狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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緑谷くん視点です


第33話

 拳を振るうことは好きではない。力を振りかざしている気分になるから。それもちっぽけな力だ。同じ力であってもその本質は決定的に違う。彼の力は薄っぺらく誰も守れず、正しき持ち主の力は誰かを救い切ることのできるもの。

 

 その決定的な違いは埋められない───それはいくら努力しようとも、埋まることはない。

 

 拳を振るうことは好きではない。自らの理想の高さがどれほどのものなのかを悟らされ、そしてその理想の凄絶な死を思い出してしまうから。

 

 理想に殉じて死ぬ───そのことが、怖くないような人間であればよかった。モニターの向こうで現実味のない光景だと、超常を持たぬ体で指を咥えて見ていればよかった。そうすれば、こんな苦悩はありえなかった。

 

 拳を振るうのは好きではない。

 

 好きではないが───強くなるためにはそれしかないのだから、仕方がない。

 

 緑谷出久はそう心の中で呟いて、流れてきた汗を拭い去った。

 

 英雄だ。英雄にならなければならない。それこそが自分に残されたすべてだ。亡き恩人に報いるために、彼がやらなければならないことだ。

 

 立ち止まっている暇はない。ステップアップは一段飛ばしどころか三段飛ばしで。無理くりにでも強くなる必要がある。

 

 オールマイトは最初から100パーセントを扱えた。それはつまり、土俵にすら立てていない。そんなもので英雄になるなど───ヒーローになるなど馬鹿げている。

 

 だから、延々と体をいじめ抜き、リカバリーガールによる筋肉痛の治癒というズルをしつつ、彼は尋常でない速度でその実力を伸ばしていた。

 

 ……彼だけではない。そのように、訓練の沼に足を踏み入れたのは彼だけではなく───生き残った生徒たちの、殆どがそうしてなにかに取り憑かれたかのようにその実力を伸ばし続けている。

 

 先日の惨劇の代価として、彼はある程度の出力であれば息をするように扱えるようになっていた。

 

 それは破滅願望が生み出した成果であるとも言える。

 

 ───緑谷出久は、心の奥底で死にたがっていた。

 

 密かに尊敬していた幼馴染の未来を奪われ、友の未来を奪われ、恩師たちを奪われた。憎しみさえもはや湧き上がってはこない。ただ、そのすべてを阻止することができなかった自分の無力を恨む。

 

 死んでしまえばいいのに───と、思ってしまう。けれどできない。思い返す。尊敬していた恩師の、最後の教えを。

 

 自らの死期を悟ってか、彼は一歩も動けない緑谷に向けて、その瞳で言ったのだ。

 

 ───次は君だ、と。

 

 だからこそ、緑谷には立ち止まっている時間なんてなかった。象徴の不在。それはモラルの低下を招くことを知っている。だからこそ、緑谷ははやく次の象徴にならなければならない。

 

 そう、これは義務だ。愚かな無個性の子供が、オールマイトの後継になった。それに課せられた義務がこれだ。

 

 だからこそ、緑谷出久は強くなることを強いられていた。それこそが、オールマイトのちからを継ぐべきものに継がせなかった、愚かな緑谷出久という男に課せられた義務なのだ。

 

「───ッ!!」

 

 思考が荒ぶって、100パーセントが暴発する。最初に比べ、怪我は軽微だ。内側から破裂するような痛みにも慣れたし、しかも今回は筋肉が生きている。

 

 全身50パーセントは、まだまだつらい。このようにうっかり100パーセントが出てきてしまう。

 

 だがそれで死ねるのなら、緑谷にとってそれが一番幸福だった。

 

 それがなにも守れない緑谷出久に許された逃避だった。

 

 苛立ち混じりに、あえて100パーセントのスマッシュを放った。腕に激痛。ただ表面的な傷は見えない。進歩している。

 

 しかし遅い。彼に許された時間はあっという間に過ぎていく。

 

 ───職場体験までもう少し。そのときに、頭角を現し……そしてインターンシップで、結果を出す。それが緑谷に課された使命。

 

 だから、こんなところで立ち止まってはいられないのだ。誰もを救えるヒーローになるには、まだまだ足りないのだから。

 

「……緑谷」

 

 声を掛けられ、緑谷は張り巡らせていたワン・フォー・オールを解除した。全身に筋肉痛。リカバリーガールに治してもらえば、このぶんのステップアップを踏めるだろうと考えながら、彼は声を掛けられた方向へと振り向く。

 

「……あ、切島くん」

 

「気持ちはわかるがやりすぎだ。……体、壊れてねェけど……中身はどうなってるのかわからんだろ」

 

「……うん……ごめん、心配させたね」

 

「……俺も人のことは言えねェな。偉そうに言ってすまん」

 

