するそぶりもなく、茶味はつぶやいた。

 

「ずるいだろ、それ」

 

 肩を貫かれ、腕の肉を抉られつつ、涙さえ浮かべて茶味は叫ぶ。

 

「ずるいだろ!? お前らどいつもこいつも───! なんで俺ばかりこんな目に遭わなけりゃいけないんだよ! 俺はあの日から、誰が死んでもまともに悲しむこともできなくなったのに……!!」

 

 それは、心が死んだ───ということなのだろうか。

 

 茶味にとって、その事件は過去の自分を殺したものであり、人生のレールを踏み外してしまった日。

 

 少女が死んだと聞いたとき、彼はなにより悲しんだ。

 

 母親以外のだれにも肯定されなかった人生を、唯一肯定してくれたのがその少女だった。彼女のためなら死んでもいいとさえ思っていた、そんな在りし日の記録。

 

「好きだったんだ」

 

 偽り続けた感情を、吐き出す。

 

「好きだった。大好きだった。なのに死んだ。クソ野郎に殺された。悲しいよ。悲しいさ。あれ以上の悲しみはないだろうとまで思ってた。なんで俺は最後まで憎まれ口しか叩けなかったんだとまで思ってる……───お前は」

 

 腕の振り上げに、光が呼応する。世界から生み出されたそのエネルギーは、莫大なものだ。当然だ。尋常でないものを創り上げるのだから。

 

 ここは想像の世界。茶味の想像が、全て反映される世界。

 

 だから、

 

 ───創り出された()()が、世界に向かって落ちてくる。確実に、世界が終わるどころの話ではないレベルの凶行。

 

「お前はっ! お前にはぁ! そんな経験なんてないだろうがッ!!」

 

「───だからって! 他人を同じ目に遭わせていいだなんて道理はないだろ!!」

 

 ボロボロの拳を握る。出来るか出来ないかでいえば───判断が正しくなければ、できないだろう。だがやる。試しもせずに結論づけてしまうのには、もうさよならだ。

 

「───デトロイト・スマッシュ」

 

 100パーセントを超えた、許容限界すら超えた拳。それを放つ。茶味に……ではない。

 

 ()()()

 

 本来勝てるはずのないそれに、緑谷は本気で勝利を考え、拳を放った。まず勝てるはずがない。だが、確信があった。

 

 ───これは、割れる。

 

 

 その確信を裏付けるように、太陽はそのスマッシュにより粉々に砕け散った。

 

 

「───な───ぁ───」

 

「……太陽がほんの少しでも近づいてきたら、その瞬間人は干乾びて死ぬはずなんだ。でもそうじゃなかった。だから───想像力にも限界があるってことだろ……!」

 

「……ちくしょう」

 

 光をかき集める。急いで次の弾を作り出さなければ。槍を作り上げ、放った。

 

「───クソ、クソ、クソがぁ───」

 

「お前の事情はわかった! 背負ってるものがあることも、はっきりわかった! だからといって───お前は人を殺した! それを許すことはできない……!」

 

 焦りのせいか構成が甘い。速度も出せず、全てを避けられる。緑谷は近づいてきている。早く次の弾を作り出さないと。

 

 地面から鉄球を引っ張り出した。重力の制限が解除される。なにやってんだ。判断ミスだ。俺は馬鹿か、などと心の中でいくら言っても関係ない。

 

「お前の抱えているもの、背負っているものを全て踏み躙ったとしても……! それでも僕は負けられない───」

 

「……頼むから……! みんなのぶんも背負ってるんだ……!」

 

「───ワン・フォー・オール───!」

 

 重力の制限が解除され、相手の動きは格段に速くなった。その姿に、鉄球を放つ。自分が最も扱い慣れた鉄球の弾丸は、緑谷の両肩を破壊し、腹に大きな穴を空けた。

 

「───頼むから、俺に勝たせてくれよ……!」

 

「───セントルイス・スマッシュ───!」

 

 腕は完全に砕かれた。だが、まだ足は残っている。ならばそれを使えばいい。後先なんて考えるな。

 

 ただ───全力で、確実に。

 

 

「……ごめん、母さん……」

 

 

 上から振り下ろすように放たれた足蹴り。

 

 それは100パーセントの力で以て茶味の意識を刈り取った。




 このお話、別にバトルを主軸にしてるわけじゃないんですが…………なんかすごく長引きましたね……。

 ところで茶味くんはとんでもない嘘つきなのでどこがホントでどこが嘘なのか、自分でさえわかってません。誰が死んでも悲しめないだなどと言葉にしつつ、実はお世話になった人が死んだら表に出さず悲しむ人です。
 本人に自覚はありませんが。
 ともあれ茶味編終了。


 正義の敵はまた他のだれかの正義と言いますし、ヒーローってなによりも大変な職業だなぁと思います。
 それはそれとして緑谷くんによる狐さん完全否定。
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