狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第3話

 ドクターがわざわざ肉を持ってきてくれて、それを美味しく頂いたあとのこと。

 

「読心以外は燃費が悪いようだね」

 

 と、先生が言った。曰く、変身が使えるのは二回までが限界だろうとのこと。それ以上使ったら生命力不足で死ぬらしい。

 

 とはいえ、変身自体はかなり便利な能力なのでリスクを管理しつつ使うのは問題なさそうらしい。これ、ぼくは褒められてるものと受け取っていいのだろうか。うれしい。

 

 

 

 

 弔と二人になった。

 

 なんでも先生は忙しいようで、ぼくの個性の確認を終えるとたったかと出ていってしまった。ドクターはこの家にいるようだ。ぼくの食事を補充するためらしい。すこし申し訳なくなる。

 

 弔は、こちらのことを気にしながらも、あんまり近寄ってはこない。声は聞こえる。その声に耳を傾けると、彼は決まってこう言っている。

 

『もうだれかをバラバラにしたくない』。

 

 まるでぼくからすると意味のわからない言葉だが、彼からすると大きな意味を持っているようで、ぼくを遠ざけている。

 

 話しかけてはくるのだが、しかし一定の距離を置かれている。ぼくが床のうえでごろごろ転がっていてもスルーした。

 

 ひどい。

 

 仕方ないのでぼくのほうから近づくことにする。とてとて、と歩いて、にじにじと弔の側に近づいていく。ほんとにちょっとずつ進むから、弔は気づいていないようだ。これは勝った。そう思って、しかし警戒を解かずにじにじと進んでいると、機械に向き合っていた弔はこちらを向く。

 

 そして少しだけ距離を離した。

 

 どう考えても露骨に避けられているので、ぼくはわずかに落ち込んだ。

 

 

 

 ということで弔に近づく方法を考える。

 

 個性を使って身体強化、そうして追いかけるのが一番いいのだろうが……加減を失敗して弔をこっぱみじんにしたりしたらしゃれにならない。実際、全力で発動したら尻尾で叩くだけで熊を仕留められるくらいに強化されるのだ。

 

 臆病にだってなる。

 

 よってこれは却下だ。さすがに殺してしまうかもしれないことをやるのは避けたい。ぼくは弔を殺したいわけではないのだ。ただ、せめて遊んでほしいだけなのだ。

 

 かわいらしく鳴きながら(こうして甘えた声を出すのは虫唾が走るのでわりと自爆攻撃)、弔にアピールをする。

 

 恥ずかしいったらありゃしない。そういえば、森にいた時代に甘えた子供のイノシシを殺した覚えがあったっけ。しかたない。あの殺伐とした環境のなかで、媚びた声で鳴くなど恥ずべき所業なのだ。

 

 恥ずべき畜生。

 

 ともあれ戦果。「なんだよ……」という言葉とともに、弔から置いてあったハエたたきで背中を撫でられた。汚い、と思うことはなかった。それを嬉しいと、ぼくは思ったのだった。

 

 翌日。

 

 弔はこちらに少しだけ慣れたのか、紐をぼくの前に吊り下げてくる。そんなものでぼくが釣られるわけがないだろう、と思って無視しようとしたが、目の前で振られると獲物と思って狙ってしまう。噛み付くと宙に釣られた。

 

 そんなものでぼくが釣られるわけがあった。

 

「これじゃあ首を痛めるな」

 

 と、いって弔はぼくをゆっくりと下ろす。そうして昨日のようにハエたたきではなく、普段体にくっつけている手の一つを使ってぼくを撫でた。昨日より断然心地よかった。

 

 さらに翌日。

 

 弔が付けているモニターから、ゲームの映像が映し出されている。

 

 弔はもうぼくに慣れたのか体に触れる範囲にぼくを置かないが、しかしそれでも側においてぼくとゲームの画面を共有していた。

 

「……ちッ、あーだめだ反確取られたはいフィニッシュ対戦ありがとうございました畜生!」

 

 荒んでおられる。

 

「あー……駄目だ。やっぱリーチ長いのが正義か? クソ……いやもっと技撒いていったほうがいいなこりゃあ。クソが、俺も全部の指が使えれば負けねぇってのに……あーマジでクソゲーやる気なくした」

 

 やさぐれはじめた。

 

 弔はゲームを終了し、また別のソフトを起動し始めた。アクションゲームはコントローラーをうまく握れないから、RPGをするつもりらしい。

 

