どちらが本当の姿なのか。慎重に見極めねばならない。
まぁどちらにせよ――私も覚悟を決めねばなるまい。
魔力によって作り出された雷が直撃したジャックは意識を刈り取られ、電源を切ったかの如くその場に崩れ落ちた。その雷撃を起こした右頬に刀傷を持つ少年、アーシスはそんなジャックに対しこれ以上立ち上がってくれるなと神に祈った。ジャックが倒れた後も暫くの間戦闘態勢のまま警戒を続けたが、動く気配はなかった事から一息吐いた。筋肉男ことヴァースがジャックの脈を確認し、彼から生きている事を聞いてやっとアーシスは脱力出来た。
アーシス自身それなりに場数は踏んで来たつもりでいたが、ここまで苦戦を強いられた相手は1人として居なかった。それも相手はたった1人、対して自分達は4人掛かり。人間相手には基本的に使用を制限する様言われている「裁定」を使用してやっとだった。もし自分1人で対峙していたらどうなっていた事か、考えたくもないと頭を振った。
「ヴァース! あんた殺す気!? 明らかにヤバいの何発か入れてたでしょ!」
「阿保か!? 手抜いてたらこっちが死ぬわ!」
口喧嘩を始めたヴァースと獣人の少女スカーラを他所にアーシスは倒れ伏す人物が何者か考えた。少し前にこの森を訪れた際にあの様な装備をした人物は居なかった。聞き覚えの無い言葉を喋っていた事からセルメイア外の人物、仮面で聞き取り辛かったが声色からして恐らく男性。攻撃を加えてきた事からこの森を襲撃予定の傭兵だろうか。しかし此方を殺す意思が無い様にも見受けられた。
(まさか……エルフの人々を守っていた……? いや、まさかな……)
自分は不味い事をしたのではと少し不安になってきたが、過ぎた事は戻らないと自分を納得させ取り合えず拘束して連れて行く事にした。エルフの人々に聞けばあの男性について分かるかもしれない。もし自分達の勘違いであれば誠心誠意謝ろうと決め鞄を漁りロープを探した。が、見当たらずジャックから執拗に狙われていた魔術師に声をかけた。
「ランシス、ロープ持ってないか?」
「あぁ、ロープなら確かヴァースが持って――ヴァース!!」
ランシスが叫ぶより早く、先程まで倒れていた筈の男が後ろから襲い掛かりヴァースに組み付いた。裸絞、所謂チョーク・スリーパーの形で目一杯首を絞め付けられたヴァースは必死に振り解こうともがくが、遺伝子調整を受けて生まれ過酷な環境下にも耐えてきた強靭な肉体、そして何よりも先程までとは打って変わり殺意を抑え様ともしない男の前には無意味であった。傍に居たスカーラは咄嗟に腰のナイフを引き抜きジャックの腕を斬り付けるも、怯む様子を微塵も見せないどころか逆に蹴りを食らい吹き飛ばされた。
(ズタボロの筈なのになんつー馬鹿力だこいつ……!? こっちは筋力強化かかってんだぞ……!?)
予め魔法による筋力強化を行っているにも拘らず完全に抑え込まれてしまっているヴァースは呼吸をする事が出来ず段々と意識が遠のき始めた。
(バケモンかよこいつ……? やべ……意識が……)
「ヴァース、ごめん!」
意識を失う一歩手前でランシスの放った魔法がヴァース諸共ジャックを炎に包んだ。流石のジャックも僅かに力が緩み、ヴァースはその隙を逃さず彼を力の限り地に叩き付け更にそのまま蹴り飛ばした。しかしまだ自身を包む炎は残っており大騒ぎしていたところで、漸く仲間の魔法により消火された。
「殺す気かよっ!?」
「だから先に謝ったじゃないか、ごめんって!」
「謝りゃ良いってもんじゃねーからな!?」
そう喧嘩する2人を放置してアーシスは蹴り飛ばされた少女の安否を確認していた。
「大丈夫か、スカーラ?」
「『風壁』張ってたのに割と痛い……。満身創痍の人間が放てる蹴りじゃないわよ絶対……ゴーレムみたいな痛覚の無い人造使い魔なんじゃないのあれ……?」
これだけ文句が言えれば大丈夫だろうとアーシスはまだ倒れ伏す男を見た。仄かに火が燻っているが焼け死ぬ程では無いと思われる。咳き込んではいるが横たわったまま動かない。先程のヴァースの追撃ももろに食らっていた様だしもう起き上がってこない筈、そう思っていたのだが。
「――嘘だろ……?」
男は苦痛と疲労で真面に力が入らず震える脚でまだ立ち上がってきた。
(何で……どうしてそんな状態で立ち上がれる……!?)
一方のジャックは最早頭の中にあるのは明確な殺意だけとなり、与えられた「殺すな」という指示の事などとうに頭から消え失せていた。
「……貴様等ぁ……もう糞爺の考えなんざどうでも良い……!」
「殺す……! 貴様等だけは……今ここで……!!」
絞り出す様に怨嗟を呟きつつ、雷を食らった事で故障したヘルメットをマスクと共に脱ぎ捨てると仄かに灰掛かった肌が露出した。あれだけ殴られていれば流石に内臓も相当痛めている様子で多量の血を吐き捨てる。吐き出した血で汚れた口元を袖で拭うと一歩、また一歩と歩みを進めながらレッグポーチから無針注射器を取り出す。震える手をもう片手で支えつつ必死に首元へと動かそうとするが最早肩は上がらず、終には膝を突き無針注射器も落としてしまった。それでも尚歯を食いしばり射殺さんばかりの眼力で威嚇し続けるジャックを前にして、蛇に見込まれた蛙の様に4人は動けなくなってしまった。
「もうやめとけよおっさん……マジで死んじまうぞ……!?」
あまりの気迫を前に、あれだけ怒っていたヴァースも戦意を失い始めていた。何故そこまで苦痛に耐え食い下がる必要があるのか、何故そんな状態になってまでまだ立ち上がるのか。そんな疑問も湧いたもののこの男に何を言っても無駄だと感じ、アーシスはもう一度詠唱を始めた。今度こそ意識を刈り取る為に。
(戦士としてはその闘志は尊敬に値すると思う……。けれど、今はもう頑張らないでくれ……!)
