この素晴らしい世界に祝福を!アナザー・ユニバース・アイアンマン 作:Tony.Stank
「降伏しろ。最初で最後の警告だ」
トニーが光る掌を私に向けて降伏を促す。
「この男の言う通りにした方が良い。彼の手から出る熱線の威力は……んんっ……強力だぞ」
知ってる…………うん、よく知ってる……。だってパーティーメンバーだし……。
あと、私の親友は隣でため息ついているトニーに気がついてないのだろうか。
「さて、警告はしたぞ。言っておくが、僕らはさっきのおもちゃの兵隊のようにはいかないぞ」
「はは……手厚い歓迎だね……」
左半身を相手に向け、半身の構えをとる。相手に見えないよう、ダガーを右手に握って。
傷つけるつもりはない。
……相手もそうだったらいいなぁ。
「ごめんっ!」
先に動いたのは私だ。
トニーの足元目掛けてダガーを投げつける。
彼の弱点は、トニー自身が実験で教えてくれた。
それはスティール。
スティールだけが私が今ここでトニーに刺さる唯一の武器!
ダガーがトニーの足元に突き刺さり、それにトニーが気を取られ……。
「これでけん制のつもりか? お粗末すぎる」
……ない。それどころか、刺さったダガーをこちらに蹴飛ばし……。
──って! ちょっ!?
「あ、あぶなぁっ!?」
私のスカーフを掠め、そのまま廊下の遥か奥の闇へと消えていった。
……いつもの高いダガーじゃなくてよかった。
「おいトニー!」
「叫ぶなダクネス。当てないように計算して蹴飛ばしたさ」
「そ、そういう問題じゃないと思うな!?」
思わずいつもの調子でツッコんでしまった。
「……で、今のは投降の証として武器を捨てたんじゃないんだよな?」
ふざけてる間に、トニーが再び掌をこちらに向ける。
この狭い廊下でリパルサー光線を撃たせちゃいけない!
私も即座に掌を相手に向け……。
「『スティー」
「任せろ!」
が、私が唱えるよりも先に、ダクネスが私とトニーの間に飛び込んできた。
思わず手を止める。仲間の盾になる時はとても速いのがダクネスだ。
トニーを背にして手を広げ、盾になっている彼女は不敵に笑う。
「フッフッフ……スティールか? 残念だったな、この男にスティールが致命的に効くのは把握済みだ。私が全て防いで見せよう!」
「……なんで言ったんだ?」
「あっ……す、すまん……」
当事者なので知ってるとは言えない!
私は素早く背中に手を回し、予備のワイヤーを手に取る。
騎士系の職は盗賊職と相性が悪い。まずはバインドで素早くダクネスを封じて、盾を崩す。
軌道が見えないよう、暗い足元を這わせるようにワイヤーを投げた。
「『バインド』ッ!」
詠唱と同時に、放たれたワイヤーがヒュンッとダクネス目掛けて飛んでいき、その体にまとわりつかんと…………。
…………した瞬間、私の目の前の空間が歪んだ。
それからほんの一瞬遅れて、ゴウッと衝撃波が私の体を駆け抜けた!
「ふわーっ!!」
為すすべなく地面を転がってしまう。
先ほどの弾幕から生き残っていた廊下の窓ガラスが全て砕け散り、廊下は再び砂ぼこりにまみれた。
い、今のは……!
私が気が付くと同時に、砂煙の向こうからその答えが返ってくる。
「やっぱりこのエアバーストは……私が望むシチュエーションからは遠ざかってしまう代物だな……」
「そうか。君の望むシチュエーションは明日からギルドのみんなにララティーナって呼ばれる事か」
「ごめんなさい……」
……仲良くできてるみたいで何よりだ。
でも、これはチャンス。
ダクネスのエアバーストで床の砂塵が巻き上げられたおかげで、相手からは私が見えていない。
私は潜伏スキルを発動させ、策を用意してこっそりと二人の元へ。
後もう少しという所で、聞き覚えのある音が静かに響いた。
キュイーンという、何かをチャージしているような音。
その音が鼓膜に届くと同時に背筋が凍り、全身に戦慄が走る。
リ、リパルサー・レイのチャージ音!
