すっかり暗くなった街中を肩を落として歩き続ける。腹も空いてきたが果たして銅貨10枚程度で宿一晩と食事代は賄えるのだろうか。まさか言葉が伝わらないとは思わなかった。別の世界である以上言語が違うのは当然ではあるのだが、まさか言葉が通じないのに送り込まれるとは考えてもみなかった。だが爺の話を聞く限りでは後からでも知識を頭に植え付けるのは出来るという事のようであった。だとするとそれをし忘れた爺の完全な失態というわけだ。それで爺だけが困るなら問題ないのだが、私が苦労するのだから笑えない。これではこの世界の事を調べる事が出来ない。今後を考えると頭痛がする。
(あー……わし色々教えるよ……?)
ボケ老人は黙っていろというのだ。私は他人から話を聞くより資料等から情報を読み取る方が好ましい。再び陛下にお仕え出来る可能性だけにすがって歩み続けられるほど私は人間出来ていない。だからこそこの世界の文献やらの読み物などを読み漁れるのを仄かに期待していたというのにも拘らずこの惨状。溜息しか出てこない。
「おっと……!」
考え事をしながら歩くものだから人とぶつかってしまった。ぶつかった相手は武装した若い男を2人引き連れたハゲ頭の太った中年の男だった。若いのは護衛だろうか。
「こtgえ、gwqお!!」
ハゲは突如烈火の如く怒り出した。カルシウム不足のようだ。重い体重を支えねばならんというのに大変な事だ。ハゲはさらに怒りの声をこちらに向けて吐いた後、護衛と思しき男たちを連れ足早に行ってしまった。何だったのだろうか。言葉が分からない以上気にするだけ無駄なのでさっさと宿を探そうと一歩踏み出すと何かを踏みつけた。何かと思い目線を下げると何か袋のような物だった。さっきぶつかったハゲの持ち物だろうか。拾い上げた袋の中身を1つ取ると金色に輝くメダルが出てきた。
(おぉ、金貨だな。とするとこれは銭袋か。おまけに魔道具の類だな)
財布か。それで魔道具というのは何だ。
(簡単に言えば魔法がかけられた道具、もしくは魔力を持った素材で作られた道具だな。かかっている魔法や魔力で効果が変わるものでな、その袋は魔力の影響で容量が大きくなっているわけだ)
ということは見た目以上に中に入っているというわけか、その割には軽いが。
(それは魔物の胃袋で出来ている筈だ。確か多くのものを胃に収めて長期間冬眠出来るように大きさ以上の容量があり、その重量で動けなくならないように中に入った物の重さを限りなくゼロに出来るんだったかな)
成程、軽いわけだ。
(おそらく相当な額が入っておるだろうよ。ど、どうだ、その金があればかなりの武装が手に入れれよう)
こいつは仮にも神であろうに、平然とネコババをさせようとしてきた。まさかとは思うがそれで自身のミスをなかった事にしよう、等と企んでいるのではないだろうか。
(サ、サァー? ナンノコトヤラサッパリィ?)
残念ながら爺の思惑通りにはならない。私は他人の物をどうこうするような趣味はない。今なら返せるだろうと考え、男の去って行った方へと走って向かう。確かこの辺りの角で曲がっていたはず――居た。さらに追いかけるとどんどん裏路地に入っていっているのがわかる。そこには貧相な身形の物が多く居るところからおそらく貧民街か何かだろうと思われる。金の量からしておそらく金持ちだろうに、こんな貧民街のような裏路地になんの用があるというのか。男が建物の中に入ったのを確認した。一見するとそこは普通の建物だった。武装した厳つい大男が腕を組んで入口横の壁にもたれ掛っていなければ、だが。扉に向かうと男に止められじっと恰好を見られたが、すぐに横にずれ顎をしゃくった。入っても問題ないと判断したのだろう。
中へ入るとまた扉があり、それを抜けると地下へと続く螺旋階段があった。等間隔に松明が設置された階段を下りて行くにつれ、声が聞こえてきた。それも大勢の、激しい調子の声だ。階段を下りきり扉を開けるとそれなりに広い空間に出た。階段のような段差が扇状に広がりそこに人々が座り部屋の最奥のステージのような場所を見ていた。そしてステージの上には――首輪を付けられた裸の少女が立っていた。ステージを見る男達、中には女と思われる者も居たが、奴らは皆仮面を付けたりフードを被って顔を隠していた。そしてニヤニヤと下種な笑みを浮かべて何かを声高に叫んでいた。
(奴隷の競り……だな)
一気に怒りと吐き気が湧き上がってきた。今すぐにこの場の全員を撃ち殺してやりたい気分だ。
(落ち着け……お前もいきなり追われる身になる事を望んじゃおるまいに)
爺の言う事にも一理ある。腹立たしいがピストルだけでは無理か。アサルトライフルかライトマシンガンがないのが悔やまれる。いや幸いというべきか。あったら躊躇いなく撃っていた。少女は下種共から視線を浴びせられ、恐怖に震え涙を流していた。見たところおそらく12~15歳といったところか。そんな少女を競り落とそうとどいつもこいつも必死に声を上げているわけか。醜い豚共めが。
(必死に競り落とそうとするには理由がある。何故か分かるか?)
