緑谷くんと茶味が消えてから、ぼくはその場を動くことなくしっぽをいじっていた。
どちらが勝ったとしても関係ない、結局のところ勝利に違いはないのだから。少なからず、茶味にあれだけ苦戦するようなら緑谷くんはそこまで脅威ではない。
ただ───しかし、相手の実力に合わせその実力を伸ばしてきそう、という懸念はある。いや、間違いなく伸ばしてくる。だから困る。
ぼくからして、やはり緑谷くんは戦いにくい部類の相手だ。実力帯が違うが、だからといって負けないとは限らない。
どれだけ強くても、負けることはあるのだから。
だからこそ念には念を入れ───弔の言葉に背いてでもいいから、緑谷くんを謀殺しておいたほうがいいのだろう。だがどうする?
周囲を見回す───監視カメラが用意されている。そりゃあそうだ。ヒーローの施設だから。だれかが無力化してくれていればいいが、そうでなかった場合にぼくの正体がバレてしまう。
……だれか壊してくれないかなぁ、と思っていると、ワープゲートが開いた。周囲のカメラを引きちぎり、どこかに捨てたあと、ぼくの隣に現れる。
こういうとき黒霧の便利さは光るよなぁ、と思いながら、ぼくはそちらに視線を向けた。
「なぁに?」
「……全ては十全に。そちらは何かありましたか?」
「うーん……ちょっと暴走しちゃったっぽい? わかんない。けど、そんなに問題はないと思うな」
「……そうですか。こういうとき、どこに目があるのかわからない現状は恐ろしいですね……なるべく私に誘惑されるという
「ん、了解。……ねーぇ、黒霧。とむらはどう?」
「……あなたは本当に死柄木弔が好きですね。彼の考えていることはよくわかりません。……ですが、先生の後継としての成長は確実にしています。本当にオールマイトの殺害を成功させるとまで感じさせてくれますよ」
「そう? えへへ。とむらはすごいでしょ?」
「ええ。彼こそが王として君臨するに値する人間だ。……どうです? 本当にお姫様になってみては?」
「ん……」
黒霧のその提案は、たしかに魅力的だ。だからといえ、ぼくが弔を好いているように弔がぼくを好いているとは限らない。ぼくがオスであることも弔は知っているし、そんなぼくに好かれても迷惑ではないだろうか。
弔とぼくは、どうやっても釣り合わない。弔の眩さは、ぼくを遥かに呑み込んでしまえるものだ。
その光に───ぼくは目が眩んでいるだけなのだろう。羨望し、自分のできないことを弔に求めているだけのような気がするのだ。
間違っているにせよ、合っているにせよ、ぼくと弔じゃあその価値は釣り合わない。そもそも弔にはそんなことをしている余裕もないだろう。だからこそ、否定する。
「とむらにぼくは釣り合わないよ」
「そうでしょうか? あなた以外に死柄木弔に並び立てる者がいるようには思えないのですが……」
「あのね、黒霧。ぼくは自分ができないことが多すぎるから、勝手にとむらにすべてを求めてるんだと思うよ」
「それは死柄木弔だって同じだ」
「違うの。ぼくがとむらのことが好きなのは、きっとただ心酔してるだけ。とむらはぼくのことを手下としか思ってないでしょ。そんなのが、お姫様だなんてばからしいし痛々しいにもほどがあるよ」
「……お互いにここまで鈍感だとは……」
黒霧は、大きくため息を吐いた。しっぽで地面を叩いていると、空間が割れ、そこからボロボロの緑谷くんと茶味が現れる。
「───あ───死染、さん───」
緑谷くんのほうは、ぼくを見て、そして気絶する。二人とも意識がない。
黒霧に視線を向ける。どうするべきかの判断を委ねるためだ。黒霧は、わずかに迷ったようなそぶりで、緑谷くんを見る。
「…………どうするべきか」
それは、殺すべきか、殺さざるべきかという思案だろう。ほどなく、黒霧は結論を導き出す。
「……殺しましょう。お願いします」
「んー」
感傷なんてない。ぼくは、緑谷くんに手を当てた。そこから、治癒を発動する。
そもそも、治癒とは体力を消費する行為だ。緑谷くんの治癒に消費する体力を先程までぼくが補っていたため、とんでもない重傷でも治すことができたが……その処置をしない。
