この素晴らしい世界に祝福を!アナザー・ユニバース・アイアンマン   作:Tony.Stank

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第39話 ありえないほど《悪魔》

 轟音、閃光、戦塵。

 木々が爆ぜ、大地は抉れ、巻きたつ土煙が周囲を暗くする。

 

 高速で動く物体めがけ、リパルサーやミサイルを惜しみなく叩き込む。

 

「人間は攻撃しないんじゃなかったのか? 悪魔は嘘をつかないって聞いたぞ」

「安心するがいい! 我輩が放っているこの光線は、人体には全くの無害! 鎧と服のみを粉砕し、需要のない中年の裸体をこの敵陣の中で晒させるであろう!」

「どうかな。僕が脱いだ時は大抵歓声が上がるが」

 

 けん制で撃った数発のリパルサーレイ。

 飛び跳ね、体をくねらせて避けてはいるが、いずれは避けられなくなる体勢になる。

 

「そこだ」

 

 宙に大きく跳んで無防備になったバニルの顔面にリパルサーを放つ。

 

「なんだこんなも……ッ!?」

 

 空中で不安定な姿勢だと言うのに、あっさりとリパルサーを手でたたき落とすバニルだったが、その裏に重なるようにして放ったミサイルがバニルの仮面に直撃した。

 

 ミツルギのデータを取る時に使ってたカズマのドローン戦法が役に立ったな。

 

 吹っ飛んだバニルがゆらりと立ち上がり、体に着いたホコリを払う。

 

「中々やらしい攻撃をしてくるではないか。悪魔らしくて感心したぞ。死後は我輩の元に悪魔として生まれ変わるつもりは無いか?」

「悪いが飲んだくれ女神とあの世で飲み明かすって先約があってね。それよりも……」

 

 自称見通す悪魔と戦って気がついたことがひとつ。

 

「あんた、今の僕の事を見通せてないだろ。見通せてるなら、さっきの攻撃が当たるわけが無いもんな」

「フム……」

 

 だが、こいつの力はおそらく本物だ。

 僕の過去や思考もこいつには筒抜け。もしかしたら未来も。

 

「デタラメな能力だが、制限があるみたいだな……回数制限? インターバル? ……このスーツか?」

 

 それを聞いたバニルは、面白そうに口元に歪めた。

 

「……正解である。その妙な鎧を纏った貴様は見通せん。我輩と実力が拮抗する存在には、この力は通用せんのだ」

「つまり格下専用って訳か。いいね、ラスベガスのショーで使えそうだ」

「何か勘違いしているようであるな……実力が拮抗してるというのは──」

 

 瞬間。

 バニルが突然視界から消え失せ。

 

「──我輩は能力抜きに貴様を倒す力があるということだ」

 

 気が付いたときには、あっという間に背後に回ったバニルが、目を赤黒く光らせて立っていた。

 

 反応が遅れ……! 

 

「『バニル式破壊光線!』」

「ッ……!」

 

 空に待機させてたMk.46から、盾のパーツが僕とバニルの間に飛び出し、怪光線を防ぐ。

 怪光線を受けた盾は、もう使用ができそうにないほど損傷していた。

 

 ふざけた名前の癖して、バカげた威力の攻撃だ。

 

「こっちの番だ」

 

 Mk.46から飛んできた強化パーツが、僕をスーツの上から鎧のように覆っていく。

 

「ほう、よく出来た玩具であるな。ちびっ子達にさぞや人気が出るであろう」

「あんたの仮面じゃ赤ん坊の機嫌も取れないだろうよ」

 

 背中のジェットからバーナーを噴射し、バニルに肉薄する。

 怪光線が厄介なら、近接戦闘を挑めば封殺できるはずだ。

 

 右腕に装着された剣をバニル目掛けて振るう。

 

「良い太刀筋ではないか! 同僚のスケベデュラハンを思い出すぞ!」

 

 ベルディアの事だろうか。

 以前あいつと戦った時にスキャンした動きをそのまま使っているので、近接戦闘はそれなりに戦えるはずだが……。

 

「ほれほれ、そんな猿真似剣術では来世になっても我輩には当たらぬぞ! おおっと! いい悪感情をありがとうである! フハハハハ!!」

 

 実にムカつく動きと表情で、バニルは剣をのらりくらりと避ける。

 

 作戦変更だ……! 

