(濁りが気になるのかな……?)
ドグレイズを発ってから4日目の朝を迎えた。夜盗の類や魔物等を警戒して木にもたれかかり浅く眠ってはいるが、幸運にも今のところそれらの様な輩は現れていない。そんな警戒を余所に私の左腿に頭を乗せ穏やかな寝息を立てるフェル。この様に無警戒に寝られると将来が心配になる。特に襲われる危険性が高い野宿の際には命取りになりかねない。言葉が通じれば色々と知識を叩き込みたいところではあるが。相変わらず言葉が通じないのがもどかしい。言語である以上何かしら規則性が有る筈と幾度か翻訳を試みたが名前等の名称以外は全く聞き取る事が出来ず、通信妨害されている様に頭に入ってこない。まるで言語の取得を邪魔されているかの様であった為今ではほぼ諦めている。
フェルを起し干し肉で腹を満たしながら彼女の様子を窺う。相変わらず朝は弱いのか眼鏡が若干ずれている事にも気付かず惚けた顔で肉を咀嚼している。熟睡したからか昨日までの様な疲れの色は見られない。街を出た初日は夜中だった事と彼女が心身共に疲弊していた為真面に移動する事が出来なかった。親しい人物の裏切りと死亡を短時間で目の当たりにすれば仕方のない事ではあるが。
翌日からの2日間は私の後ろを黙々と追随していたが長距離は歩き慣れていない様で1日の移動距離は共に15キロメートルを下回った。慣れてくれば20キロメートル程は歩けるだろうが今はこの程度で良しとする。あまり夜に眠る事が出来ていないのも一因ではあるのだろう。今でこそ私を枕に熟睡しているが、初日の夜は以前の様な警戒感を表し与えたナイフを胸に抱き少し離れて寝ていた。一緒に居るのが人殺しでは仕方がない事ではある。この世界で人命に如何程の価値があるかは分からないが、少なくとも殺人は好まれていない様だ。
初日に不安で眠れなかった為か翌日は私の傍で睡眠をとり、昨夜は魔物の遠吠えの様なものが聞こえた事もあり私に引っ付いて寝てしまい今朝の様な状態となったのである。私の傍にいる事で安心しているからこそ熟睡出来ている様で、その点については信頼されているのだろうと素直に喜ばしい事ではある。しかし同時に危惧すべき点でもある。状況を考えれば仕方の無い事ではあるが、この娘は余りにも私に依存し過ぎている気がする。頼れるのが私だけであるというのは分かるが先を見据えて考えるならば現状維持すべきではない。目的を達成すれば早々に元の世界に戻る身故に長くは彼女の傍に居てやれない。一番はこれ以上依存心を強めない内に彼女を故郷へと帰してやる事だが果たしてどうなるか。
彼女と共に旅をするというのはそう悪い事ばかりではなく、その最たるは魔法の存在である。戦闘面では別段期待はしていないし安全面を考え戦わせる事はしないが、その他の面においてはここ数日役に立ってくれている。昨日、街を出る前に給水してもらった飲水が尽きた際の事だ。近くに川が流れてはいるが衛生面を考えると不安が残った。街で飲んだ水については問題無かったがそれは何かしら処理済の可能性もあった。心配し過ぎるに越した事はないので濾過と煮沸を行うべきかと掬った水を見て考えていると、フェルは察したのか手をかざし一言呟いた。一瞬手の平が光ったかと思うとまるで安全である事を私に示すかの様に一口飲んで見せ微笑んだ。実際濁りも無く、飲んでみても何もなかった事を考えると魔法で濾過等を行ったのだろうと思われる。ドグレイズでも目の当たりにしたが魔法というものは戦う為のものだけでないのだろう。生活用魔法とでも言うのだろうか、魔法というものは想像以上に多種多様らしい。昔の人間は「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」と言ったそうだが、この世界に来てその逆もまたあり得ると思った。魔法というものは科学技術と遜色ない力を有し、場合によっては上回る事もあるのかもしれない。技術発展の遅れた劣った世界と少々見下していたが魔法というものが存在し、発達していった故に科学技術が発達する必要が無かった世界。そう考えると自分の考えは少し浅はかだったと痛感すると同時に、非常に興味深い世界であると感じられた。こういう事を「目から鱗が落ちる」と言うのだろうか。