衰弱死を装える。
傷が治っていく───と、同時に緑谷くんの呼吸がどんどんと浅くなっていく。この調子でやれば、一分と経たずに殺すことができる。
「───クソモヤ! 死ね───!」
爆豪勝己が現れた。
思わず緑谷くんから手を離した。黒霧を奇襲し、その姿を吹き飛ばす。
「またあなたですか───!」
「……あ? クソ耳野郎じゃねぇか。それにデク……。チッ、仕方ねぇな。お前は後でぶっ殺してやるから失せろ」
「……………………」
黒霧は、無言で姿を消した。それを見届けて、爆豪くんはぼくのほうを見る。
視線がこちらを射抜く───知っている。これは疑心の目だ。心の声を聞いた。完璧にぼくを疑っている。
鋭い……と思うし、同時にそりゃあそうかと思う心もある。黒霧がいて、ぼくがいたのだ。さらに繋がりがあるときた。はっきり疑われるに決まっている。
「……こないだ雄英の防衛機能が破られたな。それはわかる」
爆豪くんの手の中で小さく爆発が起こった。
「が───わからねぇのが
と、いってこちらを見た。
「お前、なんで戦ってねぇんだ」
「……………………」
「……お前が
「……………………」
「答えろよ」
……どうしよう。
これはもう、完璧にぼくを疑っている。内通者の存在なども疑っている。だがこれに関しては……ぼくも、一つ主張ができる。
「一回胸に穴を開けられてさ。蘇生に時間がかかっちゃった」
「……そうか。じゃあ、なんであのモヤ野郎と戦わなかった」
「……ほら、知り合いで躊躇しちゃってさ。でも相手も敵意はなかったっぽいし」
その言葉は最後まで言えなかった。
顔面を爆破される。それも、かなり大きい爆破だ。生きてこそいるが、それでもかなりの大怪我であることは間違いない。
「ふざけてんのか」
「…………え?」
「お前ふざけてんのか? おい。この状況で敵意がないだの頭に蛆が湧いたみてーなことよく言えたよ。元はと言えば全部お前のせいだろうが。なぁ。なんとか言えよ」
服の襟を掴まれ、持ち上げられる。どうしよう。怒りが心を占めている。これはどうするべきか。頭は回らない。ああ、もう。どうしてこんなときに働かないんだろう。
わけがわからない。これだから人間って嫌だ。全部死んでしまえ。最悪だ。喉に言葉が支える。吐き出すことを躊躇する。
「……え、と」
「半端な覚悟でヒーロー目指すんじゃねぇ。迷惑かけんな。次ふざけたこと吐かしたら殺すぞ」
「……でも」
「なんだよ」
「……いや、半端じゃないよ……?」
殴られた。左の頬が痛む。手を放された。地面に落ちる。
「もういいよ」
緑谷くんを引っ張って、ぼくの前に落とす。
「さっさ治せ」
「……………………」
言われたとおりに、治癒を施した。さすがにここで殺すことを狙うほど馬鹿ではない。体を完治させる。
戦闘の疲労までは回復していない。意識が戻ってくるのはまだ先だろうが、体自体は万全の状態だろう。
「失せろ。雄英辞めて二度と俺の前にその面見せんな」
「……………………」
そういって、爆豪くんは緑谷くんを雑に掴んで持っていく。ぼくはなにをすることもできず、ただ呆然としていた。
……関係はもう、二度と修復できないだろう。最悪かもしれない。この状態で雄英に潜入し続けるのは厳しいかもしれない。
鼻血が溢れていた。治癒でさっさと治す。立ち上がって、ぼくは小さく体を伸ばした。すぐ側で倒れている茶味に治癒を施す。残り蘇生回数は……六回ほどか。やはり他人の治癒は苦手だ。無駄に生命力を消費する。
頬を叩くと、茶味が目を覚ました。狐につままれたような表情でぼくの顔を見る。
体の調子を確認し、手を握って、「駄目だ戦えねぇ」と呟いてから茶味は個性を発動する。
個性自体は利用できるが、体は疲労が溜まりすぎてまともに動けないらしい。治癒ではそういう部分まで取り除けないからなぁ、と思う。茶味がこちらに向き直って聞いた。
「……狐さん、なんで俺を治したんだ?」
「んー……気分?」
「緑谷は?」
「生徒に連れて行かれた」
「おい、鼻血出てるじゃねぇか。どうしたんだ?」
「殴られちゃった」
「……は? 誰に?」