「ふ、ふわーっ!!」
砂煙の中にキラッと何かが光ったかと思うと、一条の光が砂煙を突き抜け、私の顔のすぐ横を通り過ぎた。
し、心臓が持たない…………。
ゆっくりと、地面に散らばったガラスを踏み砕きながら、トニーがこちらに向かってくる。
「残念だったな。サーモバイザーを使えば潜伏スキルは簡単に見破れる。生気で探知するアンデッドに潜伏スキルが通用しないようにな……。それに、何を隠そう、僕のパーティーメンバーにも盗賊職の子がいてね。前に潜伏スキルを使ってる彼女をこっそりサーモバイザーで見てみたんだ。結果は見ての通り。まぁ、君にこんな話しても分からないだろう」
勝手に何をやっているのだろうこの人は。
いや、潜伏スキルを使うモンスターはいるし、対策として実験したんだろうけど……。
「あっ、この事彼女には言うなよ?」
本人ですけど。
…………これは完全に想定外。
予想以上にトニーがこの世界のスキルや魔法に対して知識を蓄えている。
まさかアンデットの性質を知り、そこから科学技術を応用して潜伏スキルを破ってくるなんて……。
「いやぁ……こんな手ごわい屋敷は初めてだよ。どうしてこんな大きくもない悪徳貴族の護衛を?」
「なに、プロとして仕事に徹しているだけさ。泥棒ごっこする悪ガキを捕まえるっていう仕事にな」
…………彼を、試すつもりだった。
アイアンマンについて綴られた書類だけではわからないことがある。
だから、彼を知ろうとした。トニー・スタークを知ろうとした。
一緒にクエストに行って、一緒に打ち上げして。そして、こうして手を交えて。
どんな風に戦うのか、彼はどんな風に世界を救うのか。試してみようと思った。
だが、とんでもない──
「……で? 万策尽きたか? ヒーロー」
──試されているのは、私の方だ。
にしても、暗闇の中、砂煙の向こう側から目と掌を光らせてそのセリフを言うのは……なんというか、すごく悪党っぽい。
「言ったら策にならないと思うなぁ!」
熱探知。確かにそれを使われたら、あたしがどこにいるかはお見通しだろう。
でも、裏を返せば熱を持っていないものは探知できない。
つまり、私が今何を持っていて、何を仕込んだかまでは見えていないって事だ。
私が身に着けているワイヤーを使い果たしたので、トニーはバインドを警戒していないだろう。
「トニー! 私より前に出るな! スティールを食らったらどうするつもりだ!」
「砂ぼこりで君はまともに見えないだろ? いいからしばらく待機してろ」
トニーがダクネスに待機命令を出す。
ダクネスのエアバーストはかえって好都合だった。
私は地面にすぐさましゃがんで手をつき、あるものをギュッと握りしめる。
握りしめたのは、先ほど仕込んだ
「なんだ? やっぱり降参──」
「『バインド』ッ!」
「ッ!?」
廊下のカーテンを結び合わせてできた長い即席のロープが、トニーの手足をからめとった!
