狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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終章
第42話


 目を覚ました。

 

 ゆっくりと体を起こせば、周囲にはいつもの面々がいる。……いや、違う。一人だけいない。そして普段見ない姿があった。ぼくは眠たい目を擦りながら、軽く耳を動かして体の感覚を確認する。うん、快調。

 

 お腹が空く感覚。どれだけ寝ていたのだろうか? そんなことを思いながら、動く前に一つ聞く。

 

「チャージは?」

 

「死んだ」

 

 返ってきたのはそんな反応。そうかぁ、と思いながら、ぼくは冷蔵庫へと向かった。そこから適当に肉を引っ張り出し、食べる。消費期限が近かったようであんまり空腹は満たせないが、だがそれでも小腹を満たす程度にはなる。

 

 とりあえずぼくは座って、そして普段見ない姿の一人に声を掛けた。

 

「……ここにいて大丈夫なの? スイコちゃん」

 

『いぇーいいぇーいばっちぐー、全然平気なのですよぅ。雄英はどたばたしてて立入禁止になってるしね』

 

「……あれ、そうなの?」

 

 立入禁止になっている、というのは初耳だ。いつの間にそんなことになったのだろう、と思いつつ、いや、冷静に考えればこの間の事件の後かと訂正する。頭を振って、付いていたテレビの中継に目をやった。

 

「今日って何曜日?」

 

「水曜だ」

 

「あれ、じゃあまだ時間は経ってないんだね。それで、雄英の立入禁止ってどうして?」

 

『Aクラスの生徒が何人か事件で死んだから。それで一旦立入禁止。生徒は登校見合わせなのだよ』

 

「ふぅん。それでスイコちゃん」

 

『なに?』

 

「しんどくない?」

 

『……まぁ、いつか死ぬだろうなって思ってたし。わたしがいなかったらだめだめだもん。いつかこうなるかもって思ってた』

 

 そういうものなのだろうか。

 

 自分が弔を失うことを想像してみる。そうなると、心の奥底が冷えつくような感覚がする。こんな感覚を味わっているのだろう、スイコちゃんも。それってすごい寂しいなぁ、と思いながら、心の中を覗いた。態度こそ淡々としているが、しかし深い悲しみに呑まれているようだった。

 

 ……個性が強くなったことで、弔の心の奥まで知ることができるようになった。その心の中では、意外なことに仲間への追悼の念が含まれている。いや、皆がそうだ。だからこそ今の連合は、お通夜ムードであると言う表現が正しいだろう。

 

 普段から静かではあるのだが、今回はその雰囲気の粘つきが違って思えた。

 

 こういうとき、悲しめないぼくは一体なんなのだろう。ここでも価値観の違いを思い知らされる。ぼくは狐だ。形こそ人間のものではあるが、そのすべてが人間であるわけではない。

 

 だから、ぼくは獣なのだ。何に涙することもない。命を悼むこともない。その飼い主に従順なだけの、心の底からそれ以外を喰い物にする獣。

 

 そんなのに、人間は理解できないのだ。と、そういう事実を突きつけられる気分になる。

 

 重苦しい空気が嫌で、ぼくは部屋の外へと出ていった。

 

 外の空気を感じつつ、屋根の上へと登る。そうかんたんに見つからない位置にアジトは用意してある。そもそも、遠くから見てそれが犯罪者だとすぐにわかる人間がどれだけいるのだろう? だから、ここに関しては用心するだけ無駄だ。

 

 登った屋根の上に、寝転んだ。少し汚いが、それでも足の踏み場も座るところもある。ひょっとすると寝転ぶこともできる。後ろに体を倒し、手で体を支えた。ゆっくりと空を見る。おひさまはもう沈んでしまっている。夜だ。朝は過ぎ行き、昼もいつかは滅び、そして夜が来る。

 

 夜は嫌いではない。狩りの時間だからだ。それに、ぼくたちは夜に忍ぶもの。夜はぼくたちの時間。今まで母親以外の同族に出会ったことはないが、それでもぼくたちはきっと、なにかで結ばれている。

 

 それこそが種族だ。そして、それこそがぼくが人間へとなれない事実を示している。

 

 狐は狐だ。ぼくは狐だ。そうだ、それでいい。それでもいい。それでも人であろうとするのは間違ってはいないだろう? ぼくからすれば間違っていないのだ。

 

 思えば遠いところへと来たものだ───と、思う。何もわからないまま必死に生き延びて、そうしていくうちに個性が発現して。そこから自我を持って森で生きて、先生に出会って。

 

 そうして弔と会った。

 

 ぼくの一生がどういうもので、それがどんなものであり、最後にはどこへと向かっていくのか。そんなものはわからないけれど、ぼくは空を見上げている。いつかもこうしていたような気がした。それはいつだったか? 森の中でか?

