狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第41話

 時に現実は尋常ではないくらい残酷だ。

 

 たとえば、憧れが実ることはないし、努力が報われることもない。時々それで成功した人間こそいるが、大多数はそんなことはない。そもそも大前提として残酷だ。頑張った人間以外は報われない。そんな世界は残酷だ。

 

 誰もが適度に頑張って、適度に幸せになれることがあればそれが一番正解、というのが現実だろう。だがありえない。現実とは最後は力。

 

 純然たる暴力が全てだ。

 

 いくら弁明しようとも、それは変わらない。国家権力、筋力、戦闘力。どんなものであれ、生きることは戦いであり、そして戦いには勝者と敗者が存在する。

 

 だから───いくら覚醒しようとも、いくら強くなろうとも、純粋な暴力には敗北する。

 

 都合よく戦いに水を差す人間はいない。都合よく助けにくる人間はいない。残酷なまでの現実は、一人の男が命を賭けたところで何一つ変えられはしないのだと嘲笑っていた。

 

 ───異形の怪物が、その身を震わせた。その体から溢れた血が、地面を浸す。そこから形成される刃が緑谷の首を切り落とそうと迫るが、それも拳の一振りで打ち払われた。

 

 ゆらりと揺れた異形の女体が男体を撫でた。そこから耳を疑うような絶叫が起こる。聴くものの精神を溶かし、そこから殺してしまうようなおぞましい声を受けて、緑谷は動じもしない。なぜなら既に死にたがっているから。心の底から死にたいと思っている人間を無理矢理ワン・フォー・オールと憧れ、そして責任感が動かしているようなものだ。言わば、緑谷は既に殆ど死んでいるようなもの。そんな人間に、死の旋律を聴かせたところで効果はない。

 

 片腕が使えないにも関わらず、状況は異形の劣勢という状況で進んでいる。ほぼ死に体の人間と戦って、攻めあぐねている時点で戦況は見えきっているようなものだ。

 

 消耗を祈り攻撃を続けても、片腕でほとんど弾いてしまう。致命傷にならない攻撃は敢えて受け、そして攻撃を叩き込むほどに緑谷は余裕を見せているが───それに対して、茶味のほうは明らかに焦っている。勝負を急ぐように、攻撃が苛烈化している。だが当然、そんな単調な攻撃は緑谷からすれば読みやすい。全く技がない攻撃など、余程支離滅裂な攻撃でなければ簡単に捌ける。相手には戦闘経験があり、攻撃の線がきれいなため、読みやすすぎるのだ。

 

 とはいえ、緑谷も積極的に攻撃はしていない。どころか、戦闘開始から歩いてすらいない。最初の踏み込みは先手で一撃を入れるためのものであり、そこからは全く歩いていないのだ。

 

 ───歩く体力すら惜しい。緑谷にはそれすら惜しいのだ。かなり体力は戻ってきているが、それでも体力は有限だ。全力疾走を続けるような戦闘は、それだけで密度が濃い。その連続となれば、体はそろそろ休みを欲しているのだった。

 

 異形の腕が振られる。横殴りにするようなもので、威力はかなりのものだ。だが緑谷は拳を振るい正面からそれを相殺する。火力という点では、緑谷に並び立つものは少ないだろう。なにせオールマイトの力だ。

 

『───ららららららららららららららららららららららららららららら』

 

 まるで歌うように、女体が叫んだ。男体の顔を撫でると、そこからどろりとナニカが溢れ出す。結晶化したそれは緑谷に向かってくるものであり、緑谷からすれば正面から押し切れてしまうものである。

 

 左手の振りでそれを消し飛ばしただけでなく、風圧で後ろの異形すら殴打する。血が流れた。泣き出す男体を女体の腕が、まるで子供をあやすように揺さぶる。緑谷を顔のない顔で見つめながら、異形はそこに怒りを見せつける。

 

 緑谷からすればそれはなにでもない。正面から押しつぶすように、拳を振るう。強大な力の奔流は押しつぶすように異形を吹き飛ばした。

 

『───ら』

 

 そろそろ決着をつけるべきか、と緑谷は自らの体力を確かめながら考える。いけるな、と思い、拳を握った。そろそろ足を動かそう。もはや殆ど棒のようになっていた足を、解凍するようにわずかに振るった。

 

 緑谷は一歩進む。イカれた右腕をぶら下げて、確実に異形へと決着をつけるために。

 

 持ち上げた拳を、右足の踏み込みとともに。大地を踏み砕く、震脚とも似通ったそれで以て肉薄し───緑谷は、その異形を殴りつけた。

 

