この素晴らしい世界に祝福を!アナザー・ユニバース・アイアンマン 作:Tony.Stank
車両は心地よいリズムで揺れ、車窓からの景色が紙芝居のようにゆったりと切り替わっていく。
バニルの目や魔道具、俺の勘を頼りにしながら西へ進み四日が立った。
竜車と呼ばれる、魔力によって地面から少し浮き、それを小型の竜がけん引するという、アイリスが用意した豪華な乗り物により舗装されていない悪路でも大して揺れずに進めている。
中も広く、地球で言う所のキャンピングカーに近い。
アスガルドでもここまで乗り心地の良い車両はそうそう見当たらないだろう。
「はい、ソーさんの番ですよ!」
「……少し待ってくれ」
そんな竜車の中で、俺は苛烈な戦いを強いられていた。
みんなとの旅を心の底から楽しみにしていたアイリスが、旅のお供に持ってきたボードゲームで俺を一方的にぶちのめしている。
こういうのは得意じゃない。
助けを求めて外の景色を眺めながらお茶を飲むウィズに視線を送るが……。
「駄目ですっ。良い大人が女の子相手のボードゲームで他人に頼ってたらカッコ悪いですよ?」
「ぐっ……オーケーアイリス、降参だ」
「やった! やりましたよお兄様!!」
俺を打ち負かしたアイリスがカズマの方へと満面の笑みで振り返る。
「さすがは俺の妹だ。俺が鍛えただけはあるな」
「あ、あの……私はお兄様に負けたことはほとんどないのですが……」
「おっ、でも最後に勝ったのは俺だかんな。実質俺の勝ちだ」
「ではもう一度勝負いたしましょう! 次は負けませんから!」
「いや、最後に勝ったのは俺なんだから、もう負けるかもしれないリスクを背負って勝負をするわけないじゃないか」
ロキでもしなさそうな理屈のこね方をするカズマ。
そんなカズマに業を煮やしたアイリスは、すがるような目で俺を見てきた。
「ソーさん! ソーさんからも何か言ってください!! お兄様は勝負事となるといっつもこんな汚い手を使うんです!!」
「フッ。アイリス、昔俺はお前に言ったよな? そういう汚い手を使ってくる奴をどうするかって」
アイリスはその言葉にハッとした表情を浮かべたかと思うと、猛々しい戦士のそれへと変貌させる。
「相手より勝っている部分で正面から突破する……!!」
「……アイリス?」
「お兄様! 王族は強いんです!! 今からお兄様を捕まえて、再び勝負を受けてくれるまで……いえ、負けを認めるまでくすぐり倒します!!」
「は!?」
俺のアドバイス通りに、己の長所である恵まれた身体能力を活かしてアイリスがカズマを引き倒してくすぐりまわし始めた。
「ぶはははははは!! ま、待って……あばははははは!!! わ、わかった!! 負けでもなんでも認めるからやめっ……あぎゃははははははは!!!」
「ふぅ……ソーさんの言う通りでしたね! これで私の勝ちですね!!」
アイリスにくすぐり倒され、地面で虫の息になっているカズマが俺に恨みがましそうに睨んでくる。
「……どうしてくれんの? 俺のかわいいアイリスがお前のせいで脳筋お嬢様になっちまったじゃねーか」
「何を言うんですか、お兄様。脳筋というのは誉め言葉なんですよ? 脳みそまで筋肉ということは、
「ええ……」
でしたよね、ソーさん。と、自慢げな笑みを俺に向けてくるアイリス。
流石は気の合う王女様だ。俺が教えたことを正しく理解しているらしい。
俺は完璧だとサムズアップしてアイリスに笑い掛けた。
カズマはあっけにとられて口をポカンと開けている。
「この国もいよいよもって終わりかもしれませんね……」
「ああ……なんということだ……カズマといいソーといい、どうしてアイリス様に悪影響を……」
なぜか頭を抱え始めためぐみんとダクネス。
その横では、ずっと静かにしていたアクアが壁のフックにかけてある俺のムジョルニアをしげしげと眺めてた。
「……? アクア、お前何してんの?」
しばらく放心状態だったカズマが我に返り、アクアにそう尋ねると。
「このムニョムニョハンマーって、ふさわしい者が持ち上げられるって話だったわよね?」
「ああ。それと、そのハンマーはムニョムニョじゃなくてムジョルニアだ」
「じゃあ……今こうして壁にかけられて竜車で移動してるってことは、竜車はその選ばれし者って事になるのかしら……?」
そんな、アクアの素朴な話題に。
「「「「…………」」」」
その場にいた全員が食いついた。
「ソー。そういえば、お前の武器には謎が多いな。雷が出るのもそうだが、振り上げると飛ぶなんて初めて見たぞ」
「私も不思議に思っていました。そもそも武器の形としては少々バランスに欠けているといいますか……」
「お店では傘の姿をとってるのも不思議ですよねぇ……」
「ていうか、ふさわしき者ってどんなやつ?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。
俺はフックにかかってたハンマーを手に取り、クルリと回しながら答える。
「真に高潔な魂を持つ者のことだ」
その言葉を聞いたアクアは、自信満々の笑みを浮かべながら立ち上がって。
「なるほどね……ねぇソー。もしそれを持ち上げられたら……私はアスガルドの女王になれるのかしら?」
「フッ……ああ、もちろん」
