エルフとヘルガスト兵   作:Casea

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「賢者レスには一度会った事がある。奴は聖人だ、人間にとってはな」
――セイドリック・オズゲート



おまつりとふるさとと――

 お祭りはとても華々しいものだった。国王の宣言に人々は沸き、皆とても楽しそうにお祭りを堪能し歩き回っていた。あまりにも人間が多いせいで感覚が麻痺しているのか、それともジャックさんと共に居れば安全だと体が覚えてしまったのか然程恐怖を感じない。これは成長と言って良いのかいまいち分からないが怯えながら歩くよりは精神的には楽で良い。折角人間達の祭りという非常に珍しいものを見て回れるのだし、嫌な事は忘れて楽しんでみたい。

 このお祭りはこの国の王の誕生を祝うものだそうでとても盛大なものだった。其処ら中に食べ物の屋台店や色々な露店が並んでいた。私の居た森でのお祭りは小ぢんまりとし粛々と行われるのでこの様な賑やかな、もっと言うなら騒がしいお祭りは初めてである。おまけに至る所から食べ物の匂いが漂って来るので先程からお腹が物凄く主張している。街中では他にも曲芸師や吟遊詩人が自身の十八番を披露していた。とても忙しいというのが人間のお祭りに対して私が抱いた感想だった。

 

 空が頬を染めると誕生祭初日の終わりを告げる大聖堂の鐘が街全体に響き渡った。と言っても一部の人々にとってはこれからが本番なのだろう。宿へと戻る途中いくつもの酒場を見たけれどそれはもう凄い状態だった。お酒に酔って泣いて笑って喧嘩して、正にお祭り騒ぎだ。初日からこんな状態で大丈夫なのだろうか。斯く言う私も初日なのにはしゃぎ過ぎた気がする。と言うよりも食べ過ぎた気がする。ジャックさんと共に見て回り、彼が食べ物を買い半分要るかと言わんばかりに私に差し出す。それが良い匂いを放っていれば受け取って食べてしまうのも仕方がないというものである。私とて一応乙女である故食べ過ぎ等には注意したいところではあるが、食欲には勝てなかった。自身に「成長期だから大丈夫」と言い聞かせてその日は寝床に潜り込んだ。

 

 翌日からも街中を見て回った。何せこれだけ大きな街である為1日で回り切れるものではない。初日は北側、2日目は東、3日目は西といった具合に日毎に場所を変えお祭りを楽しんだ。色々な催しの中で彼の興味を惹いたのは武闘等の競技大会だった。その中でも非常に興味深そうに見ていたのは拳のみで戦う拳闘試合だったが私には刺激が強すぎた。何分武器と違い実際に自身でも体験しある程度痛みが分かっている握り拳同士での殴り合い、それを血みどろになりながら行っているのだ。いくら勝敗が決した後に治癒が行われるとはいえ、よくもあれだけ耐えられるものだなとそこは感心したが見ていて痛々しい事この上ない。そんな私とは違い拳闘士達の一挙手一投足をまるで分析するかの如くじっと見つめる彼の姿はやはり戦士なのだと実感させられるものだった。優勝を果たした青年の試合は特に食い入る様に見ていた。後に耳にした話ではその青年はこの国の第2王子だという。とてもしなやかな身のこなしで相手の拳を避ける姿は私でも綺麗だと感じた。

 しかし、そんな戦士としての姿とは裏腹に彼の違った一面も今回のお祭りで見る事があった。誕生祭4日目の夕暮れ時、ある吟遊詩人の前で彼が足を止めた。身形には無頓着なのだろうと感じる風貌をした初老の男性詩人で、声も決して良いと言えるものではなかったが人を惹き付ける何かがあった。その時に男性が歌っていたのは、故郷から離れても家族を想いながら懸命に生きる青年の物語だった。貧しい家族の為に自身を奴隷商に売り、遠く離れた土地で奴隷として従事し何時の日かまた家族と会える日を信じて働く青年。たとえそれが決して叶う事のない願いであってもそれを支えに生きる、そんなお話。言葉が理解出来ない異国の人間である彼にも何か感じ入るものがあったのだろうか。歌に耳を傾け真直ぐな瞳で男性を見据えていた。しかしその瞳はどこか遠くを見ている様にも思えた。彼にも故郷に残してきた家族があるのだろうか。大切な人が居たのだろうか。そんな事を考えながら暫く男性の歌に聞き入っていた。