 

「よし、もう少し科学者らしい武器で戦うとするか」

 

 右腕の大剣がパージされ、新しい武器が装着された。

 赤い三角錐の形をしたそれは、花が開花するかのように開いて変形し、バニルめがけてマイクロウェーブを浴びせかける。

 

「んぐ……!? こ、これは……!」

「焼き加減はウェルダンでいいか?」

 

 電子レンジと同じ要領で、バニルの体を極限まで熱する。

 バニルの背後の木々が発火し、地面の土が赤く煮え始めた。

 

「妙ちくりんな……真似を……!」

「ガラス細工になったら玄関に飾っといてやるよ」

 

 おちょくるための演技には見えない。

 高熱で熱せられた土くれの体が所々ガラス化し、動きが鈍くなっていく。

 

 目からビームも体が固まって狙いが定めにくいようだ。

 

「元は暴徒鎮圧用だったが……意外なとこで役立つもんだ。あぁ、君には関係の無い話だったな。ご退場願おう」

 

 オブジェ一歩手前のバニルにもう片方の腕を向け、ミサイルを装填する。

 

 せいぜい派手に散ってもらおう。

 

 僕の勝利を確信したのか、仲間が後ろから駆けつけて来た。

 

「フ……フハハ……ハ……」

 

 ……? 

 もはや体も崩れかけているバニルの口から、歪んだ笑い声が盛れだした。

 

 なにがそんなにおかしいと、問う暇も無く……、

 

「トニー! 避けてー!」

 

 アクアのそんな叫び声が聞こえると同時。

 バニルの本体である仮面が飛び出し、スーツの顔面にへばり着く。

 

 やがて、HUDのアイコンが全て真っ赤に染まっていき──

 

 

 

【不正アクセスを検知。対処不可……不kkkkkkkkk】

 

 

 

 

     【 ;) 】

 

 

 

 

 ▽

 

 

 戦いのあまりの苛烈さにまるで介入できずにいた俺達は、トニーがバニルを抑え込んでいるのを見て、行くなら今しかないと加勢に来た。

 

 来た……のだが。

 

 

「……トニー?」

 

 トニーがトニーであると確かめるために声をかける。嘘であってくれという気持ちを込めながら。

 

 おかしなことをしていると思うが、本当は分かっているんだ。

 

 

 トニーに……敵感知が反応している! 

 

 こっちにゆっくりと振り向いたトニーの顔を見て、めぐみんが叫んだ。

 

「ト、トニー! 凄くカッコイイ見た目になっていますが、大丈夫で──」

 

 めぐみんが最後まで聞く前に、トニーの掌がこちらに向いた。

 今迄何度も見てきた……敵を貫き、粉砕する破滅の光を灯した掌が。

 

「おい、マジか!!」

(僕じゃない……! この悪魔が動かしてる! ……駄目だ! コントロールが効かない!!)フハハハハ! しばらく楽しめそうだ!! 実に愉快な玩具であるな!」

 

 バニルの声を発したスーツの掌が、アクア目掛けてリパルサーを放つ。

 

 制圧用じゃない、抹殺用の高威力リパルサーだ!! 

 

「ふ、ふわああああああーっ!!」

「危ない!」

 

 リパルサーがアクアの顔面を貫くすんでのところで、ダクネスが合間に入って防ぐ。

 

 ダクネスの背に弾かれたリパルサーは、射線上の木々や岩を貫きながら地平線の彼方へと消えていった。

 

「ふーむふむふむ! 楽しい機能が盛りだくさんであるな! さて、忌まわしき女神をブチのめすとしよう! (みんな逃げろ! システムが完全に乗っ取られている!)

「マジかよぉぉぉおお!」

「フハハハハ! 共に派手派手しく行こうではないか、中年ヒーローよ! 我輩、テンションアゲアゲである!! (回避行動をとれ! こっちはターゲットにロックオンした!)