 

 わからない。けれど、これだけ長く生きたのだ。ぼくも、そろそろなにかを思う時間くらいあってもいいだろう。何年生きたっけ? ……なんだかんだ、10年は超えたような気もする。覚えていない。15歳もたぶん超えただろう。なんだ、結構長生きだ。同族はだいたい5歳くらいで死ぬと聞いたことがあった。だから、だいたいその三倍。

 

 もう立派なお婆ちゃんだ。

 

 と、思って自分の性別自体はオスであることを思い出した。そうだそうだ、完全に忘れていた。もうみんなぼくをメスであるという扱いしかしていなかったから、それでぼく自身にも定着しちゃってたみたいだ。

 

 これはいけないなぁ、と思うが、ふと思う。少し前までは自分がオスであったとしっかり認識していたはずなのだ。なにかがおかしい。そう思って、狐の姿へと戻ろうとする。

 

 だが、できない。イメージができない。だからこそ、変身で元に戻ることができなかった。変身解除で元に戻ろうとしても、それもできない。

 

 ひょっとすると、体の変化が起こったのだろうか? しばらく人間の女の姿をとっていたから、そこから元に戻る方法を忘れてしまったとか?

 

 ……まぁ別にいいか。どうせ変身のベースが今の姿にすげ変わったというだけだろう。変わりないのだ。ぼくはぼくに違いない。

 

 むしろ人間に近づいたのだ。これ、喜ぶべきじゃないだろうか。やったー。

 

 ……そう言えば、新しくなった自分の姿は未だしっかりと見ていない。なにか変化があるだろうか。見下ろせば、自分のものとは思えないくらいに膨れ上がった胸部。体に肉もかなりついている。だがそれは太っている、というわけではなく、体も同じく大きくなっていることから、きっと成長している、ということなのだろう。

 

 一気に大人になったような気がする。というか、ぼくが成長したらこうなるのか。あとで顔の変わり方も確かめておかないと。

 

 なんて思いながら、ぼくは自分のしっぽを確認した。毛がもふもふの自慢のしっぽである。うん、前より少し長くなっているし毛はぼさっとしているように見えるが、絡まりとかはない。大丈夫だ。

 

 少しだけ耳も気にかけておく。うん、ぼさっとした感じ。全然いつも通りである。軽く指で梳いて、そのまま寝転ぶように後ろに倒れた。

 

 空はきれいな夕闇だ。ゆるやかに終わっていくような、全てを飲み込む闇の中にぼくはいる。それが昔はいつものことだったから、少しだけ昔を思い出す。

 

「隣いいか」

 

 と、言いつつぼくの横に座ったのは弔だった。聞く気がないというのはわかりきっていることなので、ぼくはなにも言うことはない。そもそもぼくが弔を拒むはずもない。

 

 ぼくに倣うように寝転んだ弔は、ぼくと同じ空を見上げる。夜に抱かれているようだ。ゆっくりと眠りにつくように、意識は落ちそうになる。だが重いまぶたを無理やり持ち上げて、ぼくは体を引き起こした。

 

「ねぇ、とむら」

 

「ん?」

 

「ぼくのために本気で怒ってくれたでしょ」

 

「……………………気の所為じゃねぇの」

 

「素直じゃないんだ」

 

 ぼくは笑った。すると、髪の毛をくしゃくしゃにされる。ひどい。これでも人間基準でいったらまだ若い乙女なのだ。もっと優しく撫でるべきだと所望する。

 

「……一週間後だ」

 

「……え?」

 

「一週間後、全部に決着を付ける。そしてお前が生きられる世界を作り上げるんだ」

 

「……………………たぶん、できるよ」

 

「ああ。できる……いや、する。ヒーロー社会を壊して……そして……」

 

 その先を、弔は言わなかった。ただ、こちらを少し見ただけだった。

 

 ぼくは弔の腕を抱きしめる。そうするべきであると思ったから。手に手を重ね、ぼくは再び空を見た。

 