「言ったわね! 女王になったら……そうねぇ、国総出の大きな宴会を毎日するの! そんでもって……」
俺がムジョルニアを地面に置くと、アクアはもう女王になった気分でムジョルニアを意気揚々と掴む。
そのまま力いっぱい引っ張って……
「……っ!?」
……ピタリと制止した。
時間が制止したかのような奇妙な間が少し流れる。
「『パワード』ッッッ!! フンッ!!!」
自身に本気の支援魔法をかけて、フルパワーでまた引っ張る。
もちろんムジョルニアはびくともしない。
「んんんんんんんんーっ!!!」
「お、おい……あきらめろよ……どんだけ女王になりたいんだ……」
もちあげるというか、もはや引っこ抜かんばかりの勢いで力を込めるアクアの姿に、俺は若干引く。
「カ、カズマ……持ち上げられたら、アスガルドの半分をあげるわ……だから手伝いなさい……!!」
「魔王みてーなこと言うなよ!! お前女神だろうが!!」
カズマの言葉にとうとう折れたのか、アクアはバタリと倒れて地面に転がった。
「はあ……はあ……こんなのおかしいわ……清らかな女神であるこの私が……」
「少なくとも、欲望に満ちた顔で大人気なく支援魔法まで使ってハンマー持ち上げようとしてたお前の姿は、高潔とは程遠かったぞ」
カズマのそんな言葉も耳に入らない程余裕がないのか。
アクアは顔面どころか全身をまで赤くして地面で息を荒くしていた。
「他に持ち上げたい奴はいるか?」
「「「「…………」」」」
俺のその言葉に、座っていた全員が目を合わせ──!
──めぐみん。
めぐみんはアクアに負けず劣らずな自信に満ちた笑みを浮かべてハンマーの柄を握る。
「ふっふっふっ……高潔なる精神を持つ選ばれし者……ですか。我が紅魔族の血が騒ぎます──」
笑いながら握る手に力を込め……!
「──ねッ……あうっ!?」
盛大に後ろにずっこけた。
こけた時に見えためぐみんのぱんつをカズマが凝視する。
全員にゴミを見るような目で見られていた。
「いたた……こ、これどうなっているんですか……?」
「なんてことはない、ふさわしくないだけさ」
俺のそんな挑発的な笑みにむかっ腹が立ったのか、めぐみんの瞳が紅く輝いた。
並々ならぬ魔力を感じる。
「言ってくれますね……!! わかりました、負けを認めます。私にこれは持ち上げられません」
剣呑な雰囲気を出しながらもあっさりと負け引き下がっためぐみんに俺は目を丸くする。
こいつは俺が知る限り一番の負けず嫌いだったはずなのだが。
「それじゃ、次……」
「ですが!! 動かすことならきっとできると思います」
めぐみんはそういきり立って杖をムジョルニアに向け……。
まさか……。
「そう! 我が爆裂魔法で」
「確保ー!!」
「ああっ! 何をするのですか!!」
血相を変えたカズマたちによってめぐみんが素早く取り押さえられる。
流石に車内で撃ちはしないだろうが、あんな魔法を愛槌に撃ち込まれるのは御免だ。
「カカ、カズマ!! どさくさに紛れてどこ触っているんですか!?」
「触ってないよ」
「ちょっ……」
試すまでもなく、カズマがハンマーを持ち上げられることはなさそうだ。
──ダクネス。
「これでも私はエリス様に仕える聖騎士、クルセイダーだ。私の魂は高潔であるとこれで証明してみせる」
正直言って、周りに期待した目をしている奴はいない。
だが、そんな中できっとできると信じてやまないものが一人。
「流石だわ、ララティーナ! あなたが高潔であることは、あなたを信頼するこの私、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが保証します。ララティーナ、持ち上げて!」
「ア、アイリス様……!」
主の激励に涙ぐむダクネスだが、
俺もこいつの中身についてはよく知っているつもりだ。
だからこそ、ほんの少しだけ可能性があるのではと睨んでいる。
確かに自分の性癖にだらしのない部分があるが、これでも民の為に身を捧げる信念と高潔さはあるのだ。
己が守ると決めたものの為ならば、命を投げ出し、決して退かない姿があるのも知っている。
だから、もしかしたら……。
「よし、命に代えても持ち上げて……ッ!? あ、あれ!?」
と思ったが……高潔ではあってもムジョルニア的にはNGだったようだ。
俺はダクネスの高潔な面にそれなり以上に敬意を払っている。
だから、持ち上げたらそれはそれで……いや、やっぱりショックを受けてたかもしれない。
「くっ……駄目だった……」
ダクネスは敬愛するアイリスに激励を受けても期待に応えられなかったことに落ち込み、地面に膝をついてうなだれる。
普段のカズマたちなら、『知ってた』だの『変態のお前が持てるはずがない』だの言ってたかもしれないが……。
「そんなに落ち込まないでくださいダクネス。たかがハンマーを持ち上げられなかっただけではないですか」
「顔を上げてください、ララティーナ。あなたが高潔な心を持っている事は知っていますから!」
「ド変態な部分が駄目だったんじゃないでしょうか」
「お兄様!!」
地面でうなだれていたダクネスは、俺の方に顔を向けると……。
「ソー、この失態をさらした哀れな私の背に……ハンマーを置いてもらえないだろうか……!」
こいつは何を言ってるんだ?
