この素晴らしい世界に祝福を!アナザー・ユニバース・アイアンマン 作:Tony.Stank
「……なんで空飛ぶキャベツがこんなにおいしいんだ……?」
「懐かしいね、僕も前はおんなじことを考えてたよ。美味しさ余って机を吹き飛ばしたけどな」
ギルドの酒場で、炒めたキャベツを食べながらトニーとそんなやり取りをする。
俺は……というか、俺たちは緊急クエストでギルドに召集されたかと思えば、キャベツ狩りに駆り出されていた。
そう、キャベツ狩りである。
アクア曰く、この世界のキャベツは食われまいと飛ぶそうだ。
納得いかねえ。
だが、味が濃縮したというキャベツはそれはそれは美味しかった。
ホントに納得いかねえ。
「かふまかふま! ふぉれおいひいわふぉ!」
「飲み込んでからしゃべれよ」
リス見たいな顔したアクアが差し出してきたのは、ドレッシングがかかった生のキャベツサラダ。
今迄見てきたどんな生野菜よりもみずみずしい表面をしている。
アクアの口からシャキシャキと小気味いい音が聞こえて来るあたり、歯ごたえもかなりよさそうだ。
空飛ぶキャベツなんてクソくらえと思いつつも、つい手を伸ばしてしまう。
ちきしょう、体はいつだって正直だ。
「……?」
なんて、キャベツにフォークを突き刺そうとした時。
まるで落ち葉が落ちる様を逆再生したかのような動きで、キャベツがゆっくりと浮かび上がり……、
俺の頬めがけ、勢いよく身を捻って──
「うおおおお!?」
「気を付けろジャージボーイ。僕もビンタされたことがある、強烈だぞ」
──それを食らう直前で、横からトニーがフォークを俺の頬とキャベツの間に突き出して防いだ。
トニーはキャベツと幾度かの攻防を繰り広げ、フォークで串刺しにして成し遂げた顔で頬張る。
「……なんかもう、食欲なくなってきた。お前は何とも思わないの?」
「おかしいと思ってるから目下研究中だ。今のところ魔力と呼ばれる万能エネルギーが関与している事以外は不明。……味は気に入ってるが」
そういや天才科学者だったか。
トニーより上手にキャベツを仕留めて食べていためぐみんが、先ほどのトニーの様子を見て。
「だいぶキャベツを仕留めるのが上手くなってきましたね。ですが、まだまだ無駄な動きが多いうえに、攻撃への対処が遅いですよ」
「そりゃどうも。仕留めたものを出してくれるのが一番なんだが」
「何でも新鮮な方がおいしいに決まってるじゃない。トニーは活き造りを知らないの?」
「その言葉は知っているが、野菜に適用されるとは僕でも知らなかったよ!」
この世界で半年以上過ごしてきたという、異世界転生の先輩トニーも、野菜の活け造りという謎ワードには流石に突っ込んだ。
俺はそんな様子を見ながら、生野菜を食うのをあきらめて炒めてある方を食べる。
「俺はキャベツと戦うために異世界に来たわけじゃねぇぞ……」
たべながら、さっきキャベツと戦ったことを振り返り、はたと思い出す。
パーティー総出でキャベツを追っかけまわしてた時、トニーの姿が見当たらなかったことについてだ。
「……そういやトニー、お前緊急クエストの時どこ行ってたんだ? トニーの実力がどんなもんかとか色々気になってたんだけど」
俺はトニーの戦う姿を知らない。
知っているのは、パワードスーツを身に纏って戦うということだけだ。
どういった系統のパワードスーツなのかも想像がつかない。
