炎が顔を掠める───体はまともに動かせない。そりゃあそうだ。今のぼくは個性を封じられているのだから。だからこそ、今はすべて素の状態で戦っているということになる。
近づいてくるだけでも汗が滴る熱に対応するのは難しい。今のぼくは絶望的に火力がない。身体能力もない。だから、かんたんな話戦うことはできないのだ。
だが回避はできる。自分の力をすべて防御に費やせば、相手の意識の隙間───攻撃の合間が見えてくる。だからこそ、極限まで集中する必要こそあるが、生還することはできる。
「危ないね───っと」
今度は氷結。範囲がでかいから絡め取られないように逃げる。紙一重では伝染する。だから余裕を持って回避した。
今度は───氷と炎の、両方。空気が膨張し、熱気を吹き散らす。風の爆発がぼくの体を絡め取った。
その威力で砕けて吹き飛んだコンクリートの粒を足場にしつつ、なんとか地面まで逃げようとする。襲いかかってくる炎はなんとか回避しながら、かろうじて地面へと到着した。
そこに氷結が迫る。跳んで逃げようとしたが足に負荷がかかって膝が崩れる。地面に足を着きながら襲いかかる氷結に対しての対応を一瞬迷う───だが、氷の柱がぼくの姿を相手の視界から外した。その瞬間個性が復活する。相手が油断したのだろう。個性を一瞬解除したのだ。
だからその隙に体の強化を最大まで引き上げ、
氷結をひっくりかえしながら、壁を避けてホーミングするように迫ってくる炎を拳を振って起きた風圧でかき散らし、どうやって攻撃するかを迷い、
そのまま、拳を振りかぶった。
風圧が放たれ壁か木っ端微塵に砕け散り、尋常でない風圧が部屋一帯を満たす。壁のあちこちが威力に耐えきれず崩壊した。空気の爆裂が世界を駆ける。自分で繰り出した風圧だというのに自分が吹き飛ばされてしまうほど、その威力は大きかった。
世界がひっくり返ったかと思うほどの衝撃のあと、風が収まり縮こまっていた体を戻すと、相手は壁の遥か向こうで動きを見せない。個性が使えるのかを試してみて、それが使えることを確認し、相手の意識を刈り取れたことを理解する。
よってぼくは胸を張った。最近成長しているような気がする胸を。そうして目元にピースを添える。
ぼくは勝ち誇った。
『……やり過ぎだ馬鹿』
ノイズに塗れた弔の声が、廃墟のようになってしまった部屋の中に響いた。
「なんというか───お前、そんなに強かったか?」
訓練ルームから帰ってきての弔の言葉だった。はて、と首を傾げる。強くなった気もしないのだが……前からこのくらいはできたような気がするけれど。
「相手の視界を遮っている間に最高火力で薙ぎ払う───なるほど間違ってはないな。できるかどうかはさておいて」
「でもできたよ?」
「前のおまえならあれだけの火力出せなかっただろ」
少し考えて、頷いた。言われてみれば火力は上がっている気がする。そもそも風圧で敵を打倒はできなかったと思うし。風圧を繰り出すことならまだできたが……それもあんまり火力はない。
たしかにとんでもなく強くなっているような。
戦闘でびちゃびちゃな体をタオルで拭いながら、考える。訓練を始めて大体三日。その間の成長は、どう考えても尋常じゃないものだ。
ハイエンドとの戦闘もなんだかんだ、個性が使えればかんたんに勝てるようになってきた。
パーカーの前面を開き、下着の中にタオルを通した。弔と黒霧しかいないし大丈夫だろう。タオルを伸ばし、肌に押し付けそのままぐにーっと横にスライドさせることで肌の湿りを拭い去った。
やっぱり服は熱が中に籠もる。着ることはもう慣れているが、実のところあんまり好きではない。ショートパンツは面積が小さいのでまだ許せる。中が大変だが。
問題は上半身だ。少しだけ服が厚いので熱が籠もりすぎるのだ。気持ちが悪い。
衣替えの時期だと思う。
新しいタオルをとり、最初に拭いきれなかった髪の水分を取る。
暑さに頭が変になりそうだ。水分がほしい。冷蔵庫の中からお茶を持ってきて、喉に流し込む。体の中から冷えた気がして、心地がいい。
「……ジョン、ちょっとこっちこい」
「はぇ?」
言われたとおり、弔のほうへと向かう。立ち上がった弔がぼくの頭に手を当てた。
そのまま少し撫でられる。今は汗くさいだろうからちょっと嫌なのだが……ただ、弔の命令だ。動きはしない。
「……お前、背ェ伸びたか?」
「……え?」
……あんまり違和感はなかったが。言われてみると、たしかに弔の顔が普段より近い。なんだろうか。体の構成が崩れてるのかな? と思って、軽く手を作り変えてみたが変身の精度自体はおかしくはない。
構成がおかしいときはすんなり変形するから、少し変形に抵抗があったということは構成はおかしくないということ。
「……んー……純粋に成長してるのかなぁ……?」
じゃあ胸が成長してる気がするというのも気の所為ではないのだろう。
考えられる要因は二つ。
この三日の戦闘経験からくる肉体の最適化。
そしてもう一つが、オールマイトの肉を食っていることによる生命力のオーバーフローの可視化。
どちらかといえば後者のほうが正しいだろうが……しかし、たしかに身長はぐぐんと伸びている。弔とぴったり30センチも差があったけれど、それから5センチは伸びたのではないか?
