狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第39話

 大いなる運命というものがあるとするならば、そいつはきっととんでもなく性格の悪いやつなのだろう。紡がれる運命の糸は、どこまでも緑谷出久に苦難しか与えない。

 

 その結末が悲劇になるのかは───それは、彼次第であろう。そのような予感がしている。だが、やはり思うことは、なにかに導かれるように体が動く───ということだ。

 

 まるで都合よく、緑谷出久を生かし、強くし、戦いの中へと身を置くべきだと言わんばかりに、彼はずっと戦い続けている。

 

 あるいはそれは、ワン・フォー・オールのせいなのかもしれない。

 

 大いなる力であるワン・フォー・オールを所持していることで起きてしまう、一つの悲劇───とんでもなく最低だ。緑谷は吐き捨てた。

 

 だがそのことを飲み込み、戦うと決めたのは彼自身。憧れに身を焦がすかのような状況だ。最低だ。運命を呪ってしまいそうだ。だがすべて、自分が決めたこと。憧れに殉じて、力を所有していることに関しての責務を果たすのみ。

 

 周囲には自分よりも経験豊富なプロヒーローの姿。ハイエンド、ヒーロー殺しを手早く警察へと引き渡しに行ってくれた人たちもいる。これで、これ以上の乱入はないだろう。

 

 ……とはいえ、そんなものがなくても相手は尋常ではないのだが。

 

 雄英襲撃。その主犯格である者たちが、今己の目の前に立っている。

 

 背後には、市民の姿。何人かのプロが避難の案内をしている。

 

 数の利はある。しかし……それで勝てるなど、確約されたわけではない。

 

 死染妖狐はワープゲートにより回収された。相手の中でもトップクラスの実力者に逃げられてしまった。なるほど、今後が面倒だ。可能なら今捕らえておきたかった。

 

 ワープゲートから出てきた手だらけ人間───死柄木弔は、緑谷を鋭く睨みつけている。彼の個性は厄介だ。映像で確認するに、手で触れられるとアウトなのだろう。触れた人間を塵にしてしまう。

 

 だから、まともに近づくことはできない。だが、相手の個性はそれだけだ。先程の敵のように化物じみた戦闘能力はない。

 

 殺傷力だけ。ならば、戦える。

 

「───ははっ」

 

 気づけば、笑っていた。自分のことなのにわけがわからない。何故だ? どうしてだ? わけがわからない。ただ一つわかるのは、自分がどういうわけか相手に向かっていこうとしているということだ。なにをやっているのか。わけがわからない。

 

 わけがわからないが───同時に納得する自分もいる。オールマイトを殺した相手だ。いわば相手は仇。憎しみが、体を勝手に動かしているような感覚。

 

 ひょっとすると、恨んでいたのだろうか。

 

 これじゃあ飯田君のことは言えないな、なんて考えつつ、いつものようにフルカウルを発動した。

 

 自分の体を壊し、治し、そうして今では100パーセントでも体が壊れることはなくなってきた。それは度重なる無茶に耐えられるように、体が進化を遂げたように。だから……今の自分は、当時とは全く違う。

 

 相手を殺そうと思えば殺せる、それだけの力を持ってしまった。

 

 だからいつものように移動して、死柄木弔を殴る───誰も反応できない。当然だ。100パーセントの移動力。全盛期オールマイトのそれと同等だ。だから、誰にも反応はできない。普段のように近づいて、死柄木弔を殴りつける。

 

 しかしその体は、膜のようなものに動きを完全に止められてしまった。

 

「───な───」

 

 反発する。

 

 自分の力すべてが跳ね返されたかのように、遠くへと吹き飛んだ───どこまで吹き飛んだのか、はっきりとわからない。遠くへと吹き飛ばされ、そして派手に地面へと着弾し、それからも滑り続け、……ようやく動きが止まった。

 

 周囲の景色は先程とは全く違うものになっている。そのことに驚きつつ、今の自分のいる場所を確認する……都内から放り出されてしまったのだろう。見たことすらない場所へとたどり着いた。

 

 見れば体はボロボロだ。一体どういう個性なのか。自分の力すべてが跳ね返されたような感覚だ。実際そうなのだろう。

 

 誰の個性かはわからないが、しかし相性の悪い個性だと感じる……遠距離から殴るべきか。ともあれ、急いで戻る。足に力を込め、走る───その、途中に。

 

 いつかに戦った相手、茶味が立ち塞がっていた。

 

「よっ」

 

「───どけ!」

 

「させるかよ」

 

 空間が輝いた。知っている。別の空間へと隔離されようとしている。急いで抜け出そうとするも、範囲はかなり広かったのか能力に絡め取られた。

 

 久しぶりの、空間。だがそのデメリットがないわけがない。緑谷は躊躇せずに踏み込んだ。

 

 相手のリソースはほとんどこの空間作成に割かれているだろう。つまり、この能力を発動している間は相手は本来の実力を発揮できない。なにか、特殊なギミックがあるならまだしも───この空間は、なにもないまっさらな空間だ。

 