 四散する。

 

「……………………」

 

 決着、だろう。吹き飛んだ異形は、細々と散った。だが油断はしない。相手がなにをしてもいいように、緑谷は警戒を解かずにそれを見る。見続ける。

 

 弱くは、なかった。むしろ強い部類だろう。だが、まだ人間態のほうが強かった。それは人の持つ意思によるものだろうか……死にものぐるいで勝ちにくる、という気迫がなかったのが原因だろうか。ともあれ、緑谷はいともたやすく勝利した。圧勝、とも言えるだろう。死に体で挑んで、危うげない勝利だ。万全ならばきっと瞬殺も可能だった。

 

 だからこそ───そう。

 

 きっと、現実はひどく残酷なのだろう。ひどい。とんでもなくひどい。命を捨てて、人であることを捨てたとしても、結局は一つの暴力に屈してしまう。

 

 だからこそ───現実とは、戦いを止められない人生とはひどく悲しいものだ、と緑谷は思う。

 

 ……様子は見た。動き出す予兆はない。これは警戒を解いていいのか? と思うが、隙を伺っていたことを考えると……あんまり、軽率な判断はできないだろう。

 

 だから考える。警戒を解いて逃げるべきか、ここで警戒を続けるべきか、とどめをさすべきか。

 

 警戒を解くのは最悪の事態を招きそうだ。だからなし。しかし警戒を続けられるほど時間の猶予があるのか、と言われると疑問しか湧いてこない。となると消去法で……とどめ、と言うことになるか。

 

 緑谷は拳を握って近づいた。結局、こうなるのか。緑谷は状況を恨み、そして自分の判断に嫌気を感じる。迷わず殺すということを選択できたのは、きっとなにかが壊れてしまっているからだ。殺さざるをえないときは殺す。そういう覚悟をして、すぐその場面がきたのか。最悪だ。ワン・フォー・オールを恨みたくなってくる。だが仕方ないのだろう。

 

 世界は残酷だ。それは間違いない。だから、緑谷は緑谷の役割に殉じるように───運命に導かれるように───ただ、流されるように、異形の怪物に対して拳を叩きつけた。

 

 

 

 

 だが、その瞬間怪物は弾けて無数の人型になり、溢れ出す。

 

 

 

 まるで泥が溢れ出すかのように、体液が人間の形となり、そして逃げ出していく。翼がある個体、足が速い個体、様々な個体差があるようだ。緑谷はすぐに追おうとするが、体を体液に絡め取られたせいで動けない。

 

「───くそっ!」

 

 軽率だったのはこの選択肢か。なにもしないことが正解だったのだろう。結果として、(ヴィラン)を市街地に逃がしてしまった。100パーセントで体に纏わりついたものを振り払い、そして今もなお人型が現れ続ける母胎となっている異形の怪物へと、100パーセントを連打した。

 

 痕跡を残さずに消え去った異形から、人型が溢れ出るのを防ぐことができた。そのことに一先ず安心し、そしてすでに逃げ出した人型を追って市街地へと向かう。

 

「……なんだ、これ」

 

 そこで見たのは、異形が戦えない市民を一方的に『捕食』する姿だった。男も女も関係なく、何もかもを喰らう姿があった。抵抗も虚しく人々が食い殺されている。そんな、残虐な光景があった。

 

「あっ……! た、助けてっ、ヒーローさん!」

 

 緑谷に手を伸ばす女性は、背中にまとわりついた人型にその首を引きちぎられた。市民を守ろうとしたヒーローは数の群れに敗北し、群がった異形によってあっという間に食い尽くされた。人々があっさりと殺されていく光景を見ながら、緑谷は呆然と立ち尽くしていた。

 

「…………」

 

「た、助けてくれ……!」

 

「く、くそっ! こっちに来るな!」

 

「うっ……! な、なにを……ぎ、ぎぃ……ぁ、あああああああああああ!?」

 

「……は、はははは……なんだよこれ……」

 

 人を食うたびに巨大化する人型は、いつの間にか人の二倍ほどの大きさになっていた。巨大な闇のような人型が、なにもない顔に口だけ浮かべ、人々を貪る姿を───緑谷は見ていた。

 

 一緒に逃げようとした友を囮にした男は、巨大な人型に囲まれて食われた。それを緑谷は見ていた。死の気配と血の匂いに、頭がおかしくなりそうな緑谷は、ただそれを見ていた。

 

「お……お前!」

 

