狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第34話

 幻想しうるすべてのことは結局『本物』に敵うことはない。

 

 想像が現実に勝ることは少なく、どれだけ考えてもそれは結局醜い現実に押しつぶされる。だからこそ想像が現実に敵うことはない。

 

 全ては最低な現実という存在がにじり寄るという結論。すべてが勘違いでしかないと思ったところで、そんなの関係ない。

 

 だけれど───想像の世界に逃げ込んでしまうのは、悪いことではないんだと思う。

 

 少なくともぼくはそう思う。それをよく思わない人がいたとして、ぼくはそう思うのだから関係ない。関わるな。お前の正義をぼくに押し付けてくるな。黙ってお前はお前の意見をお前だけに強いていろ。ぼくを巻き込むな。

 

 さては頭の中に残留する他人の価値観に脳を奪われているような錯覚を保っているにすぎない。喉の奥に隠した嗚咽を爪でひっかきえぐり出し、現実の這い寄る静かな音に一人恐怖する。

 

 ───これは夢だ。そう、わかりきっている。夢でしかないのだが、だがその夢はある種の確実性を持って頭の中に爪痕を残し続ける。引っ掻いてくる。いたい。ぼくがいったい何をしたと言うんだ。痛い。痛いから、やめて。

 

『───お前は人間じゃないだろ』

 

 冷たい声だ。ふと、視線を上げてしまった。声に覚えがあったから。だれの声だ。これは、誰の声だ。想像と違っていてほしい。いや、この世界は結局すべて想像なのだが……その中でさえ、想像であることを祈っているのはどうしようもない。

 

 顔をあげて、そこにいたのは弔だった。受容せず、排斥の眼差しでぼくを睨みつけている弔がそこにいた。ぼくはそれを見た。見てしまった。口から水分がなくなった───吐き出そうとする言葉は覚束ない。口をうまく開くこともできず、舌も動いてくれず、ろくな言葉が出てくることはない。

 

 まるで、喋り方を忘れたような気分だった。というかまさしくそれだった。どうやってしゃべるのか、それを忘れてしまっている。喉は鳴らない。それをすることすらできない。

 

 ただ、かわりに涙が溢れてきた。胸の中にあるものを吐き出すことができず、もどかしさと恐ろしさは、ぼくの臆病さを祟って涙となって溢れてくる。

 

「……あ、あの……と……とむら……」

 

『人じゃないお前が俺に近寄るな』

 

 と、弔は言う。いや、彼はそんなことは言わない。これはすべて想像だ。結局自分が恐れているのだ、排斥されるのではないかと。最悪のことを想像しているだけだ。涙は溢れて、口からは溜まったつばがこぼれ落ちる。それを飲み込むことすらできないのだ。嗚咽が、それをさせてくれない。だから今、ぼくの顔はひどいことになっているだろう。

 

 ……これは、単純にぼくが変わってしまっているのだろう。昔なら悩むことはなかった。そんな感情を持ち合わせていなかった。すべてが()()であるはずだった。でも駄目だ。

 

 ずっと真似をし続けていたら、それがどんどんほんとになった。

 

 今の自分の感情がだれかの真似なのか、それとも組み上がってしまった本当なのか。それすらわからない。自分がわからない。これは、なんだ。なんのせいだ。急にこうなってしまうのは、どうしてだ? 息苦しくて、自分の首を爪で抉る。そうすることでなにかが得られる気がしたから。なんにもならない。血が溢れてしまうけど、痒くて仕方がないから爪を走らせる。

 

 首をかいて、まるで喉を食い荒らされているみたいになってしまった。それがさらに自己嫌悪を加速させる。人間はこんなふうにならないから。これはぼくのありえなさ。これだけ体が損傷しても、それでもなにも感じずに淡々と治す。

 

 それって、ほんとに人間って言えるのだろうか。

 

 それは脳無と変わらないだろう。人間らしさを喪失して、気持ちの悪さをのこした脳無と。それは……どうしようもなく、人になり損ねたぼくを浮き彫りにする。

 

「……やだなぁ」

 

 ふと、言葉が洩れてしまった。ああ、それは嫌だ。だから……こんなぼくはぼくじゃない。全部死んじゃえばいい。古臭い体を脱ぎ捨てるように、昨日の自分にさよならを告げた。

 