そう願って詠唱を終える直前、ジャックの前に巨大な氷壁が出現した。
「氷魔法……!?」
戦いの中で火の魔法の様な爆発は起こしていたものの、氷の魔法などは一度も用いてこなかった。それ故に敵側の増援と考えたランシスが火球を放ち氷壁を一気に溶かすと、そこには1人の少女が立っていた。ジャックの前に俯いたまま佇むのはどう見てもエルフの少女だった故に、ジャック含めその場の全員が困惑した。
「エルフの……女の子……?」
「……さない……」
「……え?」
「……さない……許さない……許さない! よくも――ジャックさんを!!」
その目はほんの半年前までの何事にも怯えていた少女のものではなく、大切なモノを踏み躙った敵に向け怒りと憎しみを湛えた1人の戦士の目と成り果てていた。
「抜刀せよ……!」
フェルが右腕を正面に掲げそう呟くと、その背後に冷気が集まり氷で作り出された無数の刃が姿を現し切先を自らの敵へと向けた。
「ちょっ、まっ――」
「その身を彼の血で紅く染めるのだ!」
言葉を紡ぎ終えた途端に無数の刃が射出され4人に襲い掛かる。アーシスはかなりの速度を持って飛来する刃を見切り鞘から引き抜いた剣で切り落とす。だが氷で出来た剣は次々と襲い掛かり切りが無い。否、魔法である以上魔力が尽きればそこで終わりではあるが、如何せん魔力の底が分からない。このままではじり貧だとアーシスは現状況を打開する方法を必死で思考した。相手がエルフでしかも女の子である以上傷付けるわけにはいかない。かと言って頭に血が昇っている様子から説得出来る気がしない。そも彼女と何かしら近しい関係にあるであろうあの男性を傷付けた以上此方の言葉に耳を貸す事は無いだろう。それ以前にあの男性もそうだが彼女は何者なのだろうか。この森に暮らすエルフはそれ程多くは無い為それなりに覚えている筈だが、彼女の顔を見た覚えがあっただろうか。
(この森の出身じゃないのか……? あの顔に覚えはない……。けど……すっげぇ可愛い……。って違うそうじゃない、今はそんな事考えている場合じゃない!)
アーシスは攻撃を避けつつ残りの3人に指示すると、フェルへと向け一気に加速した。そこは流石の俊足と言うべきかフェルが気付き迎撃に移ろうとする前には既にかなり距離を詰められており、詠唱を開始した頃にはもう遅かった。足を掛けられて転倒したところへマウントポジションを取られ、加えて腕も抑えられ完全に身動きが取れない状態となった。
「っ……離して……! 私は……貴方達を絶対に許さない……!」
「それで良いから頼むから落ち着いて、話を聞いてくれ……!」
「っ……よ――」
「……え?」
射殺さんばかりに睨みつけてくるフェルが小声で呟いた言葉に気を取られていると、強烈な蹴りが彼の頭部捉えそのまま地を転がった。当たり所が悪かったのか上手く立ち上がれずにいると今度はジャックがアーシスに馬乗りになり、何時の間にか手にしていた大鉈がアーシスの視界に映った。
(あ、やべっ……死ん――)
死ぬ寸前には走馬燈を見るというのは本当なんだな、等と目前に迫る刃先を前に死を覚悟し目を瞑った。しかし何時まで待てども痛みも衝撃も無く、ゆっくりと目を開けると目の前で刃は止まり、何者かがジャックの腕を必死に抑えていた。
「落ち着け……ジャック……!」
見慣れた騎士とエルフの女性、クロノスとファリクシアスが2人掛かりで必死に大鉈を持つジャックを押さえている状況だった。
「もう良い……もう大丈夫だから……! 頼むから落ち着いてくれ……!!」
ファリクシアスが通じぬ言葉で必死にジャックを宥めると、ジャックの腕から力が抜けた為ゆっくりと立ち上がらせた。クロノスはアーシスに手を貸し起き上がらせると安否を確認し軽く治癒魔法を掛けてやった。
「大丈夫か?」
「……助かりました……いや、本当に……死んだと思った……」
泣きそうになりながら感謝するアーシスとは裏腹に、ジャックはファリクシアスの気遣いを手で制し覚束ない足取りでフェルの許へと向かい彼女を優しく抱き締め呟いた。
「フェル……お前……は……たしが……かな……ら……」
もはや言葉にもならぬ言葉を紡ぎながらジャックはその場に崩れ落ち、今度こそ気を失った。
回想に入る前が2年前、回想に入ったのが1年前。
自分の作品ながら頭おかしい。投稿滞って申し訳ないです。
〇抜刀せよ、その身を彼の血で紅く染めるのだ
正確には「氷刃」と呼ばれる魔法。氷の刃を作り出して射出する魔法。某AUOのGOB擬き。
今回はこれ単体で使用したが本来はここから更に派生させて攻撃に用いる。
※一部おかしな部分があった為修正(2018/8/31)