 

 宿に戻りベッドの上でしばらくあの歌の事を考えた。私自身、あの歌で生まれ故郷であるセルメイアの森の事を想った。以前ドグレイズでジャックさんが地図を広げた際に、彼ならばもしかしたらと森の場所を指差した。そして現在、故郷に近い街に居る。まだ分からないけれどもしかしたら森に帰る事が出来るかもしれない。もし帰る事が出来たらメリスとメリーネに是非ともこれまでの話をしてあげたい。私と違い外の世界に興味を持っていたし外の話をしてあげたらきっと喜ぶだろう。そんな事を考えるがそんなに簡単に事が運ぶ筈が無いと冷めた自分も存在する。自分の考えが甘いのは十分理解しているけれどやはり期待してしまう。森の皆は元気だろうか。

 

「会いたいなぁ……」

 

 家族を思い出してしんみりとしてしまいその日は少し枕を濡らしてしまった。

 

 

 最終日の午前中はそれまで通りお祭りを見て回り、出店でお昼を済ませると早々に宿に戻ってきてしまった。何をするのかと思えばジャックさんは荷造りをし始めた。お祭りの途中か終わり次第この街を出るのだろう。ドグレイズに比べたら随分と短い滞在期間ではあるけれど、旅をしているのであれば長すぎたくらいだろうか。

 荷造り自体は然程時間はかからず終わり、私は宿の窓から通りの人々を眺め、彼は地図や未だに何かが分からない金属板の様な物を触っている。光っていたりするところを見ると魔道具の類なのだろうけれど一度も見た事も聞いた事も無い代物である。非常に気になる。思い切って聞いてみようか、言葉は通じないが。

 そんなこんなで気付けばお祭りの終わりも近付き初日同様に街の中央広場に人々が集まり始めた。そろそろ国王が祭りの終わりを宣言するのだろう。開始の宣言は近くで見たので良かったが、この宿からは離れていて流石に声が聞こえない。どんな話をするのか興味があったので少し残念ではあるが窓から姿は見えるしそれで我慢するしかなさそうである。残念そうに外を覗いているとジャックさんが近付き、私の眼鏡を外して机に置くと何かを私に被せた。何かと考えてみると口の部分だけを外した彼の兜らしかった。顔全体の物がマスクだと思っていたので少し驚いたが、何よりも驚いたのがこの兜、何にも見えない。彼は普段どうしているのかと思っていたら急に視界が晴れ風景と一緒に見た事も無い文字や線が視界に映っていた。少し混乱していると彼が広場の方を指差したので見ていると急に国王が近く見えた。以前お婆様に一度だけ見せて頂いた遠くを見る筒、望遠鏡と言っただろうか、あれに似ている。しかし驚いたのは視界だけでなく、今現在喋っている国王の声までが聞こえてきた事だ。今まで体験した事の無い未知の経験に生きてきた中で一番興奮している気がする。

 国王の話が佳境を迎えた頃、ジャックさんが部屋から出て行ったと思われる音がした。お手洗いか何かかと思うも私の興味は兜と話に向いていたので然程気にしていなかった。建国の話も終わり最後の宣言に移ろうとした直後、急に視覚と聴覚が遮断されたかの様に何かを見る事も聞く事も出来なくなった。驚き声を上げた途端今度は地揺れが起き、立っている事が出来ず傍のベッドに倒れこんでしまった。急いで兜を外すと外から悲鳴が相次いで聞こえ、逃げ惑う人々の姿があった。驚き戸惑っていると急いで戻ってきた様子のジャックさんが荷物を全て掻き集め、私の手をしっかりと握り宿から飛び出た。

 

 何かが起こった事は間違いないがそれを把握出来ず困惑し、人々が悲鳴を上げ恐怖に顔を歪める様は私の不安を煽るには十分すぎるものではあったが、私の手を握る彼の手袋越しの大きな手の感触は何よりも頼もしく感じた。




もう8月終わりやないか!ほんとごめんなさい……。
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