「んむぅ……邪魔なんだけど」
顔をさすりながら、ぼくは起き上がってつぶやいた。どうするべきか。少し膨らませてみたりして、すこしおふざけがすぎるとすぐにやめる。
緑谷くんはぼくを睨みつけて、言った。
「……なにをしようとした」
「プロヒーローには飽きちゃったんだよ。せっかくだし、生徒でも食べちゃおっかなーって」
「そんなこと、させると思ってるのか!」
ブラドキングがぼくに向かってくる。しっぽで迎撃しようとして、なかったのだったと思い出す。しかし問題はない。手で突き飛ばして、その場をやりすごす。
「違うよ、するんだよ!」
緑谷くんに関しては、あんまり気にすることもない。不完全な治癒を少し施している。ほとんど衰弱して、ろくに動くこともできないはずだ。実際、ぼくの拳に対応できなかった───意識を奪う。そして、飯田くんを狙うことにした。
横合いから飛んできた鞭は掴んで引っ張る。人数が固まっている場所では睡さんの個性は使えない。だから、武器を取り上げれば相手はなにもできない。
飯田くんへと向けて手を伸ばし、その指が心臓をえぐり取る軌跡に、割り込んできた姿があった。
切島くんだ。その身でぼくの手を受け、耐えた───腕は割れたが、しかし硬化の個性。やはり強い。もっと出力をあげなければならない。
個性の出力を上げ、そのまま拳を振りかぶった。拳は最大限まで強化している。切島くんを殴った───体が割れ、後ろへと吹き飛んでいく。
壁に打ち付けられ、切島くんは意識を失った。少し手を振り、その後付着した血を舐めとる。割る労力に比べ、味がかなり微妙だ。切島くんは無視しよう。
幸い、眠ってくれてるみたいだし───そう思い、今度こそ飯田くんへと手を出す。
「───ま、待て!」
「……………………?」
なんだろう。飯田くんが、いきなりぼくに向かって言い放った言葉に首を傾げる。呼びかける理由がわからなかった。
「なぁに?」
「君は、見たところ14歳くらいだろう!? なぜ
「えへ。そんなの、ぼくの居場所がここだからに決まってるじゃん」
「……どうして!?」
どうして、どうしてだろうか。ぼくは少し考えてみる。指で頬を突っついて、なにかいい言葉を探してみた。
どうして、だろうか。ぼくが拾われたから? ぼくがそうでないと生きられないから? それとも弔が好きだから? ぼくはどうして、弔の味方をしているのだろう。わからない、わからない。
なんでかなぁ、と考えていると、弔がぼくの横へと立った。頭を撫でる。いつものことだ。ぼくは弔に頬を擦り寄せ、言い訳を考え───そのすべてを、捨てる。
「わかんない!」
「はぁ!?」
「じゃあ聞くけどさー。飯田くんはなんでヒーローになろうと思ったの? 憧れだから? でも結局のところ、流されてってところもあると思うんだにゃぁ」
「露骨なあざとさアピールはやめろ」
弔にツッコまれた。てへ、とだけ言って、ぼくはピースをする。
「それで、どうなの? 君はなんでヒーローになろうと思ったの?」
「僕は……兄の姿に憧れたからだ」
「そうなの? そっか。なるほど。すごいねぇ。そんな大それた信念、ぼくは持ってないから羨ましいんだにゃん?」
「だからあざといって」
「もー、とむら! そんなこと言わないでよ!」
「いや、あざといだろ」
「……あざとい、わね」
睡さんにまで言われた。少しだけショックを受けたのでほっぺを膨らませて抗議する。
「……ところで、今聞き捨てならないワードが聞こえてきたわね。そこのあなた」
「は?」
睡さんが、弔を指差した。怪訝そうに弔が返すと、睡さんは言う。
「ジョンちゃんがよく話す『とむら』……っていうのはあなた?」
「……そうだが」
「女の敵ィ───!」
「……急になんだよッ!」
石を投げられた。ぼくがそれを受け止める。
「ジョンちゃんはね! あなたのことを何よりも好きで好きで堪らないなんて感じで私にずっと惚気話してきたのよ!? なのにそんなあなたが───女の子を侍らせてるなんて……!」
「…………オイ」
弔の目がこちらに向く。睡さんの裏切りによりぼくの今までの話の内容が弔にバレてしまった。とんでもなく恥ずかしい。顔の造形が違うからか、久しぶりに表情が勝手に変わった。今は顔が真っ赤になっている自信がある。
「ジョンちゃんの純情に詫びなさい!
