生が喜劇であるのなら、死は悲劇に彩られるのだろうか?
ヒーロー殺し・ステインは自らの死に際を想像し、それで一人悦に浸る。ヒーローによって殺されるのか、それともはたまた道半ばで惨めに死ぬのか。ろくな死に方をしないというのは彼自身わかっている。しかし、どちらに転ぼうとステインからすればそれもまた良し───だ。
生半可な敵に負けるつもりはない。しかし、自らの死により誤りが正されるのであればそれでいい。さては凄惨に死ぬのでさえも、彼にとっては変わりなくすべてが十全だ。
人の本質は容易に変わらない。正しても正しても───すべては結局、やがて元に戻る。しかし変わらないものはない……時間が経ち、ヒーロー殺しの畏怖は消え去りすべてが無為へと舞い戻っても、それでもいい。
変わらないものはない。それはステインでさえも。ただ、その中で変わらないものだってたしかにあるのだ。
ステインは変わってしまった。それは、死柄木弔と出会ってからだ。それはまさしく───運命と呼ぶべき出会いだった。
思い出す、あの畏怖を。英雄には必ず倒すべき敵がいると言うが……それが必ずしも悪であるとは限らない。
ダークヒーローなんて言葉があるように、ヒーローが正義であるとも限らない。ならばこそ、ステインは考える───死柄木弔は英雄である、と。
そう、死柄木弔はヒーローだ。
ヒーロー……それは英雄である。蛮勇を正当化できてしまうものだ。畏れを覚えるほどの、常人には理解も及ばない理屈で行動し、そして結果を出してしまう。
だからこそ、死柄木弔はヒーローなのだ。
言わばたった一人を護るヒーローか。世界と一人。ヒーローであれば、世界を取ってしまうが……死柄木弔はたった一人を選んだ。選んでしまった。だからこそ、彼は
……死柄木弔の行く末を見たい。たとえステインが死んでも死柄木弔の理想の世界は完成する。そのとき、世界の誤りは正されるだろう。死柄木弔という英雄に対抗するヒーローがいるとするならば、それは英雄であることに間違いがない。
たった一人を切り捨て、世界を救わんとする英雄。
───ならば。ステインが道半ばで息絶えたとして、ステインの理想は成就する。
「……ぐ……クソ……」
刀を突きつけた
それは十分以上の隙になり得る。ステインがヒーローを殺すときでさえ、その体は動かない。
だから、あとは刀を振り下ろすだけ───だ。
(味気ない……)
正直なステインの感想だ。あれだけの英雄を見てしまうと、このような輩がヒーローを名乗っていることに憤りすら覚える。オールマイトすら超えた、仄暗い闇を湛えた輝き。それに一瞬で塗りつぶされるような、淡い光。
情を掛ける余地もない。弱い方が淘汰される。それが世界の常識だ。
「……この、死ね……ッ!」
「ハァ……ヒーローの遺言にしては適しているとは言い難い……やはり、贋物だ」
───刀を振り下ろす。生かしておく価値もない。この間のヒーローよりも、よっぽどこいつは弱い。
自らも相当な物語を背負ってきた。相手も物語を背負ってきているだろう。だが、その物語も幕を閉じる。全ては密度が薄かった故に。信念が温すぎたために。
万歳三唱! ここで相手の命は散るだろう。まごうことの無い現実が其処にある。振り下ろす刀の軌跡は、緩やかになることもなく一瞬だ。当然だ。ステインは、相手に圧勝した。善戦すらできずに敵は散ったのだから。
だから、ステインの刀は相手を刺し穿っているはずだった。
背後から、第三者の気配を感じ取るまでは。
「───!」
「───ぐぁっ……!」
相手は虎視眈々と不意打ちを狙っていたらしい。しかし、それも甘い。刀を後ろへと回して斬撃を放つ。殺気が隠しきれていなかった。……暗殺者としては二流だろう。
戦闘経験は浅い。敵について、そう判断し……そこでようやく、相手の姿を見た。
「……コスチュームを着た子供。……何者だ?」
