エルフとヘルガスト兵   作:Casea

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それはなあに?

 窓の外から差し込む暖かい日の光と鳥のさえずりで目を覚ました。体を起こしベッドの上で頭が覚醒するまでの少しの間窓から外を眺める。朝は苦手で起きてすぐには頭が働かない。ベッドの上で呆けていると悪魔のような黒い鎧と兜、仮面を身に付けた人物がタオルを持って現れた。数日前に私を買ったジャックと名乗る男性だ。昨日と同様タオルを渡されたので顔を洗いに行く。

 

 正直なところ彼の事がよく解らない。見た目は悪魔のように恐ろしく、喋る言葉は何1つとして理解出来ない。魔族なのか、それともただの異国の人間か。仮面の下は厳めしい面構えの普通の人間と変わらない顔ではあった。その人間であるという事自体が何よりも私に恐怖を抱かせるのではあるが。

 子供の頃から人間の恐ろしさを教えられて育ってきた。少し前に私を捕らえたのも人間、おぞましい視線を向けてくるのも人間。そしてこの町は人間で溢れかえっている。私がエルフだと知られたらどのような目で見られどのような目に遭うのか、想像に難くない。しかし彼は他の人間とはどこか違う。不快な視線を向けてこない。酷い事をしようともしない。それどころか態々色々な物を買い与えてくれたりと優しく接してくれる。心優しい人なのかもしれないが姉さんの言葉を思い出すとそう結論付けることが出来なくなってしまう。

 

『人間は同族同士ですら騙し合い、殺し合うのにどうして信用することが出来るというのか』

 

 今こうして優しくしてくれているのも何か裏があってのことなのかもしれない。話を聞けば少しは分かるかもしれないのに言葉が理解出来ない。見た目通りの悪魔の如き人間か心優しい人間なのかが私には分からない。どちらにしろ選択肢など最初から存在しない。私は彼の奴隷なのだから。

 

 

 朝食を終えて部屋に戻ると彼は装備を整え始めた。鉈を腰に吊るし体の何箇所かに拳程の大きさの樽状の物を付けている。樽は透けており中には棒状の物がたくさん入っていた。

 彼に対し恐怖心があるのは確かではあるが、好奇心も抱いているのは否めない。見たこともない物ばかり所持しているからだ。何で出来ているか見当もつかない軽鎧や兜、目の部分が赤く光る仮面、体に張り巡らされ仮面にも付いているているロープ状の物体。そして昨日いつの間にか持っていた黒い金属製の長い筒。あれは鈍器等の武器なのか、宗教的な意味合いを持つ特殊な品なのかは判らないが大事そうに常に持ち歩いている。その他にも不思議な物ばかりで気になってしょうがないが、あまり興味を持ちすぎて彼の琴線に触れても不味い。それが分かっているに好奇心に勝てない。私自身この臆病なくせに好奇心だけは強い性格はどうにかならないかと思う。今の現状を作り出したのもこの性格が災いしたせいだ。分かってはいるもののそうすぐには変えられない。「失敗から学べないのは愚者の証拠だ」なんて言われたけど、きっと私は愚か者なのだろう。

 

 昨日と同様にフードを目深に被り彼の後ろをついて行く。何処に行くか、等は聞いても分からないが彼の身に付けている物や身に纏う雰囲気で何となくは理解出来る。とある建物に到着し、その推測が当たっている事が分かった。

 

「おぉ、誰かと思えば昨日の異国の旦那か」

 

 冒険者達の拠点――冒険者ギルド。カウンターに居たのは昨日顔を合わせたここの代表補佐をしているグレイスという男だ。

 

「早速今日から狩りか――って、おいおい! まさか狩りにそこの嬢ちゃんも連れて行くつもりじゃねぇだろうな? あんたの強さは知らねぇがあんま魔物を舐めてると豪い目に遭うぞ」

 

「あ、あの……私一応魔法は使えますので……ある程度の魔物であれば……」

 

「おっとそりゃ失礼……だがあんたらこの辺は初めてだろ? 最近この辺じゃあまり見かけねぇ魔物の目撃情報が増えてきてんだよ。極めつけはサイクロプスまで見た、なんて話も聞くんでな。気を付けるに越したことはねぇぞ?」

 

 サイクロプス。人間を遥かに上回る巨体と膂力を持つ単眼の魔物。精鋭が10人以上居ても倒せるか疑わしいという話を聞いたことがある。もしそんな魔物と遭遇することになれば――考えただけでも恐ろしい。しかしこの情報は言葉の分からない彼の耳には届かない。そもそも彼の国にサイクロプスが居なければ危険性すら伝わらない。そんなことを知ってか知らずか、彼は台帳を確認するとさっさと出口の方へと向かい始めてしまったので急いで後を追いかけた。