「タ、ターゲット!?」

(君たちだ!)

 

 トニーの全身のパーツが威圧的な音を奏でて稼働し、今まで見たこともない武器がギラりと光る。

 それだけじゃなく、空に飛んでるMk.46のパーツも次々とトニーの武装を強化していく! 

 

「とにかく逃げましょう! トニーのスーツは対人武器も山盛り搭載してます!」

 

 トニーのスーツに詳しいめぐみんが、顔面を冷や汗まみれにしながらそう叫んだ。

 

 とにかく回避に専念を……。

 無理ゲーだろと心の中で諦めながら、急いで伏せようとしたその時。

 

「はあああ!」

 

 一斉に背を向けて逃げ出す俺たちの中から、ダクネスが踏み出してトニーに飛びかかった! 

 

 途中でリパルサーやら変な音波やら食らってた気がするが……そこは壁役の面目躍如と言ったところか。

 

「トニー! 目を覚ませ!!」

(再起動も効かない! 何とか逃げろ!)

 

 ダクネスが死に物狂いでトニーを押さえつけるが、長くは持ちそうにない。

 

 でも、今なら! 

 

「アクアー! 退魔魔法だ!!」

「まかせなさい!!」

 

 退魔魔法は人間には効かない。

 ダクネスに抑え込ませて、そのまま浄化魔法を浴びせればダメージが通るはず! 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』ッ!」

「ぐおおおお!?」

 

 トニーのスーツが光に包まれ、バニルの仮面から煙が上がる。

 

(……! 今のを続けろ! システムが一瞬だけ元に戻った!)

 

 よし、効果アリだ! 

 

「アクア! 退魔魔法をあいつに撃ちまくれ! ダクネス! 可能な限り押さえ込み続けてくれ! めぐみん! トニーのスーツは爆裂魔法を耐えられるか?」

「Mk.46の上からなら耐えられます! ですが……中身のトニーが耐えられるどうか……!」

 

 とりあえず、爆裂魔法は最終手段だ。

 今はバニルを退魔魔法でできる限り弱体化しよう。

 

 それでバニルが倒れるか、トニーがスーツの支配権を得られればそれが一番。

 

 つまり……。

 

「……殺す気のトニー相手に時間稼ぎ……って訳だな……!」

(いやコイツは……アクア以外とは遊ぶ気マンマンだ)フハハハハ!! 『時間稼ぎって……訳だな……』なんて、不相応にカッコつける姿ときたら……フハハハッ! フハハハハハ!!」

 

 チクショウ! こいつ殺してぇ!! 

 

(……HAHAッ)

「なんでテメーまで笑ってんだよぉぉおおお!!」

 

 もうこのまま帰ってやろうかな。

 

 俺は怒りに身を任せてトニーに手を向ける。

 スーツ相手の一撃必殺技! 

 

「『スティー……ぐっはぁああああっっ!?」

「カズマああああああああ!!」

 

 魔法を唱えるその瞬間。

 みぞおちに強烈な衝撃が走り、自分の視界が遥か後方までブレて引き伸ばされる。

 

 ダクネスの隙をついてリパルサーを俺にぶち込んだらしい。

 

「『ヒール』!」

「ぐ……おええ……帰りてぇ……帰りてぇよ……」

 

 

 ぶっ飛ばされた俺は腹を擦りながら、そんな泣き言を漏らす。

 

「カズマさん、しっかりしてよ。あのクソ悪魔は私がこの手で消し去ってあげるから」

「お前、悪魔相手だと心強いな……」

 

 ちらりとバニルの方を見ると。

 

「もっと! あぁあっ! もっと色んな武器を私に撃ってこい! あああっ! 今の焼かれるような痛みは!?」

 

 スーツを乗っ取ったバニルと苛烈な殴り合いを始めていた。

 最も、ダクネスの攻撃は一切当たっていないのだが。

 

 ……のだが。

 

