【人物紹介】
高木 鈴(たかぎ すず)
卯月の高校での友人。面倒見が良く、気が強い、姉御肌の人物。智香とは幼馴染みであり、保育園時代からのつきあい。高校では、智香と卯月と3人グループをつくっている。
篠原 智香(しのはら ちか)
卯月の高校での友人。引っ込み思案であるが、譲れないことは譲らない、自分を持った人物。ただ、親しくなった人には、変わったあだなをつける。高校入学まで、幼馴染みの鈴の後ろをついて回っていた。鈴とは、保育園時代からのつきあい。高校では、鈴と卯月と3人グループをつくっている。
あだな
卯月:うーちゃん 鈴:ベルちゃん
「卯月ー、このあと三人でさ、タピオカティー飲みにいかない?」
「わぁ、いいですね。いきます! あっ、でも先生に呼ばれているので、校門で待っていてください! すぐにいきますから!」
「オッケー。じゃあ、智香と校門で待ってるね」
「はい!」
手を振って、あたしは小走りに駆けていく卯月を見送り、軽く指で頬をかく。
「……うーちゃん。やっぱり、まだ無理してるね」
後ろから声をかけてきた、幼なじみである智香の言葉に頷く。
「あれから、まだ数日だしね。あんなに、目をキラキラさせてた夢を諦めて、そう簡単に立ち直れないよ」
「……うん」
智香が苦しそうな顔をするのも無理はない。
あたしも同じ気持ちだった。
卯月から養成所を辞めたと伝えられたあの日から、数日が経つ。
話を聞いたのは、何となく卯月の笑顔がおかしいと二人で話していた矢先のことで、最初はかなり混乱した。
卯月が、アイドルを目指して、本気で頑張っているのを知っていたから、辞めたなんて信じられなくて、すぐに聞き返そうと口を開き、すぐに閉じた。
笑っているのに、心の中で泣いているような顔をされて、どんな気持ちでそれを決めたのか察せないほど、鈍くない。
何か言葉をかけようと、考えを巡らせて、けれど言葉だけがむなしく響きそうだった。
それでも、何かせずにはいられなくて、だから思いっきり抱きしめてやった。
智香も、私に触発されてか、抱きしめはしなかったが、優しく手を握っていた。
突然のことで、卯月は顔を赤くして、ワタワタしていたが、あの泣き顔を変えられたんだから、やった甲斐はあったと思う。
「そんな顔ばっかしないの。卯月を元気づけるんでしょ」
「……ベルちゃんの言う通りだね。二人で元気づけようと決めたもんね!」
「そうそう。その意気、その意気!」
「うん!!」
少し驚いた。
普段は、引っ込み思案な智香がここまで声を出すのは、珍しい。
それもそうか、自分を出すのが苦手な智香にとって、真っ直ぐ夢に向かって歩いていた卯月は、あこがれの存在で、初めて自分から友達になりに行った相手だ。
あこがれの人が落ち込んでいると分かったら、何としてでも励ましたくなるだろう。
まぁ、その励ましたい気持ちは、自分も同じなわけで。
「それじゃ、そろそろ校門に行こっか」
「……あっ、そうだね。ちょっと忘れそうになってたかも」
智香が頭をかきながら、照れくさそうに言った。
―――
「ハァハァ……お、お待たせしました。鈴ちゃん、智香ちゃん」
先生からの話も終わり、校門で待っていてくれていた二人に駆け寄る。
「そんなに急がなくても良かったのに」
「うーちゃん、お疲れ様」
「あはは……。タピオカティーが楽しみで。ほら行きましょう!」
「ふぇっ……。ちょっと、うーちゃん!?」
「あはは、まったく。置いていかないでよ、卯月!」
智香ちゃんの手をとって、目的のお店に向かって走る。
ただし、智香ちゃんに負担にならないように、それほど早くならないように気をつけながら。
養成所に通っていた頃は、放課後になると、すぐにレッスンだったので、通わなくなった今、放課後に友達である鈴ちゃんと智香ちゃんと三人で遊ぶ毎日が楽しかった。
こうして三人で楽しんでいる間は、未だに絡みついてくる鎖を気にせずに済むから。
そう、鎖
養成所を辞めるために家を出た時に、消えたように感じていたのに、いつの間にかあの時とは別の鎖が絡みついていた。
今度は自分で解けそうにないくらい雁字搦めに絡まり、耐え切れそうにないほどに重い。
けど、なぜか自分から解こうとは思わなかった。
前はあんなに振り解こうとしていたのに。
「あれ? ……うーちゃん?」
「ん? 卯月?」
気づけば、柔らかい光で照らされた店内で、二人が不思議そうな顔して、私を見ている。
「はいっ! って、え? あっ、すみません、何の話でしたか?」
「いいよいいよ。VOCALOIDってすごいよねって話」
「気にしてないよ」
「あはは、ありがとうございます。ぼうかろいど、ですか?」
少し考えにふけりすぎていたようで、話を聞き逃してしまった。
二人が、笑って許してくれて良かった。
しかし、ぼうかろいど、あまり聞き覚えのない言葉だった。
「そうそう、VOCALOID。昔に、一度流行ったみたいなんだけど、最近また流行り出してさ」
「えっと…元々は、歌詞とメロディーを入れると、事前に録音した声を元に、作られた合成音声が歌ってくれるソフトで、簡単に楽曲が作れるものらしいんだけど、今では、合成音声を区別するために付けられたキャラクターを、同じようにVOCALOID、って言うようにもなってきてるの。ベルちゃんが言ってるのは、そっちかな」
