狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第45話

 緑谷くんの指がぼくの目を貫いた。痛みに動きを鈍らせない。その痛みを正面から耐え、そして緑谷くんへとお返しに殴りかかった。

 

 血があふれる。これは鼻を潰した感触か? ひとり言えることがあるとすれば、緑谷くんとぼくは互いに命をすり減らしながら……回避をしない殴り合いを繰り広げている。

 

 脇腹が抉られた。中身が溢れる感覚がある。治癒はしない。今はいい。蘇生までとっておけ。お返しに、まっすぐ拳を放った。回避しようとした相手の左肩をかすめ、そして切断した。左手が使えなくなった緑谷くんは、すでに原型を留めていない右腕で殴りかかってくる。ぼくの片耳が半ばから千切れた。痛い。今までの比ではない痛みだ。

 

「ぅぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」

 

「───ぁぁぁああああああああああ!」

 

 ぼとりと、すでにぐちゃぐちゃの目玉が落ちた。だがそれはそれ。別にいい。まだ死んでいない。耐えている。

 

 左手の貫手が緑谷くんの右肘を引きちぎった。ちぎれた腕で殴りかかってきた緑谷くんが、ぼくの喉にへし折れた骨を突き刺した。喉に血が絡んで声を出せない。痛い。目がないから、うまく照準をあわせられない。最悪だ。早いうちに肩を引きちぎらないと。空気の揺れで緑谷くんの腕が振られるのを感じた。避けろ。間一髪で避けたが、僅かに掠っただけのあばらの肉が削ぎ落とされ、骨が露出した。

 

 そろそろ治癒を使ったほうがいいか? だがそんなことに意識を割いている間に殺されてしまいそうな予感がある。そうなると無駄だ。

 

 緑谷くんの右腕が掠った。頬がちぎれた。もう殆ど裸身だ。だがそんなことを考えている余裕なんてない。服なんて、あってもなくても今は変わらない。

 

 なにかが、腹を貫通した。そのタイミングでその手を抑えた。そして肩だろう部分へと、手を振り下ろした。なにかを切断した手応え。後ろに飛び退いても腹にそれが突き刺さったままだから、きっと腕を切断できたのだろう。吐血しながら考える。

 

 ふと、緑谷くんの気配が消えた。逃げたのだろうか? 目を修復し、そして街のほうへと逃げている姿を見つけ、その姿を追う。その途中で血を流しすぎて死んだ。

 

 蘇生が発動する。もはや追うのは絶望的か? どこへいったのだろうか、と、万全になった体で探していると、様々な瓦礫をなぎ倒し、東京タワーが飛んできた。それは狙っていたのだろうか、ぼくへと突き刺さりその姿をはるか後ろへと吹き飛ばす。ぶっちゃけどうかと思うよその攻撃。そんなことを思いながら、直感で横からくることを察知した。腕はもう引きちぎった。だがそのぶん足がある。だからこそ、低い体勢では逆に狙われる。跳躍して、足を狙いにきた攻撃を回避した。そしてからだを捻じり、そのまま蹴りへと派生する。それを緑谷くんは口で受け止め、そのままぼくの足を噛み砕いた。

 

 そして振り上げられた足が体を両断する。蘇生が発動した。

 

 残りストックはいくらだ? 生命力を確認するが、感覚的にはまだまだ残っているはずだ。なら少しだけ使おう。腕を変身で変形させ、巨大なものにする。それによって緑谷くんを鷲掴みにした。そのまま握りつぶす───その直前に、緑谷くんが風圧を放ち、ぼくを縦にぶった切った。

 

 蘇生が発動した。失敗した。うまく行けばこのまま殺せる想定だったが、駄目だったか。完璧に失敗だ。息を吐き出しつつ、立ち上がる。ぼくは万全で、向こうは最早死に体。戦うことも厳しいだろう。だが、立っている。ならばぼくは戦わなければならない。

 

 距離を詰めた。早く殺す。今は万全の状態だ。ならば、多少の無茶も押し通せる。心臓へと向けて拳を放った。それを避け、緑谷くんはわずかによろけ───それを利用し、彼はぼくのしっぽを噛み千切った。

 

「にゃぁぁあぁぁぁああああああぁっ!?」

 

 緑谷くんがぼくの肉を噛み、そして飲み込んだ。しっぽが痛い。涙も出てきた。あまりの痛みに手でふと抑えてしまって、そこで首を刈り取られた。

 