困惑の視線をカズマに向けると、カズマは申し訳なさそうな表情を浮かべて首を横に振る。
「うちの変態がごめんなさい……」
「ラ、ララティーナ……」
アイリスも、少し困惑した顔をしていた。
高潔であると認めたさっきの俺の気持ちを返してほしい。
「──で、他にまだ挑む奴はいるか?」
俺がそう笑ってみんなに聞くも、もう誰も手を上げない。
「カズマ、やってみたらどうだ?」
「いやだよ、俺は試されたくない」
「カズマが持ち上げようとしたら、上がるどころか地面にめり込みそうですね」
「バカにしてんのか」
ダクネスとめぐみんがカズマの背中を押すが、それでも持ち上げようとはしなかった。
が、いまだに地面でぐったりとしていたアクアがウィズの方へと顔だけ向けて。
「ちょっとウィズ……あんたもやってみなさいな。そして私みたいに地面に転がりなさいよ」
こいつ、どうやら自分が恥かいたのだからみんな同じ目に合ってしまえばいいという精神で、ウィズにも挑んでほしいようだ。
千年たってもアクアにムジョルニアは持ち上げられそうにない。
「あ、あのー……私は既に持ち上げようとして駄目だったので……」
「俺が最初に店に来た時だな。『その武器お預かりしますよ』だなんて言って、足元に落として透けていたっけか。懐かしいな!」
昔を懐かしんで笑いながら、俺は地面に置いてあったハンマーを軽く拾いあげる。
「まっ、そういうことだ。これを利用して、バニルの椅子やら机の上なんかに置いとくと面白いぞ。隠し金庫のドアの前に置いた時なんて、背中から光線を撃たれたくらいだ」
「やめてやれよ……」
そんな他愛もない話をしていると、天井からノックする音が聞こえてきた。
寝食を必要としないバニルが、ずっと竜車の上で見張りをしているのだが……どうやら何かあったらしい。
俺は窓を開けて屋根の方へと顔を覗かせる。
「おーい、なんかあったのか?」
「こうして上でずっと頑張っている誠実な我輩を笑いものにしてる自称高潔な雷神よ、どうやら目的地についたようであるぞ」
「ついにか。どうだ? 何か見えるか?」
バニルは親指でクイッと竜車の正面を指す。
その先に見えたものを確認すると、俺は急いで竜車の中へと戻って。
俺が叫ぶのと、何かに気が付いたカズマが叫ぶのは同時だった。
「おい! 敵感知に反応があるぞ!!」
「全員、戦闘準備をしろ!!」
「「「「!」」」」
その言葉に反応し、全員が武器を取り出して一斉に車外へと飛び出した。
「ソーさん! 敵襲っていったい……!」
飛び出した先にいたのは、様々な武装に身を包んだ大勢の人型のモンスター。
オーガにオーク、トロールといった屈強な巨人ばかりだ。
距離が離れているからか、まだこちらに気づいている様子はない。
あいつらは……。
「ま、魔王軍!?」
「なんで魔王軍なんかがこんなところにいるんだ!?」
魔王軍の姿を見たウィズが、悔しそうに俺の方を見てくる。
ウィズは魔王軍に対して中立の立場をとっている。奴らに攻撃することはできないからだろう。
その事実は知らないであろうアイリスには聞こえないように、小声で俺に耳打ちしてきた。
「す、すいません、ソーさん……」
「ああ、わかってる。お前は竜車の中にいろ」
すいませんと小さくお辞儀をし、竜車のなかに入ってくウィズ。
アイリスはウィズが戦闘できることを知らないので、特に不審に思うこともないだろう。
俺はいまだ竜車の上にいるバニルに声をかける。
こいつも魔王軍は古巣なので手出しはできないはずだ。
だから……。
「おーいバニル、『助けて』をやろう! 今の状況なら刺さるだろ!」
「うむ、超断る」
俺の完璧な提案にバニルは実にいやそうに顔を歪めて拒否する。
「どうしてだ? いい案じゃないか」
「やらん。屈辱的だ」
「楽しいぞ?」
「絶対にやらん。どうして地獄の公爵たるこの我輩がそんな──」
──俺は全力で魔王軍の軍勢へと駆け出す。
「助けてくれ!! 誰か! バニルが死んでしまう!!」
ぐったりしているバニルを脇に抱えて。
「バ、バニル様!? 確か駆け出しの街へと向かってから消息不明と……」
「いいから早くしてくれ!! このままでは間に合わなくなる!!」
「は、はい! いますぐ──」
「くらえええええええ!!」
駆け寄ってきた軍勢めがけてバニルを思いっきり投げつけた!