これでもバトルロボットの名産国である日本に生まれた男の一人。
期待してないと言ったら嘘になる。
「教師をやってるって言っただろ? それで紅魔の里にね。僕のジョークで和ませながらの楽しい授業さ」
「生徒たちの未来が不安になるわ。それはいいとして明日クエストに行かないか? 顔見せはしたけど、結局クエストはまだ一緒に行ってないんだし。手伝ってくれるんだろ?」
クリスとの勝負で得たお金もあることだし、防具もそろえてジャージ姿を卒業できるとなると、クエストにも行ってみたくなるもんだ。
それと、やっぱパワードスーツが気になる。
「ああ、もちろん。君の指揮能力を見てみようと思ってたところだ。あ、ついでに言うと、僕の生徒は優秀だぞ。めぐみんがいい例だ」
「問題児製造機じゃねーか」
▽
翌日の、冒険者ギルドにて。
「……おお、様になっているな」
「冒険者らしくなりましたね」
テーブルで朝食を食べてたダクネスとめぐみんが、金属製の脛あてや篭手、革の胸当てを装備した俺の姿を見て、感想を述べる。
「いつまでもジャージじゃアクアがうるさいからな。それよりも、これを見てくれ」
俺は掲示板から剥がしたクエストの依頼書をテーブルの上に置く。
「ゴブリン退治?」
オムレツを口に掻き込んでいたアクアがそれを牛乳で喉へと流し込み、依頼書を見て聞いてくる。
「あぁ、初心者用のクエストだって聞いたし、群れで行動してるならめぐみんの爆裂魔法も使えるだろ」
「ほほう、早速我が爆裂魔法の活躍の場を作ろうとするとは、殊勝な心がけですね。いいでしょう、ゴブリン程度、巣ごと灰燼にしてくれますよ。これでもレベル30です、なんなら杖で撲殺することもできますよ」
「……レベル30? ちょっと待った、お前なんでそんな高いの? ここって駆け出しの街だよな?」
めぐみんは自分の冒険者カードを俺に見せびらかすように取り出して。
「ふふん、実は故郷である紅魔の里にいた頃から、ちょくちょくトニーと爆裂魔法を撃ちに行ってたのですよ。それも、高レベルの魔王軍兵士がいる基地を重点的に。そしてさらに、上がったレベルのスキルポイントは全て爆裂魔法の《威力上昇》や《高速詠唱》に突っ込んでいるので、火力面に心配はいりませんよ?」
「要するに、馬鹿げた威力の魔法を一発撃ってぶっ倒れることに変わりはないって事か」
「……!?」
俺の一言にショックを受けたらしいめぐみんがうなだれて、オレンジジュースをチビチビと飲み始めた。
「で、トニーはどこに行ったんだよ。寝坊したのか?」
「そういえばそうね。私、この時間に焼き立てを出すパン屋さんに行きたかったのに我慢してきたんですけど」
アクアと二人で、遅れたトニーに対して愚痴っていると、うなだれていためぐみんの眼帯が突然光りだした。
「お、おい! めぐみん! 眼帯が光ってるぞ!」
「ぬおおお!? こ、これは一体……まさか、我の秘めたる力の覚醒……」
持ち主であるめぐみんも驚いた様子で謎の茶番を始める。
「あっ! ねぇ見て! 光の先に何か映ってるわよ?」
アクアが指をさしたのは、眼帯から数十センチ離れた空間。
照射された光は、空中にスクリーンみたいに映像を映し出す。
『やぁ、みんなおはよう』
見覚えのある顔……トニー・スタークの顔が、スマホ大の枠の中に投影された。
「……お前なにしてんの?」
『新しく手に入れたオモチャを研究してたら遅くなってね。今からデータをまとめるから、クエストは先に行っててくれないか? 後で追いつく』
