※今回、胸糞、不快な表現があります。
気を付けてください。カシコ
今世で久方ぶりに見つけた、同胞の姿は変わり果てていた。
死柄木とあの男の発言から、あの脳無のように改造を受けたんだろう。目の前に立つフィッシュの姿が…ノスから受けた報告とは大分、違って見えた。
俺からすれば、会ったこともない廻り者でも仲間だ。他人じゃない。
どいつもこいつも弱虫で、自らに絶望して、才能を求めて首を切った愚か者たちだ。
才能ってのは救済だったはずだ。
弱い自分を変えたくて
弱者が力を求めて
虐げられるのを避けるために首を切った。
たとえそれが結果として、俗世から離れ、自我を失い、仲間内で争い、さらに行き場をなくすことになったとしても…俺たちは救いを求めたはずなんだ。
それがどうして…どうしてフィッシュは脳無に改造された?強制的なのか、任意的に施して貰ったのか真意は分からないが、あんな趣味の悪い玩具と同じように扱われるのは…俺としては、あまり快くは思えない。侮辱にすら思えた。
「ア、脂身のスクなそうで、筋肉ガ、たっップリと詰まッてイテ、それでいテ、柔らかそうでっ!…オイシソウ!オイシソウな、若いカラダ!!」
フィッシュは今から俺を食えると考えているのか、待ちきれないと言わんばかりに小刻みに頭を震わし、想像した味と匂いに嬉しそうに目を歪ませて涎を垂らしていた。
…近所にいたなあんな犬。餌持っててやったら喜びで狂ったように乱舞してたやつ。
そう思ったら、大口を惜しみなく開いて何でも噛み切れそうな頑強な歯を見せながら発狂したように猛然と迫ってくるフィッシュも可愛く…かわいく……見えねぇな。ダメだ、うん。
というか既に衝動に呑み込まれているな。
…仕方がねぇ……誰かを襲う前に楽に逝かしてやるか…。
真正面から迫ってくるフィッシュを迎え撃とうと体勢を構え直す。
変わり果てた同胞にせめて楽に死ねるようにと気持ちを整え、繰り出す拳に意識を集中させる。今から葬るフィッシュの顔を最後に目に焼き付けようとヤツの顔を見据える。
そこでやっと、俺は気付いた。
フィッシュの口元に赤黒い液体が付いていることに。よく見るとつい先程、付着したかのように照りついている。しかも異様な鉄臭い匂い。間違いなく血だった。
黒霧がワープゲートで連れ来た時にはこんな血痕は付いていなかった。つまり、俺がコイツを地面に叩きつけた後の、あの男に吹き飛ばされた後、目を離していた隙に何かをタベテ…付いた血ってことになる。
誰かが襲われていた気配は全くしなかった。むしろ俺たちの周りには誰もいなかったと思う。
…けれどもし、先程のように気配を消して動いていたとしたのなら、コイツは何をしていた?