「ええい! なんなのだこの女は! なぜ倒れん! なぜ殴られて喜悦の感情を浮かべておるのだ! (僕のチームメイトを甘く見るなよ。この女を倒したいなら今の十倍は出力を上げなきゃな。しかしどんな腹筋してるんだ? 僕の全身より君の耳の方がマッチョだろ)

「お、おい! トニー! お前は女性の扱いに長けているではなかったのか!? 私を筋肉の化身みたいな扱いをするのはやめ……」

「隙ありである」

「あっ──」

 

 トニーの言葉にツッコんだその隙を突かれ、スーツの胸から出た極太の光線によってダクネスが空の彼方までぶっ飛ばされる。

 

「ダ、ダクネース!!!」

 

 吹っ飛ばされる時、こっちに向けて親指を立てていたから大丈夫なのかもしれないが……。

 いや、大丈夫だとしても色々大丈夫じゃない。

 

「さて、邪魔者もこれにて退場……我輩の狙いはそこの駆け出しプリーストであるので、逃げるなら見逃してやるぞ?」

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ッ!!」

「甘いわっ!」

 

 俺達へ視線を向けたその隙にアクアが横から退魔魔法を放つが、背中のスラスターから火を吹かせ、プラズマの残光を残して避ける。

 

「『エクソシズム』! 『エクソシズム』! 『エクソシズム』ッ!! ああっ、もう! トニーってば動かないでよ! 当たらないじゃない!」

(それが出来たら苦労はしない! 今こっちでシステムのコントロールを取り返すから何とか耐えろ!)

 

 スーツからトニーのそんな声が聞こえてくるが……。

 

「ほーれほれほれ! 避けてみるがいい! フハハハハ!」

「ふ、ふわあああああっ!」

 

 スーツの全身からレーザーやらミサイルやらがドカドカ出てきては、それらがアクアの元へと降り注ぐ。

 自身に強化魔法を掛けて凌いではいるが……。

 

「このままじゃアクアが殺される! めぐみん! 何とか出来ないか!?」

「い、いま私の方でもトニーのスーツにアクセス出来ないか試しています……いますが、常にアルゴリズムが変わる七重の魔術式ファイアウォールと次元関数トラップの迷路に守られています……! 下手したらこっちのシステムまでハッキングされかねません!」

「なにそれこわい」

 

 でもこのままじゃアクアが死ぬ。

 あぁ、クソ。やるしかない。

 

「おいコラアアアアア! ヒーラーから狙うとか趣味わりーぞ!」

 

 叫んで弓を構えた俺に、バニルがアクアを狙う手を止め、興味深そうに視線を向ける。

 

「おや……どういうつもりだ? さっきまでどう助かるかしか考えてなかった小僧よ。今の我輩は玩具を手に入れたおかげでテンションが高くてな! 殺しこそせんが……怪我をさせてしまうかもしれぬぞ?」

「ひい!」

 

 本来は青い光が灯るアイアンマンの目が、バニルの仮面越しに赤黒く邪悪に光っていて、思わず血の気が引いて後ずさる。

 

「カズマ……カッコつけるならもう少し持ってください……」

「いや、だってあれ怖いじゃん!! 戦っても時間稼ぎにすらならない気がする……!」

「援軍が欲しいですね」

「大量にな……」

 

 と、半ば諦め気味に弓を構え直したその時。

 空から、どこか聞き覚えのある独特な飛行音が近づいてきた。

 

 その場にいる全員が音がした方角に視線を向ける。

 

 あれは……! 

 

「ドローン!? なんでここに!?」

「私の権限で動かせる最大数のドローンです。……私の出番が取られるようで、あまりこういうのに頼りたくは無いのですが……あぁ、オマケもついてますよ」

 

 めぐみんの眼帯から幾何学模様の光が淡く漏れる。

 どうやらあれで操作してるらし……、

 

 ……オマケ? 