 なんだろうか、と、声が聞こえた方向に緑谷は顔を向けた。

 

「ヒーローなんだろ!? 助けろよ!? なぁ! お前! 助けろ……助けろ!? た、助けぇぇぇぇぇ───!?」

 

 男がいた。なにかを喚いているようだが、それもすぐに人型が食い殺してしまって、何を言っていたのかわからなくなる。

 

 ただ、ヒーローがどうとかと言っているような気はした。

 

 体が痛む。ワン・フォー・オールが言っている。戦え、と。既に生者は殆ど無く、血があちこちに散乱していた。だが死体はほとんど残されていない。……すべて、食べられたのだろう。

 

「……そうだよな」

 

 認めよう。これは緑谷のせいだ。すべて緑谷の判断ミスのせいだ。すべてそれが招いた事態だ。……だから、死者のすべては緑谷の責任だ。そう、彼が悪い。

 

 残酷な静けさが残っている。その中で、巨体が動く音だけが喧しく響いている。

 

 餌を無くし、緑谷へと向かってきた巨体を殴りつけた。それだけであっさりと、その巨体は死亡した。再生の兆しはない。

 

 緑谷は一歩だけ、足を踏み出した。そうだ。踏みとどまるのは彼らしくないだろう。ワン・フォー・オールが告げる。彼が殺したすべての人間が告げる。進み続けろ、と。

 

 彼は走り出した。それは死へと向かうための疾走だった。

 

 

 

 

『───保須の(ヴィラン)連合襲撃事件について、犠牲者は200人を超える数であることが判明しました』

 

 フードで顔を隠しながら、街に響き渡るテレビの音声を耳にした。

 

『No.1ヒーローとなったエンデヴァーを始めとした多くのプロヒーローの犠牲を出した今回の事件は、(ヴィラン)側に行方不明だった平和の象徴・オールマイトの姿があり、(ヴィラン)連合の脅威を大きく知らしめた事件でもあります』

 

 なにもかも、失うものが多すぎて───得るものが少なすぎた戦いだった、と思う。

 

(ヴィラン)連合と戦い、そしてそのほとんどを撃退したのは一人の学生です。彼は雄英高校一年である緑谷出久であると考えられており、その実力から平和の象徴の再来と呼ぶ人もいます』

 

 ……オールマイトのように、自分はなれなかったけれど。

 

『一方、ヒーロー免許を有していない学生がこうして戦闘を行ったことに否定的な意見も。同時にそうせざるをえない状況を作ってしまったプロの実力に疑問の声も寄せられています』

 

 歩く。歩く。歩く。

 

 向かうのは病院だ。こっそりと侵入するように、彼は病院へと入り、そして一つの病室の扉を開いた。

 

「……麗日さん」

 

 緑谷が病室に入ってきたことに対し、麗日お茶子はなんの反応も見せることはない。眠っているのか? と思い、少し近づいてみるが、どうやら起きてはいるらしく、椅子に腰掛けた緑谷をその瞳が見つめた。

 

「デクくん、来てくれたんやね!」

 

「……うん。……あの、麗日さん!」

 

「……あれ、なんやろ。やっぱりおかしいなぁ。んー……」

 

「……麗日さん? どうかしたの?」

 

 何だろう。とてつもなく嫌な予感がする。こういうときの感覚は、よく当たる。だから……そう、心の中に一つの不安を残しつつ、緑谷は聞いた。

 

 

「なんか、なんも聞こえんのやけど……」

 

 

 ……聴覚になにか異常が? 緑谷は首を傾げる。だが一体なにがあったというのか。少し疑問になりながら、麗日の耳を確認した。

 

 

 そこに、なにかが詰められていた。

 

 

「なんだ……これ……」

 

「……ん、なんかあった? ……う、ごめん。見苦しいもの見せちゃって……」

 

「……いやぁ! なんでもないよ!」

 

 下手に突くことはいけない、と緑谷はもう知っていた。よく知っていた。だから、彼は不用意に触れようとはしなかった。

 

 しかし彼女は気になったのだろう。んー、と唸りながら耳に触れ、

 

 

 そして、爆発した。

 

 

 ……なにが起きた?