思わず俺は、迫り来るフィッシュを無視して辺りを見回す。
すると、ここより少し離れたところに、殺人が起こったような血溜まりと、その真ん中に何かがあるのを見つけた。
それは、噛みちぎられたような切断面をした赤いブーツを履いた一本の脚と、一本の槍のような鋭さをした棒、無線機のような形をしたソレと、見覚えのあるイヤホンのジャックのような物が、血の水溜りに乱雑に転がっていた。
『項羽……』
嘘だ。
答えを出す前に感情が否定した。
『しっかり前を向いて』
違う。
だってそうだ。アイツらには先に出口に向かっていろって言った。
『みんなと仲良くね』
嘘だ嘘だ嘘だ。
アイツらはもう出口にいる奴らと合流して助けを待っているんはずなんだ。
『元気で、楽しく、笑顔で』
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
助け出したマヌケ面が頭に浮かんだ。
『幸せに』
やめろ…
痴女と呼ばれ愕然と落ち込む表情が脳裏によぎった。
『あなたの信じる道を』
俺はまた繰り返して
叩かれた痛みが、気丈な少女の姿と共にジンジンと頰に甦る。
『…行きなさい。項羽』
母さん
フィッシュが肩に凶歯を突き立てる。深く突き刺さった歯は俺の肉を破り骨を断とうとしていた。夥しい量の血が流れる。
しかし、痛みは全くなかった。
そんなことよりも胸の奥に重くのしかかる、冷たい鉛が俺を押し潰そうとしていた。どこまでも責め立てるような無数の針が肌を切り裂き、全身を刺して、俺を許そうとしない。
一度は世界を壊した。
同胞を殺した。
仲間を死へと導き。
無二の友を手にかけた。
……何が世界平和、何が世界最強だ。
結局、お前は…暴力の塊、そのものじゃないか。
……フィッシュ。お前は悪くない。
悪いのはお前から目を離した俺だ。
お前を死柄木たちより先に見つけられなかった俺の責任だ。
だから、お前の罪は俺が背負う。
だから、安らかに逝け。
「黒死無争…」
黒。
暗闇なんて表現では決して務まらない、只々、黒で塗りつぶされた世界の中にフィッシュは飲み込まれた。
今まで有った極彩色で彩られた世界は消え去り、一筋の光でさえも知覚出来ない世界にフィッシュ目玉を潰されたのかと見当違いな考えをし、傷ついた目玉を復元しようと意識を向ける。
しかし、眼に痛みはなく、自身の周りが一瞬にして闇に覆われたのだと直感した。
天と地、前と後ろ、左右…永遠に続くんじゃないかと錯覚してしまうほどの暗闇にフィッシュの平衡感覚は麻痺し始め、本当に自分が真っ直ぐと立ち、前を向いているのかすらも分からなくなる。
そして、困惑しきったフィッシュの前に白い煙のような物が渦巻き状に集まり始め、やがては一人の暗い表情を俯かせた男を形成した。
その男は今さっきフィッシュが齧り付いた若い男だった。
そう認識したフィッシュは間髪入れずに男の頭を殴り消し飛ばした。
しかし、男の表情は暗いまま。フィッシュの拳は確かに男の顔面を捉えて消し飛ばしたが、男の顔は煙のように変質し、四散したが、すぐに元に戻った。
殴ったはずなのに、空を切った拳の感触にフィッシュは苛立ちを憶えた。
肉を殴りたい。
骨を砕きたい。
泣き叫ぶ声が聞きたい。
エンドレス脳無…フィッシュの素体となった男はエンドレス脳無となり廻り者になる以前から連続強姦殺人事件の犯罪者であった。
夜道を一人で歩く若い女性を背後から近寄り、撲殺し、家に連れ帰ると冷えた死体を犯した。その後、行為に飽きたフィッシュは被害者の体を分解。それにも満足すると肉片を風呂場に放置し、このような犯行を数回に及び繰り返した。
勿論のこと、すぐさま近隣の住人が警察に通報しあえなく御用となる。裁判が起こり、日本中の誰もがこの男の死刑を望んだ。しかし、男は軽い罪で処罰されるだけで終わり、あっさりと自由な身となった。
理由としてはフィッシュは精神疾患を患っており、フィッシュ自体もこの犯行を悔いていることから情状酌量の余地があると判断され、死刑は免れ檻の中で十数年過ごすだけで釈放された。
そして釈放された後に、オール・フォー・ワンに目をかけられ脳無の素体とされ輪廻の枝にて花弁を散らすこととなる。
オール・フォー・ワンとの会話の中でフィッシュはこんな言葉を残している。