もしかしたらここ数日睡眠中に襲われていないのは魔除けや人払い等の魔法を彼女が使用していたのかもしれない。そう考えると彼女は非常に役立っている。だからと言って彼女を便利な道具扱いする気もないし、このまま私の考え無しの旅に延々と付き合せる気も無い。居てくれればその分楽にはなるだろうが、結果依存し合う様になってしまっては目も当てられない。難しいものである。
昼になる頃、漸くベルーダの町並みを眼下に見る事が出来た。丁度良いので街を見下ろしながら昼食をとる事にした。
街よりも高い位置から大まかに見た感じ、どうやらドグレイズよりも更に大きな街のようだ。フェルもその大きさに驚き感嘆の息を漏らしていた。人目を気にして街道より少し離れて歩いていたが荷馬車等の往来が多かった。恐らく近辺の村や町の交易拠点となっているのだろう。人が多ければそれだけ多くのものも見られるだろうが、同時にフェルへの危険と心労も増える。街の規模的に冒険者の数も多いであろう事を考えると稼ぎが減る可能性がある。長居には向かないだろう。
(ところがどっこい、あの街に冒険者はそう多くは無い。お前さんが稼ぎ難いというのは当たっておるがな)
前回の事で更に理解し難い存在となった爺がこの街のうんちくを垂れ流し始めた。必ずしも街の規模と冒険者の数は比例するわけではなく、この街の冒険者の数はドグレイズ程多くないらしい。しかしそれは常駐している者達という意味で、ベルーダを拠点としている殆どがこの街と近辺の村や町を往来する荷馬車の護衛等で稼いでいるそうだ。それでは周囲の魔物はどうしているのかと言うと、外壁に大規模な魔除けが施されており滅多に魔物は寄り付かないとの事。稀に近くに出現してもこの街が有する正規軍によって始末されるらしい。魔物を狩ろうと思うと少し離れた森等に出向く必要があり、そう言った意味で私は稼ぎ難いそうだ。
(ベルーダはこの国の王都故に正規軍もいるからな。周辺の魔物や盗賊連中の相手は全て軍の仕事だ。しかしだからと言って冒険者の需要が無いわけではないという事だ)
なるほど街については理解出来た。しかしただその説明の為だけにこいつが出てくるわけがない。何かしらある筈だが、あまり良い予感はしない。
(なに、この街でやって欲しい事、1つ目の依頼があるのでな。それにあたって街の説明をしているだけだ。それはこの街の領主に関する事だ)
王都であるここの領主、つまりこの国の王に関しての依頼。この世界に来て半年近く経って漸く依頼の話となった。しかしこいつ今平然と1つ目と言い放った。確かに依頼は1つとは言っていなかったが。してやられた。
(この国の王は近年稀に見る高潔な人物と言われていてな、この男に代替わりしてから更に国は大きくなった。怠慢で金食い虫なだけだった正規軍も再編成され今や諸国と比べても引けを取らない屈強な軍だ。近辺の村で何かあれば直ぐに人を派遣し国民からの信頼も厚い。人々から最も愛されている人間と言っても過言ではない、そんな男だ)
正に聖人君子というわけだ。しかしそんな男に関する何をしろと言うのか。
(殺せ)
「……は?」
(聞こえなかったか? たった今説明した御立派な国王様を手段は問わん、始末しろ。それが1つ目の依頼だ)
悩みの無い人生を送りたいものでござるな。
という事で1つ目の依頼でござる。おう、王様ぶっころころしてこいよ。
しかしおかしい、1話の注意書きでシリアスはないだのイチャつく話にするだの言っているのに何でこんな事になってしまったのか。
……今更ですな。
ちょっと修正(2015/05/19)
首都 → 王都