 

「うおおおおおお!」

 

 そんな怒号の方を見てみれば、ドローンの下にぶら下がってるダクネスの姿が。

 どうやら吹っ飛ばされた先で拾って貰ったらしい。

 

「フハハハハ! 次から次へと、まさに玩具箱ではないか! だが……貴様の相手は勘弁願いたい。撃ち落とさせてもらおう」

「あいつとうとう悪魔にも嫌がられ始めたぞ」

 

 ダクネスへ向けて光の弾幕が張られるが、めぐみんによる卓越したドローン操作によってそれらを避けつつ、バニルへと。

 

「くらええええ!」

「ッ!」

 

 ドローンの修正によって、ダクネスの飛び膝蹴りが正確に命中する。

 スーツの扱いになれていないのか、盾で防いだりできずにもろに食らい、轟音と共に吹っ飛ばされた。

 

「はははは! 当たった! 当たったぞ! 私の攻撃が!」

 

 攻撃面で役に立ったのが嬉しいのか、砂煙を巻き上げて転がるバニルを見たダクネスが、満面の笑みでピョンピョン飛び跳ねる。

 

 一見喜ばしいことが……。

 

(ナイスキックだ、ダクネス。……次は僕が中にいることも考慮してくれ)

「あ……ああっ! す、すまない!」

「これは思わぬとこで悪感情。ごちそうさまです」

 

 どうやらバニルを喜ばせるだけだったようだ。

 だが、そのおかげで……。

 

「懺悔の時間よ、クソッタレ悪魔!」

「しまっ──」

 

 良い時間稼ぎが出来た。

 

「ゴッドブロォオオオーッッッ!!!」

 

 雄叫び応えるようにして、アクアの右拳が朝日のように輝く。

 放たれる拳が、光の軌跡を宙に残して、スーツに張り付くバニルの仮面にめり込んだ。

 

「ぐ、ぐおおおお!!」

 

 殴り飛ばされたバニルが、地面を転がって魔王城のバリアに叩きつけられる。

 

 これはさすがに効いただろう。

 ヒビの増えた仮面を手で押さえながら、アクアを睨みつけるバニルを見てそう確信する。

 

「やってくれるでは無いか……! (おい、今すぐ逃げろアクア! 君を殺す気だぞ! あらゆる武装でロックオンされている! 何が飛ぶか分からないぞ!)

 

 そんなトニーの声が聞こえると同時、バニルの目が赤黒く光る。

 スーツの胸にも光が灯り、目の輝きと徐々に光量が増す。

 

 あ、これめっちゃヤバい攻撃のやつだ。

 なんならアクアを地形ごと消し飛ばしかねない攻撃が来そうだ。

 

 逃げろとアクアに叫ぼうとした俺の声を、トニーの声が遮った。

 

(……ッ! アクア! ジャンプしろ!)

「へっ? ……あうっ!」

 

 こんな時に限って転ぶアクア。足元に木の根でもあったのか、最低の幸運値がここで炸裂……

 

 ……いや、あれは……! 

 

(やられたか……!)

 

 トニーの警告は、今スーツから射出された金属製の足枷の事だったようだ。

 妙にメカメカしいデザインの足枷が、アクアの両足をガッチリと固定して離さない。

 

 ……これはマズいことになった。

 

「トニー! なんとか止められないのですか!? アクアが死んでしまいますよ!?」

(今やってる!)

 

 眩しさを覚えるほどの光が、バニルの目とスーツの胸から溢れ出す。

 

「バニル式──」

 

 もう、間に合わない……っ! 

 

「──殺人ユニ・ビームッッ!」

 

 そこで、一か八かで弓に矢を番えた俺の横から、一つの影が飛び出した。

 

「今行くぞアクア! 私に任せろぉッ! 『デコイ』ッ!」

 

 地面に転がるひしゃげた盾を持ち、アクアの前に滑り込んだのはダクネスだった。

 それとほぼ同時に、アクアめがけて光線が放たれる。

 

 仮面とスーツの胸部から放たれた赤と黄色の光がダクネスの盾にあたり、盾が薄氷のようにあっさりと砕け散った。

 

「ダッ……!」

 

 そのまま胴体まで貫かれるかとヒヤリとするが、腕を交差させ、光を散らして耐えている。

 

 ダクネスの鎧が赤く光を帯びて溶け始めた。

 

