狐ちゃん奮闘記   作:moti-

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第6話

 普段より少しぴりぴりとした空気だった家の中。その日、ぼくは先生の敗北を知った。

 

 それは先生の宿敵と言える相手との一騎打ちによる結果だったそうだ───先生は一命をとりとめ、しかし満足に体を動かすことも難しいらしい。ぼくの個性で元の人の姿に戻すことはできたが、しかしそれでも万全とは程遠い。

 

 そういう事情もあり、回復に専念する先生の補佐にドクターは出ていき、ぼくと弔は二人暮らしをすることになった。

 

 

 

 

 部屋に戻った弔にそろそろ言い慣れた「おかえり」を言う。

 

 弔の体はボロボロで、外行き用に体中に手をくっつけていた。

 

 先生が動けなくなって、後継としての修行を積んでいる弔。すでにある程度体はできてきており、人の姿のとき、ぼくのほうが高かった身長はいつの間にか追い越されてしまっている。

 

「ご飯がいい? お風呂に入る?」

 

「飯。風呂はいい」

 

「血塗れなんだから、あとでちゃんと入ってよね」

 

「……わかったって」

 

 何年もこの体ですごしたとあり、ぼくもある程度の言葉を操ることができるようになってきた。むしろ、元の体よりこちらのほうがうまく動かせるまである。こっちがもとの体になってしまっている。

 

 ぼくはこの数年で、ドクターの力を借りて体を人間のものに限りなく近づけた。よって、少しばかり体に変化はあるが───表面に現れるもので、変化と呼べるようなものはない。

 

 それはぼくのこの体が仮初めのものであるということを、なによりも雄弁に伝えてきた。

 

「あ、とむらとむら。治療してあげよっか?」

 

「別にいいよ」

 

「ぼくの治療は治癒力の活性だから筋肉つけれるよ?」

 

「……別にいい」

 

「遠慮しないでいいのに」

 

 ぼくの頭を撫でながらそう言う弔に、ぼくはいつものように崩壊を食い止めながら言った。

 

 そういえば、弔の呼び方だけうまく言葉にできなかったから、舌っ足らずなものになっている。それを媚びてるとなどと言いながら、満更でもなさそうな弔の感情は、とってもわかりやすいものだった。

 

 台所に置いてあるお盆の上に、ごはんと味噌汁、唐揚げを載せた皿を載せて、こぼさないように少しだけ気を配りながら机に座っている弔の前に出した。

 

 珍しくテレビをつけて見ている弔は、少しばかり楽しそうだ。珍しい、と思ってテレビに目をやる。

 

『地方を守るヒーロー・【アルバンス】が昨夜、正体不明の(ヴィラン)に襲われ死亡しました。体が真っ二つにちぎれており、遺体の両腕、両脚が切り離されていることから、最近世間を騒がせている()()()によるものと考えられます。今回の事件により───』

 

「とむら、また殺したの?」

 

「ああ。お土産は玄関に置いてあるクーラーボックスの中にある。()()()()が切れる前に食っとけよ?」

 

「ん、大丈夫。前みたいに腐らせないから」

 

「結構強い個性のヒーローだったから味は良いと思うぞ」

 

「ん、ありがと」

 

 最近の弔の忙しさは、先生がいなくなったことによりぼくの食事を供給してくれる人がいなくなったからだ。弔は人を殺して、そのなかでもぼくがよく食べる腕と足を切り離して持って帰ってきてくれるのだ。

 

 それと同時に、先生の()()をこなしている、という理由もある。

 

 ご飯を食べ始める弔を見て、ぼくも自分のご飯を持ってくることにする。最近は特にすぐお腹が減るから、人肉の消費量がかなり多い。売ってる店もないし勿体ないなぁ、と思いながら、しかし食べなければぼくが死ぬのでどうしようもない。

 

 冷凍庫に保管されてある肉を、固まったまま取り出した。賞味期限が今日までのやつだ。忘れぬうちに食べておかないと。人の腕まんまその姿のそれを皿に載せて、弔の前にぼくは座った。

 

 賞味期限、というのは、肉を食べて空腹感を解消できるぎりぎりの期限のことだ。だいたい二週間程度は持つから、それまでに食べないといけない。

 

 これは何年も過ごしていくうちに判明した事実である。

 