「今、そのキャラクターを使った動画が人気なんだよね。実際、見たけど可愛かったなー。卯月も後で見てみなよ。Nobalにたくさん出てるからさ。可愛い物好きなら、気に入るって」
「そんなに可愛いの? ちょっと見てみたいです!」
「男の子のキャラクターもいるから、可愛いのばかりじゃないよ……」
智香ちゃんが苦笑しながら、少し呆れたように言った。
二人の話からして、色々なキャラクター達がいるようだが、いったいどんな動画だろうか。
可愛いという言葉に、気になりはするが、さっき買ったアイスタピオカティーがぬるくなっていた。
思った以上に時間が過ぎていたようで、空にも夕日が差し始めており、そろそろ帰らなければ、女子高生には危険な時間である。
残りのタピオカティーを飲みきり、立ち上がる。
「暗くなりそうですし、そろそろ帰りましょうか」
「ん? あー、そうだね。そろそろ帰ろっか」
「うん。そうだね」
二人も外を見て、荷物を片付け始める。
そうして、三人連れ立ち店を出て、また、とりとめもない会話を続けながら、帰路についた。
―――
夜
自分の部屋へと戻り、体に感じる重さのままに、ベッドへと気怠げに倒れ込む。
そのままの体勢で、意味もなく虚空を見やる。
ここ数日の内に、癖になってしまった行動だ。
夢に溢れていた、あの頃の私は、今の私を見て、何を言うのだろうか。
励ます?説教する?目を疑う?嫌悪する?見下す?否定する?見て見ぬ振りをする?別人だと思い込む?
「……」
言葉にもならない、自嘲的な笑い声をあげる。
そのまま目を閉じ、眠りに落ちたくなったが、スマホへと手を伸ばし、Nobalを開く。
勧められていたVOCALOIDの動画を見るためだ。
「へぇー、色々とあるんですね」
検索してみると、思っていた以上に動画が溢れていた。
どれから見ようと迷ったが、店を出た後に、鈴ちゃんから、
『どれから見ればいいか迷ったら、“初音ミク”って言うキャラクターのがオススメ。VOCALOIDって呼ばれるようになった立役者で、最初の一人だから、たくさんの動画があるし、気に入ると思うよ』
と言われていたので、勧められていた初音ミクの動画を、適当なのを選び、見る。
見る
観る
視る
どれくらい見ていたのだろうか、気づいたら魅入っていた。
歌を歌って、踊る動画だったが、可愛い衣装を着て、楽しそうに動いている姿は、まさしくバーチャルなアイドルだった。
投稿者はまだ初心者なのか、動きがぎこちないところや、あまりダンスが得意でない私でもダンスの内容に違和感がある箇所はあったが、この娘の魅力を十分に引き出していた。
それはまるで、投稿者がプロデューサーとなって、アイドルであるVOCALOIDをプロデュースしているような関係に感じられた。
そう思うと、違和感がある箇所が納得いかないし、どうしても気に入らない。
自然と、この娘をどうプロデュースしたらいいか、考え始めていた。
「ここはステップじゃなくて、ターンを入れて……この手の振りはもっとこう、いやこっちかな……この部分は緩急をつけた方が映えるから、少し声を抑えめにして、ここで大きめに……」
動画を何度も見返しながら、実際に部屋の姿見の前であまり音を立てないように、軽く歌を口ずさみながら踊り、気に入らない箇所を改善する。
そうすると、気にしていなかった箇所も、段々と気になっていく。
増えていく改善点を、実際に何度も試して、修正して、また試して、修正して、納得いくまで突き詰め続ける。
最高の出来だと太鼓判を押せる内容になり、一息をついたところで、夢中になっていた頭が冷めてきた。
気がつけば、パジャマが濡れるほど、体は汗ばんでいて、時計を見ると、短針が午前零時を回りそうだった。
周りを認識したところで、自分がしていたことを思い出す。
「あぁ、もう。何してるんだろう、私……」
本当に何をしているのだろう。
私がこの動画を手直しできる立場にあるわけでもないし、新しく動画を投稿できるだけの動画制作の技術があるわけでもない。
ただの自己満足であり、アイドルプロデュースの真似事をしたところで意味がない。
胸の中にたまっている、淀んだ空気を、ため息と共にはき出す。
むしろ、プロデュースされたかったのは私の方で、私がプロデュースしたいわけじゃなくて、それなら、いっそ…
「……あぁ、本当にもう!!私は夢を諦めたの!だから、夢を諦めさせてよ……」
頭に浮かんだ考えを、大きくかぶり振って追い出し、頭を抱えて、床に座り込む。
心がグチャグチャになっていく。
何がしたいのか、したくないのか、分からない。
ただ必死に、心を押さえ込もうとして、さらにグチャグチャになっていく。
ようやく落ち着いた頃には、疾うに午前一時を過ぎていた。
「……もう……寝ましょう……」
疲れ切ってしまった体を引きずり、ベットへ向かおうとしたが、汗をかいていたことを思い出す。
シャワーだけでも浴びようと、着替えを新しく出し、部屋を出る。
ドアは、初めから少し、開いていた。