「「「「ギャァアアアアアッ!?!?」」」」
バニルが猛烈な勢いで地面と水平方向に回転しながら飛ぶ。
剛速球で飛んで来るバニルの直撃を受けた魔王軍が、ボーリングのピンめいて吹っ飛んでいった。
「いやー、楽しいな」
「それは貴様だけであろうが!! もう二度とやらぬわ!!」
立ち上がったバニルが土埃を払いながら激昂する。
だが、おかげで敵を何体か倒せた。
「なんだなんだ!?」
「敵襲だ! 迎え撃て!」
倒したといっても、それはあくまでほんの一部。
悲鳴と怒号に気が付いた魔王軍が次々とこちらに押し寄せてくる。
バニルは敵の目から逃れるようにして自分の体を砂に変え。
「さて、我輩も魔王軍に攻撃しているのがバレたら面倒なのでな、馬車にてポンコツ店主の悪感情でも食うとしよう。貴様の下らんおふざけにのってやったのだ、あの程度軽く薙ぎ払ってこい」
そう言い残して、仮面姿のまま跳ねて竜車まで消えていった。
実にシュールだ。
そんなバニルと入れ替わるようにして、後ろからアイリスたちが駆けつけてくる。
アイリスは不機嫌そうに頬を膨らませながら。
「ソーさん! 確かに一番槍は戦士の誇れですが、仲間を置いてあまり先行しないでください!」
「ふっふっふ! 雷神ソーよ!! あなたの雷が上か、人間最強の我が爆裂魔法が上か、競おうではないか!」
「さぁソー、遠慮なく私の背中をハンマーでぶっ叩いて敵陣にかっ飛ばしてくれ!! 敵を引き付けている私を中心に雷を叩き込んでくれてもいいぞ!!」
「ねぇソー。もし私が活躍出来たら、天界の創造神様に伝えといてくれない? あなたがそう言ってくれたら、きっと私昇格できると思うの」
前半二つはともかく、後半の二人に至っては欲望しか口にしていない。
戦いの高揚感が台無しだ。
色々と萎えそうになった俺の悲し気な視線に気づいたカズマが、俺の肩を叩く。
「俺ってさ、偉いと思わない?」
「ああ……アスガルドの歴史を綴る壁画に名が乗るぞ……」
だがまぁ、こいつらが強いことは知っている。
「敵は少ない、畳みかけろぉぉお!!」
雄たけびを上げて突撃してくる敵兵士に向け、まずはアイリスが一歩出る。
「『エクステリオン』ッ!」
「うべっ!?」
斬撃が光を放ってかまいたちのごとく飛翔し、敵を真っ二つに切り裂いた。
「さすがだアイリス!!」
戦士の目となり、一閃の元に敵を切り払ったアイリスに俺は満足げに笑ってハンマーを構える。
その横では、カズマが迅速な指揮を執っていた。
「俺が矢で援護するからダクネスは敵陣に突っ込んで敵をこっちに寄せ付けるな。アクアはみんなに支援魔法。ソーとアイリスの邪魔するんじゃないぞ」
「了解した!」
「あ、あの……私は?」
「温存」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってください!!」
めぐみんが目を紅くしてカズマにいきり立つ。
爆裂魔法で敵を打ち砕くことに己の全てをかける彼女にとって、お預けを食らうのは我慢ならないようだ。
「どうして私だけ何もさせてくれないのですか!? お預けで私を調教しようとしてるのですか!?」
「落ち着けよ! 爆裂魔法をぶっ放したら全部吹っ飛んじまうだろうが!! 敵の目的を探れなくなっちまうじゃねーか!!」
「私はあの敵の群れにぶち込みたいのです!! いますぐ撃たせああああああああーっ!?」
もはや手の付けられない獣のごとく荒れていためぐみんだったが、カズマの必殺スキルであるドレインタッチによって黙らせられてしまった。
「お、お兄様!? そのスキルは一体……!?」
「これはお兄ちゃんの必殺技さ。必殺技なので詳細は秘密です」
ウィズがリッチーであることを知らないアイリスには、自分がドレインタッチを覚えた経路は秘密にしているらしい。
めぐみんもそれをわかっている為、事態をややこしくしないよう涙目でカズマを睨むことしかできないようだ。
もしこれを狙ってやっているのだとしたら……。