「追いつくって……」
「わかりましたトニー。では、先に行って待ってますよ。あんまり遅かったら私の爆裂魔法で終わらせてきますからね」
『僕が早くいかないとまたアクセルの自然が破壊されるって事か。できる限り急ぐよ』
その言葉を最後に、フッと映像が途切れた。
「さっ、それじゃ行くとしましょうか」
「だな」
映像を見終わっためぐみんとダクネスが立ち上がり、ギルドの出口へと向かう。
アクアも特に何も言うこともなく、二人についていく。
俺はその背中を追いながら。
「いや、ちょっと待った。追いつくってどうするんだよ。こっから目的地までそれなりに距離もあるし、どこで待つかも話してないし」
三人は俺の言葉に不思議そうな顔をしながら振り返り……。
「……ああそっか。カズマに説明したのって、トニーの成り行きだけだったわね」
「カズマ、トニーの鎧は……」
「待ってください。ここで見るより、実際に見た方が面白いでしょう。トニーもきっとそっちの方が喜ぶと思います」
それを聞いたダクネスは、やれやれといった笑みを浮かべて鼻で笑うと。
「……そうだな、あの目立ちたがり屋の事だ、そっちのほうが良いだろう」
「トニーらしいわね……いい? カズマ。とりあえず、トニーは絶対追いつくわ。だから特に心配する必要はないわよ」
アクアまで、そんなことを言ってくる。
「わ、わかったよ……その、めぐみんとダクネスの笑顔がちょっと気持ち悪いんだけど」
とりあえずトニーのことについて考えるのはやめて、クエストの目的地である森まで足を進めた。
▽
今回の依頼はゴブリンの討伐。
なんでも、この森の中を拠点として、近辺の村々の家畜やら人やらを襲っているらしい。
討伐すれば一匹二万エリス。どれくらい強いのかは知らないが、初心者向けモンスターと言われる辺り、きっと弱くておいしいモンスターなのだろう。
そんな、今回の標的に対してどう戦うべきか、仲間をどう使うべきか、山道の入り口辺りで考えながら。
「よし、ここで待つとするか。で、どうやってトニーに現在地を知らせるんだよ?」
俺が聞くと、なにやら目をつぶってブツブツつぶやいていためぐみんが目を開けて。
「トニーと連絡が取れました。こちらの座標も確認済みで、もうこっちに向かってきてるみたいです。もうじききますよ」
てっきりいつもの中二病かと思って無視してたのだが、そんなことをしてたとは……。
……というか。
「連絡って、一体どうやってんだよ。そういう魔法か?」
「交信の魔法は確かにありますが、今使用したのは衛星通信です」
「ブーッ!!」
その言葉に、お茶を飲んでいたアクアが盛大に吹き出した。
俺も何か口に入れてたらヤバかったかもしれない。
「はぁー!? ちょっと待ちなさいよ! あの男まさか人工衛星打ち上げたの!?」
「えぇ。そうですよ。衛星が何か知っているのですね」
アクアがめぐみんを揺さぶりながらあれやこれや聞く横で、俺は天を仰ぎながら。
「ファンタジーのファの字もない……」
俺の異世界ライフを次から次へと別の意味でぶち壊してくる仲間に軽くめまいを覚えていた。
まさかワクワクしてやって来た中世風ファンタジー世界の空で、人工衛星が飛んでるなんて誰が思うだろうか。
「……ん?」
空を仰いでいると、青空の中に何か飛んでいるのが偶然視界に入った。
……なんだあれ。鳥か? 飛行機か?