私がダクネスのエアバーストで吹き飛ばされたとき、無意識に窓のカーテンをつかみ取っていた。
そこから思いついた策だったけれど……上手く行ったようだ。
外れたカーテンを繋げ、ロープを作っている時に分かったが、ここのカーテンはお金にものを言わせて作った超高級品だ。
丈夫で切れにくく、天気によって遮光性を変える高価な魔繊維が使われている。
いくらアイアンマンスーツと言えども、すぐさま引きちぎることはできないだろう。
私は手元にある、トニーとつながったロープを思いっきり引っ張る。
「いい策だが、君程度の力で僕が転ぶと思っているのか!!」
両足を縛ってくっつけているとはいえ、重いアーマを装着したトニーを転ばせるのは一苦労だ。
でも、転ばせるのに必要なのは力だけじゃない。ただほんのちょっと、足裏と床に隙間ができればいい。
あとは、トニーのバランスをほんの少しだけでも崩して、自分の幸運を信じるのみ。
両手でしっかりとロープを握り、歯を食いしばり、全身全霊の力を込め、体を反転させて引っ張る。
「はぁぁああッ!!」
「ぐっ……」
グラリと、トニーの体が少しだけ揺らぎ、バランスをとるために、縛られたままの両足で小さく跳ねる。
その着地点は……、
これで……──
──……あれ?
トニーが転ぶ感触も、地面に倒れる衝撃も、一切伝わってこない。
おそるおそる体を戻すと…………。
そこには、棺に入れられた人みたいな体勢で足の裏からリパルサーを照射して浮かぶトニーの姿があった。
そ、そんな…………。
「どうした? 空飛ぶ鎧は初めてか? 足をそろえて縛るべきじゃなかったな。残念だが、これでもうゲームオーバーだ」
腕に力を入れたのか、巻き付いたロープがギシギシと悲鳴を上げ始める。
でも……。
「まだやれるよ!」
できる限りの前傾姿勢をとり、地面を踏み砕かんばかりの勢いで前へと蹴り出て、ロープを引っ張る反動も利用してトニーの元へと猛スピードで突っ込む。
正真正銘、これが最後の悪あがきだ。
「ッ!? 随分と諦めが悪いやつだな!」
全体重を乗せたタックル。浮いてるトニーは地に足をつけて踏ん張ることもできないため、そのまま私と一緒に地面に倒れ、数メートル程滑る。
「ト、トニー!? 大丈夫か!?」
地面を滑った際に、ダクネスを通り過ぎたみたいだ。
彼女の声が背後から聞こえる。
ダクネスがこちらに走り出す足音が聞こえるが、スティールを一発撃つ位の時間ならある!
馬乗りになっているトニーにすかさず掌を向ける。
「ば、万策尽きたかな!?」
我ながら負けず嫌いだ。
自分の運の良さから言って、トニーのスーツの主要パーツを確実に奪う自信はある。
ちなみに、前回実験でトニーにスティールをかけた時は、胸に灯るアークリアクターを抜きとってしまい、私は手にやけどを、トニーはスーツの修理に徹夜するという大惨事になった。
運が良いのか悪いのかわからないけれど、今回はちゃんと対策をしてきた。
それが今日はめてきた、このファイアードレイクの皮を使った手袋だ。
これなら高熱のリアクターを握っても問題ない!
……?
……なんだろう?
「サービスだ、教えといてやるよ。今僕の上からどけば、君は五体満足で牢屋に入れるぞ」
……これは見たことが無い。トニーについて記された資料の内容は、彼が元の世界で成したことと、善行と悪行。
彼の技までは載っていなかった。
そして、トニーはこんな状況ではったりを言うような男ではない。
私のカンが告げている。これ以上は、取り返しのつかないことになりそうだと。
もう十分だろう。ここまでだ。
私はゆっくりとトニーに向けた手を下ろした。
「…………いい子だ」
トニーの胸の光も、段々と小さくなる。
……少し、頭に血が登りすぎていたかもしれない。
今日トニーと手を交えて、私は彼についてよく知ることが出来た気がする。
私は今まで、トニーがスーツで戦ってる所しか見たことがなかった。
だから、トニーの武器はスーツなのだと思っていた。
でも、それは間違いだったのだ。
トニーは、この屋敷をほんの数時間で鉄壁の要塞へと変えた。
そしてそれは、紛れもなくのトニー自身の力で作り上げたものだった。
私は、スーツを纏ったトニーがアイアンマンなのではなく、彼自身がアイアンマンなのだと言う事を、この理不尽な屋敷に侵入して理解した。
私とダクネスの装備を作りあげた時点で気が付くべきだったな……。
ゆっくりと、私は口を開く。
「ねぇ、その……どうか聞いてほしいんだけど……あたしはぐっはぁっ!?」
途中まで喋ったところで、背後から強烈な一撃をもらい、トニーの上から吹き飛ばされる。
「…………聞いてるぞ?」
完全な不意打ちだ。敵感知にも反応があったのに、トニーに夢中になりすぎた!