 ここは夢だ。望めば叶う、そんな世界だ。想像が許す限りの暴虐を行えばいい。檻に自分を閉じ込めて、ぼくはそれに背中を向けた。ぼくはそれから一歩行く。後ろ髪を引かれる思いだけれど、そんなのは全部勘違いだから。

 

 いつものように、感情の仮面を貼り付ける。そうだ、これがぼくだ。さよなら、うじうじ悩むぼく。おちゃらけて、何も考えてないような馬鹿なぼくのほうがみんなは好きみたいだから。だからお前はそこにいろ。

 

 雄英襲撃後から、ずっとぼくはこうしている。こうでもしなければ駄目になってしまいそうな気がして。感情の密度だけで言えば、あそこは恨みと悲しみが尋常でなく濃密なところだった。それにあてられてしまっているだけ。

 

 だから、こんなうじうじはぼくではない。すべてまやかしの幻影でしかない。どうかしている。人間になりたい、だなんて。ぼくはぼくだ。人間になったからといって、弔に好かれる道理もなく。だからこれはすべてまやかし。想像で、現実ではないものだ。

 

 バカなぼくは脱ぎ捨てた。大人になるべきときは来る。停滞はやめだ。変化を受け入れて、ぼくはぼくであるべきだ。

 

 

 ……それができたら最初から苦労なんかしてないんだけれど。

 

 

 

 

 

「……ぅゅ…………あつい……」

 

「……………………。……俺のほうがな」

 

「うゃぁっ!?」

 

 弔がぼくのしっぽに触れた。驚いて、微睡みがすべて吹き飛んでしまう。

 

「……酷いよぉ……触るんならもっと優しく……」

 

「悪いな、それはできん」

 

「なんでぇ……?」

 

「泣かせたいからな」

 

 しれっととんでもない発言が飛んできた気がする。ぼくは聞かなかったことにした。ぼくは成長するのだ。なにか怖いことや知らないほうがいいことを、平然と流せる程度には成長した。

 

 弱みを見せまい、と、いつの間にか流れていた涙を拭ったぼくを見て、弔は一言。

 

「……今日はまた、格段にデカくなったな」

 

「んぇ? そう?」

 

「ああ」

 

 弔が腹を撫でた。びっくりして、体の動きが止まる。肉を摘まれた。それをはたき落とす。さすがにぼくでもセクハラは寛容しないのだ。

 

 ……しっぽやらは、そんなに嫌じゃないから別に許すのだ。

 

「昨日はそんなに服、キツくなかっただろ? どう見てもサイズが合ってないぞ」

 

「えー? そうでもなくない?」

 

 ぼくは服を見下ろした。小さくなっている、と言われればたしかにそうだ。明らかにサイズが合っていない。とりあえず、変身を使ってサイズを変化させておく。デフォルトの体に合っていないのだから、サイズを調整して、それに合うように設計しておくべきだ。

 

 とりあえず変身情報の更新を終えた。これで問題はないだろう。なんとか動くことだってできるはずだ。

 

 服のサイズもかなり変わってきている。特に胸が大きくなってきているのか、これは。服を少し押し上げる程度には膨らんでいた。

 

 成長が著しい、と思いながら、ぼくは体を落ち着け、再びリラックスした体勢に戻る。これならまた眠れるだろう。……寝はしないが。

 

 弔の服の端を掴み、そうして体を押し付ける。嫌われたくない。駄目だ、夢が頭の中にかなり影響してきている。ぐっと握ったぼくの手を、弔の指が這った。思わずふと力を解く。そして、再び力を入れた。

 

 おかしい。明らかにおかしい。こんなの、ぼくじゃない。だけど……これは体の熱さのせいなのだ。ぼくは決して悪くない。

 

「……は……ぁ……」

 

「……おい」

 

「……んぅ?」

 

「おいおいおいおい、お前はなにをしようとしている」

 

 服の前面を開き、弔の手を取って自分の胸へと向かわせる。個性も発動した。抵抗するそれを、無理やり自分へと引き寄せていく。

 

 けれどいざ触れる、といったところで振り解かれた。

 

「……あ」

 

「……待て待て。どうしたんだ急に……変だぞお前」

 

 だめだ。そういうわけではないのだろうが、拒絶されたというだけで涙が溢れてくる。こんな弱いぼくはぼくじゃないのに。冷静さを欠いている。いつもの無表情が仕事をしない。感情がすべて抑えられない。すべてが外へと出てきてしまっている。

 