「……クズマのあだ名は伊達じゃないな」
「う、うるせー!! ほら、行ってこいダクネス!」
「任せろカスマ!」
「おい!」
体の頑強さにものを言わせ、ダクネスが単身で敵の群れへと突っ込む。
当然、格好の獲物だと嘲笑う魔物たちに囲まれ、猛攻撃を受けるが……。
「な、なんだこいつ!? びくともしねぇ!」
「クソ、こいつはいったん無視だ!! あそこで詠唱してる女と弓を構えてるやつを倒すぞ!!」
「ああ! ……ん? なんだ? 空が暗く……」
自分たちの足元に影が波紋のごとく広がり、敵は不思議そうに空を見上げる。
不自然に、そして局所的に広がる暗雲の中に、ほんの一瞬だけ光が灯った次の瞬間。
大地をえぐるほどの落雷が敵の群れのド真ん中へと突き刺さった。
「「「「ギャァアアアアアッ!!」」」」
「FOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
敵の断末魔に紛れて何か喜悦の声がまぎれてた気がするが、きっと空耳だろう。
「いいぞー! もっと! もっとその雷を私めがけておとしてくれー!」
空耳であってくれ。
「ソー、悪いんだけど……あいつはあれで平気なんだ……だから気にせずもう一発……おい! 聞こえないフリするんじゃねぇ!! 俺だっていやだよ!!」
空耳であってほしかった。
だがアスガルドの戦士たるもの、現実から目を背けるなんてあってはならない。
俺はハンマーの先に電気を集約させ……。
「お、おい! なんなんだよお前! 放せ!! 一緒に食らうんだぞ!?」
「ふふ、そう恥ずかしがらなくてもよいではないか。慣れたら気持ち良いんだぞ?」
「こいつイカれ……アアアアアアッ!!」
もう一度、ダクネスを中心に敵の群れに雷を叩き込んだ。
そしてとうとうダクネスは完全に無視され、彼女を中心に敵の群れはドーナツ状に広がり始めた。
「あっ……こ、この除け者にされる感覚は……わ、悪くない……」
「お前もう戻ってこい!! 敵に無視されるタンクってなんだよ!!」
「待ってくれ! デコイをかければまだ……」
色欲にまみれた顔を隠すことなくおかわりを要求してくる誇り高き聖騎士。
ある意味尊敬に値する。
「ソー! ダクネスを回収するの手伝ってくれ!」
「任せろ。ほら、つかめダクネス!!」
俺はダクネスめがけてハンマーを投げ、足元に落としてやる。
「な、なんだ!? ま、まさか持ち上げられない醜態を今度はこの大勢に囲まれた中でやれと言うのか!?」
「いいから柄をつかめ!」
「……柄? おっ……おおおおおお!?」
訝し気にダクネスが柄をつかむと同時。
戻って来いという俺の意思に従ってムジョルニアが飛び立ち、俺の手元へと戻る。
……ダクネスを引きずって。
「ああああああぁぁぁぁぁ……うっ!」
飛んで来るムジョルニアをキャッチし、慣性の法則で後ろの方に転がってくダクネスを見守る。
「ふぅ……楽しかった」
「アクア、ヒールしてやってくれ。頭の方を念入りに」
煤と埃だらけになったダクネスにアクアが駆け寄る。
そしてヒールを施し終えるや否や、俺の横に不敵な笑みを浮かべて立った。
「さぁ、ソー! 私の力を存分に見せてあげるわ!」
拳を光らせてシュッシュッと宙にパンチを放つアクア。
頼もしそうやら、不安になるやら。
「待ってくれ」
残党せん滅の算段を立てていると、後ろからカズマが声をかけてきた。
なにかあるようだ。
「なーに? これから私とソーで神々の戦いを見せてやるんだから、カズマの出る幕はないわよ?」
「言われなくたって出ねーよ、お前のやらかしに巻き込まれたくないからな!!」
カズマはいつものようにアクアに怒鳴るも、その眉間のしわをすぐに緩ませて。
「そんな事より聞いてくれ、俺に良い考えがあるんだよ」
「ほぉ。聞こうか」
年相応の少年のようなワクワクとした表情で、カズマは答えた。
「合体魔法さ」
──カズマの作戦を聞いた俺達は敵に向き直る。
