ジャック達が森へ到着してからおよそ15時間程、とある家屋の大きな一室。そこには老若男女様々なエルフ達が集い、言い争いをしている姉妹を固唾を呑んで見守っていた。姉であるファリクシアスはフェルを連れて来てくれたジャックに対する感謝と御礼の品等は送るが、可及的速やかにこの森を出て行って欲しいという事を淡々と述べていた。一方妹のフェルはというと、それではあまりにも誠意がないと、せめて彼が望む間はここに身を置いてもらうべきだと真っ向から反対した。それに対する姉の一言がフェルを憤慨させた。
『お前を救ったのはエルフからの信頼を得て我々を狩る事が目的の可能性があるとしても?』
そこからはフェルがジャックより受けた恩を一生懸命その場に居る者達に伝えた。自分に対し一切酷い事をせず優しく接してくれていた道中の出来事、自身を顧みず命懸けで守ってくれた事、ジャックが居なければそもそも自分達もこうして顔を合わせて言い争う事すら叶わなかったであろう事を懸命に訴え続けた。しかしファリクシアスは飽く迄も冷静にフェルに問いを投げかけた。
「成程フェルの話は分かった。あの男は随分とお前に優しくしてくれたのだろう、それは感謝してもしきれない」
「だったら……!」
「では聞こう。話を聞く限りお前には随分な価値が付けられていた様だが……大金を払ってまで手に入れたお前に一切の見返りを求めていないのは何故だ?」
「そ……れは……」
「体目的でない、余所でさらに高額で売るでもなく故郷に送り届けた。何の為に? あの男に何の得がある? 殺人を躊躇しない冷血漢がお前にだけ憐みを抱いて救い出したのか? それとも金持ちの道楽か? しかし話を聞けば死体から金目の物を漁っていたと言うしそれはあり得ない。なら答えは限られてくる。フェルの信用を得てこの森に忍び込み、エルフを大量に捕縛し売る為という考え方もある筈だ。そうすれば初期投資が小銭に思える程の大金が手に入るだろうしな」
フェルは何も言い返せなかった。大金を支払ってまで自分を手に入れた理由を考えた事はあった。最初は体が目的だと信じて疑わなかったが結局そういった事は一切されなかったので、時間が経てば経つほど良く分からなくなっていった。ファリクシアスが言っていた様にこの森に入る事が目的かと考えた事もあったが、徐々に理由すら考えなくなっていった。しかしそうでなければどんな理由があって大金を支払ってまでエルフの女を手に入れたのに故郷へと連れて来たのか。ジャックが自分を買った事には何かしら理由があっての事だとは思いはしても、そこに害意はなかった筈だ。そうであって欲しいとフェルは願った。ジャックと触れ合う度に感じた優しさは言葉が通じずとも、いや言葉が通じないからこそ感じ取れたあの優しさは本物であって欲しいと。
(じゃないと……私もう一生涯誰も信用出来ないよ……)
「……フェルのあの男に対する信頼は嫌と言う程理解出来る。庇いたい気持ちも分かる。しかしだからと言って彼をあまり長く置いておく訳にはいかないんだ。少なくとも彼はエルフではなく出自も、言葉すら分からない。そんな男を長居させる事は皆を不安にさせる。無事に戻ってきたとは言え短期間に民が2度も人間に捕まっている。次は自分ではないかと怯えている。私は守り人の長で、行く行くはお婆様の跡を継ぎこの森も治めねばならない。姉としては気持ちを汲んでやりたいが……立場上妹1人の我儘より民の安全を優先せねばならない。その代わりに明日の朝までの滞在は認めその間は最大限丁重にもて成す、そこまでしか譲歩出来ない。お願いだフェル……理解してくれ」
エルフ達でジャックの事に関して話し合いが行われる中――ジャックはその建屋の外で壁に背を預けて座り込み、数時間前目覚めた際にフェルから返されたナイフの刃を時折確認しつつ森を眺めていた。少し離れた位置で2人の守り人がジャックの監視を行っているが、言葉の通じぬ人間の男がナイフを弄んでいる姿はさぞ心臓に悪い事だろう。フェルの恩人でなければ取り押さえられていてもはおかしくない行動だがジャックはお構い無しである。
(素晴らしい眺めではないか? もう少しでこの光景が地獄と化していたかもしれないと考えると、苦労した甲斐があっただろう)
「まぁ……な」
陽は既に落ち、森には月明かりが差し込み幻想的な光景が眼下に広がっていた。森の中は巨大な木々が連なり、通常の木造建築物の他、巨大な樹の中を生活拠点としている所もあった。現在居る場所も一際大きな樹の中に作られており、そこのテラスから見下ろす森の景色は絶景の一言に尽きる。そんな森が人間達の手により潰えたかもしれない。木々は焼け、地面や家々が血で染まり、恐怖と悲鳴で塗り潰される、そんな光景に。
「全くもって理解に苦しむな、欲に忠実な人間と言うのは」
(お前はそうではないのか?)