 蘇生が発動し、痛みもなくなる。先程の痛みが今も少し残っているから、ちょっと涙目だ。痛い。とても痛い。

 

 血だらけの緑谷くんは、痛みから警戒しているぼくに対してなにかに焦るように近づいてくる。そこから放たれるのは足で放つ連撃だ。どれも腹を狙ったものだ。だが精彩を欠いている。だからこそ、その攻撃はすべて容易に弾くことができる。

 

 そして、わずかに体勢が崩れたところに、ぼくの手が伸びた。

 

 それはそのまま緑谷くんの胸へと伸び心臓を引き抜こうとする。回避しようとする動きにより心臓から着弾点はズレたが、しかしその腹へと指は侵入していった。

 

 掴んで、抜き取る。

 

 腸。小腸だか大腸だか知らないけれど、それを掴んで引き抜いた。

 

「ぅ、ぐ……っ」

 

 そして、追撃にもう一度手を伸ばした。それは緑谷くんの首を掴み、そのまま引っ張って地面へと叩きつけた。

 

 ───そして、緑谷くんの動きが止まった。

 

 全身がまったく動かない。心の声は聞こえるし、心臓が動いているみたいだから、一応死んではないらしいが……と、思って見ていると、緑谷くんが話しだした。

 

「……………………ここまでかな」

 

 その言葉に、なんと言っていいかわからなかった。だが、その言葉を最後に、緑谷くんの体が急激に死に近づき始めた、というのはわかる。

 

「……血、かな」

 

 そう、血を流しすぎたのだ。きっとそうだ。今でも千切れた腕から流れ出す血を、指で掬って舐め取った。わずかだが生命力の足しになる。緑谷くんの血なら普通の人の肉の半分くらい回復するというところで、血を飲むことがどれだけ効率が悪いかわかることだろう。

 

「…………やっと、止まれた」

 

 と、緑谷くんは言った。

 

「何も見えなくなってたんだ……これで、ようやく……みんなのところにいける……」

 

 空を眺める虚ろな目は、一体だれのことを想起しているのか。オールマイト? 麗日お茶子? 爆豪勝己? あるいは母親? もしくは飯田くん? ひょっとしたらその全員かもしれない。

 

 なんと言えばいいのか、わからなかった。だからぼくは言った。

 

「『死は救済』なんだって」

 

「…………?」

 

「生きることは戦いだよ。戦争だ。……だから、死ななかったら永遠に戦い続ける」

 

「…………ああ、なるほど」

 

「だから、『死は救済』なんだよ。たぶんね? だから、恐れないでいいんだ。もう休んでいいの」

 

「…………うん」

 

 そう言って、緑谷くんは空を眺めていた。

 

 なにを考えているのか。もはやノイズだらけの頭の中からは読み取れない。ゆるやかに死が近づいている。緑谷くんは、ついに息絶えようとしている。

 

 そんな彼に、ぼくは言った。

 

「こういうのはあれだけど、今まで戦った中で一番強かったよ」

 

「……………………」

 

 ぼくに目が向けられた。彼と視線を合わせ、そして笑っていう。

 

「さすがはオールマイトの子供だなーって思った」

 

「………………………………あの」

 

 そう言えば、緑谷くんが何故か微妙な顔をした。

 

 なんだろう。何か間違えたかな? と思っていると、緑谷くんが言った。

 

「僕、オールマイトの子供じゃないんだけど」

 

「…………………………わっつ?」

 

「…………オールマイトから、個性をもらっただけ」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「……ぉぅぃぇぁ」

 

「……………………」

 

 微妙な間ができた。ごほん、と席を一つ。

 

「……さすがはオールマイトの弟子だなって思った」

 

「あははは……今のが遺言になったら……化けて出るつもりだったよ」

 

 こわい。

 

「……火は、継がなくちゃ……」

 

 緑谷くんはぼそりと呟いた。そして、ぼくの体の中になにかが溢れてくる。なんだ? と首を傾げると、緑谷くんは言った。

 

「……僕の……僕たちの、個性さ」

 

「……個性……ああ、引き継いだっていう?」

 

「うん。……はっきりわかったんだ。その力は、正義を求めるから……絶えることさえなければ……きっといつか、正義の誰かへと繋がるって……」

 

「……ふーん。じゃあ、いつかのだれかに繋がるかもなんだね」

 

「……そういうこと」

 

 と、言って緑谷くんは目を閉じた。

 