「いや、いいよ。あ、そういえば例の必殺技ってどうなったの?」

 

「出力がちっと足りねぇわ。完成さえすればタイマンではそこそこ戦えるようになると思うんだがな……」

 

「瞬間的に体を限界まで硬化させるんだったよね。将来的には衝撃(インパクト)の瞬間に使って高火力と高防御を両立できると思うんだけど……」

 

「それには実力が足りなさすぎるわ。瞬間硬化を練習してるけど、やっぱり胸を部分的にとかってなるとちょっともたつく。まだまだ課題がありすぎる感じだな」

 

 しかし……そこまで自己評価ができているのか。それだけ洗い出した、ということなのだろう。

 

 自分も切島のように瞬間的に必要な火力が出せればいいのだが、と考え、しかしそれに必要な労力を考えればフルカウルを完成させてしまったほうが早いと考える。

 

 と、いうかおそらくそれはフルカウルを扱えるようになってからの発展課題だろう。だからこそ今は手を出さないほうがいい。

 

 それよりは体作りのほうが大切だ。

 

「───うぉぉ、これが俺の空中瞬間拘束───ッ!」

 

黒影(ダークシャドウ)、全て薙ぎ払え」

 

「うぉぉぉマジかよ!? ……両面に粘着力があるようにできたらいいか……?」

 

「それよりは瀬呂本人の戦闘力上げたほうがよくない?」

 

「ばら撒きはかなり上手くなっているが……問題は当人の対応力か? 撒いている最中に自分への意識が疎かになっているような気がする」

 

「そもそも黒影がテープを裏から切るなんて卑怯なことやってるのがずるいだけだし今のは相性っしょ」

 

「あ、瀬呂くん! ちょっと確かめたいことがあるからちょっとだけ模擬戦しないー!?」

 

 緑谷は声を上げた。少しばかり試したいことがあるのだ。快諾してくれた瀬呂が放つ不規則なテープの嵐───その中心で、緑谷はフルカウルを発動する。

 

 猶予はわずか10秒もない。それまでに、テープの弾幕を掻い潜らなければならない。どこかに触れた瞬間詰まるようになっているので、拘束技としては理想にかなり近いレベルのものだ。

 

 その隙間を、10パーセントで駆け抜けた。速すぎて小回りが利かない───だが、そこは自分の肉体制御力の見せ所だ。頭の中でルートを描き、その軌跡に沿って体を動かそうとし、弾幕を抜ける、といったところで、

 

 一枚のテープが顔に引っ付き、視界を奪われる。

 

 その瞬間に絡め取られた───失敗したか、と判断し、50パーセントでテープを引きちぎって、顔に貼り付いたぶんを引き剥がした。

 

「……あー、駄目だったか」

 

「あれを抜けられるとこっちも困るべ? というか緑谷、風圧で抜けられたろあれ。わざわざくぐってたのはなぜ?」

 

「自分の体をどれだけ動かせるのかなぁって、ちょっとした実験……まだまだだけどね」

 

「いや、一応こっちも必殺っぽい技だしあっさり抜けられると困るんだけどな」

 

 自分の体の動かし方がまだ甘い。だからこそ、そこは立ち回りでカバーしなければならない。戦闘理論に関してはまだ煮詰めきれてない分野もあるが……まぁ、そこはおいおいだ。

 

「今の必殺、切島くんには通用しないんじゃないかな」

 

「あ、マジ? あーでもそうか……硬化の度に鋭くなるもんな。そういう敵にはどうするべきか……」

 

「俺の場合だとコスチュームを狙うとか?」

 

「お、いいなそれ。ちょっとやってみる」

 

 実験的に戦い始める二人を見て、自分の改善点について考えながら、時計を見た。

 

「ごめんみんな! 先に帰るね!」

 

「お、お疲れ! じゃあな!」

 

「ばいばーい!」

 

「グッバイ☆」

 

 皆のさよならを背後に、緑谷は訓練施設を退出する。

 

 

 

 

 ……少し電車に揺られ、たどり着いたのは一つの病院。雄英襲撃事件での重傷者は全員そこへと入院している。

 

 中へ入ると、フロントでセメントスとプレゼント・マイクが話し込んでいた。緑谷が入ってきた姿に気づき、二人は緑谷に向けて挨拶する。

 

「二人とも、もう動けるんですか? その、腕……」

 

 プレゼント・マイクは例の(ヴィラン)に手足を奪われている。なくなった腕の部分に存在するのは、無機質な金属の腕。歩けない足を補助するのは、車椅子だ。

 

 痛ましい姿であると、だれもが思うだろう。

 

「これでも一応プロだからな。手足がないからっていつまでも寝込んじゃいられねぇよ。……イレイザーのやつだってそう言うだろ」

 