開幕に放ったアイリスの魔法と俺の雷、そしてダクネスの活躍によってこちらを警戒している敵はいまだに俺達の出方をうかがっていた。
だが、それ以降攻めてこないのを見てしびれを切らしたのか……。
「敵は攻めてこねぇみたいだぞ……? こっちから行くか?」
「ま、まて……罠に決まってるだろ……ここは目的を……」
ボソボソと連中は何か喋っているようだったが、俺とアクア、めぐみんの三人が一歩前に出たことによって、一気にざわめきだす。
「クソッ! こうなったら火力を集中させて押し切るぞ!!」
その言葉に合わせ、敵が次々と魔法の詠唱を始めるが……。
敵のそんな姿に、めぐみんがフンと鼻で笑う。
「あーあ。彼ら、一番やってはいけない策に出ましたね」
「ハハ。だな」
同じく笑う俺の横で、アクアが両手を広げて小さく詠唱を始めた。
「この世にある我が眷属よ……」
アクアの周りに小さな霧が現れ、それらが圧縮されて小さな水の珠へと変わっていき……。
「水の女神、アクアが命ず……」
ビリビリと空気が震える。
敵もヤバいと思ったのか、魔法の詠唱を急ぎ始めるがもう遅い。
「『カースド・ライトニング』ッ!」
「『インフェルノ』ッ!」
「『トルネード』ッ!」
「『ファイアーボ』──」
魔力がアクアを中心に渦巻くと同時。
「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」
──俺達の眼前に、巨大な水の壁が現れた。
この世の終わりに登場しそうな津波がアクアから敵へとなだれ込む。
敵の放つ魔法など、まさに大海に松明を投げ入れるがごとく一瞬にして飲み込まれて消え失せた。
「た、たすけてー! たすっ……」
「ごばば……お、おぼれ……」
まだまだこれからだ。
流されてゆく敵を視界にとらえつつ、俺はハンマーを天へと掲げる。
爆発音の如き雷鳴が轟き、雷が俺のハンマーへと降りてはじけて周囲を照らす。
「ハァアアアアアッ!!」
最大まで力を込めた雷がハンマーから放たれ、流れゆく津波のど真ん中へと突き刺さった!
「「「「────ッッ!?!?」」」」
水は電気を通す。
アクアが生み出した水の牢獄の中を雷が駆け巡り、敵に断末魔を上げる暇も与えずび葬り去った。
俺の雷から発生した強力な電熱によって荒れ狂っていた水という水が一瞬で蒸発し、爆散する。
空に飛び散った水が雨のように降り注ぎ、俺達の頭上に虹が出来上がった。
群れていた敵も蹴散らして見晴らしが良くなった平原を前に、隣にいたアクアとガッと拳を合わせる。
そんな俺達に、アイリスが驚いたような視線を送ってきた。
「お、お二方とも色々規格外ですね……」
「今は地上に堕とされてるから女神の力の半分も出せてないけど、本気になったらもっとすごいのよ?」
「お前は水の精じゃなかったのか?」
水の精という言葉に、アクアがムッとして。
「はぁー!? 私は女神だって言ってるじゃない!! なんで水の精呼ばわりなの!?」
「誰かに願われて生まれ、信者の力によって力を増すタイプの生物はアスガルドじゃ精霊に分類されている」
「あんたらアスガルド人ってちょくちょく自分たち以外の生物を見下すような発言するわよね……そういう所だけは好感持てないわ」
「おい、別に見下してるわけじゃ……」
「謝って! 私たち女神を精霊呼ばわりして見下したこと謝って!! そしてアスガルドに私たちが優秀な一族って事を広めて!!」
面倒な酔っ払いみたいな絡みをしてくるアクア。
ちゃっかり自分たちの一族の存在を広めようとしてるのがまたなんとも彼女らしい。
そんな茶番を繰り広げていると、後ろの方で見ていたカズマと、竜車にいたウィズとバニルから声がかかる。
「二人ともその辺にしろよ。そんなことより、何で魔王軍がここにいるのかを突き止めようぜ」
「そうですよ……あの、というかですね……お二人がもめるとその神気で私が大変なことに……」
「全く、神族というのはどうしてどいつもこいつも自意識過剰なのだ。人間に崇められるのがそんなに立派か?」