「ウッ……ウォオオオオッ!!」

「人は殺さぬことを信条とする我輩に、こんなことをさせるとは、中々に畜生ではないか! (防御とヘイト集めに全スキルポイントを振ってる様なやつだ。ヒーローの鏡だろ? あぁ、今のは皮肉だ

「と、時と場所を考えろぉっ! んんんんっ!」

 

 ダクネスの顔が赤く熱を帯びて蕩け始めた。

 

 こいつもうダメかもしれない。

 

 自分の鎧が溶けるほどの攻撃に晒されてるというのに、余裕そうなダクネスを見て安心と呆れが混じった溜め息を着く。

 

 そして、また大きく息を吸って吐き、呼吸を整えた。

 

 ……今度は、俺の番だからだ。

 

 俺は潜伏スキルを発動させ、ダクネスに釘付けになってるバニルへと、背後に回りながらゆっくりと近付き……。

 

「おらああああっ!!」

 

 右手に矢を持って、そのままスーツの背中へと飛びついた。

 

(おい、何やってるんだ!? 危ないからポップコーンでも食べながら眺めてろ!)

「お前を助けようとしてんのに軽口たたいてんじゃねぇよ!!」

 

 叫びながら、スーツの頭部とバニルの仮面の隙間に矢をねじ込む。

 

「フハッ! 何をするかと思えば……釘抜きと勘違いしてお……うぐっ!? 貴様、なんだその矢は!? ビリビリするではないかっ……!」

「うちの暴飲女神の聖水に丸一日漬けといた特製矢だよ! 気に入ったか!?」

「世界一邪悪な漬物であるな」

 

 余裕そうな軽口を叩いてはいるが、バニルが放つ怪光線も、スーツから放たれる光線もチカチカと不安定そうな挙動をしてる。

 

 その隙を見たダクネスが交差させた腕で光線を弾きながら、重戦車の如き剣幕で正面からバニルへと猛突進した。

 

「さぁ! 観念しろバニル! 引きはがしてから握りつぶしてくれる!」

 

 怒れる筋肉騎士がバニルの仮面に手をかけ、物騒なセリフを吐きながら引きはがしにかかる。

 

 うちのクルセイダー怖いんですけど! 

 

 このままバニルの仮面を俺とダクネスで引きはがそうとした、その時。

 

「──復旧完了だ。照明を元に戻そう」

 

 システムを乗っ取られた時とは違う、スーツに搭載されたスピーカーから、しっかりとしたトニーの声が聞こえた。

 

 ところどころ赤かったスーツの光が青色に戻り、トニーが自らの手でバニルの仮面を引き剥がしにかかる。

 

「……貴様、何をした?」

「方程式を解いただけさ」

 

 メキメキと音を立て、とうとうスーツのマスクからバニルの仮面が剥ぎ取られた。

 

「ふぅ、ようやく顔のゴミが取れたな」

 

 トニーは仮面を握りしめ、展開したマスクから得意げな顔を覗かせる。

 

「さっき調べたバリアに含まれてるコードと、システムを乗っとられた時に流れたコードが一部一致した。生物由来による、脳波に似た反応。奇遇な事に、人工知能であるフライデーと類似点がいくつかあってね」

「……その僅かな断片から読み取り、組成を理解して我輩をスーツから締め出したというのか?」

「そういうこと、もう四千年生きたら理解できるかもな。……さて、レンタル料を支払ってもらおうか」

 

 今から滅殺するバニルに、そんな皮肉を浴びせ、掌に光を灯す。

 

「アクア、めぐみん。トリは君たちに任せた。派手にやれよ」

「「合点承知!」」

「まぁ待て。この我輩が引き分けを提案しようではないか。どうだ? 魔王軍幹部にして、地獄の公爵の我輩と引き分けである! みんなに自慢──」

 

 なにか焦ったように捲し立てるバニルを無視し、トニーがリパルサーで軽くアクアに仮面をトスする。

 

「精々派手に散りなさい、薄汚い害虫悪魔! ゴッドブローッッッ!!」

「はぐぉっ!?」

 