「……なぁ、ジョン」

 

「なぁに? とむら」

 

「お前、俺といて退屈じゃねぇか?」

 

「全然?」

 

「マジで?」

 

「まじまじ」

 

「そうか」

 

「どうしたの、急に」

 

「いや、なんでもねぇ。忘れてくれ」

 

 弔は、最近よくこういうことを聞いてくる。

 

「とむら」

 

「なんだ」

 

「ひょっとして、ぼくといて退屈?」

 

「全然」

 

「ほんと?」

 

「マジだよ」

 

「そっかぁ、まじかぁ」

 

「なんだよ」

 

「ぼくたち、一緒だね」

 

「そうだな」

 

 骨を噛み砕いた。硬い肉でも、食えないことはない。ばりばりと噛み鳴らしながら、ぼくは今日のぶんのエネルギーを補給した。

 

『……二人とも。元気かな』

 

「あ。先生、ひさしぶりです」

 

『うん。久しぶり、ジョン』

 

「何のようだ先生」

 

『いきなりすまないがね、───その家、バレるのも時間の問題だろう。ジョンも弔も見た目はまだ幼い。育児放棄を疑われるかもしれない。駅に運び屋(ポーター)を用意しておいたから、僕の手配した新しい家に移ってもらえないかな?』

 

「あ? それだけの理由でか?」

 

『それとは同時に、最近噂の(ヴィラン)である【人食い】の被害が君の近辺でしか出ていないだろう? そろそろ一帯を捜索する動きが出てくるはずだ。そうなると動きにくいだろう? それを避けるために、一刻も早い移動をするんだ』

 

「……なるほど。荷物はどうするんだ?」

 

『運び屋に君達を移動させてもらってから転送してもらう』

 

「わかった。すぐ動く」

 

『すまないな、弔』

 

「別にいいよ先生。……じゃ、もう動くか」

 

 先生の指示通り、ぼくと弔は移動することにしたのだった。

 

 

 

 

「なんか変なきぶんだねー」

 

「そうか? 慣れっこだろ」

 

「とむらは人目を忍んでるからそうかもしれないけどさー」

 

「忍んでねぇよ。つーか、外に出るのは久しぶりだよな? 気分とか悪くないか?」

 

「とむらが心配してくれてる……」

 

「そりゃあ心配するに決まってんだろ」

 

「……え、あ、う、ぇ、うん。……ありがと」

 

 びっくりした。

 

 弔ってこんなに素直だったっけ……? と、疑問に思いながら歩く。

 

 暑い。鉄板で焼かれているような気分になる。基本的に、先生の計らいで部屋にはずっと冷房がついているから、こうなると一気に汗が吹き出てくる。とても暑い。

 

 体が焼かれるような気分を味わいながら、歩く───平日だからか、街を行き交う人は少ないらしい。学生などがいないぶん、かなり空いていると弔はいう。

 

 ぼくからすると、人ごみが多いような気分になるのだが。それは慣れていないからなのだろう。ぼくも外に出たほうがいいのだろうが、弔から家にいてくれと言われるのだ。

 

 よって、ぼくはあんまり外に出ない。

 

 買い物くらいはぼくが行ったほうがいいと思うのだが、弔はそれを許してくれない。たまに出るときは先生の治療を手伝いにいくときだけだ。

 

 しかしそれも先生が運び屋を用意してくれるので、家から家へと一直線なのだ。

 

 先生には頭があがらない。

 

『───人食いを───』

 

 わずかに聞こえてきた声のなかに、最近聞き慣れたワードがあった。思わずぼくは弔の手を握る。

 

「どうした」

 

「……ヒーローが近くにいる」

 

「マジか。……堂々としとけばバレねぇよ。───関わらなければ、それでいい」

 

「……うん」

 

 と、言いはするが、弔の手は離さない。少しだけ怖かったからだ。弔がバレて、ぼくの前から消えてしまうことがなによりも怖い。

 

 きっと、長い長い生活のなかで、ぼくは弔以上のものを見つけられなくなっているんだ。弔がいればそれでいいと思ってしまっている。ぼくは弔が大切だ。それは、先生よりも。

 

 だから、弔がいなくなるのは悲しいし、弔の敵はぼくの敵だし、弔のためならぼくはなんだって殺してみせる。

 