「……相澤先生なら、そう言うでしょうね」

 

「……すまん、湿っぽくなった。生徒の前じゃこんなとこ見せたくないんだけどな……」

 

「……緑谷くん。()()のお見舞いだろ? きっと待っているはずだよ」

 

「……あっ、そうですね。すみません。それじゃあ、お大事に」

 

 ───緑谷が去ったあと。

 

 プレゼント・マイクは弱々しく呟いた。

 

「…………はっ、ろくに笑いもできねぇや……」

 

「……泣いているのかい?」

 

「冗談。……だといいんだけどな」

 

「泣いてもいいのさ」セメントスは言う。「友の死に泣けるのは、弱さではないんだから」

 

 

 

 

 部屋へと向かっている最中に、ばったりと爆豪と遭遇した。

 

 プレゼント・マイクのように、無くなった腕を義手で支え、車椅子で動いている。そんな幼馴染に、緑谷は声を掛ける。

 

「おはよう」

 

「……もう夜だけどな」

 

 器用に義手を扱って、車椅子を操作する。一人ですでに動き回れるようだ。よかった、と思う。

 

 ……自分と、相澤先生を守っての負傷だったはずだ。だからこそ少し、負い目に感じる自分がいるのには間違いない。

 

「……腕のことだけどな」

 

 珍しく、爆豪のほうから話しかけてきた。そのことに少し驚きつつ、言葉を待つ。

 

「ひょっとしたら、個性が使えるようになるかもしれないってよ」

 

「……っ! それって……!」

 

「義足は自分に最適化されたヤツがまだ出来てねぇけど、それさえできれば……ヒーロー活動ができるようになるかもって」

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

「……よかった」

 

 爆豪は、「それだけ」と言って車椅子を反転させて去っていく。動きはすこしぎこちない。車椅子に慣れようとしている最中だったのだろう。

 

 緑谷は、目的の病室へとたどり着く。

 

 ノックし、扉を開いた。

 

「……あ、デクくん」

 

 そこに、麗日お茶子がいる。

 

 

 

 

 思い返すのは自分の過ち。オールマイトが死亡した現実に直面し、呆然としていた緑谷は───迫っていた脳無への反応が、遅れてしまった。

 

 しなる、鞭のような触手だった。崩れ落ちた緑谷の、首を吹き飛ばす軌道のそれが迫ってくる。

 

 ───死ねる、と思った。死ぬ、と思った。

 

 そのとき、緑谷を庇ったのが彼女だった。

 

 首を吹き飛ばしてしまうほどの、低い軌道は少女の下腹部を殴打して、

 

 

 

 

「今日も来てくれたんやね」

 

「……うん。今日はどうだった?」

 

「駄目。まったく動けん。足が動いてもくれないんだ」

 

「……そっか……」

 

 自分の、せいだ。

 

 そう責めるのは、自分が楽になりたいからだ。誰も責めてはくれなかった。だからこそ、自分で自分を責めるしかなかった。

 

 責めてくれないことが、これだけつらいだなんて思ったこともなかった。それだけ彼女の背負ったダメージは深刻だった。

 

『───ぅ、ぃ、たぃ……いたぃよ……ゃだぁ……』

 

 すぐ脳裏にあるオールマイトの死と、麗日お茶子の怪我。

 

 ダメージは深刻で、下半身は動かすことも叶わないらしい。そして、同時に彼女は、子を成すことすら叶わなくなった。

 

 ───それはすべて、緑谷のせいであるのに……だれもそれを、責めようとはしないのだ。

 

「……デクくんさ、私が動けんかったとき、私を助けるために……()()()()()よね。何人も……」

 

「……うん」

 

 否定、しない。すべて事実だ。

 

 あの脳無が人にカテゴライズされるのかはわからないが、しかし───脳無を殺してしまったのは事実である。

 

 殺人に対して、命を奪うことに対して感じたことはなかった。それだけ、緊迫した状況だった。

 

「……ごめんね」

 

「……いいよ」

 

「……ね、デクくん。手、握ってよ」

 

「…………わかった」

 

 言われるがままに、手を握った。

 

「あのとき……あのときも、こうやってくれたよね」

 

「……うん」

 

「前も言ったけど……ありがと。死ななかったけど、私はいま、とってもうれしいです」

 

 ───記憶の中にある、地獄。すべてを拭い去ることなんてできず、今との乖離に悩まされる。

 

 思うに、これは贖罪だ。エゴで固まった、独善的な安直な贖罪。

 

 だからこそ、緑谷出久は死んだほうがいいのだと。

 

 緑谷出久はそう思う。




 ラストに関してはあえて描写削ってます
 雰囲気重視でいきたかったので……
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