エルフとヘルガスト兵   作:Casea

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 父は私に対して関心を寄せなかった。あの男の頭にあったのは自分の地位の事ばかりで、子供などその為の道具に過ぎなかった。
 長兄も、そして次兄も私なぞ取るに取らない存在と見下していた。それなりの地位の家に生まれたのにも拘らず兵士になろうとすれば当然であるが。
 崇拝する陛下には当然、私の事など数多く居る兵士の内の1人としか認識されていないだろう。

 私の人生に置いて、私自身に目を向けてくれたのは大尉殿唯1人だった。


おてがみ

 大切な約束を守る為、暖かな陽射しに照らされた森の中を進む。右手で彼の大きな手を握り、左手には大事な大事な手紙を入れた小さな手提げ籠を持って。向かうは森の外れ、目的はそこに住む母娘2人。ドグレイズで会ったセラお爺さんの妻子2人に会う為だ。母のケリーネさんと娘のケーラさん、寄り添いあって暮らすエルフには珍しく里から少し離れた場所で2人きりで暮らしている。といっても人間との間に出来た子が居るから里の人々から疎まれ離れて暮らしている、などという訳では決してない。むしろ里に何かあった際に直ぐに知らせる事が出来る様にもっと近くで暮らして欲しいとお願いしているくらいだそうな。特に私の件があって以降はこの森も安全とは断言出来ない上に彼女達に何か起こっても距離があっては直ぐには察知出来ないから、という事らしいが2人はどうしてもとお願いしてそこで暮らしている。ケーラさんは双子を除けば私と一番歳の近い女性で、言われなければハーフエルフと気付く事はおそらくない。そもそもハーフエルフ自体普通のエルフとどう違うのかが私には分からないけれども。

 エルフと人間との間に生まれた人。それをぼんやり考えるとどうしても意識してしまうのは隣の彼の事。いや、別にそういった関係ではないし彼自身私の事をどう考えているのか分からないし私みたいのは嫌いかもしれないしいや別に私は好きか嫌いかで言えば断然好きですがでも何よりそれが異性の方に対するものか分からないわけでして。

 

「うー……」

 

 顔が熱い。それはもう、それはもう本当に。大丈夫だろうか、彼の手を握る私の手は汗ばんでいないだろうか。彼の顔をそっと見上げると頬には先の戦闘で出来た真新しい傷跡、そして辺りをゆっくりと見渡す鋭い眼光。その鋭い瞳が私を捉えると柔らかい優しい目付きへと変わる。その瞬間が私はとても好きだ。何時からだろう、そんな目で見守ってくれていたのは。気付いたのはつい最近だけれども少なくとも最初からそうではなかったと思う。

 言葉は通じずともこうやって少しずつでも色々な事を知る事が出来る。先日の彼の魔力に関する件もその1つだろう。クロノスさんの話を聞いて始めた知った事だが魔力を体の内に宿していないと治癒魔法は効かないらしい。詳しい話はイマイチ理解出来なかったけれどもどうも治癒魔法そのものには傷を癒す効果が無く、人体の持つ治癒力に働きかけるものだとか何とか。魔法薬についても同様と言っていた。それを踏まえてケイさんは彼に魔力がないと分かったとも。そうすると疑問に思うのは治癒魔法の仕組み。魔法というものは基本的に原理を理解して初めて発動し、知識を深める事でその力を増す筈のものである。おまけに他人の魔力に干渉する等という行為はそう易々と出来るものではない。通常の身体強化魔法等もあくまでも体の表面上に干渉するだけのものである故にまた別種である。加えてそれらの知識は秘密にされていて極一部の人々しか知らず、彼らの中でもこの事を知っていたのもクロノスさんとケイさんの2人だけであった。つまりほぼ大半の人が治癒魔法の仕組みを知らずに使用出来ているという事になってくる。何がどうなればそんな事態になるのか、私が理解しきれず頭を抱えるのも決して間違いではない。

 そんなこんなで私は「ジャックという男性は魔力を持たず、治癒魔法が効かない」という事だけを大事に覚えておくと決めた。しかしもう1つ疑問がある。それならば何故彼を治癒する事が出来たのか。どうやってケイさんは彼の傷を癒せたのか、あの場では言葉を濁されてしまい詳しく聞く事が出来なかった。どちらかと言えばあまり教えたくないといった様子であったが少しでも彼の役に立つ情報であれば是が非でも知りたい。戻ったらもう一度訪ねてみよう。