い、いたた……。
背中をさすりながら立ち上がると、一機のドローンが私に背を向け、トニーの方を向きながら。
『スターク先生! ダクネス先生! 大丈夫ですか!』
ドローンに搭載されたスピーカーから聞こえてきたのは、まだ幼いと若いの中間と言った印象を受ける声。
「その声、めぐみんか?」
倒れていたトニーも、驚いたような声色をしながら立ち上がる。
あ、もうロープちぎられてる……。
『えぇ、私です』
「……一体いつからドローンの操作なんてできるようになったんだ?」
『十分前からです。操作方法は隣で見てたので、大体わかってますよ』
「……優秀な生徒を持ててうれしいよ」
「す、すごいな……私なんて何もわからなかったぞ……」
めぐみんが操作しているドローンは、トニーの安否を確認すると、クルリと回って機体の正面を私の方へと向ける。
ドローンの前部についているサーチライトから放たれる光がまぶしい。
私を光で照らしながら、そのドローンは。
『さぁ、これで三対一です! おとなし……く……』
だんだんと、声が尻つぼみになっていく。
……? どうしたんだろう?
見れば、トニーもマスクを開けて、今まで見たこともないようなあっけにとられた顔をしている。
ダクネスに至っては、放心状態って感じの…………。
ま、まさか…………!
ハッと我に返り、自分の顔に手を置く。
手袋越しに感じる素肌の感覚に心臓が跳ね上がり、冷や汗が背中を伝う。
「クリス…………?」
絞り出すようなダクネスの声に、体がびくりと震える。
「あ、あはは……や、やぁ……」
「様になる場面でこっちからカッコよく……とは言えない名乗りだな……」
呆れたような口調でトニーが言った。
……何も言えない。
「……それじゃ、話を聞かせてもらおうか?」
▽
屋敷の庭にクインジェットを着陸させ、機体の中に戻った僕達は、正座をしているクリスを生徒含めた全員で囲んでいた。
「さてクリス……なにか申し開きはあるか?」
腕を組んだダクネスが、クリスの真正面に立つ。
にじみ出る剣呑な雰囲気に、生徒たちもどこかおびえた様子だ。
「えっ……えっとね……い、いやちょっと待ってダクネス! ああああああ! 頭割れちゃう! まだ何も言ってないのに!」
頭にアイアンクローを食らったクリスが、ダクネスの腕をタップして悲鳴を上げる。
「言いたいことがあるなら聞いてやるとも! これはただの準備運動だ! だが、返答次第によっては頭がヤシの実のように握りつぶされると思え!」
「……ヤシの実って素手で握りつぶせるものでしたっけ……?」
「さぁな……モンスター基準で言えばそうなんだろ」
物騒なことを言い出すダクネスと、くだらない言い合いをする僕とゆんゆん。
「わかったから放して!! これじゃまともにしゃべれないから!」
「おいダクネス、いい加減放してやれ。まずは話を聞いてやれよ」
「……ハァ」
「ううっ……脳みそはみ出るかと思った……」
クリスはダクネスから解放されると、涙目で頭をさすりながら経緯を語り始めた。
「──女神エリスの信託を受け、神器を回収ねぇ……」
中々上手く考えたじゃないか。
僕がほくそ笑みながらクリスの方を見ると、クリスは気まずそうにフイッと視線を逸らした。
「……大体事情は把握した。しかしだ……いかに親友といえど……罪人を見逃す訳には…………」
「うっ……だよね…………」
僕としては見逃してやりたい所だが、クレアと取引をしてしまった以上、取り逃したなんて結果は絶対に駄目だ。
僕の発明品を配備する。
それはすなわちこの世界の平和に繋がる。
クリスを見逃して取引をフイにするか、クリスを逮捕して取引を成功させ、世界平和に一歩近づくか。
天秤にかけるまでもない。
とはいえ…………。