さては、ヴィジランテか。覚えがある。敗北の記憶を思い出し、しかしあのときの敵よりは間違いなく弱いと判断する。
殺意を感じられる……そして、その瞳。
「お前を追ってきた……こんなに早く見つかるとはな!」
「その目は仇討ちか。言葉には気をつけろ。場合によっては子どもでも標的になる」
「……標的、ですらないと言っているのか……」
そいつは猛々しく……憎悪を隠そうとすることすらなく。
「では聞け、犯罪者。僕は……! お前にやられたヒーローの弟だ……!」
───誰だ。今まで倒したヒーローの数は、それこそ数え切れない。
「最高に立派な
ヒーロー。そうか、しかし……その澱みを見れば、彼が英雄に値しないものであるとすぐに理解できる。
少なくとも、ヒーローを自称するのであれば。
「インゲニウム。お前を倒すヒーローの名だ!!」
「そうか、死ね」
ステインは無感情にそう言った。
インゲニウムの名に覚えがないとは言わない。だが、だからと言って手を緩めはしない───憧れに呪われた、ヒーローを騙る幼き犯罪者に対して容赦などする必要がない。
相手はどうせ、ヒーロー免許を取っていない。それはだれがどう言おうと、犯罪行為であることには間違いがない。それが英雄として相応しいものを見せるのであれば、まだよかった。ステインも容赦はして殺すとまでは行かなかった。だが、相手はその資格を見せなかった。
「───だから死ぬんだ」
夢が現実になるように、すべてが上手くいくなんてことはない。結局のところ、誰もが誰もの正義を掲げ、その衝突は醜いもので、崇高なことを嘯いたところで齎す結果は生産性のない凄惨なものだ。
結局のところ、怒りに目が眩んだか、幼児的全能感が抜けきらなかったのだろう。刀をあてがい、そのまま力を込めれば相手は死ぬ。
「ヒーローを騙るんならば……せめて私情を持ち出すよりも先に、人を助けだそうとするべきだったな……死体が一つ増えるだけだ……ハァ」
「……ぐ……クソぉ……!」
「それで。俺と戦って……どうするつもりだったんだ? 捕まえるか? 殺すか? どっちにせよ、お前がお前の正義を持ち出して俺の正義と対立している以上……強いほうが勝つに決まっている」
「……黙れ……」
「実力を磨いて殺しにくればよかったものを。私怨で動き、大局を見れない……間違いなく愚か者の結末だ」
「……黙れ……!」
「言葉に棘が混じったな。図星を突かれて怒ったか? ならばそうしておくべきだったんだ」
「黙れ!! お前が何を言おうとも、その本質は変わらないだろう……!? どれだけ言葉を並べ立てたところで、お前は兄を傷つけた犯罪者だ!!」
───その言葉の瞬間、だったか。
気づけばステインは、浮いていた。
いや、浮いていたというよりは───吹き飛んでいた。路地裏の深くへと吹き飛び、眠っていた猫を巻き込みながら地面に落ちた。
一目散に逃げていく猫を尻目に、ステインは何が起こったのかを把握するために殴られた方向を見る。だが、視界にはなんの変化もない。なんだったのか、考える間もなく。
「───デトロイト───スマッシュ!」
「───!?」
上。それも、はるか上空だ───隣であるマンションの、その天井付近。拳を振りかぶった人影があった。それは落下しながら近づいてくる。
ステインは、反射的に刀を振るった。ナイフを撒いておくことも忘れない。だが、それも無駄だった。圧倒的暴力の前には無駄でしかなかった。
瞬間的に近づいてきた姿は、ステインの刀が振り始められるよりも早くにその姿を間合いへと侵入させる。直後放たれた拳の振りは、まるで人を殺すことを厭わない───何もかもを薙ぎ払うかのような、暴虐。
殴打され、地面になぎ倒されて、尚もステインは立ち上がった。自分を倒さんとする、圧倒的な存在の姿を見るために。
その姿には見覚えがあった。……そう、たしか、死柄木が渡してきた自分の求める英雄の条件を満たした男。