なぜ気づかなかったのかが疑問だが……ともあれ、体が成長しているのならば攻撃範囲も増すし力を捻出できる量も増えるので問題はない。
ただ小回りが利かなくなるのだけは注意するべきだろう。
この体をベースにした構成に慣れているので、あんまり変えるつもりもなかったが……勝手に成長しているのであれば問題はないだろう。最適化されている、ということで動きが鈍ることもないはずだ。
「このまま成長するんなら変装は必要ないかもな」
「そうだねー」
自分の手のリーチを確認しながら、そう言った。暑さもそろそろ引いてきた。パーカーの前面を閉める。
「黒霧、もうこっち向いて大丈夫だぞ」
「……そうですか」
他所を向いていた黒霧が、ゆっくりとこちらを向く。なぜだろう。体を見るのを避けたとかだろうか。けれどそれも全部今更だろうに。
「そういえばー、みんなの調子はどんな感じ?」
「……茶味はハイエンドと互角に殴り合えてる。ジェントルは……まぁそこそこだ。対応力も上がってきているし……ヒーロー殺しとの対談がどう転ぼうとも、どのようにもできるだろうな」
たとえそれが協力であれ、敵対であれ。
弔は小さくそう言った。
ヒーロー殺しとの対談日。黒霧が連れてきたヒーロー殺しに対し、弔は座ったまま言い放つ。
「よぉ」
「……お前が、連合の頭か」
「まぁそんなもんだな。後ろのやつらは俺の手足。ここに居るのが不適切だとか、んなことは言わねぇよな」
「……ああ」
弔の少し後ろに立ちながら、ぼくはヒーロー殺しを観察していた。実力は……なるほど、高そうだ。少なくとも弱くはない。個性は未知数であるし、そもそも一対一ならば絶対的な勝率を誇っている相手だ。警戒しないほうがおかしいだろう。
だから、いつでも殺せるように体の強化をし続けている。
この場所は狭い。だからこそ、相手がなにか不審な動作を見せたら茶味により空間を作成し、確実に相手を殺す空間を作り出す。ヒーロー殺しの足止めをするぼくが異空間へと締め出されれば、その瞬間に相手を殺す。
全く楽観しない、完璧な
「オールマイトを殺したんだったか……動機は?」
「お前はネットを見てないのか? ……簡単に言うなら、こいつのためだよ」
弔はぼくを指差した。
「こいつは人を殺して食わなきゃ生きていけない。だがこの社会は人殺しが悪だと断じられる! ……だからこそ、こいつが生きていける社会を創るために───世界を変えてやらなきゃいけない。雄英襲撃も、平和の象徴の殺害も、どれもこいつのためさ」
「……そいつにそれだけの価値があるのか?」
「俺にとってはお前の言う『本当の英雄』以上にはな」
「……嘘ではないらしい」
警戒していたのだろう。すぐに動ける体勢を崩さなかったヒーロー殺しは、隠していた手のひらを解いて座り込む。
「わかった。仲間になろう───目的は共通しているようだしな」
「……波風立てなくて結構だぜ」
弔が指を鳴らした。ぼくは強化を解き、茶味は握っていた鉄球をポケットの中に戻す。
同様に、ヒーロー殺しも袖に仕込んでいたナイフを落とし、収納した。
「交渉が成立してよかった……お互いに無駄に傷つきたくはないからな……」
「だよな。俺もそう思うぜ。……せっかくだ。良いことを教えといてやろう……仲間だしな」
「……なんだ」
弔は壁に貼り付けてあった写真を引き剥がし、ヒーロー殺しに投げ渡す。
「お前の言う『本当の英雄』……それに該当するだろう雄英のガキだ」
「……詳細」
「仲間を助けるためになんのメリットもない勝負に命を掛ける……最大出力はオールマイトレベルのパワーを発揮する……ピンチになれば平気で限界を超える……俺の一番嫌いなタイプのガキだ」
「へェ……………………『良い』……な」
「平和の象徴までのし上がってくる可能性もある。……そういえば、雄英はそろそろ職場体験の時期だな。早いやつはもう始まってんのか?」
「始まってるぜ」
茶味が言った。