「スターク先生…………」
それは、生徒たちの中からボソッと聞こえた非難のようにも聞こえる僕を呼ぶ声。
その声に振り向くと、生徒たちが僕とダクネスを何とも言えない目で見ていた。
「うぐ……」
その目に、ダクネスがばつの悪そうな顔をする。
「君達がこういう弱きを助け強きをくじくようなヒーローが好きなのはわかるが、そんな目で僕らを見るな。僕だって、パーティーメンバーを自らの手で牢屋にぶち込むなんてことはしたくない。そしてダクネスも、親友かつパーティーメンバーが貴族の屋敷に侵入して盗みを働く奴だってバレたら、貴族としての立場が悪くなるだろ」
「別に、私の貴族としての立場などどうでもいい。だが、見逃してしまっては……それこそ友のためにならないのでは……」
「頭が固いな……清濁併せ吞めるようになれよ、ララティーナ。だが正直、僕はクリスをこのまま逃がしたらあまりよくない状況になる。そこでだ、間を取った良いプランがある」
僕の良いプランという言葉に、クリスが何かに気が付いたような顔をした。
「お察しの通り、ようは彼女を捕まえたという事実だけあれば良いんだ。その後のことは僕達には一切関係ない」
「それって……」
「そういうことだ。クリスを引き渡した後で、彼女を脱獄させる」
生徒たちの顔が一気に明るくなる。
だがダクネスだけは暗い顔のままで。
「おいダクネス、納得できないのか?」
「……難しい所だ。これが正しいような気もするし、そうでないような気もする…………」
「もちろん、法に則って悪徳貴族を潰せるならそれに越したことはない。だがな、君だって仮にも貴族なら分かるだろ? 法じゃ裁けない奴がいるんだ。特に、貴族の権力が強いこの国じゃな。クリスが仕事をする方が、世のため人のためになると思わないか?」
「ト、トニー…………」
「う、うむ……」
僕の言葉にクリスが感動したような声を出し、ようやくダクネスも納得の表情を見せ始めた。
「という訳だ。銀髪の義賊脱獄作戦。異議のあるものは…………いないな。よし、これで行くぞ。後は、彼女が逃げるシナリオな訳」
「はい」
シナリオという言葉にいち早く反応したあるえが、目にも留まらぬ速さで手を挙げた。
自信満々な顔を隠そうともしないあるえは、なにやらよく分からないポーズを取り、ダースベイダーのテーマを口ずさみながら前へと出て。
「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者!」
「──シナリオライターを…………私に任せてください」
そう言って、ニヤリと笑って見せた。
▽
──それから三日ほど経ち、この里に来てから早くも一週間となった。
結果から言うと、クリスの脱獄作戦は成功した。
クリスが捕まらなきゃ僕の取引は失敗として水の泡になる。
ダクネスもクリスを捕まえたら彼女自身の貴族としての立場が悪くなる。
だが、僕もダクネスもクリスを危険に晒すような真似はしたくなかった。
僕はともかく、ダクネスに至っては銀髪の義賊=クリスという事が発覚すること自体が不味い。
つまり、最もベストな終わり方は、銀髪の義賊は捕まり、その輸送の道中で彼女の素顔が暴かれること無く、彼女が脱出すること。
僕の取引、ダクネスの立場、クリスの安否。
それら全てをクリアするシナリオはこうだった。
まず、僕のラボにあったナターシャ・ロマノフの潜入工作用フェイスマスクを使ってクリスの顔を変える。
その後で蚊程度の大きさの小型のドローンを彼女の服に忍ばせておき、輸送中に展開。見張りに麻酔を注射して眠らせ、無力化する。
見張りが倒れたのを確認し、服の隙間やブーツの裏等にパーツをバラバラにして仕込ませた小型アセチレンバーナーを組み立て、手錠と扉を焼き切って脱出。