「緑谷くんを持ってった生徒」
「マジか……」茶味は、服を漁りながら言う。「そいつ、自殺志願者かなにか?」
さり気なくぼくをディスってないだろうか。茶味はポケットからハンカチを取り出した。血の染み込んだハンカチだ。その惨状を見て、数秒固まり、ハンカチを光に包んでこの世界から痕跡すら残さず消し去った。
「いや、マジで自殺志願者だろ……リーダーにぶっ殺されるんじゃないのそいつ」
「えー、とむらでしょ? ないと思うなぁ……」
「狐さんのその自己肯定感の無さはなんなの……?」
そうわけではないが……だって弔だもん。仕方ないね。
「『半端な覚悟でヒーロー目指すな』、だってさ。うふふふ、よりによってぼくにそれを言う? って感じの発言だよね」
なにせ、ぼくは生まれてすぐから自然の中で殺し合いの日々だ。殺さないと生きられなかった。こういう反則的な力があっても関係ない。それはぼくという本質には関係しない。
……ぼくも、人としての生活が長いから、一つだけはっきりしてる感情がある。首を掻きむしって───その皮が破れ、肉が露出し、さらに下───白い骨が現れるほどまで掻きむしって、このままじゃ喋れない。傷を修復し、血で手をぐちゃぐちゃに汚しながら、ぼくはぼそりと呟いた。
「苛立つなぁ」
茶味がぼくを見て、「リーダーそっくりだ」、と言った。その言葉に、ちょっとうれしくなる。
弔にぼくが近づいている気分がするから。だから、それが何よりも嬉しい。口端を指で持ち上げ、ぼくは笑顔を形作る。笑え。にぱーっと。笑い飛ばせ。
「……全員、殺しちゃいたいなぁ」
今まで関わってきたすべてのヒーロー関係者、それら全てに苛立ちを覚える。ヒーローになるだとか、ヒーローだとか、正直そんな
腹立たしくある。
「待て、緑谷は殺さないでくれよ」
と、茶味。どうしたのだろうか。ひょっとして、少しだけ絆された? いや、ぼくもそのことはあるかもしれないから、茶味にそれを責めることはできないのだけれど。
「……なんで?」
「あいつはちゃんとしたヒーローに成れるからだ。潰すのは勿体ない」
「なにそれ。お願い?」
「……ああ、お願いだ」
「そっか。聞く義理ないね」
蘇生が六回……ということは、変身はまぁ余裕にできる。ならばそうしよう。今の自分の姿でやってはいけないことがある。
ぼくは変身を使用した───作り上げる姿は、昔のぼくがずっと使っていた、へそ出しファッションの女の子。少しだけ増えた髪の量と、耳がなくなったことにぼくは違和感を覚えつつ、しかし動ける───問題ない。
「……そんな顔しないでも……」
思いつめたような表情の茶味をぼくは手で捕らえた。その頭を適当に手で撫でて、言う。
「わかった。緑谷くんは殺さないであげる。その代わりだけどね」
なるべく脅かさないように、ゆっくりと笑顔を形作る。
「プロヒーローも殺しちゃお?」
「……………………」
なにが悪かったのだろうか。怯えた顔で、こちらを見る茶味にぼくは首を傾げた。なにがおかしいのだろう。なにか変かな。わけがわからない。
首を掻きながらぼくは困惑する。
───扉が壊れた。
そこに、オールマイトの姿があった。
「───私が来た」
「あのセリフ、やけに偉そうだよね」ぼくは笑った。「見てるこっちが恥ずかしいや」
ぼくは弔の元に向かった。
「やっほー、とむら」
「……懐かしいな、その姿」
「でしょでしょー? ちょっといらっとしたから、ぼくも戦っていい?」
「…………」
迷うように、弔が額に手をやった。
なにを考えているのだろうか───いや、わかる。ぼくが戦うことに関してだ。だが、この姿であれば弔のやりたかったことを邪魔しないであろう。
前の姿のぼくの奮闘はきっと緑谷くんが証明してくれる。だからこそ、ぼくは別のぼくに成り代わった。
姿を変えて───こうすれば、弔も許可を出してくれるだろうから。
「…………」
弔は言った。
「餌は自分で取ってこい」
狐さん、正論を言われ逆ギレの巻。
というか前回までの決戦が全部一瞬で無に帰したんですけど……あの……。
忘れよう。一応戦闘ができないレベルまでふたりとも消耗してるし。