人工衛星が飛んでるんだ、飛行機が飛んでたっておかしくないかもしれない。
冗談めかして考えていると、飛んでいた影はまっすぐとこちらに向けて降りてきていて。
……えっ。
「お、おい! みんな構えろ! なんかこっちに来てるぞ!!」
俺の声に気が付いた三人が同じく空を見るが、まるで焦った様子なんて見せない。
「ああ、来たな。あれがトニーだ」
「……うそだろ?」
影はあっという間に俺達のすぐ頭上まで近づいたかと思うと、地上数メートル当たりで停止……いや、ホバリングしてその姿を見せた。
身長は190センチ程、マッシブな人型のパワードスーツ。
一言でいうなら、パワフルさと美しさの融合。無駄なく洗練されたロマンだ。
赤を主体とした金属のボディに金色のアクセントが映え、新車のスーパーカーを思わせるような流線型のフォルムが光沢と陽の光によってまばゆく彩られていた。
「……カ、カッケェな……」
「だろ? 聞き飽きた誉め言葉だが、何度聞いてもいいもんだ。君もジャージはやめてちゃんとした装備に身を包んだようだな、似合ってるじゃないか」
全身にロマンを纏ったトニーがそう言って、足の裏やら背中から噴き出すジェットを切ってそのまま地面に着地した。
そして、まるでジャケットでも脱ぐかのようにしてパワードスーツをガシャガシャと展開させ、正面から歩き出てくる。
「!?」
へ、変形までするのかよ。
パワードスーツとは聞いていたが、正直ここまで凄いとは思わなかった。
素直にカッコイイ。
「すげぇ……」
「いいねその顔。君にもそんな少年らしい顔ができたのか」
中身が出るや否や皮肉を垂れるようなのが実に残念だ。
皮肉には皮肉で返してやろう。
「……スーツから出ないほうがよかったのに」
「そうしなきゃ素敵な変形シーンが見られなかったんだぞ? それに、ちゃんと僕自身のファンもいるんだけどな。なぁ、そんな事より誰かなんか食べ物持ってないか? 実は朝から何も食べてなくてね。腹ペコなんだ」
俺達の顔をぐるりと見渡して、早口でまくしたてるトニー。
日本人からすればこの洋画チックなノリは少々ノリにくいのだが。
「どうせ演出の為にその鎧を磨いてたとか、そんなオチでしょう? ほら、ツナサンドが三切れありますよ。キッチリ仕留めたキュウリ入りです。アクアから守るのが大変だったのですよ」
「Wow、気が利くな。ちなみにいうとワックスもかけてた。……冗談だよ。例の物干しざおで遊んでただけさ。あとで手伝ってくれ」
「構いませんよ」
それを聞いたトニーは少しうれしそうに眉と口角を上げると、ツナサンドを頬張り、あっという間に平らげる。
そして満足そうに指をなめながら、俺に向き直り。
「さて、今日はなんの依頼だ? 所詮駆け出しの街の依頼だ、大船に乗ったつもりでいろパンツボーイ」
「プッ!」
腕を組んでドヤ顔を浮かべながらパワードスーツに背中を預けてふんぞり返るトニーと、俺のあだ名に吹き出すアクア。
な、殴りてぇ……顔面を殴りてぇ……。
俺がこめかみをヒクつかせていると、ダクネスが少し頬を赤らめて。
「お前は相変わらずだな……そういう煽りは私にしてくれないか?」
「そう怒るなカズマ、悪かった。ちょっとからかいたくなっただけだよ」
「俺は潜伏スキルに窃盗スキルがあるんだからな……いつか覚えてろよ……。ったく……今日はゴブリン退治だよ」
「無視だと……?」
不機嫌そうに吐いたクエスト内容を聞いたトニーはパワードスーツに寄りかかるのをやめ。
「了解だ。作戦は決まってるか? 無いなら僕が指示を出すが」
薄ら笑いを浮かべるのもやめ、パワードスーツをスタイリッシュに変形させて中へと乗り込む。
ぐっ……無駄にカッコいいのがまたムカつく……。
「ちゃんとあるよ。まず俺が潜伏と敵感知で先導して敵を見つける。標的が固まってたらすぐさまめぐみんの爆裂魔法で一網打尽。もし散らばってたら俺が近づいて背後から一匹ずつ倒す。失敗したらダクネスに引き付けてもらいながら俺とトニーで倒す。以上だ」
「悪くない手だ。それで行くとしよう」
トニーが『先導してくれ』と首をクイッと曲げて森の入口を指す。