 

 そんなのわかってる。だが、現実を直視したくはない。緑谷は否定する。そんなはずがない。……そして、肯定する。それはまごうことのない。

 

 死だ。

 

「……麗日さん……」

 

 耳が破裂したのだ。頭の中はもっとひどく損傷しているだろう。痛いだろう。とても痛いのだろう。麗日お茶子は、耳を抑えて呻いている。

 

 

『あーあ』

 

 

 そんな声が聞こえた。テレビのスピーカーからだ。睨みつけるようにしてそれを見ると、そこには顔のない男の姿があった。

 

『やってしまったね、緑谷くん。君が止めないから』

 

「……お前、は」

 

『彼女は助からない。あとはただ、苦しんで死ぬのを待つだけだ。()()()()()()に設置したからね』

 

「……お前は誰だ」

 

『オールマイトから聞いてないのか。……だがそうだね、自己紹介といこう。僕はオール・フォー・ワン』

 

 ……皆は一人の為に?

 

 ワン・フォー・オールの対のような言葉だ。疑問に答えるように、オール・フォー・ワンは緑谷に行った。

 

『───そうだね。言うなら、君と僕は殺し合うべき()()さ』

 

 そう告げるオール・フォー・ワンの顔は、醜く歪んでいた。

 

『弔に対してひどくやってくれたようだからね。これは僕のちっぽけな意趣返しさ。気に入ってくれたかい?』

 

「……お前……!」

 

『……復讐したいなら、来週だ』

 

 オール・フォー・ワンはそう言った。

 

『来週、連合で事を起こす。復讐したいのならば来い』

 

 そう言って、モニターの接続が切れた。言いたいことだけ言って退場するか、と緑谷は言いたくなるも、麗日に手を引かれ、オール・フォー・ワンから意識を外す。

 

「で、く……くん」

 

「……麗日さん」

 

「いたい、いたいよ……頭がね、いたいよ」

 

「…………」

 

「今の、聞こえちゃった。私、苦しんで死ぬんだよね。……今、とっても痛いのに……このままゆっくり消えていくのは、いやなの」

 

「……麗日、さん」

 

「……おねがい」

 

「……麗日さん!」

 

「私を殺して?」

 

 ……それは、まるで懇願するかのような目だった。死が救済であると本気で考えているような目だった。

 

 それを見て、緑谷は手を握る。

 

「……………………わかった」

 

 もう、無理だ。

 

 いよいよ本当に心が折れた。だから、もう励ますこともしなかった。

 

 緑谷は、彼女の首に手を掛けた。

 

「……麗日さん」

 

「……デクくん、最後に一つだけお願いしていい?」

 

「……なんだい?」

 

「お茶子って呼んで?」

 

「……わかったよ、…………お茶子、さん」

 

「呼び捨てにして」

 

「…………お茶子……ちゃん」

 

「ん、まぁいいかな」

 

 そう言って、彼女は目を閉じた。緑谷の手に触れ、彼女は体の力を抜いた。

 

「……またね、お茶子ちゃん」

 

 そして、緑谷はその細い首を、手で圧し折った。

 

 苦しみから解放されたような表情で、麗日お茶子は旅立った。

 

「……は、ははははは……」

 

 椅子に座り込む。その瞳は開くことも、もうない。死んだからだ。なんで死んだ? 緑谷、お前が殺した。

 

 ……生きる意味は、どこにあるのだろうか。彼にはもうわからない。

 

 ただ、緑谷は椅子に座り込み、項垂れて、

 

『なんだ、本当に殺しちゃったのかい』

 

 と、テレビから聞こえてくる声に顔を向ける。

 

『緑谷くん、君は馬鹿だね。(ヴィラン)が本当のことを言う確証なんてないのに』

 

「……なに、を」

 

 オール・フォー・ワンは歪に笑った。

 

 

『麗日お茶子はあれでは死にはしないよ』

 

 

 ……………………。

 

 ……もう、どうでもいい。

 

 テレビを殴り壊した緑谷は、荒い息を落ち着かせる。そして、至って冷静に窓の外を見た。そして窓を開き、窓枠に腰掛ける。

 

「───警察だ!」

 

 そんな声が聞こえてくる。つまり、自分はハメられたのだろう。もう、乾いた笑いしか出てこない。自分は馬鹿だ。どこまでも踊らされてしまっている。最悪だ。死んでしまえ。

 

「緑谷出久、お前を殺人容疑で逮捕する」

 

 そう言って、にじり寄ってくる警察の姿を無視し───そのまま、後ろに体を倒した。

 

 落ちる

 

 落ちる。

 

 落ちる。

 

 ───どこまで?




 かっちゃんといんこさんにもなにかしようかなとおもいましたがだんねんしました。

 次回から最終章です。もうちょっとで物語が終わろうとしてると、なんとなく悲しいですね。
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