『…………』
『にひゃくろく……』
『…………』
『……分かった、私の負けだ。大人しく寝ているからそんな目で見るのは止めてくれ……』
サイクロプス、ではなくクリムゾンオーガの討伐を終えて街に戻って来たのは数時間前の事だ。私とジャックさん、ジェイドさん達の他に帰って来られた人は居なかった。辛うじて息がある人も居たが治癒魔法でどうにか出来る状態ではなく、結局そのまま亡くなった。私に出来たのは魔法で痛みを和らげてあげる程度だった。
今はジャックさんの怪我を治す手段をミルスおばさんに相談している。というのもジャックさんに治癒魔法が効かなかったからだ。私自身が治癒魔法を使えなくなってしまったという事も考えてはみたが、ジェイドさん達の傷は治す事が出来たのでその可能性は既に消えている。おばさんは自分に任せて私にも休む事を勧めてくれたものの、ジャックさんが心配な為共に手段を模索している。おばさんにも治癒魔法が効かない原因に心当たりが無いか聞いてはみたが、その様な人間なんて聞いた事が無いそうだ。魔法薬の類はどうかと試しはしたがこちらも効果は無い様子だった。他の方法を見つけねば彼の命が危うい。言葉が通じずとも彼は私に優しくしてくれた。そんな人に死んで欲しくはない。こんな事になるなら故郷でもう少し治療に関する知識を身に着けておくべきだった。
「うーん……そうだ! 確か――ちょっと待ってな!」
そういうとおばさんは急いで部屋を後にし数分もすると1冊の本を持って戻ってきて、頁をめくり始めた。
「えーっと……確か何処かに……あったこれだよ、これ!」
開いて見せてくれた頁には植物の絵が書かれていた。
「これは古い薬学の本でね? その昔、まだ禄に魔法が発達していない時代に人の怪我や病気を治療する為のものなのよ」
「じゃあこれがあれば……!」
「魔法みたいに劇的に回復しないから随分と時間がかかるけどねぇ。薬屋の爺さんなら何か知ってるかもしれないし行ってみようか」
おばさんと共に街の一角にある薬屋へと向かい事情を説明したところ、宿屋まで来てもらえる事になりジャックさんの容体を見てもらった。薬屋のお爺さんによれば彼にも効くであろう薬を煎ずる事が出来ると説明され漸く安堵の胸を撫で下ろした。
「それにしても魔法薬以外の薬とは懐かしいのぉ。最後に作ったのはどれ程前になるか……。それはそうと……これ程の傷を治すとなると相当金と時間が掛かるぞ? 魔法薬と違って大分特殊な材料を使う事になるのでな。なんとかなりそうかな?」
お爺さんによると完治には数か月、加えてその間毎日服用・塗布する必要があるとの事だった。果たして現状の手持ちで足りるのか不安に駆られる。
「金の心配なら無用だぞ、ジイさん」
声のする方を見ると心底疲れた様子のジェイドさんとゼルノアさん。確かギルドへと今回の討伐の報告に向かっていた筈だ。
「たんまりむしり取って来た」
本来であれば成功報酬は金貨50枚となっていたが、相手が明らかな格上の魔物であった為報酬の上乗せを交渉したそうだ。それにより報酬は金貨100枚となり、生き残ったのは私達4人だけだったので1人金貨25枚。加えてクリムゾンオーガの死体から凡そ金貨30枚程が入手出来たそうだ。殆どジャックさん1人で討伐した様なものである故に金貨は全て彼に渡すとの事で、私達の手元には金貨80枚という大金が舞い込んだ。それだけあればジャックさんが完治させるには十分だそうな。
「いやーそれにしても……一気にお金持ちだねぇ、あんた達」
「いやいやおばちゃん、今回ばっかは死を覚悟したし当然だろ……。けど装備全部新調し直しだよちくしょうめ」
それから毎日が慌ただしくなった。朝から夕方までは少しでもお金に余裕を持たせる為に宿屋でお手伝い。それにより宿泊費や食事代等ここでかかる一切のお金を免除してくれた。仕事の合間にジャックさんの看病を行い、夜にはおばさんが魔法の勉強を見てくれたおかげで少しずつ知識を深める事が出来た。宿屋での仕事は主に洗濯や配達等であったが、食事処が忙しい時はそちらにも駆り出される事になった。勿論私の正体がばれない様に頭巾で上手く耳を隠してだ。ちなみにだが、クリムゾンオーガ討伐の際にジェイドさん達にはエルフである事が知られてしまっているが2人共大して気にせず変わらず接してくれた。こうして考えてみると私の周りには私がエルフである事を気にする人間はあまり居ない様である。こんな人達ばかりだったらどんなに良いか。