 

 暫く歩くと前方に見慣れた家が見えてきた。家の周りには巻割り台に使用している丸太に鉈、花壇や小さな畑等、1年と経っていない筈なのに酷く懐かしく感じる。2人で扉の前まで行き軽くノックすると、少し間をおいて返事と共に扉が開き中から1人の女性が顔を出した。娘のケーラさんだ。私の顔を見ると途端に破顔して抱き締められた。

 

「あぁ……フェル、無事で良かった! 帰って来た事は聞いてたけど……元気そうで何よりだわ」

 

 そう言いながらこれでもかと言わんばかりに頭を撫で回される。そういえば昔から彼女はこうだった。1人っ子だからか私を妹の様に可愛がってくれた。私もそんな彼女の事が大好きで良くここに遊びに来たものである。しかし1つだけ勘弁して欲しい事が1つ、彼女は嬉しい事があると兎に角抱き締めてくる癖がある。その度私はくしゃくしゃにされててしまうわけで。

 

「母さん、こっち来て!」 

 

 そう家の奥へ向かって声を掛ける間も私は揉みくちゃにされていた。喜んで貰えるのはこの上なく嬉しい事だけれども予想通り苦しい。ジャックさんも微笑ましそうに見てないで助けて。

 彼女の呼び掛けに応じてケーラさんによく似た顔付の女性、母親であるケリーネさんが顔を出した。

 

「どうしたの? そんなに声を張り上げて――あら!」

 

 私を見るなり破顔していく様は娘さんそっくりで流石母娘と言うべきか。ここまで目に見えて喜ばれるのを見ると帰って来て本当に良かったと思える。

 

「おかえりなさい、元気そうで何よりね。ほら、ケーラも何時までも抱き締めてないで、折角帰って来たのにフェルが倒れちゃうわ。それから……そちらが噂の彼ね?」

 

 彼を見たケリーネさんの顔が少し、ほんの少しだけ強張った気がした。理由は何となく察しが付く。きっと旦那さんの事を思い出したのだろう。そう思ってお茶の誘いを遮って先ずは手紙を渡す事とした。きっとお茶の席で話の流れで出すのが良いのかもしれないがその表情を見たら今直ぐ渡さなければと、そう思ってしまった。でもきっと喜んでくれる筈だ。

 

「これ……ケリーネさん宛のお手紙です」

 

「手紙? 私に? まぁ……誰からなの?」

 

「私……人間に捕まった後ドグレイズという人間の街に居たんです。そこでセラというご老人に会いました」

 

「セ……ラ……?」

 

 その名前を聞いた途端、ケリーネさんは驚きの表情を見せ手紙を持つ手は心なしか震えている様に見えた。けれどもその様子を見てやはりこの3人は家族だったのだと確信した。

 

「はい! 奥さんの名前はケリーネ、娘さんの名前はケーラと言っていました。お二人の事ですよね!」

 

「父さんからの手紙……!? フェル、父さんに会ったの!? 元気だった!? 病気してなかった!?」

 

 ケーラさんは驚いた後矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。数十年もの間会っていなかったのだから当然だと思うけれどもやはりその食い付き様は凄かった。そして何よりもまず安否の心配をするあたりが彼女らしい。しかし私の予想とは裏腹にケリーネさんの反応が良くないどころか寧ろ段々と表情が曇ってしまった。流石にこれは予想していなかった。その上更に予期せぬ事にその手紙を返されてしまった。

 

「ごめんなさい、フェル……この手紙は受け取れないわ……。態々持って来てくれたのに……本当にごめんなさい」

 

 そう言い残し家の奥へと戻って行ってしまった。

 

「えっ!? ちょっと、母さん!」

 

 母親を追いかけてケーラさんも家へと引っ込んでしまい、その場に私とジャックさんだけが手紙と共に取り残されてしまった。私の手中に取り残された手紙は少し皴が出来てしまい、それがもの悲しさを誘った。

 

「どうして……?」

 

 私は今起きた出来事を理解出来ず唯々混乱する他なかった。




0(:3 )~ _('、3」 ∠)_
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