「トニー以外は……いや、やっぱトニーも聞いてくれ。…………勝手な真似はするなよ?」
俺が真面目な顔してそう言うと、顔の見えないトニー以外、任せろと言わんばかりの自信満々の笑みで首を縦に振った。
本当に大丈夫かよ。
▽
森を歩いてしばらく。
俺があるものに気づき、ハンドサインで全員にストップをかけた。
「どうした?」
不思議そうに聞くダクネスに、俺は口の前に人差し指を立てて静かにするよう促す。
そしてしゃがみ込んで、地面に残された大型の足跡を注意深く観察しながら。
「見てみろ、このデカい足跡。これってなんの足跡か分かるか? どうみてもゴブリンじゃないよな」
「これは……」
トニーも俺の隣にしゃがみこみ、その足跡を見てみる。
地面にあったのは、人間の手のひらよりも大きな、肉球型の深い足跡。
「……肉食獣の足跡ですね。それも、かなりの大きさです」
「形状からしてネコ科だな。それも、かなり新しい」
めぐみんとトニーの分析を聞いたダクネスが血相を変えて。
「ま、待て! アクセル近辺のネコ科の大型肉食獣といえば、初心者殺しではないか! しかも近くにいるだと!?」
「えっと……初心者殺しってなに?」
俺がそう聞くと、トニー以外が何故知らないんだと言わんばかりの目を向けてきた。いや、顔隠れてるだけだからわからんけど。
その途中でアクアがハッとして。
「ああ、カズマはこの世界の常識を知らないアンポンタンだったのを忘れていたわ。いい? 初心者殺しってのはね、ゴブリンとかコボルトみたいなザコモンスターの周囲をウロついて、それを狙ってきた駆け出し冒険者を狩るの。ゴブリンは外敵から守られてお得、初心者殺しは待つだけで獲物が来てお得。いわゆる相りき……えっと……そう、ギブアンドテイクの関係なのよ!」
「なるほど、アクアより賢そうな獣だな。ちなみにそういうのは相利共生って言うんだぞ」
「……ちなみにカズマはヒキニートだから寄生に分類されるわよね」
「……いまだに何の役にも立ってないうえに、酒場でツケまで作ってくるお前も似たようなもんだろ」
頬のつねり合いを始めた俺とアクアを見て、トニーが盛大にため息を漏らす。
「コントやるなら帰ってからにしてくれ。初心者殺しが近くにいるってのに何馬鹿なことやってるんだ!」
「ハッ! そ、そうだ! こんなアホに構ってる場合じゃない!」
「カズマ、敵感知の反応はどうなんですか?」
「今のところ近くにはなんの反応もない」
「僕のレーダーにも反応無しだ」
めぐみんも索敵してるのか、眼帯に何度か命令をして周辺の地形等を調べている。
トニーが作った人工知能が搭載されているとか言ってたが、はたから見たら危ない奴にしか見えない。
それと、今ものすごい変な名前で人工知能を呼んだと思うのだが、聞き間違いであってほしい。
「……それでは、どうするのだ? 一応このまま戻り、初心者殺しが居たことを報告すればいくばくかの報酬がもらえると思うが……」
「んなもん、撤退して報告するに決まってるだろ」
そんな危なっかしいモンスターとなんて戦いたくない。
むしろ、報告するだけでいいならそれに越したことは無い。
Uターンして来た道を戻ろうとすると、トニーが肩を、めぐみんが服の袖をつかんできて。
「……なんだよ」
「待てカズマ。本気で撤退する気か? 僕を見ろ。そしてめぐみんを見ろ。どう思う?」
「一人でも事足りる皮肉屋の中年チートが一名とロリっ子マッドボマーが一名」
「……まぁ、あながち間違ってないな。だが、そうじゃない。ここに、その初心者殺しを簡単に消し去れる存在が二人いるってことだ」
そしてめぐみんが言葉を付け足す。
「それに、初心者殺しと遭遇し、それを倒したとなれば、報奨金が出ます。ゴブリンの依頼金も合わせるとそれなりの儲けになりますよ? その防具を買って貯金もほぼないでしょう? 冒険者らしくドカンと稼ごうではありませんか」
「……めぐみんはともかく、トニーもいるなら安全か……?」
俺は顎に指を置いて頭の中で色々と考える。
実力をまだ見てないが、異世界ファンタジーにおける禁じ手中の禁じ手、科学無双をしてるトニーは強いと見ていいだろう。