その名は、確か、
「……緑谷……出久……!」
「……僕の名前を、知ってるんだな」
「はは、はははははは、ははははははははははは! これは……いい……! これほどまで仕上がっているとは! 負ける! 敗北! 圧倒的暴力! この感覚は久しぶりだ……! 問おう、緑谷出久! 貴様はなぜここへと来た……!」
「……何故、か」
緑谷出久は、笑って答えた。表面こそ誰もが希望を見出すであろう勇敢で、不敵な笑みだが、その裏なんの感情も込められていないような、底冷えするような笑みだった。
「友達を助けるために決まってるだろ」
───冷酷。それを見て取り、しかし英雄の姿としては正しくあるのだろうと判断する。守るべきものをどこまでも安心させ、敵対している者へはどこまでも冷徹に。そう、それはまさしくヒーローの笑みだった。
オールマイトのようだ、とステインは思う。発言はまさしく本心。不純な動機が多少見えるとはいえ、それは彼を戦地へと駆り立てるもの。
合格だ。ステインは凄絶に笑んだ。それは喜色の笑みだった。どこまでも純粋な悪を糾弾する暴虐に対し、ステインはこれがヒーローである……と、笑みを続けた。
「……待て……」
と、そんなステインの気分に水を差したのがインゲニウムだ。倒れたままのそいつは、緑谷へと向けて発言する。
「……君には、関係ないだろ……!」
どこまでも失望させてくれる。ステインは嘆息した。だが、緑谷の次の返答に、そんな気分もすぐに舞い上がることとなった。
「オールマイトが言ってたんだ……余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって」
良い、良い、良い、良い! 絶頂不可避だ! こんなことがありえるのかとステインは思わず息を漏らした。
恍惚。正しくそれがステインのすべてを満たしていた。彼は英雄というものが何であるかを理解している。オールマイトから始まり、全てを余すところなく継承してステップアップしている! それは間違いなく、オールマイトが守ってきた火を継ぎ、その身で燃焼させるが如く。緑谷出久という少年は、オールマイトの後継としてあるべく姿を晒していた。
ステインは、間違いなく敗れるという予感を湛えたままに緑谷へと襲いかかる。その実力を、自分の体のすべてで確かめたい! 死んでもいい。それだけのものを見た。近頃は収穫が多い。それだけで、もう悔いはない。
真逆の英雄が立ち上がったこと。その始まりをステインは目にすることができたのだ。いつ死んだっていい。その結末を見届けられないのが残念であるが、今、緑谷に殺され糧とされることもそれもまた一興。
───新しい時代を担う存在を、知ってしまった。それがステインにとって、なによりもの絶頂だった。
振るう刀は、鋭く靡く。緑谷の小さい体ならばどこに触れても割断できる。だがその小さいという部分を活かし、彼はステインの股を抜けて回避した。
即座に刀を後ろへと放った。見ていなくとも、ある程度推測は可能。牽制にも、必殺にもなる一閃は───外れる。
ステインは、頭上にある緑谷の姿に歓喜した。これほどまでに、すでに出来上がっている! 本人はかなり堅実なタイプなのだろう。あれだけ豪快な力を持っているに関わらず、それによるゴリ押しではなく相手を分析し、確実に仕留めようと画策……今の行動で、慎重さを垣間見ることができた。
「───スマッシュ」
直後の攻撃は、尋常ではないものだった。ステインの頭を殴打し、一瞬でその意識を奪い去る。
───自らの活動が終わると直感しても、それは惜しくはなかった。これほどまで完成した英雄を見られたのだから。
英雄の不在。後継となる英雄の新たな完成。そう、ならばこの後の退屈を考えても惜しくはない。
───光と闇。互いが互いを助長し合う立場の喰らい合いは、どちらの勝ちで終わるのだろう?