バニルはともかく、他二人の言ってることはごもっともだ。
生き残っている奴がいたら目的の一つでも聞きださねば。
「もー、ウィズも木端もなにもしてなかったじゃない!! いきなり出てきてとやかく言わないんでほしいんですけど!」
「お前さぁ……今の二人の状況とかまで頭回らなかったのか……?」
「そもそもバニルは見張り番で、ウィズはソーと共に道中のモンスターを散々倒していただろう」
「……ふぐっ」
カズマとダクネスに口々に反論されてとうとう涙ぐむ。
……昔のロキを知っている俺にはわかる。
アクアはただ敵を蹴散らしたことをほめてほしいだけなのだ。
自分から褒めてくれと言える空気じゃないから誰かに気づいて褒めてほしいのだろう。
ロキも小さい頃は自分から褒めてくれとは言わずに、相手が察して褒めてくれるのを待ってたもんだ。
察した俺はアクアの背中を軽くたたいて慰める。
「さっきお前が作った大津波、アスガルドでもあれだけの魔法を使える奴はいないぞ。さすがだアクア、見直してた」
「えぐっ……ありがどねソー……」
▽
魔王軍がいた目的を探ってしばらく。
俺達は何も見つけられないでいた。
一つだけため息をついて、俺は反省するかのように空を見上げる。
「まとめて吹っ飛ばしたのは良くなかったな」
「神ってみんな派手好きなの? もう少し控えめにしてくれよ」
それもそのはず。
敵の拠点も兵士もみんなまとめて吹き飛ばしてしまったからだ。
カズマに嫌味を言われたが、この案はカズマの物だ。
「合体魔法だ、なんてキメ顔で言ってたお前には言われたくないぞ」
「確かに俺の指示だったけどさぁ! 加減しろよ!! まさか爆裂魔法並みに周囲を消し飛ばしちゃうなんて思わなかったんだよ!!!」
「あーあ、これでは私が爆裂魔法を撃っても変わらなかったではないですか。あーあ!! あの群れの中に撃ちたかったのに!!」
先程撃たせてもらえなかっためぐみんが恨み言をワザとらしくのたまう。
この先はもう予測がついた。
「一つだけ違うとしたらお前がぶっ倒れてお荷物になるかならないかだったな」
「ぶっ殺」
めぐみんがカズマを杖でど突きまわし、それをカズマがスティールの構えで脅しながら捌きつつ、ダクネスが期待した目で仲裁に入る。
アクアはなんだかんだで泣く。
こいつらはどこに来ても変わらない。
いつでもどこでもこのままだ。
そんな彼らの様子を、アイリスは羨ましそうに眺めている。
「楽しそうで、お兄様が羨ましいです」
「ああ。俺の友人たちも、あんなふうに変わらずにいてくれるとうれしい」
そんな俺の様子を見たアイリスが、からかうような笑みを浮かべて来て。
「元の世界に帰るなんておっしゃらず、ウィズさんのところにずっといてあげるのはどうですか?」
「そういうわけにもいかない。もちろん、なるべく顔は出すつもりだが」
「でしたら、ソーさんの世界にウィズさんを連れていくっていうのはどうですか? もちろん、ハチベエも一緒に!」
「……ハチベエ?」
「仮面をつけたあの愉快な方のことですよ? どうでしょう、いい案だとは思いませんか? 必要であれば、我がベルゼルグ王国からも兵を送りますよ? ソーさんには助けていただいていますし!」
……その発想はなかったな。
ウィズもバニルも……アベンジャーズのメンバーに引けを取らない強者だ。
いざという時に戦いに誘ってみるのも……。
いや、俺の事情に勝手に巻き込むのはどうなんだ?
アイリスの言葉に逡巡していると、俺達の会話を聞いていたらしいウィズが横からいつもの柔らかな笑顔を覗かせる。
「そうですよ、ソーさん。あなたは私の店の為にたくさん働いてくれたじゃないですか。私達の力が必要になったら、いつでも招待してください」
あなたの世界に興味もありますしね。と、ウィズは笑って付け足した。
「ハハ……頼もしいな」
「ふふ……でしょう?」
互いに可笑しそうに俺とウィズの姿に、アイリスが顔をほんのり赤くしながら好奇の視線を向けてくる。
…………?