『初めは女、気絶させて家に持ち帰ろうと思って殴った。それで女の頭をよぉ…殴ったら、力余ってゴッって鈍い音がしたんだ。今まで聞いてきた音の中で一番とんでもなく気持ちのいい、いい音でよぉ。もう一回って思ってるうちに殺しちまってて…女の頭から赤い血が出て、顔がどんどん真っ青になっていくのが面白くてよぉ、どうしてか、すげぇ興奮したんだ。そのまま持ち帰って、犯って…さっきの音、聞きてぇなって思ってバラしたんだよぉ。そしたら肉が千切れる感触とか、ハンマーで骨を砕いたらなぁ、すげぇ気持ちよくて思わずイッちまったんだ。その感触が忘れられなくて何回もやってたら……まぁこの先は知ってるだろう?なぁ、あんたの言う通りにすれば俺はまたあの気持ちよさを味わえるんだろ?だったら喜んで協力するぜ』
「それがお前の全てか?」
不意に暗い表情をした自分の餌となる男が口を開いた。
思えばこの男を殴れていない。ついさっきやっと噛み付けたと言うのによく味わえて無かった。
それになんだ、その反抗的な目は。
お前たちは俺に殴られて、潰されて、食われて、俺を愉しませるのが役目だろう。さっきのヤツらみたいにさっさと悲鳴をあげて俺に食われてればいいんだ。
フィッシュが再び拳を振り上げる。
しかし、それは届くことはなかった。振り上げた腕はまるで鋭利な刃物にバッサリと斬られたかのように切れて力なく下に落ちた。フィッシュの体に激痛が走り、強い快感が迸るとフィッシュは絶頂し、汚らしい歓喜の声を上げた。
「あぁ、そうか…。お前の才能は痛みを快感に変えるんだったな。まぁ、どうでもいいか」
体のとある部分だけが拡張される。体を内側から引き裂かれるような痛みはフィッシュを再び絶頂させその体を身悶えさせた。次に体の一部が縮小を始め体に穴が開く。体の至る部分が高速で移動を始め、摩擦で生じた熱がフィッシュを焼く。膨大な熱に晒されているのにも関わらず寒気がフィッシュを襲う。拡張され、縮小され、引き延ばされ、高速で無理やり体の一部だけを動かされる。分子レベルで行われるその行為にフィッシュの快感は次第に薄まり始め、言葉にはならないほどの激痛となってフィッシュを襲い始めた。
声ならない絶叫と共にフィッシュは涙を流して赦しを乞うた。
それに対し少年は俯かせていた顔を上げ、顔を強張らせて泣くのを我慢しようする子供のような表情をしながら沈痛な声で諭すように話しかけた。
「フィッシュ…お前は超えてはならない一線を超えてしまった。廻り者として、お前は同胞だと思っている。……だか、お前のやってしまったことはどうにも看過できることじゃない。決して赦されることではない。俺はお前を排除するが、お前の罪は俺が背負う。……フィッシュ。…俺を恨め、俺を憎め、決して俺を赦すな。すまない…。俺にはお前を殺すことしか出来ないんだ」
黒の絶対空間が解かれる。
真っ黒な半球が展開されてから、すぐあとからに駆けつけた雄英の教師陣も半球の中から響く絶叫と何かが灼熱に晒される音と何かが砕かれ、すり潰される音に急いで半球へと手を伸ばした。
慌てて少年の仲間である生徒二人が静止するように叫んだ。
それでも尚、教師陣は尋常ではない音が鳴り響く半球の中へと手を入れようとする。その行為は半球の正体を知っている生徒二人からすれば間違いなく愚行であった。
そして、様子見として分身能力を持つエクトプラズムが半球に触れた。そして、引き摺り込まれるように呑み込まれて消滅した。
このことに雄英の校長こと頭のいいネズミが速攻で乗り込みを中止、静観を余儀なくされた。
そんな絶対空間が解かれた。
重瞳の黒い霧が晴れた先、その中心には普通科の問題児である少年が特徴的なナイフを呆然と見つめて立ち尽くしていた。その姿には覇気がなく、すぐにも消えてしまいそうな儚い雰囲気を纏っていた。
その姿に彼の仲間の二人が飛び出そうと身を乗り出した。しかし、こんなことがあった以上危険と判断した教師陣が二人を取り押さえると、呆然と立ち尽くす件の生徒をプロヒーローでもある教師陣が瞬く間に取り囲んだ。
教師が来てもなんの反応も示さない少年を教師たちは仕方がないと恭しく拘束をすると他の生徒たちの目に入らぬよう連行していった。その間でも二人の仲間は抑えられながらも少年に声を掛けるが、少年はなんの反応も示さず一人、静かに涙を流した。
USJ編、終わりです。
推しは耳郎ちゃんと上鳴くんのCPです。