B級スパイ映画のシナリオだったが、彼女は上手くやってのけたようだ。
おかげで僕の取引は大成功。
今まで誰もなし得なかった義賊捕縛の功績をたたえられ、正式に王都への僕の装備の配備が決まり、資材も資金もたっぷり手に入った。
輸送中取り逃がした件については、僕の管轄外だったということで責められることはなかったが、この先もう一度捕まえ、今度はその輸送も頼むと依頼をされた。
王都防衛線の装備生産、配備などで忙しくなるため保留という形でやんわりと断ったが……まぁ、また次回があったらその時も上手くイタチごっこを演じれば良いさ。
それと、もう一つ……。
「魔法の研究は進んでるか? 『流星の鎧に身を包みし者』トニー・スターク!」
僕に変なあだ名がついた。
この里では、派手な活躍をした者や気に入った者に二つ名をつけるみたいなのだが……。
銀髪の義賊を捕縛したことと、鎧がかっこいいからという理由で僕にも二つ名が付いたそうだ。
ちなみにその二つ名の由来は空飛ぶ姿がまるで流星のようだったからとかなんとか。メルヘンチックなことだ。
「魔力は生体電気に酷似していた。体の中に流れる生体電気を……」
今はお昼近く。
僕はブランチの『死の女神による永遠の炎で揚げられしカツサンド』を食べながら、喫茶店の店長に魔法について得た知識をひけらかす。
カツサンドを食べ終え、知識をひけらかし終えた僕は学校の図書館へ向かい、今日も図書館で魔導書漁り。
ちなみに、里にある秘密の魔導書とかの大半は先祖代々伝わる漬物の漬け方とか、おばあちゃんの知恵袋だとかくだらないものを仰々しい札とかで飾っているだけの代物ばかりだったのでその場で捨てた。
ひどい肩透かしだ。
コーヒーという名の精神安定剤を片手に図書館で魔獣関連の本を読み漁っていると……。
目の前の席に、見慣れた生徒の一人、めぐみんが座っていた。
「……君、授業は?」
「午後の授業は体育ですので……調子の悪い私はここで休んでいるのですよ」
「とてもそうには見えないけどな……」
「私の中に封印されたアレが目覚めようと……」
「へぇ。サナダムシか? アニサキスか?」
僕のジョークにめぐみんは顔をムッとさせて机をたたく。
コーヒーがこぼれるからやめてほしい。
「なんで寄生虫なんですか!」
「なんか野生生物を捕らえてムシャムシャ食ってそうだからな」
「ちょっ……いくら何でもデリカシーが無さすぎですよ!? 確かに我が家は貧しく、自然の恵みにあやかることもありますが、そんな何でもかんでも捕まえて食べてるわけでは……わけでは……」
「食べてるのか」
「……よく噛めば死にますよ」
「……調子悪くなったら言えよ。僕のラボでスキャンしてやるから……」
と、めぐみんを軽い言い合いをしていると、空に巨大な炎が打ちあがった。
あれは……。
「あれは、スターク先生への合図ですか?」
「だな……それも、結構大ごとのようだ」
空に浮かんでいるのは、僕のアークリアクターの形を真似た逆三角形の炎。
よく魔法が打ちあがる紅魔の里で、僕への合図がわかるようにと考えて作った合図らしい。
……押せば僕につながる端末でも渡そうと思ったのだが、こっちの方がカッコイイからと断られてしまった。
全く、ここは本当に素敵な場所だ。
「それじゃまたな、めぐみん。やっぱりからかった君の反応を見るのは楽しいよ」
「……私が爆裂魔法を覚えたら、先生を最初のターゲットにしても良いですか?」
「望むところだが、賢い頭脳を持っているなら耐えられたうえで反撃されることも視野に入れておけよ」
コーヒーをグイッと飲み干し、図書室から外へと出てスーツを装着する。
めぐみんの紅い眼光をバックに、僕は合図があった方角へと飛び立った。