少女は腰くらいまでの長さの綺麗な金色の髪で、透き通るような白い肌に胸は背丈や顔に似合わず大きかった。だが一番目を引いたのは長く尖った特徴的な耳だった。
(あの子はエルフという種族でな、美しい容姿の種族として知られておる。特徴はあの長い耳で人間に比べてとても長寿だ)
確かに美しい少女ではあるがそこまでして欲しいものなのか。
(エルフ自体が滅多にお目にかかれない種族だからな。そして何よりも欲しがられる理由がある。エルフの女性は……あー……怒るなよ?)
内容にも因るとは思うが勿体ぶらずにさっさと言えというのだ。
(……女性としての機能が高いんだ。おまけに人里離れて生きているから滅多に手に入る代物でもない。必然と高額で取引される)
よく理解出来た。非常に胸糞悪い。こんな気分になったのは何年振りだろうか。おそらく私の人生の中でも上位に食い込むくらい最低な気分だ。要するに、さっきぶつかった男はあの子を何としても手に入れたいからあれほど急いでいたと。
「でrt!!」
噂をすれば、ではないが先程のハゲを見つけた。どうやらあのハゲが競り落としたようだ。
(マスクで見えんがなんかとても悪い顔しとらんか……?)
気のせいだろう。それと悪人面は元からだ。
銭袋から金貨を1枚だけ取り出しポケットに仕舞い込んだ。
ハゲは嬉々として主催者と思しき男と少女と共に裏に向かい、他の者は心底残念そうにこの場を離れて行った。その場に残ったのは私だけ。あの男が引っ込んでから5分といったところか。予想が正しければそろそろだ。
部屋の奥から言い争う声が聞こえ始め、しばらくするとハゲと護衛2人が屈強な男達に肩を掴まれ階段を上っていき、奥の部屋から主催者が出てくると溜息をついた。やはり持ち金はあの銭袋だけだったようだ。主催者はこちらを見つけると「さっさと帰れ」と言わんばかりに手を振るが、無視して近付き袋の中身を見せてやると目の色を変え奥の部屋へと来るように手招きした。部屋に入ると隅の方で鎖につながれた先ほどの少女が居た。さすがに服は着せられているようだ。テーブルの上に銭袋をそのまま投げてやると主催者はこちらを窺いつつ中から金を出し始めた。大量の金銀銅貨を引っ張り出し、銭袋をこちらに手渡した。中に銀貨や銅貨が多少残っている程度だがまぁどうせ他人の金だ、気にする必要はない。男は少女の首輪に付けられた鎖を外してからこちらへと押しやるとにんまりと笑い、少女用にかフード付きのマントを寄越してきた。餞別のつもりか。ならこちらも良いものをくれてやろうと見えない位置にある物を貼り付け建物を出て少女と共にそこから離れた。
これくらい離れれば何も問題ないだろうと手に持ったPDAで遠隔爆弾を起動すると軽い地響きが起き、少女は驚きビクついた。これで銀貨3枚か、悪くない。金は地獄への駄賃にくれてやる事にし、先ほどまで居た方角が騒がしくなってきたのでその場を離れる。
(結構やる事どぎついね……お前さん)
奴隷の売買をする輩などいくらでも存在するだろうが、1人居ないだけでも何人かは被害に遭わずに済む筈だ。しかし成り行きで買い取ってしまったがこの少女はどうしたものか。怯えた様子でこちらを窺う少女を見て、今日何度目になるかも分からない溜息をついた。
ようやくエルフの少女が出てきた。やったー。
○魔道具
便利です。
○奴隷の競り
おのれ奴隷商! ゆ゛る゛ざん゛!!