 しどろもどろでろくなことを言えないぼくを、弔は黙って抱きしめた。

 

「……あー……なんだ……家族なんだし、なにかあるんなら言えばいい」

 

「……なにもないよぉ」

 

「お前がそれでいいんならそれでいい。言いたくなったら言えばいい。……一つだけ、お前がなにを悩んでるかとかは知らんが……俺に言えることなら言えばいい。俺にできることならやってやる」

 

「……ほんと?」

 

「ああ、本当だ」

 

「……ん、今は、それだけで嬉しいかな」

 

 ぼくはそう言って、弔に抱きついた。

 

 

 

 

「───せんせー! せんせぇぇぇぇえええ!」

 

『……久しぶりだね、ジョン。元気なのはいいんだけど……元気すぎるね、君は』

 

「お褒めに預かり光栄なのです」

 

 ぼくは久しぶりにアジトから元の家へと帰り、先生に話しかけた。これはまだ割れていない家だ。先生の力でいくつもの家を持っているから、そのうちの一つにやってきた、ということになる。

 

 一応黒霧には伝えている。なにかあったときに迎えに来てもらうためだ。しかし弔には内緒にした。

 

 何故ならこの家、先生と話ができる以外にはなにもない。ここにくるなら普通にアジトで話をすればいいとなるし、疑問を持たれるだろう。だからこそ、場所を変えて内緒に話をすることにしたのだ。

 

「先生! せんせー! 人間になる方法ってないですか!?」

 

『………………………………』

 

 先生が悩んでおられる。

 

『……どうしてそんな質問を?』

 

「人間になりたいからです!」

 

『オーケー、それはわかるから。なんで人間になりたいのかな』

 

「……なんというか……ぼくって狐じゃないですか」

 

『うん、そうだね』

 

 と、先生は言った。先生は真摯にぼくの話を聞いてくれている。有り難い。ので、ぼくも熱意を伝えよう。

 

「つまり人じゃないわけです!」

 

『……うん。うん? まぁ、うん』

 

「ぼく、例えばどれだけ傷を負ってもすぐに治せるし、痛いって思いはするけどすぐになにも感じなくなるし……」

 

『……まぁ、そこが長所でもあるよね』

 

「だから人になりたいんです」

 

『ごめん、なんでそうなったのかわからない』

 

 先生は、ぼくの言葉にそう返した。なんと、と少し仰天する。先生ですらわからないことがあるのか。

 

 今のはぼくの説明が悪かったのだろう。言葉を考えつつ、どうにかわかりやすい文章を頭のなかで組み立てる。

 

「えーと……あの、なんかそういうのって気味悪がられそうじゃないですか!? 人っぽくないし! だから人になりたいんです!」

 

『……もう立派に人だと思うけどね……?』

 

「……え、そうですか? なんかこう……人間味に溢れてないとか、そんなのはないですか!?」

 

『……今の君は完全に人間そのものだよ。君を人でないと思う人は、今はいないだろうね』

 

「……ほんとです!? ほんとにほんとですか!?」

 

 しつこい、と思われるだろうか。しかしこれが本当であれば、ぼくの懸念は全部必要がないものであるかもしれない。

 

 そうであれば、どれほど嬉しいことだろうか。

 

 先生の言葉であれば、自然となにもかも信じられる。だって、先生は間違えない。だからこそぼくは先生の言葉を絶対視する。

 

『ジョン。人間らしさっていうのはね、悩んで、考えて、迷うところにある。君が人間らしくないだなんてだれも認めないだろう。あまり考えすぎないほうがいいよ。君はいま、誰よりも人間なのだから』

 

 ───とは、先生の言葉。

 

 先生から肯定されたことに、ぼくはなによりも自分が正しいのだと、人間らしくあるのであると、自分に自信を持つことができた。

 

 だから、悩む必要はない。ぼくはぼくでいいのだと、最も偉大な人が言ってくれた。

 

 故に、自分は自分らしくあろう。

 

 ───このときは、まだ、そう思った。




 ヒーロー殺し編前の狐ちゃんのお悩み。
 このお話の中でかなり重要なことを今回の話で投げ込んだつもりです。今後加筆するかも。
 次回からヒーロー殺し編に入る感じで。

 小さな補足
 狐さん、夢を見てガチで泣いちゃってます。しっぽ握られたから涙が出た、じゃなくて涙が出たからしっぽを握られたって順番のほうが正しいです。
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