 それがぼくには容易にできる。自分をその手で殺すことだってできる。自分で自分の首を絞め、窒息に耐えながら死ぬことだってできるだろう。

 

 だから───もしヒーローに見つかって、万が一にも弔が捕まってしまったら、という怖れがある。

 

「……なに沈んでんだよ」

 

「沈んでないよ」

 

「嘘つけ」

 

「沈んでないもーん」

 

 と、言いながら、ふと思う。

 

「ねぇとむら」

 

「なんだ」

 

「なんかこれってデートみたいだね」

 

「……引っ越しだろ」

 

「傍からみたらってことだよ! とむらったら風情のないこというね」

 

「…………」

 

 黙っちゃった。

 

 周囲の声を聞くと、ヒーローはとうに通り過ぎてしまったようで、【人食い】の名をそれ以上聞くことはなかった。それですこし安心して、弔の手を離す。

 

「…………」

 

 あれ、離しちゃだめだったかな。

 

 手を離した弔が若干落ち込んでるように見えて、ぼくはちょっと悪い気分になった。

 

 あいも変わらずに人の声はぼくの頭で鳴り響く。少しだけうざったい。

 

 どれもこれも、大しておもしろみのないことばかり。人も獣もあんまり変わることはないな、ということをぼくに教えてくる。

 

 人の本性だとか、そういったものを暴いてしまうぼくの個性は、見てしまうとすぐに人に幻滅してしまう───だからこそ、弔や先生、ドクターのような()()()()()()()()()()人に惹かれるのかもしれない。

 

 そんなのはただの推測で、正確かどうかなんてわからないけれど。

 

 なんて考えていると、ぼくの頭の中に絶叫にも似た声が微かに届く。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「いや……なんか今、変なのが聞こえたような……」

 

「変なの? ……どんなのだよ」

 

「うーんと……なんというか、うまく言えないけど。人が死にかけのときの声みたいな……」

 

「関係ないだろ。放っておいていくぞ」

 

「えー。でもおもしろそうじゃん」

 

「……駄目だ。無駄なことに首を突っ込むな。近くにはヒーローがいるんだろ? 見つかったらどうするんだ」

 

「大丈夫大丈夫! それより、うまくいったら一食分確保だもん。……だめ?」

 

「……………………わかった」

 

 長考の末、弔は許可を出す。それに喜び、ぼくは弔の腕を引いて、声が聞こえたと考えられる路地裏へと向かうのだった。

 

 

 

 

 弔とはぐれた。

 

 いや……いや。ぼくも一応、弔の近くを歩いていたつもりだったのだ。しかし、気づいたら弔がいなくなっていた。これはどういうことだろう。なにかのマジックだろうか。驚嘆する以外の何物でもない。

 

 と、いうことでぼくは現在一人ぼっちで路地裏を徘徊している───弔を探すために。こういうとき、弔の特性が少し邪魔になってくる。弔の心の声は聞こえないし、感情もあんまり面に出てこないのだ。だからこそ、追うには少しわかりづらい。

 

「むぅ……」

 

 仕方がないので、ぼく一人で事件現場を探すことになった。ぼくの勘違いにすぎないのかもしれないけれど、だからといってなにもしないわけにはいかないのだ。

 

 上手くいくと食材確保のチャンスだ。

 

 嬉しい。

 

 期待しすぎるといけないのだけれど、だからといって期待してはいけないというわけではない。よってぼくは死体を求めて今日も行くのだ。

 

 きょろきょろと周りを見渡していると、頭の中に人の声が響いてくる。いつか聞いたようなもの───この悪辣さは、ぼくが昔食べ殺した(ヴィラン)の親分に近いものを感じた。

 

 これは本当に当たりだろう。ぼくは嬉しくなって走る。人影があった。ぼくは無遠慮にそこに近づいていく。

 

 倒れている女の人に、伸し掛かっている男がいた。女の人は口から煙を吐き出している。頭の中に響いてくるものは───ない。つまり、死んだということだろう。

 

 男はぼくのほうを見た。

 

「なんだ……君みたいな子がこんなところにきたら駄目だろ?」

 

「そのひとはどうなったの?」

 

「肝が据わってるねぇ。死んだよ。俺が殺した」

 

「どうやって?」

 

「教えると思ってるのか?」

 