──呼び出しの魔法が放たれた場所の元まで飛んでみると、そこにいたのは里のニート、ぶっころりーだった。
「よく来てくれた、外の……いや、スタークさん。これは極秘任務でね……」
「だったらあんなでかでかと合図を送るなよ……」
「いや、極秘というのはカッコイイから言ってみたかっ……わ、悪かった! 俺が悪かったから掌をこっちに向けないでくれ!! あっ……でもカッコイイな……そのポーズ……」
「……で、僕を呼んだ訳はなんだ?」
ふざけたことを抜かすニートを黙らせ……いや、黙ってないが本題を促す。
「邪神さ」
「……邪神?」
得意げに言うぶっころりーに、思わずオウム返し気味に尋ねる。
すると、ぶっころりーは親指でクイッと後ろにある魔法陣みたいなのが描かれた石碑を指さした。
「この里には邪神が封印されているんだけど、どっかのバカがそれを解こうとしたみたいでね。今こうして再封印の準備をしてるんだ。スタークさんに頼みたいことは、封印に失敗して邪神の下僕が出てきたら殲滅するお手伝いをしてほしいんだ」
「Hmm……なるほど、了解。それじゃ、僕は向こうでポップコーン片手に邪神の封印とやらを見てるよ」
言ってる事の意味あまりよく解らなかったが、要するにあの魔法陣から化け物が出てきたら仕留めればいいって事だろう。
僕は適当にその辺に腰を掛け、ロックな音楽を流す。
いきなりくつろぎだした僕を見ても特になんら反応することもなく、ぶっころりーは作業しながら僕に質問してきた。
「ところでスタークさん、今日は学校じゃないのかい?」
「今日は非番だ」
「そっか。学校はどう? 俺もあの学校は行ってたから、生徒たちのことが気になってね」
「まぁ……悪くない。ちびっ子たちは楽しんで授業を受けてくれてるし、頭もいいから教えがいがある」
「へぇ……外のことを教えてるって言うけど、例えば?」
「そうだな……前は一緒にクエストに連れて行った。銀髪の義賊の捕縛にな」
ぶっころりーはそれを聞いた途端、飛び出しそうな程目を見開き。
「はっ……えっ……あれってスタークさんが単独で捕まえたんじゃなくて、生徒総出で捕まえたの!?」
「あぁ、クエストを体験するって授業だ。終わった後に、ギルドの酒場で打ち上げだってしたぞ」
「い、いいなぁ……」
『酔ったボスが売られた喧嘩を買って暴れられたせいでしばらく出禁になっていなければ、いい話で終わっていましたね』
フライデーがうるさい。
大体あれは絡んで来たチンピラを撃退しただけだろうに。
「おいぶっころりー、手を動かしてくれよ。早く帰りたいんだから」
「あ、悪い悪い。しかし羨ましいなぁ……」
ぶつぶつ言いながら持ち場に戻っていくぶっころりー。
授業の話でクラスの子供たちを思い出し、ふと次の授業で何をしようか思慮にふける。
そう言えば、めぐみんがドローンの操作を瞬時に覚えてたっけな。
あの子は天才気質だが、他の子達だって覚えさせれば操作はできるはずだ。
生徒達にドローンを操作を覚えさせ、今度は討伐クエストを手伝ってもらうのもありかもしれない。
そんな風に、何かアイディアを考えてはデータ内のメモ帳に書き留めるなりして時間を潰す。
……どれくらい経ったろうか。空が赤い事から察するに、もう夕方近いだろう。
随分拘束してくれるものだ。
スーツを着たままその辺の草原に寝っ転がって、データをまとめたりボーッとしていたのだが……。
ふと気が付けば、人が増えていた。ぷっちんの姿まである。
そして、そこにいる人たちの表情はなんだかヤバイといったような、でもそれをどこか望んでいたかのような、ワクワクした表情で。
……いや、さっぱりわからん。
変なものを封印してるんじゃなかったのか?