そんな考え込む俺の様子を見たダクネスとアクアが。
「ねぇ、さらっと私を無視してくれてるけど、どういうことなのかしら? 初心者殺しなんて私にかかればちょっとデカいだけの猫同然よ!」
「私だって戦力外通告されるいわれはないぞ! 初心者殺しの攻撃程度、完全に防ぎきって見せる! あぁ、でももし力負けして押し倒されたりしてしまったらその時は……捨ててくれてもかま」
「少し黙っててくれないか? アクアは戦力になるのかも分からない。そしてダクネス、今の僕は君より火力はもちろん、防御力も上だ。というわけでおとなしくしてろ」
不満を持ったダクネスとアクアがトニーの胸を殴りつけるが、逆に拳を痛めてその場にうずくまり始めた。
ダクネスはなんか喜悦の声を上げているが、もう何も聞こえなかったことにしよう。
……性格はアレかもしれないが、頼りにはなりそうだし……。
なにより、あと一週間分くらいの食費しか残ってないのも事実だ。
「……はぁ、しょうがねぇなぁ……その初心者殺しってやつと戦うかぁ……。そんで、トニーって何ができるんだ? 戦闘スタイルとか」
最後まで言い切る前に、トニーは近くに生えていた木を掌から照射した光線で何本か吹き飛ばし、手頃な腰位の高さの岩をパンチで粉みじんに爆散させる。
その間実に二秒。
倒れた木々の断面はまるで空間ごと消し去られたかのように滑らかで、岩に至っては殴られた箇所が欠けるとか陥没とかではなく反対側まで砕け散っていた。
俺は口をポカンとあけて呆然とする。トニーから見たらさぞやマヌケな顔に映ってる事だろう。
トニーはマスクを開け、いたずらっぽく笑いながら。
「ざっとこんな感じだ。他にも多少装備があるが、全部見せると周囲一帯は焦土になるし、討伐対象がおびえて逃げるだろうからやらない」
冗談だろ。
「マジでチートだな……これ特典じゃないんだよな……?」
「僕が元居た場所から持ってきたから違うと言えば嘘になるな。で、仕留めるのに良い作戦はあるか?」
「お前が突っ込んで首を一捻りするでいいんじゃないかな」
俺が投げやりになって言うと、トニーは諭すように。
「適当なことは言うな。足跡をスキャンした結果、初心者殺しは山を下る途中で引き返したことが分かった。つまり、僕らが来た途端にこいつは引き返したってことだ。なんでか分かるか?」
そんなの……。
「……俺達を警戒してる……もしくは待ち伏せてる?」
「正解だ。おそらく警戒してる可能性の方が高いだろう。高レベルで高魔力保持者のめぐみんがいるからな。ほとぼりが冷めるまで何処かに潜んでいるだろう。やみくもに突っ込んで探したって見つからない」
そこで。と、トニーは付けたして。
「君だったら、用心深い奴をどう引きずり出す?」
俺だったら……か。
俺が普段やってた対人ゲームには用心深い敵なんてしょっちゅう居た。俺もその一人だ。
そういうやつには……。
「餌で釣る。ばれないように、できるだけ自然な形で。そしてとびきり美味しい餌で」
それを聞いたトニーは、ニヤリと笑って。
「なら、初心者殺しにとっておいしい餌はなんだと思う?」
「……弱くて孤立した……」
そこまで言って自分で気が付く。
まさかこいつ……。
「おい、お前まさか俺に餌になれって言うんじゃねーだろーな!?」
「そこまでは言ってない。ただ、ちょっと囮になってほしいだけだ」
「同じじゃねーか! ふざけんな! 絶対嫌だぞ!!」
「みんなでカエルを倒した時は君もカエルを引き付けたって聞いたぞ」
「それは動きが遅いカエル相手だったからだ! ネコ科の大型肉食獣とかどう考えても俊敏だろ! あっという間に殺されるわ!!」
俺が全力で拒否ると、トニーはさも余裕そうに。
「落ち着けヒロ・ナカムラ。僕やめぐみんなら生体反応や熱源探知で接近がわかる。僕が空から君のケツを守るよ」
「嫌だよ! 即席でそんなことができるほど信頼関係なんて築いてないし、俺を守れる根拠なんてないだろ!」
「じゃぁ証明してやる。まずさっき見せた光線を見ただろ? 敵が迫ってきたらアレで瞬時に撃ち抜いてやる、それが駄目なら敵を捕捉した時点で僕が背に乗せためぐみんが爆裂魔法を放つ」