 ならば相手のこれは、言うなれば自ら実力を削っている状態。だから本体は相応の弱体化をしている。

 

 だから、なんの躊躇も容赦もなく、緑谷は100パーセントを叩き込む。それも一発ではない。連撃だ。出し惜しみはしない。早期に撃破する。

 

 空間が解除された。それは一瞬だった。一瞬で茶味を仕留め、緑谷は走り始める。

 

 未だ強くはなかった頃の緑谷が、気合で勝利できたのだ。あの頃よりもワン・フォー・オールが馴染んできている彼が、勝てないわけがない。

 

 走る。瞬間で保須の街へと戻り、死柄木に向かって拳を振り上げた。

 

「させるか!」

 

 と、長身の男が緑谷の前に飛び出してきた。空間を撫でるような仕草を見て、緑谷はその空間を回避するように空気を蹴り、体を跳ね上げる。そして風圧を放った。それは死柄木の頭を殴りつける。病んだ瞳が緑谷を刺した。だが関係ない。向かってくる男を100パーセントの連撃で撃退し、緑谷はいよいよ死柄木へと相対した。

 

「…………今のではっきりわかったんだがよ」

 

 死柄木は、緑谷に向けて話しかける。そんな暇もやるものか。殴りかかった。まるで当然のように回避しながら、死柄木は言う。

 

 

「お前、敵が死んでもどうでもいいとか思ってんだろ?」

 

 

 その通りだ。緑谷は無言で肯定する。(ヴィラン)の生死はどうでもいい。ただ(ヴィラン)の敵としてでもいいから、捕らえてしまえればそれでいい。

 

「それならどうするんだ!?」

 

「……それがヒーローかよ」

 

「───お前が───ヒーローを、説くな!」

 

 ワン・フォー・オールがますますその力を増す。100パーセントを超えた……その威力。体が壊れるかと思ったが、しかしそうではない。ワン・フォー・オールのことはよくわからない。どこまでが許容範囲なのかもよくわかっていない。だが、出力を増したのならばそれでいい───その拳で、緑谷は死柄木を殴った。

 

 だが死柄木はそれに対し、怯むことなく手を伸ばすことで対応した。100パーセントの力に対して、足の力で踏ん張り吹き飛ぶこともなく手を差し出した。触れれば死ぬ。問答無用で死ぬ。そういう強すぎると評していい個性を振りかざし、死柄木は静かに燃えるような意思を宿した目で緑谷を見る。

 

 拳の外側から叩き、手を逸らす。わずかに体を掠めたその指に、しかし崩壊は発動する様子がない。しかし弾かれた途端に俊敏に動き始めたもう片方の腕が、緑谷へと近づいてくる。

 

 問題はない。元より超至近距離。足を僅かに振り、その風圧で死柄木の動きを停止させる。それは踏ん張らなければ耐えれない威力の攻撃だ。だから、死柄木は攻撃の手を一瞬緩めてでもその場に留まることを選択した。相手を殺すために。すぐに動き出す腕。

 

 しかし、それよりも早く緑谷の拳が死柄木を吹き飛ばす。今度は耐えきれず、背後のビルの壁に激突し、そこでようやく体を止めた。

 

「…………俺は、お前を認めない」

 

「知らないよ。どうでもいい」

 

 だから早く死ね。自分のものではないかのように、体は当然のように悪感情に傾いた。それを疑問に思う暇さえなかった。ただ当然のように、殺意が拳に込められた。

 

 

「……ま……待て……緑谷君……」

 

 

 ふと、声が聞こえた。同時に足首を掴まれる。足元に目を落とすと、そこには飯田天哉がいた。

 

 足が千切れたから、どうやら這って近づいてきていたらしい。溢れ出した血の痕跡は、赤く───もう助からないだろうことを伝えてくる。

 

「緑谷君……駄目だ……」

 

 その瞳に涙さえ浮かべながら、飯田は言った。

 

「憎しみに……呑まれちゃ駄目だ……それ以上行ったら……もう、戻れない……」

 

「……飯田、君」

 

「……今の……君は……さっきの俺だ……だからわかる……もう、戻れない……」

 

「……………………」

 

「……君は、なるんだろ……オールマイトみたいに……! ……なら……憎しみで動いちゃいけない……だろ」

 

「……僕は」

 

「お喋りとは余裕だな」

 

 死柄木が、緑谷に近づいていた。既に間合いの中。対応はできない。腕を振ることは、間に合わない。風圧で相手を引き剥がすこともできない。

 

 死ぬ、だろうか。緑谷がそう思うのも一瞬、引っ張られる。誰に? 決まっている。飯田だ。飯田天哉に、だ、地面に引き倒され、そしてほとんど上半身だけと言っていい体で、緑谷に覆いかぶさった。

 

 ───その体は、緑谷の盾として死柄木の手を受け止める。

 

「……飯田君!?」

 

「……緑谷くん」

 

 その体を、崩壊が染めあげる。またたく間に、だ。だが……それでも、飯田の意思が働いているかのように、その体は一瞬で断割されることはなかった。

 