 もう死ぬ。それがはっきりわかるから、ぼくは緑谷くんから視線を外さない。だれかが看取ってあげないといけないような気がしたのだ。最後にはだれかのために自分を捨て去ってしまった彼のことを。

 

「……あぁ……お茶子ちゃん……飯田……く……おか……さ……オールマイト……かっ……ちゃ……ん……」

 

 緑谷くんは、そうだけ言って息絶えた。心臓はもう止まっている。息を吹き返すようには見えない。完全に死んだ。死んだのだ。

 

 ぼくは立ち上がって、緑谷くんを置いて去る。

 

 夜は明けようとしていた。帰る場所があるぼくは、そこへと向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 ほとんど廃墟と化した東京ではあるが、人の持つ力とは凄まじいものであり、───五年の歳月を経て、街は元の形に再建されていっている。

 

 一晩で滅んだ首都の代わりに岡山が首都に据えられ、そちらがどんどんと栄えて行った。故に東京の街は以前と比べ、寂しさを覚えるほどの人数になっている。

 

 そんな場所の、未だ再建の進まない雄英高校跡地に、一人の子供がいた。

 

 リコーダーを吹き、瓦礫の上に寝転んで、その子供は性別の判別できないへにょんとした笑みをこぼす。

 

 その頭部に座する狐の耳は、音の度にゆらゆらと揺れた。

 

 子供はとても柔らかい体をぐにょんと動かし、そして瓦礫にうつ伏せた。下敷きにしていた尻尾を引き出して、子供は小さく体を伸ばす。

 

 その子供に、瓦礫から降りてきた複数の子供が声を掛けた。

 

「見つけた!」「見つけた見つけた!」「ぼくだー」「全然見つからなかったねー」「大変だったよ」

 

「あらー、見つかっちゃったかぁ」

 

 そのすべてが同じ顔をしていた。彼らは集まり、何をするのかを全員で考え始める。そしてそれに飽きたようで、一人が寝転べば全員がそれに続いて寝転んだ。

 

 そして瓦礫を枕に眠り始める。

 

 そこに、その子供に似た顔をした女性が降り立った。彼女は眠る子供を見て、ちいさく笑い、そして一人を揺り起こす。

 

 目覚めた子供は、彼女を見てにへらと笑った。それを見て彼女もにっこりと笑った。

 

「おかーさん」

 

「ん、そうだよ。おかーさんだよ。いい子だから帰ろうね?」

 

「おういえあー」

 

 と、寝転んでいた子供たちが消える。彼女はそれを見届けて、子供を抱えて瓦礫のあとから飛び去った。

 

「おかーさん。どうしてぼくたちは外に出れないの?」

 

()()()()が出るからね」

 

「ふーん」

 

 そして、ある場所にたどり着いた。

 

 それはそこそこの大きさの建物。そこに入ると、一人の男がにゅっと顔を出した。

 

「おぉ! 帰ってきたか帰ってきたか(トール)! 遊ぼうぜ!」

 

「仁くんうるさいです。トールくんのこと親よりもかわいがってるじゃないですか」

 

「だってかわいいだろ!?」

 

「弔くんからの視線が変質者を見る目ですよ」

 

「そのかわいいじゃねェ!」

 

「賑やかだねぇ」

 

 と、子供───トールはつぶやいた。それに女性もそうだねぇ、とのほほんと呟く。そして、部屋の中に入っていった。

 

 そこにいたのは、かつて彼らの正義のために戦った(ヴィラン)連合のメンバーだ。古ぼけた玉座に座るとても偉いといった体勢をとるリーダーは、入ってきた二人を見て言った。

 

「おかえり」

 

「ん、ただいま」

 

「ただいまー!」

 

 物語において、その結末は大抵が凡庸だ。だがそれでいい。それがいいのだろう。

 

 人には『死』があるように、物語にはいつか終わりがくるのだから。

 

 そんなところで……そろそろぼくも、この物語の筆を置こう。

 

 ぼくたちが駆け抜けたこの時代が、いつかの誰かに届くことを祈って。

 

 

 

───『狐の奮闘記』より。




 くぅ疲w

 狐ちゃん奮闘記はこれにて完結です。ラストのオチやらなんやら、いろんなことに対する補足や作者の思惑などをまとめたあとがきをこのお話のあとに投稿する予定です。それをもって完結ということにさせていただきます。
 読了、ありがとうございました。
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