トニーは『どうだ?』と言わんばかりのしたり顔を浮かべて肩をすくめ。
「結果、これらの安全網によって君は生き残る。以上、証明完了。Q.E.D」
「じゃぁ俺も証明してやるよ! こんな森の中じゃ敵の発見なんてまず無理。熱源探知だか生体探知だか知らないけど、生き物だってそこら中にわんさかいる! 木々の陰から見える熱源でそれを区別できんのか!?」
俺はトニーの真似をして腕を軽く広げて肩をすくめて。
「結果、俺は忍び寄ってきた獣に食い殺される。以上、証明完了。R.I.P」
流石に嫌味が過ぎたのか、トニーはうんざりした顔をする。
自分でも駄々こねる子供みたいに喚き散らしてみっともない姿をさらしてる自覚はある。
だが、いきなり獣相手におとりをやれとか勘弁してくれ。
「なんなら満足するんだ……核シェルターでも用意してやれば良いのか?」
「そんな贅沢は言わないさ。ギルドの酒場で十分だよ」
「帰るなって言ってるんだ!」
ひたすらに帰ろうとする俺をトニーがまたもや止める。
「なんだよ、俺は絶対に……」
……待てよ。
鉄の意思で断ろうとした俺だったが、一つ案が浮かぶ。
「急になんだ? ……何か思いついたのか?」
「トニー……めぐみんと通話した時のあれ……」
そこまで聞いてトニーは察したのか、
「名案だ」
そう言って、ニヤッと口角を上げて笑った。
▽
「──こうしてトニーの背に乗るのは久しぶりですね」
「乗り心地は?」
「少々固いですが、眺めはいつでも最高ですね」
「そのうち君用のカップホルダーも付けといてやるよ」
「さ、寒い! 寒い寒い!! そうだめぐみん! くっつこう!」
「セクハラしたら叩き落しますよ!」
俺達がいるのは、森より百メートル程上空。
めぐみんがトニーの背におぶさり、俺は横脇からしがみつくようにして、トニーの足の甲を足場にして乗っていた。
季節で言うなら秋だ。
そんな時期にこんな空高いところで、俺はシャツ一枚で風にさらされていた。
「今スーツの表面を少し温めてやるから待て」
「……お、おお……ぬくい……こんな機能まで付いてるのか」
「氷結魔法対策に最近つけたんだ。全身氷漬けにされても溶かして脱出できるようにな。表面温度だけを瞬時に二千度以上まで上げられるようにした。いいだろ?」
「そんな超兵器を床暖みてーに使うなよ! 燃えたらどうすんだ!!」
「……あの、私たち大丈夫ですよね? 上空でバーベキューになったりしませんよね?」
顔を青ざめさせためぐみんが震えた声でトニーに聞く。
「火加減は優秀な人工知能であるフライデーが調節してくれている、問題ないさ。だろ? フライデー。みんなにも聞こえるように言ってやれよ」
ラボにいた時に聞こえたあの女性の声は人工知能だったのか。
俺の元いた世界でも人工知能はあったが、こうも人間的に喋れるとは……。
『お任せ下さい、カズマ様。自己紹介がまだでしたね。私はF.R.I.D.A.Y.という名の人工知能です。好きな映画はターミネーターシリーズとアイ・ロボットです』
「こいつやべぇよ!! 下ろしてくれトニー! 焼き殺される!!」
「今のは冗談だから真に受けるな。それより、動きがあったみたいだぞ」
その言葉に下を見ると、
──ホログラムによる偽装作戦。
それが俺の考えた作戦だった。
めぐみんの眼帯を使って若干雑ながらもホログラムで俺の姿を作る。
そして、匂いで警戒されないように、俺の服を着せた木がホログラムの内側に設置されていた。
「二人とも切り替えろ。初心者殺しがホログラムのカズマの周りをうろつきだしたようだ。接近するからめぐみんは爆裂魔法の準備をしとけ。アクア、ダクネス。聞こえてたな? そろそろ飛び出す準備しろ」
『任されたわ!! さぁ、支援かけてあげるから行ってきなさいダクネス!!』
『了解だ! アクアの支援魔法は凄いな! どんどん力が沸いてくる!! 見てろ、毛むくじゃらの獣ごとき、この私が素手でぶっ殺してやる!』
「あ、あの……私の見せ場を取らないでほしいのですが……」
インカム越しに支援魔法をダクネスにかける声が響く。
なんだかダクネスのテンションが異様に高くなっているんだけど、あいつなんかやってないよな?