 ぼくは口ではどうこう言いつつ、感情では楽しんでいる弔を見ながら床にだらーっと座り込む。

 

 口ではどうのこうのと言うが、弔はゲームをやっているときにはかなり落ち着いている。それは普段から心の中が苛烈で、悍ましいほどの苛立ちに塗れているからだ。

 

 ぼくが弔の心の中を上手く声として覗けないのは、そういった理由も関係しているのだろう。安堵、尊敬、感謝、怖れ、好気、親愛、痛快、───全て、その根底にある憎悪と比べるととても小さい。

 

 それが死柄木弔だった。

 

 だからこそ、なんだかんだと僕を気にかけてくれているのは、なんだか嬉しい。

 

「RPGの醍醐味は低レベクリアだよなぁ」

 

 などと言いながら、弔はゲームをさくさくと滑らかに滞りなく進めていった。

 

 戦略は意外に丁寧で、攻撃役を二人用意し、攻撃倍率の高い技を習得させている。回復に特化したキャラが一人。サポートが主になるが、万が一のさいに回復に回れるキャラが一人。

 

 安定攻略においてはこれ以上ないだろう、というほどのパーティである。レベルは低いが、立ち回りも安定しているためにボスで苦戦することもなく、ゲームをさっさと進めていく。

 

「そういえば」

 

 ふと、弔が声をかけてきた。

 

「お前、喋れねぇのか?」

 

 問いには、首を横に振ることで回答を示す。

 

 しゃべると言っても、やりかたがわからない。どうすればいいのか、その方法がわからないのだ。人の言葉はわかるけど、自分の喉を震わせる感覚がいまいち理解できない。

 

「んー……でもさ。ゲームとかだと喋る狐って意外といるんだぜ? 喋ってくれるとこっちもわかりやすいというか」

 

 わからないものはわからないのだ。

 

 ただ、人間の体になったときはどうであるかはわからない。試さずに結論づけるのもどうかな、と思う。

 

 なので変身を使うことを決意する───のはいいが、だれに変身しようか迷う。

 

 弔はこのまえ「止めろ」と言われたし、先生は畏れ多くて無理だ。ドクターもドクターで、あのひとはあんまり観察する時間がなかった。ディティールが崩れておばけみたいになりそうな予感がする。

 

 どうしようか───と考えていると、ちょうどゲームの画面が目に入った。そうだ、このキャラクターに似せた人間の形になればいいんじゃないだろうか。

 

 そういう考えから、キャラクターの動作を観察する。パッケージにデザインされている人物の造型を見て、意識してその体になろうとしてみる。

 

 激痛。

 

 なんというか、変身のたびにこれがあるし、一気にお腹が空くからそんなに使いたくない。やむを得ない場合には躊躇しないが、感覚的に3回目を使おうとした瞬間に死にそうな気がするので怖いのだ。

 

 体が痛い。激痛だ。ゆっくりと目を開けた。床が目に入る。自分が倒れている、ということを自覚して、腕に力を込めて起き上がった。

 

 普段より足が長いから、動かすのに少し苦労する。膝を足代わりに使うのが、ちょうどいい具合に前の感覚に近いので、そうして動くことにする。

 

 振り返ると、弔が驚いているのを感じた。へへーんどうだ。と、得意げになるのは一瞬で、造型の失敗の可能性を考えて鏡を探すことにした。

 

 部屋の中に設置されている鏡は、洗面所に一つだけある。そこまで這って行き、手すり代わりに洗面器の端っこを使い、立ち上がった。

 

 鏡を見ると、顔の造型は成功している。首を下にして見ると、体の造型も成功している───服ごと造型したので、ちゃんと服もある。よし、成功。

 

 弔のもとまで這って歩き、指を立てた。

 

「なんでもありかよ……」

 

 弔がぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 

 お腹が空いて寝転んだぼくのために、弔がご飯を持ってきてくれた。

 

 指の扱いが難しいので、四苦八苦しつつもなんとか皿の上の肉を掬う───取りやすいように、弔はスプーンを渡してくれた。

 

 とはいえ、これも持ちづらいから弔と違い、握りしめるような持ち方になっている。難しい。指って長い必要ない。なんなら必要すらないかもしれない。

 

 弔はなんだかんだで一本だけ指を使わずに料理をつまんでいる。器用だ。羨ましい。

 

 食事を終え、弔が話しかけてくる。

 

「なんでいきなりそんな姿になったんだ」

 

