化物というものは何の前触れもなく現れ、根こそぎ奪っていく。それは誰にとっても同じ事だ。
人間であろうが、神であろうが、英雄であろうが、魔王であろうが。
だからこそ常に備える必要があるのだ。
そうは思わないか、ジャック?
ジャックが戦闘を開始して少し後、フェルは自室のベッドの上で抱えた膝に顔を埋め声を押し殺して泣いていた。彼女が目を覚ましたのはジャックがセルメイアを出て一刻程後であった。姉のファリクシアスに彼の所在を尋ねると返答に窮し顔を背けた。その様を見てフェルは何となく察しはしたが、それでも彼の名を叫びながら辺りを走り回り探し続けた。目に涙を溜め、時に転んで土に塗れながら。最後は姉に止められその口から聞きたくなかった事実を聞かされて漸く彼の居ない事実を受け止めた。
「ひどいよ……どうして……?」
何故ジャックは何も告げず、自分との別れの時間すら作らず行ってしまったのか。何故姉は彼を止めてくれなかったのか。どうして、どうして、どうして。フェルはそれを嘆き続けた。勿論ジャックやファリクシアスにも都合や立場がある。だがそれらの事について考えられる程今のフェルに余裕は無く、またそれに納得出来る程大人でもない。
(大っ嫌い……私に酷い事をした人間達も……姉さんも……ジャックさんも……皆……)
たとえそれがただの八つ当たりであったとしても、今の彼女にはそうする事でしか辛い気持ちを吐き出す事が出来なかった。ファリクシアスもそれが分かっているからこそ辛い思いをしていた。
「はぁ……」
相当辛かったらしい。ファリクシアスはフェルの部屋の外、閉じ切った扉の前で長嘆息を漏らした。それはもう幸せが裸足のまま大急ぎで逃げ出すのではという程の。
(折角フェルに会えたと思ったらこれか……向こう10年は口を聞いてもらえない事も覚悟しなければならないかもしれない……)
姉としてフェルを慰めるべきか否か、この様な事態は今までに起きた事が無いくらい姉妹仲は良かった故にどうすれば良いかが分からない。その為か彼女の部屋の前で狼狽し頭を抱える事しか出来なかった。
(それもこれもあの男さえ居なければ……! ……居なければ……フェルには会えなかった……な……)
ジャックが居なければ今頃妹は何処かで人間の慰み者になっていたかもしれない、そう考えると責めるに責められなかった。あの男が森を去る時に自分が引き留めていれば妹をあそこまで傷つける事はなかったのではないか。今は辛くても何時の日か笑いながら語れる思い出にする事が出来たのではないか。そも自分が妹にもっと気を配っていれば森を出て人間に捕まる事もなかったのでは。そんな事を考え始めどんどんネガティブになっていった。守り人の長を任されているとはいえまだ100歳を超えた程度のファリクシアスもまだまだ精神的に打たれ弱い様である。
「ファリクシアス様……! 急ぎお伝えしたい事が……!!」
ファリクシアスは突然声を荒げ飛び込んで来た守り人の1人に驚きつつも平静を装い詳細を確認すると森の北側から聞きなれない異音がするとの事だった。守り人の男は不可思議な音に不用意に近付くのは危険と考え、まずは報告すべきと大急ぎで戻ってきたとの事だった。息も絶え絶えという様子で別の守り人に肩を貸してもらっている。
「森の北側……? それはどんな――」
「あ、あのっ! その音ってもしかして、パーンというかターンというか……何かが破裂した様な音というか何というか……」
「えっ? え、えぇ……確かにそんな感じの音でしたね……」
突如フェルが目を赤く腫らした状態で部屋から飛び出て来るなり2人の会話に入り込み異音について尋ね、返答を聞くなり青ざめた。部屋から出て来てくれた事よりも、様子のおかしな彼女に疑問を抱いたファリクシアスは異音の正体について尋ねた。
「ジャックさんが……あの人が持っていた黒くて長い金属の道具を覚えてますか……? 多分あれによる攻撃の音だと思います……」
「攻撃音……? だとするならばあの男は誰と、何と戦っている?」