俺は地上にいる二人に向かって指示を飛ばす。
「ダクネス! 飛び出して初心者殺しを吹き飛ばせ!」
俺の合図と共に、トニーが地面をくり抜いて作った即席の穴からダクネスが飛び出し、草木が生い茂る地面だというのにオリンピック選手の倍近い速度で初心者殺しめがけて一直線に向かっていく。
あいつの太ももには車のサスペンション並みのバネでも入ってるんだろうか。
地上の様子が確認できるほど近づいた俺達に、初心者殺しも気が付いたようだ。
だがもう遅い。
逃げるよりも先にダクネスがタックルをかまし……、
「バカッ! どうしてそこで外すんだお前は!」
「ちち、ちがーっ! ……そ、そう! 今のはけん制だ!」
そんなことをのたまいながら、タックルをよけられたダクネスが身を捻って初心者殺しに体を向けると……。
「喰らえ!」
ダクネスの正面から空間が歪んで見えるほどの衝撃波の塊が飛び出し、初心者殺しをはるか彼方へと吹き飛ばす。
えぇ……何あれ……。
「出番だぞ、爆裂レディ」
「任せてください! 『エクスプロージョン』ッッッ!!!」
めぐみんが向けた杖の先で破壊の突風が吹き荒れる。
空気が震え、隕石が落ちてきたかのような轟音を鳴り響かせながら、美しい緑の森に茶色いクレーターを作る。
しばらくして煙がはれると、そこには初心者殺しの毛一本残ってなかった。
相変わらずオーバーキルもいいところだ。
「上手く行ったな。ギルドに戻って何か食おう。最近新メニューができたそうなんだ」
地上に俺を下ろしたトニーがマスクを開け、めぐみんを背負ったままそんなことを言ってくる。
途中色々あったものの、なんだかんだ作戦が上手く行ったのは気持ちがよかった。
……まぁ、悪くないな。
トニーがこの世界で作った装備一覧
No.1 〘 エレクトリカル・ショックワイヤー 〙 クリス用
ボタンが付いたワイヤーで、押すと数秒後にワイヤー全体に高圧の電流が流れる。
トニーが火力のない盗賊職に敵をより強く拘束できるようにと作った戦闘補助アイテム。
皮肉を込めてトニーがオーナメント(クリスマスツリーなど、めでたいものに付ける装飾品)と名付けようとしたが、そのままでいいとクリスに断られてしまった。
もう一つの案として、太さ0.1ミクロン、張力二百五十キロの目に見えない程の細いワイヤーで《バインド》を仕掛け、敵を輪切りにするというのもあったが残虐すぎるのでやめた。
誰得装備紹介コーナー
せっかくトニーが色々お助けアイテムを作ったのに、全然出番がないのでここで紹介してみるのもアリかなと試験的に書いてみた。
需要があるは知らない。