 そういえば、弔にはなにも伝えてないか。どうしよう。せっかくなので、話せるかどうか試してみる。

 

「……ぅゅう」

 

「……………………」

 

「ゅ」

 

「……………………」

 

「ミ゛ッ」

 

「あーわかった。喋りたいんだな?」

 

 頷いた。

 

 弔はすごい。ぼくの言いたいことをなんとなくわかってくれる。

 

「そうだなぁ……母音から練習か」

 

 母音、というと「あいうえお」だろう。なるほど、そこから練習したらいいのか。

 

 さっそく、頭の中にある音とイメージを合わせるために声にしてみる。

 

「ぅぅう……ぅゃあ」

 

「……若干近いな。その調子で慣らしていこう」

 

「ぉぅぃぇぁ」

 

「お前実は喋れるだろ」

 

 そんなわけない。

 

 しかし、弔曰く近いらしいので、このままゆっくりと発音していくことにする。

 

「ぅあ」

 

「惜しい」

 

「ゅあ」

 

「ちょっと遠くなった」

 

「ゎ」

 

「惜しいな」

 

「ぁ」

 

「その調子」

 

「あ」

 

「そう、それが『あ』だ。もう一回」

 

「あ!」

 

「あと二回くらいやるか」

 

「あ! あー!」

 

「よし、覚えたか? じゃあ次は『い』かな」

 

「ぉぅぃぇぁ」

 

「なんでそれは言えるんだよ」

 

 これはぼくにもわからない。

 

 しかし、「ぉぅぃぇぁ」か。これ、地味に母音が全部入ってるからこれ練習したら話すことはできそうだ。

 

「『い』……いけるか?」

 

「おういえあ」

 

「なんか流暢になってるし……まぁいいか。その調子だ。そこから『い』だけを抜き出してみろ」

 

「い」

 

「なんだ、早いじゃねぇか。『う』は?」

 

「う」

 

「え」

 

「えー」

 

「『お』は?」

 

「お!」

 

「子音をくっつけていこうか」

 

「おういえあ」

 

 弔は近くにおいてある、モニターの電源を入れる。少しして、モニターから声が聞こえ始めた。

 

『どうした弔』

 

「先生。ジョンが話せるようになりそうだから、子音の教え方を教えてくれ」

 

『ん? もうそこまで来ているのかい? ……うん。じゃあちょっと待っててくれ。僕もすぐにそっちにいくから』

 

 と、いう言葉の通りに先生はあっという間に部屋に帰ってきた。ちょっと早すぎると思う。ひょっとしたら転移の個性でも持っているのだろうか。

 

 部屋に帰ってきたばかりの先生は、ぼくを見て珍しく硬直した。

 

「……これは、弔の趣味かな」

 

「違うからな、先生。断じて違う」

 

「しかしなんというか……やけに扇情的というか。肌を出しすぎじゃないかい?」

 

「俺に言わないでくれ先生。あれは全部あいつが勝手にやったことだ」

 

 ふぅん、と言って先生はぼくが参考にしたゲームのパッケージを手に取った。

 

「このキャラかな」

 

「そうですね」

 

「このゲーム、レーティングがR15だね」

 

「そうですね」

 

「弔、こういう趣味だったんだね」

 

「ゲーム性評価して買っただけなんですけどォ!?」

 

「隠すことじゃないよ」

 

「あーッ……もう、いいからジョンに言葉を教えてやってくださいよ」

 

「ああ、そうだったそうだった。ジョン、口を開けなさい」

 

 ぼくは言われたとおりにする。

 

 先生に舌を摘まれた。

 

「これは弔にはできないからね……うっかりミスってこともあるし」

 

 と、言いながら先生はぼくの舌の奥を、喉の天井に付ける。

 

「ここを弾きながら『あ』って言うんだ」

 

「……かー」

 

「そう、これが『か行』。『さ行』は息の通る道を小さくしながら、息を吐く」

 

「……すー」

 

「そう。これが所謂S音だね。ここに母音を乗せていく。ためしに『あ』を乗せてみようか」

 

「さー」

 

「そう。これが『さ行』。じゃあこの調子で『わ行』まで行こうか」

 

 舌に触れながらの先生の言葉に、ぼくは小さく頷いた。




 あっけなく喋れるようになるのは納得いかないんですけど、日本語の意味がわかって音もわかってるんだったら理論を通して声を当てはめていくだけでいいんでそんなに難しくないんですよね。なのでわりとさくさく喋れるようにはなると思います。
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