──それから手分けして、なにかないか探し続けてしばらく。
「おーい! みんなこっち来てくれー!」
「おっと、なにか見つけたみたいだな」
カズマに呼ばれた方へ向かうと、そには何らかの採掘道具と思わしきものが散乱し。
そして…………。
「なんだこれは……」
その近くには厳重に保管された箱がいくつも横出しになって転がっていた。
「見るからに怪しそうだな」
「だろ? 開けようとしてもビクともしないんだよ、これ」
俺とカズマが箱を観察していると、後ろからトコトコやってきたアクアが箱にぺたぺた触る。
「ふむふむ、なるほど……。これには高度な結界が貼られて開けられないようになっているみたいね。でも安心してちょうだい。女神であるこの私が」
「フンッ!!」
アクアが何か言いかけていたが、最後まで言う前に腕力で箱をこじ開ける。
「…………」
頬をふくらませて抗議の意を示すアクアの視線が俺の背中に刺さる。
見せ場を奪ってしまって申し訳ないとは思うが、こっちの方が早いと思ったのでやっただけだ。
「いいもん……他の箱あけるもん……」
ブツブツいいながら背後で次々と結界を解除していくアクアを尻目に、俺は箱の中に入っていた筒状の入れ物を手に取る。
触ってみた感じ金属製の入れ物だ。
「……なんだこれ?」
「それは、強力な魔道具なんかの力が漏れ出ないようにする魔法金属製の容器ですね。かなりの代物にしか用意されないような高度な容器なのですが……」
「こっちも全部その容器ばかりだぞ」
カズマが確認した箱の中身も同じようだった。
あちこちに転がる箱の中身は、どうやら全部これらしい。
容器は捻ると簡単に開く仕組みとなっていた。
俺はほんのり暖かい気もする金属の容器をあける。
中には、同じく魔法金属製の固定具にはめられた、赤い光を放つ小さな宝石のような鉱物が入っていた。
俺はそれを特に何も考えずに摘み…………。
「Ouch!」
軽い気持ちで触れたそれは、ほんの少し俺の指先の表面を焼いて地面に転がる。
「『フリーズ』! だ、大丈夫ですか? 一体何……が……」
ウィズがとっさに俺の手を冷やすが、床に転がっていくソレをみて絶句した。
バニルが興味深そうに唸る。
「ほぉ……これは面白い……コロナタイトと出たか!」
「コ、コロナタイト!?」
アイリスも随分と驚いた様子で地面に転がるコロナタイトと呼ばれた、赤い光を放つ石ころを眺めている。
だが、すさまじい力を秘めているのは分かる。
なぜなら俺がこの世界に感じ取った強力なパワーとまったくおなじものをこのコロナタイトから感じるからだ。
……おそらく、これが俺が探していた強大な力の正体だ。
「コロナタイトっていや……」
「ええ、機動要塞デストロイヤーの動力源ですね」
「ね、ねぇ! みんな見て!! こっちもこっちも、全部コロナタイトよ!?」
声がした方に顔を向けてみれば、アクアが両手にコロナタイトが入っている容器を持っていた。
ダクネスも数ある容器の一つを手に取り、驚いたようにつぶやく。
「どうやらここは、コロナタイトが数多く眠る採掘場だったようだな……」
「こ、こんなにたくさん……」
ウィズがゴクリと喉を鳴らす。
たしかに凄まじい力を感じるが……。
「その赤い石がそんなに凄いのか?」
「凄いなんてものではありませんよ……!
もちろん、使いこなせる程の魔道学を有している事が前提ですが。と、後ろにつけ加えて話すウィズ。
「力の正体はわかったが……インフィニティ・ストーンではないようだな……」
これで一から探し直しだ。
「なーに残念そうな顔してんのよ! 見なさい!! これだけのコロナタイト、もし売ったら世界で上から数えた方が早いくらいの大金持ちになれるわ!!」
「何を言っておるのだこの俗物女神は。こんなものが複数市場に現れてみろ。市場崩壊待ったナシであるわ」
「あ、あの……アクアさん、申し訳ありませんが……流石にコロナタイトを市場に流すのは危険なので、これらは王城で保管させていただきます。もちろん、それ相応の報酬はお支払いいたしますので……」
残念そうにするアクアと、なだめるアイリスのその後ろで、バニルがこっそりとコロナタイトを怪しまれない範囲で服の下に忍ばせていた。
きっと契約の時に言っていたダンジョンの創造にでも役立てるのだろう。
「で、予言にあった世界を滅ぼしかねない力ってこれの事なの?」
「うむ、見通してみたが間違いない。これがあのまま魔王軍の手に渡っていようものなら、それを元に作った新兵器やらで人類側が敗北してたかもしれぬな」
「お、おっかねぇ……そうだよな、あのヤバいデストロイヤーの動力源してたんだもんな……」
「要するに、汝らは世界を救ったということになる。神様コンビが大人気なく暴れたので実感の沸かない程あっさりであったがな。もっと喜んだらどうだ?」
バニルがそう言うが、全員の表情に歓喜の色は見えない。
……原因は分かっている。俺だろう。
インフィニティ・ストーン関連でなければこの星からすぐに消えるということを知っているからだろう。
自分が人気者だとうぬぼれているつもりはないが、それなり以上に交流を持ってきたウィズたちと別れるのは俺は当然、きっと相手もつらい。
そのうち戻るのだとしても……だ。
「……さぁ、みなさん。竜車に戻りましょう。帰りはテレポートですぐに帰れるので、戦闘の心配はありませんからね」
依頼を終えた安堵の中に若干の陰りが混じる中、ウィズがどこか暗めな笑顔で静かにそう呟いた。