……周囲の空気が、若干冷めたような気がする。
「───あなたはここで確保します。そしてジョンちゃんに『今まで弄んでごめんなさい』と謝らせるからね」
「待て、確実に勘違い───」
「───問答無用!」
睡さんが個性を発動した。周囲が慌てて息を止め始める。タイツが破られ、周囲に香りが流れ出した。強制的に眠らされる個性───特に男性に効き目が強いんだったか。なら弔には天敵だな、なんて思い、
───意識が落ちそうになる。
「……はへ?」
「……おい」
弔がこちらを見て呟いた。なんだろう。……これは、眠気だ。しかし男性に対して効き目が強いんじゃなかったか? と思い、少しだけ考えて───元々の自分の性別を思い出す。
オスである。
「はにゃぁぁぁぁ……?」
そっちが反映されるのか、と思いつつ、意識はゆるやかに眠りに落ちていった。
「チッ……」
眠りに落ちたジョンを、黒霧がワープゲートで手早く転送する。こちらの最高戦力がかんたんに無力化された。死柄木弔は息を止め、近寄ってくるミッドナイトから距離を離す。
───頃合いか、と死柄木は判断した。生徒は三人も殺害している。ならば、さらに捕らえる必要はない。これだけでも、雄英側には大きなダメージを与えることができた。
ならばあとは逃げるだけ───と、思い、ヒーローから距離を離す。
(───最後に一つ)
大きな仕事がある。
いつの間にか立つことすらできなくなっている、オールマイト。彼を最後に殺して帰ることにする。脳無のゴリ押しも考えたが、しかし……だ。脳無にも状態異常は通用する。基本的に男体ベースで作られる脳無は、ミッドナイトの個性にひっかかりやすいだろう。物量作戦が通用しないわけではないはずだが、それは自らも巻き込む諸刃の剣だ。
───相性が悪かった。これに尽きる。彼女が味方を巻き添えにすることを厭わず、全力で個性を使えば間違いなく敗北するのだ。
……判断を誤った。ジョンにミッドナイトを最優先で殺させるべきだったのだ。
だがもう遅い。平和の象徴は目の前だ。いける。
地面を踏みしめたとき、
「───ッ!?」
「させると……思うのか……?」
「我々ヲ舐メスギダ」
「ハハハハハハハ! 浅はか! 浅はかだよ
「チィ……プロヒーロー……!」
戦力を隠していたのか。地盤が崩れていた場所の、周囲にエクトプラズムが立っている。落下していく───だが慌てることはない。冷静に、黒霧を利用する。
そしてオールマイトの背後へと転移した。
「───取った……ッ!?」
「残念! それも読めているのさ! もっと頭を使いなさい頭を! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
気が狂ったような笑い声が響く。オールマイトの背後には、そもそも足場が存在しない。一瞬で落下していく───これは、黒霧の確認不足か。落下しながら思う。
「───お前のミスは───お前が取り返せ」
「───ええ、死柄木弔」
あえて突飛な場所を。水場の上へと転移し、浅瀬に着地した。
「読めていても……関係ない一撃があるだろ……」
黒霧が、オールマイトをワープゲートに僅かに引きずり込んだ。
そして半分入ったところで、ワープゲートを閉じ、
オールマイトの体が分断される。
「───あっ」
それは、だれの声だったか。
平和の象徴が、生存の余地なく断割された───それも、きれいに前と後ろで真っ二つだ。内臓の断面が出来上がり、教科書に載せられるほどに綺麗な断面が外気に触れる。
血と、様々な液体が途端に溢れ出した。それが平和の象徴の死亡を確信させる。
「───う、うそだろ……?」
それはだれの声だったか。誰もが動きを止めた。それだけ、平和の象徴の死亡はあっけなく、それだけに衝撃的なことだった。
「……もういいか。黒霧、帰ろう」
「はい。……オールマイトの死体はどうするので?」
「利用する。持って帰るぞ」
「わかりました。───それでは皆様、さようなら」
「……ッ、待てェ───ッ!!」
