つたない文章だとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。
【人物・語句紹介】
島村 紗穂莉(しまむら さほり)
島村卯月の母親。おっとりとした性格であり、家族への深い愛情を持っている。
Nobal(ノーバル)
ある大手動画投稿サイトの名前。このサイトで動画を配信し、お金を稼いでいる人のことは、Nobalist(ノーバリスト)と呼ばれている。名前の由来は、nonverbal communication(非言語的コミュニケーション)から。
第1話 沈ませた夢
「あぁ……。やっぱり、落ちてしまいました」
何度、この文字を見たのだろう。
養成所の同期達が一人二人と辞めていく中、アイドルのオーディションを受け続け、いつも最後に見るのは同じ文字。
何度も心が折れそうになって、挫けそうになって、そうなるたびに、『頑張ります!』という言葉を呪文のように唱えながら、歩き続けた。
気がつくと、一緒にアイドルになろうと約束した友人も、競い合うように練習を共にした同期のライバルも、同期の皆がいつの間にかいなくなっていた。
それでも、私の中にある、アイドルになるという夢を諦めることはできなくて、歯を食いしばりながら、弱音も不満も心の奥に縛り付け、足を止めないように、無理矢理に歩く。
けど、目指しているゴールは、歩き続ければ続けるほどに、曖昧になっていって、もうどこに行けばいいのかも、自分がどこに進んでいるのかも分からなくなった。
段々と、歩き続けることすら、ままならなくなっていく。
だからせめて、前を向いて歩けるだけの理由が欲しくて、今までのことが無駄じゃないと信じたくて、後ろへと振り返る。
そこには、歩いてきた道は見えなくなって、振り返っている今この瞬間も足に絡みついてくる鎖だけが、目に映る。
鎖を振り解くために、がむしゃらに動くけれど、より一層絡みついて、離さない。
そうして私が鎖を認識すればするほどに増えていき、その重さに心が耐えきれなくなっていく。
どうしようもなくなり、最後の悪あがきをするために、私は346プロのオーディションを受けた。
受ける前に家族には、選ばれなかったら、養成所を辞めると言っておいた。
落ちたら、アイドルになる夢を諦めるつもりだ。
家族は辞めなくてもいいと言ってくれたが、断った。
引けないところまで自分を追い込まなくては、この鎖を振り解き、アイドルになれるはずもない。
そして、覚悟を決めて、会場に足を踏み入れた。
その結果がこれだ。
「上手く笑えていなかったのが、原因でしょうか……」
そうだ。
あのとき、私は上手く笑えていた自信が無かった。
私の長所である笑顔がアピールできなかったのだ。
面接官の人達も、違和感のある笑顔をする普通の女の子なんて、アイドルとして選ばないのは当然の判断だろう。
長年の夢が崩れ去って、落ち込んでいるはずなのに、ため息すら出なかった。
「……すぅ、はぁー。……そろそろ行きましょうか」
一つ大きく深呼吸し、予め準備しておいた荷物を手に取る。
「準備が無駄にならなくて良かったです」
ひどく疲れた笑みをこぼし、家を出て、近くの駅へ足を向ける。
なぜか、いつもより足が軽かった。
―――
退所手続きを終え、養成所から帰ろうと電車に乗る。
揺れに身を任せ、ぼんやりとした思考の中で、スマホを操作する。
『あの大物Nobalistが事務所に所属! 今後の活動は!?』
『大人気アイドル高垣 楓、ニューシングルを発表!』
『女子高生社長、現わる! 急成長の秘密をインタビュー』
:
普段はあまり見ないスマホのネットニュースを、意味もなく見る。
興味が湧いているはずの見出しも、読む気が起きなくて、ただスクロールする。
『ご両親とも相談して決めたのなら、こちらからは何も言わないわ。ただ、私個人としては、何一つ弱音や不満を吐かず、頑張り続けてきたあなたは、成功するまで諦めないで欲しかった。』
「ッ!」
ふと、先ほどの出来事が頭をよぎり、思わず手に力がこもる。
反論の声を心の中で上げようとして、気づく。
電車は、家の近くの駅に着いていた。
―――
「ただいまー!」
「お帰りなさい。遅かったわね~。何かあったの~?」
「ううん。帰ってくる途中で、友達と会って話し込んじゃった♪」
「そ~お?もうご飯だから、手を洗ってきてね~」
「はーい。ママ」
嘘だった。
電車から降りた後、家に帰る気も起きなくなって、当てもなく街を歩いた。
振り上げようとしていた心の中の手が行き場を失い、振り上げようにも、降ろそうにも、どうすることもできなかった。
そうして、気持ちを落ち着けることができないまま彷徨い続け、それでも家に帰って来たのは、空が赤くなっているのに気づいたからだ。
いつも私のことを支えてくれた家族を心配させるわけにはいかなかった。
だから、咄嗟に嘘をついたのだ。
「そうなの~」
「それでね。有紗ちゃんが……って、もうこんな時間だ。私、部屋に戻るね」
「あら~。ホントね。卯月、お休みなさい」
「お休み、ママ。お祖母ちゃんもパパも、お休みなさい」
「あぁ。お休み、卯月」
「えぇ。お休みなさい」
少し急ぎ足で、階段を駆け上がり、部屋へと入る。
そして、部屋の真ん中で少し立ち止まり、机に向かいかけていた体を戻し、アルパカのぬいぐるみを手に取り、抱きしめながら、ベットに潜り込む。
いつもなら、友達に電話をかけたり、養成所でのレッスンの復習をするのだが、何もする気が起きなかった。
顔をアルパカにうずめ、何かを振り払うように目を閉じた。
―――
「……」
階段を登っていった卯月が二階に消えた。
「心配ないよ、ママ」
「パパ……。でも……」
帰ってきた時から様子が、いつも以上におかしかった。
二階に上がる前にあの子が話していた内容も、どこかお芝居をしているような、創り物めいたもので、それが余計に不安を煽った。
あの子がアイドルとして選ばれることが無いまま、時が過ぎ、段々と元気が無くなっていったのは気づいていた。
どうにかしてあげたいと思いながら、原因となっているだろう養成所に通わせ続けたのは、そこでのレッスンが原因でもあると同時に、夢を目指すあの子の支えでもあったからだ。
それを今日、自ら断ち切った。
そんなあの子の心が、荒れ狂っていないはずが無い。
「卯月は強い子だ。今は、空元気を振りまいているけど、いつか自分の心と夢に折り合いをつけるよ。あの子の夢が叶わなかったのは残念だけど、今のあの子には時間が必要だ」
「そうよ、紗穂莉さん。あの子に必要なのは時間。少し一人にしておいてあげなさい。その後は、いつものように家族として接して、あの子から相談されたら、相談に乗ってあげなさい。一人じゃないと感じられることは、とても力になるわ」
「パパ、お義母さん……。そうね、いつも通りにします。それに、私が元気じゃなくちゃ、卯月も元気になれないものね~」
二階を見上げながら、私は今まで無意識に背負っていた、親としての重さを改めて痛感した。