こんなこともあった。ある日、部屋に入るとジャックさんが横になるベッドの上で金属の魔物が浮いていた。咄嗟に杖を出そうとしたところ彼に手で制された。困惑して見ていると魔物は目から光の幕の様な物で彼の全身を照らすと机の上に降り、以後動かなくなった。オーガに止めを刺した時の大きな筒、そして空飛ぶ金属の魔物、不思議な人である。彼の持ち物といえば部屋に置いてある銭袋からしばしばお金が減っていた。盗まれる様な事は無いので彼が使っていると思われるが動けないのに何に使うのだろうか。時たま首に筒の様な物を当てているところを見かけたりもするし彼の行動に疑問点は多い。色々と聞いてみたい事はあるがどうしても言葉の壁に突き当たる。手が空いた時に彼の国の言葉を調べてみてはいるものの未だ進展はない。分厚い壁だ。
「大分治ってきたみたいだのぉ。あの調子ならもうすぐ動けそうだ。と言っても数か月寝っぱなしだったから急には動けないだろうけどのぉ」
討伐の日より数か月。ジャックさんの怪我も快方に向かっており後10日もすれば完治するだろうとの事を薬を受け取りに来た際にお爺さんに教えてもらった。喜ばしい事ではあるのだが、最近は目を離すとまだ治りきっていない身体を動かそうとするので気が抜けない。しかしお爺さんとしては少し疑問があるらしい。傷の治りが予想以上に早いと言っていた。本来ならばまだ体を動かす事も出来ない筈なのに、今では落ちた筋力を取り戻そうと動く事が出来る。治りが早いのは彼の体質だろうか。
「そうじゃ……君に聞きたい事があったんじゃよ。……君は……エルフだね?」
お爺さんとお茶を飲みながら話をしているとそれまでとは打って変わって真剣な面持ちで話を切り出してきた。その内容は私がエルフであるという事を指摘するものであった。何時、何故正体が知られたのか。それ以前に今この問いに対して私は何と答えるべきか。
「あぁ心配せんでも良い……エルフだからと言ってどうこうしようとする気はないよ。実は頼みがあってな……」
話を聞いてみると、その昔お爺さんにはエルフの奥さんが居たそうだ。人間とエルフのハーフの娘も生まれ人里離れた場所でとても幸せに暮らしていたという。しかしその幸福も長くは続かず、近隣の村の人間に妻がエルフだと知られたお爺さんは妻子を連れて逃げ最後は2人を故郷に帰し以後自分は1人でここで生きているそうだ。そして頼みというのが2人に宛てた手紙を届けて欲しいという事だった。故郷の場所は知っていても人間は入る事を許されない上に、もう旅が出来る程の体力も無い。
「老い先短い私の前に君が現れたのはきっと神の思し召しじゃ。老いぼれの最後の頼みと思って聞いてはもらえまいか? 勿論お礼もする」
私はジャックさんと行動を共にする他無い為必ずしもそこへ向かえるかはっきりと答える事は出来ないけれども、私個人としてはお爺さんの頼みを聞き入れたい旨を伝えた。それを聞くと深く皺が刻まれた両の手で私の手を優しく握り涙ながらに何度も感謝の言葉を述べていた。
「すっかり遅くなっちゃった……早く帰らないと」
お爺さんとの話に夢中で帰る頃には辺りは暗くなっていた。手紙とお礼は後日手渡すとの事で、ジャックさんの薬だけ受け取って急いで宿へと戻る。奥さん達の故郷の場所はまだ聞いてはいないけれど、ジャックさんが元気になったら誠心誠意伝えてみようと思う。その為にもきっとまた体を動かしているだろう彼の許へ早く帰ろう。
「うぉ!?」
「きゃっ!?」
考え事をしながら走っていた為角から出てきた人に気付かずぶつかって尻餅をついてしまった。
「いたた……ごめんなさい……」
「気を付けろ……ったく……! ……お前……その耳……!?」
同じく倒れこんだ男性が私を指差してそう言った。その一言で我に返り頭を触ってみると――今までしていた筈のフードが脱げて耳が露わになっており背筋が凍りついた。徐々に震えだす体に必死に逃げろと命令し、フードを被り直し急いでその場から逃げ帰った。ぶつかった男性は酔っていたのかその場から上手く立ち上がれず追って来る事はなかった。宿に着くとおばさんの掛け声にも気づかず部屋へと戻るなりジャックさんにしがみ付いた。部屋に戻っても体の震えは止まらず、今後の事を考えると気が気でなかった。彼は最初は驚いていたが私の様子を見て力強く抱きしめて優しく背中を摩ってくれた。そのおかげで少しずつ心も落ち着き次第に体の力が抜けていった。
彼はその晩、私が眠るまでずっと抱きしめていてくれた。
何時もより長くなりもうした。詰め込み過ぎた感が凄い。
そして一週間ちょっとで次話がでけた。その分内容があれだったらごめんなさい。
多分次もそんなに時間は空けずに投稿出来るとは思いますが、それ以降はどうなるか分かりません。ごめんなさい。