「今年のA組は体育祭に出てないが……それでも生き残った全員に依頼は出てるらしい。体育祭のときに生徒の個性がプロヒーローにこっそり知らされたらしいぜ」
「なるほど。……だ、そうだ。自分の目で確かめて見たければそいつの職場体験場所を紹介しようか?」
「……いや……俺にはやらなければならないことがある」
弔が怪訝そうに声を漏らした。あんまり機嫌を悪くしても困る。ぼくはしっぽで弔の背中を撫でた。
手で掴まれる。危うく声を洩らすところだった。そのまま、わさわさとしっぽを撫でられる。成長に合わせて少しだけ感度も上がっているような気がしないでもない。快感に吹き飛びそうな理性に、指を遊ばせてそれでなんとか平静を保つことにする。
「保須だ……あの街の誤りを正す」
「……それは、ヒーローを殺して回ることと関わりがあるので?」
黒霧が問う。
「その通り。間違いを突きつける」
「間違い……とは」
今度は、ジェントルが問いかけた。
「本当の英雄を取り戻さなければならない……偽物しか現れないあの街に、警鐘を鳴らす」
「……そうか」
「……ふと疑問に思った。お前、なんでオールマイトを殺した俺たちに協力しようって気になった?」
「正義と正義がぶつかったとき、弱いほうが敗北する……当然の摂理だ。お前はお前の正義を主張し……そして打ち勝った。そこに異議を申し立てるほど、俺は無粋じゃあない」
「……へぇ。俺が正義、か」
「世界は……正義があるのか、ないのかだ。相容れない正義たちは衝突する……そこに軽いも重いもない、全てが真に平等だ……お前はお前の正義に殉じただけだろう?」
「……かっこいいなぁ。やけに心に来る……その言葉。嬉しいぜ、ヒーロー殺し」
「ステインだ」
ヒーロー殺しは言い放つ。
「その名は通称……俺のことはステインと呼べ」
「……わかったよ、ステイン」
そこからは、少しの間無言が続く。
弔がぼくのしっぽを弄る手を強めた。声が出そうで危なかったのでとっさに変身で声帯を消し去る。これで喉を締め上げる必要がなくなった。息が荒いが、それくらいは別に問題ないだろう。
零れそうになった唾液を舌を使ってなんとかセーブする。
しっぽでこれなら、耳はどうなるのだろう……? そう思うと、今の体の変調を少し恨めしく思った。
「……なぁ……ステイン。お前の流儀からして、エンデヴァーはどう思う?」
「……贋物───だ」
「そいつが聞けてよかったよ」
弔は笑う。殺意と狂気を滲ませて。
「次の楔だ」
ぼくは、ハイエンドの中の一体を思い出す。
「エンデヴァーを殺す」
間違いなくエンデヴァーに勝ち目はない。そう確信できる、ドクター最高傑作の脳無のことを。
「……それこそが……世界を変える次の一手だ……」
どれだけ頑張ろうとも、ヒーローに勝ち目は存在しない。
永遠に繰り上がるNo.1ヒーローは、どこまで落ちていくのだろう?
殺戮は繰り返される。世界の変革が訪れるまで。
そのすべてがぼくのせいだと知っていても、ぼくにまったく負い目はなかった。むしろ嬉しささえ感じられた。
だって、弔がぼくのことを想ってくれるんだもの。
エンデヴァーには地獄を見てもらう(決意)
ハイエンド戦めっちゃかっこよかったし心折りたい(本音)
というわけで……そろそろ三章、ヒーロー殺し編、始まるようですよ……?
ちょっとした小咄
狐ちゃんの容姿について、一応作者個人のイメージを描いてみたら仙狐さんにめちゃくちゃ似てる問題が発生しました
作者としてもとてもショックです
よって覚醒で成長してます
ロリ……というほどロリじゃありませんがロリが見たいんや! って方にはほんとに申し訳ないです。土下座でも足りないので土下座しながらゴキブリみたいにスライド移動することで勘弁してください……
珍しく饒舌に活動報告に書けって感じのあとがき報告でした。作品に集中させろって方にほんともうしわけない……。普段は語りたいのを抑えてますが、ちょっとぶちまけたくなったので……
もうしわけないを誤字ってもうじけないってなったのは内緒です