「そんなものは兵士には要らぬ感情だ。我らに必要なのは陛下に対する忠誠心のみ。自身の欲程不要なものはない」
老人にもジャックに対して色々思うところはあるが敢えて飲み込み今後の事を話し、次はここから北に位置するドルトリアという街に行くようジャックに指示した。ジャックもナイフを鞘に収め地図を取り出そう――としたところへ突如扉が開き、そこから涙目になりしょぼくれた様子のフェルが現れた。フェルはジャックを見つけると覚束無い足取りで近寄り彼の胡坐の上に座った。あまりにも当たり前の様にそこへと収まった為ジャックも驚き一声かけようとしたが、フェルが啜り泣いている事に気付きそれをやめた。
「……ってるよ……一緒に居れない事くらい……分かってるよ……」
いくら望もうとも共に居る事は叶わない、共に行く事も叶わない。彼女の居場所はここで、男の居場所はここにはない。生きる時間も生き方も何もかも違う。そんな事はフェルにだって百も承知の事だった。しかし別れればおそらくもう二度と会う事は無い。だからこそ、後少し、数日で良いから共に居たかった。だがそんな細やかな願いすら儚く散った。妹よりも長く生きている分、共に居る時間が長ければ長い程別れは辛くなる。それを知っている姉の、妹を思う故の苦渋の選択。だがもし自分の考えの方が当たっているのであれば尚更男と妹を離さねばならない。それ故『滞在は明日の朝まで』とした。
「……やだよ……もっと一緒に居たいよ……」
フェルはそのまま振り返るとジャックに抱き着き今までで一番の大泣きをした。まるで駄々を捏ねる幼子の様に、ジャックとの別れを拒絶し続けた。ジャックはそっと抱き締め背中を優しく撫ぜ続けた。フェルが泣き疲れ寝息を立てるまでの間ずっと、ずっと。
「……潮時だな」
(もう少しくらい傍に居てやったらどうだ……?)
「いや、長過ぎたくらいだ。これ以上は……傷が深まるだけだ」
『互いにか?』と、そう尋ねかけて老人は不要な問いだと判断し口を噤んだ。
「……行くとしよう」
抱き着いたまま寝息を立てるフェルを起さぬ様抱き上げ、ジャックは中へと入った。まだ議論が続けていた場が途端に静まり返り視線が音の主へと集中したが、当人は気にもせずファリクシアスの許へと近付き何処へ寝かすのかと指で辺りを指し示して尋ね、彼女もその意図に気付き部屋へと案内した。
部屋に着きベッドへとフェルを寝かせるとそのままベッドへと腰かけたジャックをファリクシアスは複雑な表情で見ていた。寝かせたフェルから眼鏡を外してやり机へと置き、寝息を立てるフェルを見つめる姿。どこか懐かしく感じるその視線を。
フェルの頬を一撫でするとジャックは立ち上がり、ナイフを机へと置いた後地図を取り出し次の目的地であるドルトリアの場所をファリクシアスへと尋ねた。問われた彼女は急な事に一瞬戸惑ったが地図上での凡その位置と方角をたどたどしく伝えるとジャックは自身の装備を身に着け始めた。
「……まさか、今から出て行くつもりか……!? せめて夜が明けるまでは――いや、それ以前に、フェルに別れも告げずに行くつもりか!?」
その問いにこれといった反応も示さず淡々と装備を身に着けヘルメットとマスク以外着け終えるとジャックはそのまま外へと歩みを向けた。一方のファリクシアスは暫し唖然とした後我に返りジャックの後を追った。
森の端、もうすぐ森の出口に到着するであろう辺りまでファリクシアスはジャックを連れて来ていた。その間ずっとジャックの思惑を考え続けた。結局分からぬままであったが。
ジャックは最後にもう一度振り返り森で一番の大樹、フェルの居る場所を見つめた後ヘルメットとマスクを着け再び歩み始めた。ファリクシアスは去り行くその後ろ姿を見つめながら深い溜息を1つ吐き、そしてしゃがみ込み両の手で顔を覆い、あの人ならどういった決断を下しただろうと悩んだ。今この場に居ない尊敬する人物に助けを求めた。
「フェルに何と言うべきかなぁ……。あぁ……クロノスさんが居てくれたら……」
守り人の長という立場も忘れ泣きそうになりながらジャックと自分自身を恨んだ。
最終更新日:2016/07/18
ギ、ギリギリ一年以内……正直一年前とか見て唖然とした。時間が経つの早すぎじゃないです?
おまけに今回結構詰め込んだ感じになってしまった。待って下さっていた方大変申し訳ないです。
少しの間回想が続くので続けて更新していきたい、ということで次話更新は一月内を目標にしたいと思います。夜勤とかあるけど頑張ります。