 宵闇に抱かれている気分だった。どこまでも落ちるように、ぼくたちはその世界に取り残されている。空はそこにある。ただぼくたちを肯定している。

 

「とむら」

 

「……なんだ」

 

「疲れてるよね。膝枕、いる?」

 

「……それよりは、こっちだな」

 

 しっぽを掴まれた。体が少し跳ねる。今までつけてきた耐性がすべて消えている。これも進化のせいだろうか? 弔がぼくのしっぽを枕にし、寝転んだ。

 

 ……しっぽが少し長くなっていてよかった。弔が隣にいるのを見れるから。

 

 少しして、横から寝息が聞こえる。眠ったようだ。そんな弔の手を取って、ぼくは彼の手の甲に口吻する。

 

 うん、なんだかんだで今が満ち足りている。それでいい。それでいいじゃないか。今はただ、この幸せを噛み締めていたい。

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「やぁ、ジョン」

 

 と、ぼくに返したのは先生だ。久しぶりに顔を合わせての会話になるだろう。先生に指示されたように用意された椅子に座る。

 

「個性が進化したって聞いたよ」

 

「あ、はい。えーと、狐の姿を卒業しました。今のこの姿がデフォになったっぽいです」

 

「ああ、わかってる」

 

 と、言って先生はぼくに手を翳した。体の中から個性が抜けていく。生命力の感覚が無くなった。昔とは違い、今は冷静な思考力も残っているようだ。

 

「なるほど、なるほど……やっぱり、か」

 

 と、言って先生はぼくに個性を返した。生命力が溢れるような感覚がある。ひょっとして先生の生命力がいくらか譲渡されたのだろうか? 先生を見ると、頬を指で吊り上げていた。

 

 先生、やっぱり意外とお茶目なところがある。

 

「……来週だ。来週、ヒーローと……いや、緑谷出久と決着を付ける」

 

「とむらに聞きました」

 

「ああ。……緑谷出久以外、敵ではないよ。ヒーローはね。だからこそ彼を殺して、新しい世界へと作り変える。日本だけではない。そこから世界へと───だ。海外進出して世界征服を目論まないとね、(ヴィラン)としては」

 

「……先生も世界って欲しいんですね」

 

「要らないよ。要らないけど、それを征服したって称号はほしい。それだけだ。そういうものさ。意外とそんなに価値はないのさ。人間にも、獣にも。だからどちらも変わりない」

 

「……励ましてます?」

 

「珍しく落ち込んでたからね。ぼくは先生だ。君たちを教え、導く者でなければならない。先生とは生徒が迷っていたらその悩みを解決するために奔走するものなのさ」

 

「……ありがとうございます」

 

 と、ぼくは先生に言った。気にするなと言わんばかりに先生は指を振る。

 

「ジョン。いいかい? 人はわからないものを恐れる。だから型に嵌めて、わからないものを理解しようとするのさ。───君は、獣だ。ただ強く、喰らい、殺すために育ってきた。そもそもの境遇が違うんだよ。人であろうとするのは自分を傷付けるだけだ」

 

「それでも、ぼくは人になりたいんです」

 

「……何故だい? 君は今も理解してくれる仲間がいる。それでいいじゃないか」

 

「……じゃないと、とむらと一緒に行けないじゃないですか」

 

「……………………君だからこそ、弔と並び立てるのだと思うけどね……」

 

 だが、と先生は続ける。

 

「───君が望むならば、君を『人間』にしてあげることができる」

 

「…………え?」

 

 先生が言った言葉は、すぐには理解できなかった。それでもぼくが人としてあれる可能性を提示された、という事実───その事実に、ぼくはどうするべきかを考えた。

 

 なにか条件があるのだろう。先生の次の言葉で、ぼくは自分がどうするのかを考えなければならない。

 

 簡単だ、と先生は言った。

 

 

「君が戦う力を全て捨てるのであれば───君は、人に成れる」

 

 

 ……………………。

 

 ……悩む。

 

 少し考えた。ぼくがどうするべきか。

 

「……どうする? 君は、どちらを選ぶ?」

 

 ───選択する。

 

「ぼくは……───」




 初期に考えてた分岐点。
 ここと雄英襲撃のときの選択次第では物語は大きく変わります。

 連合の勝ち確ルートは狐さんが雄英側でスパイを続けるルートになります。

 次回、最終決戦です。
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