場に剣呑な雰囲気が漂い始めるとフェルは直ぐにでもその音の元に向かいたいと姉に懇願したが当然の如く姉に引き留められた。そこで戦闘が起こっているというのであれば当然である。ファリクシアスは自分を含めた複数人で確認に向かうので部屋で待機している様にフェルに指示し、可能であればジャックも連れ戻すと伝え何とか妹を宥める事に成功した。が、その説得も更なる来訪者により無意味なものとなってしまった。
「ファリクシアス!!」
手早く出発の準備を整えている際に現れたのは全身を鎧で固めた騎士、先程ジャックの銃撃を真っ向から受け切った人物であった。鎧の各所に弾痕と思しきへこみが若干見受けられる。
「クロノスさん!? どうしてここに!?」
「この森でエルフ狩りをしようとしている連中が居ると聞いて急いで戻って来たが……どうやらまだ戦闘は開始していない様だな……良かった」
「そうでしたか……。ですが、件の狩猟団一派は既に全滅しています」
ファリクシアスはクロノスと呼ばれた騎士に対し掻い摘んで状況を説明した。
「1人で全滅させたのか……!? 凄まじいな……。しかし皆殺しとは……アーシスの奴が耳に入れたら喧しいぞ。それで、その御仁はどちらに?」
「その男なら先程森を出て――」
この森から出て行った、ほんの少し前。それを伝える途中で2人は何かに気付き目を見合わせた。
「クロノスさん、貴方達は森のどちらからいらっしゃいましたか……?」
「北、だ。私からも1つ聞きたい、その男は全身を暗い色の鎧で固めた大柄の人物か? それも爆発音と共に高速で何かを射出する未知の武器を持った」
その問答を聞いた瞬間のフェルの頭の回転具合といったら、それまで生きてきた中では一番の速さであっただろう。入り口側からでは間違いなく止められると考え逆側の窓へと全力で走った。背後から止まる様求められる声も振り切り窓へと向かいながら詠唱を開始する。
「我が求むは新たなる道……氷よ――」
窓の外は地上から十数メートルはあろう位置、にも拘らずフェルは躊躇い無くその窓から飛び出した。
「血路を開け!」
詠唱終えると同時に氷がさも橋の様に作り出されてフェルを難なく受け止めた。彼女が走り出すと氷の道もぐんぐんと作り出されて進路を北へと向けた。魔法で作られた氷の橋は強度が高いのか支えが無くとも崩れる事なく伸び続け、時折傍の木から簡易的な支柱が出来る程度でその重量を支えきっていた。
現場へ向かう最中、フェルは奇妙な光景を目にした。眩い閃光、そして鳴り響く音。
「……雷?」
フェルの脳裏にクリムゾンオーガ戦での光景が過り、不安に押しつぶされそうになるのに耐え体力の続く限りジャックの許へと走り続けた。
ジャックが居ると思われる場所へと全力で駆けて行く妹の姿を見てファリクシアスは複雑な心境であった。以前までの彼女は運動などは碌にしていなかった為体力も無く、魔法も教え始めたばかりであった。だが今の彼女はどうであろうか。走れど走れど足を止める事はなく、教えた覚えのない魔法を駆使し苦難へと自らの意思で向かって行った。僅か1年にも満たない期間離れていただけの筈なのに、こうも成長するものなのかという感慨深さ。そして自分の知らないところでどんどん成長していってしまう寂しさ。
「知らず知らずの内にああやって成長していくんだろうなぁ……あぁダメだ……泣きそう……」
「感慨に耽っている場合か馬鹿者が!! すぐに後を追うぞ!」
クロノスと呼ばれた騎士はファリクシアスの後頭部を叩き大急ぎでフェルの後を追った。そして耳にした雷鳴に反応し歯を噛み締めた。
「あんの大馬鹿者め……!!」
元気と時間があるうちに更新。
間違えて投稿用に弄る前に投稿してしまった為一度削除してます。焦った焦った。
〇我が求むは新たなる道。氷よ、血路を開け
氷の道を作る。魔力で編まれた氷は強度が高く支柱がなくともある程度は耐えるが、時折支えを作らなければさすがに崩れる。氷道を作り出した本人は通常の道同様に進むも滑るも自由自在。
本来は逃走の際に用いられる。
フェルがドグレイズのミルスより教わった氷魔法の内の一つ。