 男がぼくに向かって走ってくる。ぼくはそれに抵抗しなかった。首を掴まれ、押し倒される。地面に頭を打った。ちょっと痛い。

 

 でも、崩れるのよりは痛くない───なんだ、なら全然痛くないや。

 

 息に熱が混じり始めた。体の中が熱い。体の中が燃えているみたいだ。

 

 いや、実際燃えているのだろう。相手はご丁寧に、頭の中で個性の解説をしてくれている。

 

 ───個性は『燃焼』。内臓を燃やして、体の中から人を焼き殺すのが趣味らしい。なるほど、気持ちが悪い。けれど数えられないくらいの人の頭の中を覗いてきたぼくは、もっと気持ち悪いものを見てきた。

 

 それとくらべたら全然マシなくらいじゃないか。生産性のない行為。それに、どれだけの理由が伴っているのか。ぼくは疑問に思って聞く。

 

「……ねぇ、これって楽しいの?」

 

「楽しいに決まってんだろ! こうするとな、誰もが俺に許しを請うんだ。気分が悪いわけがない!」

 

「そっか。つまんないね」

 

 言い捨てる。

 

 つまらない。体を燃やすくらいじゃ死なない人間だっているだろうに。このひとは全くつまらない。

 

 ぼくは彼の目をじっと見た。体は毛深く、まともな手入れがされてないものとわかる。……あんまり美味しくなさそうだ。あっちの女の人に期待かな、と思いながら、ぼくは小さく息を吐いた。

 

「つまんない。きみの人生つまんない。どうしようもなく小物だね。先生や、とむらとは全然違う」

 

「……………………」

 

「どうしたの? 力が入ってないよ? ぼくを殺すんでしょ? ほら。もっと絞めてよ。それでぼくを殺してよ。きみのその手で殺してよ」

 

「……なんだ、おまえ」

 

「ぼくはね、今少しいらいらしてるんだ。きみととむらが、同じ(ヴィラン)として扱われてることがなにより気持ち悪い。世間も全くわかってないよね」

 

「なんなんだよ! お前はァ!」

 

「とむらは(ヴィラン)の王様だから……今、世間でとむらが小さく扱われてるのに、ぼくは納得してないんだよ」

 

「誰だよ『とむら』って!」

 

「俺だよ」

 

 ───男の首が崩壊する。

 

 ぼくの顔の上に落ちてくるのを、弾いて避けた。ゆっくりと男の体が朽ち果ててるのを見て、ぼくはそれを退かして起き上がった。

 

「やっほーとむら」

 

「……………………」

 

 無言で頬を抓られた。

 

「いひゃい」

 

「じゃあはぐれるんじゃねぇ」

 

「ごめん……いひゃいいひゃいにゃんでひっひゃるにょ!」

 

「……よく伸びるな」

 

「そんな理由で引っ張られたの!?」

 

「半分は危ないことしたからだからな。忘れんなよ」

 

「うっ……わかったってば」

 

「…………はぁ」

 

 ため息だ。

 

 ぼくは悲しい。

 

 ぼくは、当初の目的である女の人の腕を引きちぎった。もう死んでいるのだから、別にいいだろう。両腕をちぎり、足もちぎる。弔が鞄の中に、片腕と足を突っ込んだ。

 

「んむっ……あ、焼いたら意外と美味しいね」

 

「焼かれてんのか? それ」

 

「中からじっくり」

 

「へぇ。肉って旨味が逃げるから、最初に強火のほうがいいらしいぜ」

 

「そうなの!? もったいない……」

 

 一本はぼくがもらう。弔と触れる時間が多かったから、治癒の維持でかなりお腹が空いたのだ。さっさと腕一本を平らげて、ぼくは弔の後ろに立つ。

 

「じゃ、いこっか」

 

「おう。……待て。なんで背中にくっつく」

 

「肩車してよ」

 

「断る。今補給したばっかだろうがもったいない」

 

「えー……わかったよぉ」

 

 ぼくも弔も、後ろを向きはしなかった。




 ちょっとずつお話すすめますね

 追記
 描写忘れてました……移動の前に服を着替えて血を拭ってます。鼻が利くヒーローがいたらバレるところですが、そこまで鋭いヒーローはいないだろうという考えですぐに移動してます。
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