ワープゲートが開いた。それは黒霧と死柄木、そしてオールマイトの死体を飲み込み消えていく。
ヒーローの声も遅い。あまりに遅すぎた。既に象徴は絶たれている。誰もが刻み込まれた敗北感に、意気消沈し、
───再度、ワープゲートが開く。
「なっ……なんだ!?」
「向こうから来たのか……今度こそ捕らえてやる……!」
その中から現れる姿、
───脳無、四百二十一体。
疲弊しきった戦場に、さらなる苦難を投げ込んでワープゲートは消えていく。
ぼくが目を覚ましたとき、弔はぼくのすぐそばに置いた椅子に座り、新聞を読んでいた。
なにか、音が聞こえてくる。これはテレビのものか? ヒーローを賛美するメディア嫌いの弔が珍しい。
なんて思いつつ、あくびを溢して上体を起こす。あ、耳としっぽがない。変身で元の姿に戻しておいた。
全然お腹空かないなぁ、なんて思いながら、ぼくは弔に声を掛ける。
「おはよー」
「お、起きたか。……ちようどいい、見ろよあれ」
「んー……? なに……?」
「今面白いところだ」
『これは雄英の防犯設備に問題が───』
『これだけはっきり情報が流れてくるとなれば、やはり校内に
『平和の象徴は、その姿をこつ然と消してしまい───……』
『教師四人、生徒三人の死……重傷が十二名、そして一人が誘拐されたと───』
『中には心を病み、自主退学を行うものも───』
それは、すべて雄英に関してのスクープなのだろう。どれもこれも、知ったような口を聞いて、ろくな話をしていない。だがそのどれもが雄英の問題点を確実に刺激していた。
「わぁー……って、オールマイトも殺したの?」
「ああ。平和の象徴をぶっ殺してやった」
「わぁ……! やったねとむら! 夢が叶ったよ!」
「───だが、まだここからだ。これは開始点。これからはお前を最大限に利用する。いいか?」
「もっちろんだよ! ぼくでよければどんどん使って?」
「ありがとう」
弔が頭を撫でる。気持ちいい。お腹に顔をうずめるように、ぼくは頭を前に突き出した。
「ふゃぅっ!?」
「……あれ? 耳、そんなに弱かったか?」
「……んにぅ、ひ、久しぶりだったから、っ……?」
「ふぅん。……やっぱ手触りいいな」
「……………………いちゃつくのも結構ですが、死柄木弔。この場にいるのは二人だけではないですよ?」
黒霧の声が、どことなく冷たい。言われて周囲を見渡すと、二つほど知らない顔を見つける。
ぼくの視線に気がついたのか、大柄な男はびくりとその体を震わせ、その様子を少女が窘めた。
「ああ、忘れてた。新しい仲間だ」
「忘れるのは酷くないかね?」
「紹介を忘れてたってだけだ」
「……まぁ、いいが」
会話はそこそこ気安いものであるらしい。弔と意気投合できる人は珍しいので、少し新鮮に思う。
「どっちも優秀だ。性格に難こそあるが……俺たちの理念に共感してくれる」
「……
彼は言う。
「死柄木弔。君の、その少女に対する理念にはなにより共感する。私にも、それに似た思いがあるからな」
「……
「わかってるよ。だから俺たちはお前らを仲間に呼んだ。動画投稿者なんて馬鹿なことをやってはいるが……どこかで俺たちも動画をあげてみるべきだと思うしな」
弔が、ぼくの頭を撫でて言う。
「紹介しよう。ジェントル・クリミナルとその相棒のラブラバだ」
一つが終われば、また次へ。
物事の道理に従うように、世界は昨日とはまた違った出来事を運んできた。
USJ編は終了です。
いろいろ変かなって思いますが、狐ちゃんがまともに生きられない社会を変えるという言葉に自分たちを投影しちゃったりしたら意外と仲間になってくれそうですよね。
全世界より一人を選ぶタイプだと思ってるので、そういうジェントルなら社会を犠牲にしてでも一人を見殺しにすることがない理想のほうに協力するかなぁって……。
追記
前話同様めちゃくちゃギリギリに書き上がったので文章の見直しできてません。文章が変なシーンは気付き次第修正していきます。最初のほうに見られた方はほんとに申し訳ございません。