 死を間際に飯田は微笑んだ。これで死ぬ、のだろう。それは怖くないと言ったら嘘になる。だが、最早助からない身だったのだ。万が一の保障すら失い、完全に助からなくなっただけ。

 

「……なれよ、ヒーローに」

 

 もはや背面は全て塵と化し、人であった痕跡も消え失せようとしている。やって来た死を前に、飯田は短く、緑谷に言った。

 

「…………僕、は……見ている……から……」

 

「──────!」

 

 飯田の体が完全に塵になる。死柄木の手が迫る───その直前に、緑谷は死柄木を殴りあげた。

 

 ガードの腕をへし折り、その姿を空へと打ち上げる。

 

 そして、即座に飛び上がり地面へと撃ち落とす。地面を砕くだろう速度で振り落とされた死柄木は、即座に展開されたワープゲートにより墜落を免れた。

 

 力には必ず何かが付き纏う。

 

 人を殺そうと力を振るったことが、飯田天哉の死によって糾弾され、人を殺す覚悟がないことが麗日お茶子の重傷によって糾弾されるのであれば───そもそも、力を手にしてしまったことがオールマイトの死によって糾弾されているのだろうか? それともグラントリノ? 相澤消太? 爆豪勝己?

 

 もう、頭が駄目になりそうだ。けれど戦わなくては。戦わなければ、きっと力が緑谷を糾弾する。ワン・フォー・オールという力が、緑谷に悲惨な運命を背負わせる。

 

 だから、立った。どれだけ非道(ひど)い現実でも、緑谷にはそれをしないといけない理由がある。友の死も、恩師の死も、無駄にしてしまう───戦わなくては。

 

 結局、緑谷は逃げていた。殺すだけの実力を身に着け、敵を全て殺してしまえば……なにも怖くはないのだから。けれど、それは逃げだった。だから相応の罰が与えられる。

 

 ───ワン・フォー・オールが齎す試練を乗り越えて、緑谷は最高のヒーローにならなければならない。一種の義務感だ。だが、それはきっと勘違いではないだろう。

 

 だから、人を殺してしまうことを覚悟し、誰も殺してしまわぬように拳を握った。

 

 遅すぎる。遅すぎる……が、やり直せないことなんてない。生きている限り道が続くのなら、決してやり直せないことはないのだ。

 

 戦え。ワン・フォー・オールに唆されるまま、緑谷は拳を握った。

 

「……遅いぞ、黒霧」

 

「ですが死柄木弔。()()を持ってきました」

 

「……なら許す」

 

 ……気になる言葉が聞こえた。秘密兵器だろうか? なんにせよ、悪寒がする。激闘の予感は、おそらく間違ってはいない。

 

「───緑谷出久。俺はお前が嫌いだ」

 

「……………………」

 

「嫌いだから……どうやったらお前が苦しむのかを考えたよ。お前のことを調べつつ───な。そして俺は思いついた」

 

「…………何をだ」

 

「お前が一番嫌だろうこと───だ。は、ははははははははははははは! はははははははははははははッ!」

 

 ワープゲートが展開する。そこを潜り抜けるようにして現れた姿は、見覚えがある───というレベルではない。

 

 それは。

 

 それは、

 

 ───ずっと憧れていた、姿なのだから。

 

 

「どうだぁぁぁぁあ? 尊敬するヒーローと殺し会える気分はよぉぉぉおぉおお?」

 

 

 ───そう。それは見覚えがある、と言うレベルではない。知っている。何故なら、なによりも憧れていたから。幼い頃から……ずっと憧れていたから。

 

 周囲のざわめき。あちらこちらの動揺。いつから現れていたのか、ヘリコプターで撮影しているマスコミの姿。きっとテレビの向こうで、誰もが絶望することだろう。

 

 そしてそれは、緑谷にとっても───

 

「……やっぱり……力には何もかもが付き纏うよなぁ」

 

 それは緑谷だけでない。力を持った人間であれば、必ずなにかが付き纏う。

 

 ……となると、無敵の人間というものがいるのであれば、それはきっと全くなんの力も持たない人間なのだろう。きっとそれは昔の緑谷出久だった。無個性であることでいじめられこそするが、成長するにつれ、誰もがそんなことはどうでもよくなってしまう。

 

 なら、平和の象徴の力を持ってしまった緑谷出久というのは……どうなるのだろう。

 

「あなたも、そうですよね。───オールマイト」

 

 力は希望にも、絶望にもなり得る。

 

 かつて平和の象徴と謳われたヒーローは、敵としてその姿を晒す。人々の希望であった生きる伝説は、今この瞬間反転し……人々の絶望として立ちふさがった。

 

 

「ゎ・ヮWaWaゎワワ◇、ヮタ」

 

 声。狂ったような、意味を成していない声。おぞましい。絶望を助長するような、狂った声が耳を撫でた。

 

 彼は言う。

 

「───私が来た」




 OFA呪いかなにかかよ

 なお全部緑谷くんの推測でしかないので錯覚って可能性も当然あります。あんまり参考にするべきではない。

 それはそれとして強いキャラクターは持ってる力のぶん最大限苦しめって思うよ
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