今はただ、それだけが気がかりだった。
ヒーロー殺しの体をゴミ捨て場にあったロープで拘束し、緑谷は歩けるようになった飯田に未だ動かぬ被害者を背負ってもらう。戦闘の余波でか、意識を失っていた彼とヒーロー殺しを運びながら、大通りへと出た。
「しかし……虚無感というのか、これは」
「?」
「……あれほど恨めしかったヒーロー殺しだが、あっけなく緑谷くんにやられてしまったのを見ると……ね。自分がなにをしていたのか、何をすべきなのかわからなくなってしまった」
「…………ああ」
復讐者が復讐を終えたあと、残るのは徒労感と無力感だけであると言われる。きっと、彼もそうなのだろう。
だが緑谷は、彼には立派な目標があるということを知っている。だから、言った。
「飯田くんは何を目指してるんだい?」
「……わからない」
「僕は知ってるよ。飯田くんは、お兄さんの後を継ぐんでしょ? なら、それに恥じないヒーローになればいいじゃないか」
「…………俺に、それができるのか……?」
「僕の知ってる飯田くんならできるさ」
「だが僕は……取り返しのつかないことをしてしまった……恨みのままで動いてしまった……」
「飯田くん。これはよく言われることなんだけどさ」
緑谷は言う。
「失敗してもいい。大切なのは失敗したあとどうするか、だよ」
「……そうだな」
───ふと、違和感を持った。
脳無の襲撃で保須へと降り立った緑谷だが、彼が降りたときはヒーローがたくさんいたはずだ。平和な街の襲撃に対し、対応する人たちがたくさんいたのだ。
しかし今はその影も形も見えず……都会に似つかわしくない、閑散とした街の姿がある。
「……………………」
お互いに、無言になった。おかしい。なにかがおかしい。雰囲気が重苦しい……人がいない都会は、ここまで虚無感を思わせるのか。
だれかいないかと歩いていき……緑谷たちは、ビルよりも高い巨大な氷塊を発見した。
わかりやすい目印へと向かい走ると、そこには死体がある。
たくさんの焼死体と、目を見開き、内臓をこぼして死んでいる女性。そして、
「……嘘だろ……」
「……馬鹿な」
お互いに、息を呑んだ。
それは間違いなく、バラバラに砕けた現No.1ヒーロー、エンデヴァーの死体だった。
……少し先に、派手に壊れたビルがある。脳が警鐘を鳴らしている。進むな。後悔する。それはわかっている。だが、緑谷出久も、飯田天哉も進んでしまった。
───そこで、二つの、原型すら留めていない死体を発見した。
性別すらわからない。だが、緑谷は片方の……小さいほうの死体の正体を、そのコスチュームで理解した。
「……グラントリノ……」
「……知り合い、かい?」
「……職場体験先の、ヒーロー」
「……そうか……」
一体世界はどれだけの悲劇を運んでくるのか。オールマイト、麗日お茶子、グラントリノ。緑谷を助けてくれた人は全員死んでいく。そんな気分さえしてきた。
……そして、あえて目を逸らしていた、一人の生存者。
「……轟くん、だよね」
腕の長さが、前とは異なっている。体に合っていない、その腕を見て……もう彼が前の通りの人間でないことを理解する。
「……緑谷。それに飯田か」
「……君が、これらをやったのか!?」
飯田天哉は叫んだ。そうせずにはいられなかった。そろそろ、気が狂いそうだったのだ。
死体だらけの保須の街は、それだけおかしなものだった。
「……そこの老人は、俺がやったわけじゃない」
「……なら、だれが」
と、いって思い至る。もうひとつある死体。ひょっとすると、それがこの下手人なのかもしれない。
飯田の視線に、轟は肯定した。
「正解だ。……今はちょっと目を覚まさねぇが……たぶん、そろそろ……」
何が、と問うまでもなく。
ゆっくりと、叩きつけられ原型を留めていなかった死体が、再生していく。ぐじゅぐじゅと、肉を波立たせて。
生理的嫌悪感を煽るその再生に、二人は唖然とした。盗み見れば、轟も気味の悪さへの嫌悪感を隠そうとしていない。相手にとってもこの光景は気持ち悪いらしい。
───そして、再生は終わる。途中から人の形を成していたが、完全に整形が終わり新たな人の姿が完成した。
狐の耳に、対応するようにある尻尾。毛はぼさぼさながらも滑らかであり、手の通りは見た目以上に良いものだろう。髪は肩へと掛からないほどの長さの、明るい茶髪。
その特徴で、緑谷は思わず呟いた。
「……死染、さん?」
……いや、違う。違うだろう。緑谷の知る彼女とは全然違う。彼女はもっと幼い体格だ。あれだけ凹凸がはっきりとした肉体ではなかったはずだし、身長も20センチほど違う。
だというのに。
「……うん? なぁに?」
彼女は反応してしまった。だからこそ、緑谷は受け止めざるをえなかった。……もはや、何も言えない。言葉にならない。感情さえも枯れ果てる。……ただ、理解した。
───死染妖狐が、グラントリノを殺した犯人である……という事実を。
熱中症でダウンして昨日更新できませんでした!すみません!
ということで狐さん覚醒です。見た目がおねーさんになった感じです。kawaii。
次回。ヒーロー対