話を聞こうと、体を起こしてみんなに近づこうとしたその時。
「封印が解かれるぞー!!」
誰かが叫ぶと同時に、石碑からピシりと音が聞こえ、どす黒い闇色の光柱が魔法陣から空へと伸び……。
「迎撃態勢を取れーっ! いざとなったら奥の手を使ってでも封じ込めろ!!」
大量の蝙蝠みたいなモンスターが、まるで蚊柱のように空で展開した。
ざっと数えても数百はいるだろう。気持ちが悪い。
叫んでる紅魔族の連中は、心なしか演技がかった表情と声をしているのが気になる。
なんてことを思っていると、ぶっころりーがどこか嬉しそうな顔をしながら。
「スターク先生! お願いします!」
…………。
「まぁ、別に構わないが……なぁ、この現象をワザと起こしたりしてないよな? 邪神の封印が解けたとかってワードに痺れてやったとか、飛んで戦う僕が見たかったとか、そういうことじゃな……おい、僕の方を見ろよ」
こいつら演出の為に村に化け物を放つことさえいとわないのか。
さすがの僕でもそこまではしないぞ。
「はぁ……ったく、終わったら一杯奢れよ!」
「おお! いいセリフだ!」
ずっと寝っ転がってなまり始めた体の準備運動にはもってこいかもしれない。
マイクロミサイルを展開し、空を飛ぶモンスターたちをロックオンし、一気に発射する。
ミサイルと並行して飛ぶかのようにその場を飛び立ち、モンスターの群れの中へと飛び込んだ!
「ったく、どれだけいるんだ……!」
まるでイナゴの群れの一部になった気分だ。
リパルサーを何処に撃っても敵にあたる。
所々爆発音や雷のような音が聞こえるあたり、下にいる紅魔族達も迎撃してくれているみたいだ。
「スタークさん! 群れの一部が離れて西側に向かってる! こっちは俺たちに任せて、そっちを追ってくれないか!?」
下からぶっころりーが大声が聞こえてきた。
大声で返すのも面倒だったので、返事代わりにそのまま離れていった群れを追いかけた。
こいつら、攻撃してくるでもなく、ひたすら周りをキョロキョロと見まわし、何かを探している様子だ。
……気になるな。
いったん攻撃を控え、僕は群れを追いかけることにした。
──群れを追いかける事数分。
大体こいつらの思惑が読めてきた。
こいつらは、明らかに何かを探している。
それも、尋常ではない必死ぶりだ。群れの仲間を叩き落しても、こいつらは僕に応戦するより回避に専念し、ひたすら地上を探し続けている。
……連中が探し続けているものも気になるが、今も地上の紅魔族達がこのモンスターの群れをせん滅しようと奮闘している。
そろそろ僕の方も片をつけるべきだろう。
群れの観察を切り上げることにした僕は、そのままモンスターの群れ全てに照準を合わせ、一気にせん滅しようと──!
「『エクスプロージョン』────ッッッッ!!」
「ぐあああああああああ!?!?!?」
瞬間、目の前が真っ白に染まり、スーツ越しにすさまじい衝撃が駆け抜け……。
突如発生した破滅的な威力の何かに巻き込まれた僕は、空中の制御を完全に失い、そのまま地面へと墜落する。
落下と共に意識も遠のいていく。クソ、今の衝撃で頭にダメージをもらったか……。
意識を手放す刹那に見えたのは、陽もほぼ落ちて暗くなりかけている空に咲く巨大な炎の大輪だった──。