 

 結局彼にサイクロプスのことを伝えることも出来ずに街の外にある森に来てしまった。森は魔物の気配や剥き出しの魔力で溢れており魔物の多さが窺い知れる。あの街で冒険者として生計を立てる者が多いのも頷ける。そんな森の中を私を引き連れて歩くこの男は魔物の魔力を感じていないかの如くどんどん突き進んで行く。あまりにも無警戒過ぎる。そこまで自分の実力に自信があるのか、それともただの命知らずか。もしかして私は途轍もない愚か者に買われたのではないかと少しずつ不安が募ってゆく。

 色々な不安を抱えながら歩いていると突然何かにぶつかった。何かと思えば彼の背中でどうやら立ち止まったことに気付かずにぶつかったらしい。咄嗟に謝ったが当然通じない、というよりも他に注意を向けていて気にしていないようだった。注意の矛先は彼の視線の先に居る魔物へと向けられていた。それはよりにもよって猪型の魔物。野生の猪に魔力が宿った事で筋力や凶暴性が増している非常に危険な魔物であり、私の故郷でも危険視され極力数人がかりで狩るように言われていた。筋力が増しているので刃等が通り辛く、凶暴性が増していて痛みに鈍く息絶えるまで獲物に襲い掛かる。そんな魔物が今まさにこちら目掛けて突進せんと唸り声を上げているというのに目の前の男は腰に下げた鉈どころかナイフすら抜こうとしない。彼が行った行動はただ1つ、手に持っていた金属の筒を魔物に向けただけ。一体何をしようというのか。鈍器だとしても明らかに構えがおかしい。刺突武器として使うには先端が尖っているようには見えない。

 魔物はこちらに向けて大きく吼えたのを皮切りに突進を始めた。にも関わらず何の行動にも移らない彼を見て、私は思わず目を瞑った。しかし私に襲い掛かったのは衝撃ではなく耳を劈くような大きな音だった。

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 驚きのあまり耳を塞ぎ悲鳴を上げながらその場にへたり込んでしまった。何が起こっているのか確認するのも恐ろしく、只々怯える事しか出来ない。しばらくその場で頭を抱えて蹲っていたが何も聞こえなくなったので恐る恐る目を開けると、まるで何事もなかったかのように手を差し伸べる彼の姿があった。

 

 私はただ呆然と立ち尽くし魔物の死骸を眺めていた。顔面に何か所も穴が開きそこから赤い鮮血を流し続ける魔物。地面には擦ったような跡があり、突進の最中に何かしらの攻撃を受けてこちらに滑るように転がり込んで来た事が見て取れた。遠距離から攻撃したであろう事は分かったが一体何で攻撃をしたのか。矢が刺さっていない事から考えるに魔法を使用したのだろうか。あの時聞こえたのはまるで火の高位魔法による爆発のような音、それも連続で聞こえたが死体には焼け跡などまるでないし、体の欠損も見られなかった。何がどうなればこんな死体が出来上がるのか全く理解出来ず、薄ら寒いものを感じた。

 魔物の解体作業に入った彼の方に目を向ける。

 

「コイツノカネニナルブイハタシカ……」

 

 エルフの私に対して優しくしてくれる変わった人。この人は言葉が通じず、どこか得体の知れない恐ろしい人物で。

 

「フェル、テツダッテクレ」

 

 そして間違いなく悪魔か魔族か、然もなくば――魔人だ。




誰か私に時間とお金をください……ウゴゴ。

結局5月も終わりそうな時期になってしまいました。申し訳ありません。
もう1つ作品を書かせて頂いているので、次にもう1話上げたらまた少し間が空くと思われます。ご了承ください。

○フェル
好奇心旺盛。
姉がいる模様。

○サイクロプス
サイズ的にはドラゴンズドグマの奴くらい。分かる人にしか分からない例え。

○猪型の魔物
地域によって呼び名が変わる。
ワイルドボア、暴猪等。

○悪魔、魔族、魔物、魔人
・悪魔
 空想の産物と言われているが、目撃情報もある。天使と悪魔。
・魔族
 数多存在する人型種族の1つ。他種族を見下し敵対する者が多い。
 人と見分けのつかない者もいれば、一目で分かるのもいる。
・魔物
 魔力の宿ったメダルを核にして生まれる、もしくは既存の生物に埋め込む事で生まれる。
・魔人
 魔族に忠誠を誓い、メダルを埋め込まれた人間。普通の人間より遥かに強い。
 また人間離れした強さを持つ人間や得体の知れない人間にも使われたりする。
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