 輝く拳がバニルの仮面にめり込む。

 無駄に綺麗なフォームのアッパーカットが、光の筋を宙に残して仮面を空高くへと打ち上げた。

 

「無へと帰するがいい! 我が爆裂の焔によって!」

 

 天に掲げた杖の先に光が灯る。

 何度も見てきた、なんだって消し飛ばす爆裂魔法の光。

 

 その杖先は、狙い違わず空のバニルの仮面へと。

 

「……フン。まさか、我輩の破滅願望がこんなところで叶うとはな。この我輩にも……見通せんであったわ」

「──『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 紅蓮の大輪が空に咲き、大轟音が響き渡った──! 

 

 

 ▽

 

 

「──とまぁ、そのような邂逅を経てここに至るのわけである」

 

 棚にある魔道具を麻布で拭きつつ、ウィズに背を向けながらそうこぼす。

 

 それを聞いたウィズは感心したようにほうと息を吐いて。

 

「バニルさんを倒すなんて凄いじゃないですか!」

「バカ言うな。今そこでピンピンしてるだろ」

「何が残機だ、ふざけやがってこのチート生物が」

 

 我輩に恨めしげな視線を飛ばしながらそう言うのは、目つきの悪い中年ヒーローと異世界ボウズ。

 あることを伝える為にこのウィズ魔道具店に呼び出したのだが……偉く不機嫌だ。

 

「フハハハハハ! 何を言うか。見よ、仮面の額にあるⅡの文字を。初代は確かに汝らに討伐された。今いるのは二代目である」

「その額の数字3000まで増やしてやろうか?」

 

 鋭い目つきで、『あいきるゆーすりーさうざん』などと遠い国の言語で喋りだした中年ヒーロー。

 

 鼻で笑う我輩に嫌気がさしたのか、ウィズが入れた紅茶を一口啜った。

 

「ハァ……本当にお前は人に危害を加えないんだな?」

「勿論。言ったであろう? 人間は我々悪魔の大切なご飯製造機。傷をつけるなど論外である」

「監視してるからな。変な真似してみろ、その時は」

「その時は、この僕が貴様を倒す! ……か? 芸のないヒーローであるな。人気が出んぞ?」

「……その時は、アルカンレティアのアクシズ教徒達にこの店とあんたの正体を教える」

「冗談でもやめろ! 貴様何を考えておるのだ!?」

 

 狼狽える我輩を見て、スタークが憎たらし気にほくそ笑む。

 

 何と悪辣な手段であろうか。この男は本当にヒーローなのであろうか。

 

「なになに? ウチの子達をここに呼んで、みんなでこの木っ端悪魔をぶちのめすの!? いいじゃない! やりましょうやりましょう!」

「黙るがいい! このニワトリプリーストめ! 余計な口を挟むでないわ!」

 

 水色プリーストの眉間に皺が寄り、スタークにアゴでクイッと『やっちまおうぜ』と言わんばかりのサインを送る。

 

 チンピラかこやつは。これでは話が進まない。

 

「さて、今日ここに汝らを呼んだのは他でもない。時にそこの中年ヒーローよ。遠い遠い世界から来た傑物にして、行動力と独善性ゆえに祝福と混乱を同時に招く男よ。我輩は汝に忠告しに来たのだ」

「……忠告?」

「勝手ながら、汝の思考を見通させてもらった」

「あぁ、ディナーの献立がバレたかな? 魚が良いと思ってたんだ」

 

 軽口を叩いてはいるが、明らかな警戒の色が全身か滲み出した。

 

「私は肉の気分なんですけど」

「ほら、外に出ますよアクア。川に釣りにでも行きましょう」

「ああ、今日の晩飯の魚を釣ろう。釣れた数と大きさで勝負しようではないか」

「この水の女神に釣りで勝負? いいわよ、度肝を抜く大物をつってあげようじゃないの」

 

 空気を読まぬプリーストを、慣れた手つきで店の外へと誘導するパーティメンバー。

 その様子を見届けた後、我輩は話を元に戻そうと咳ばらいを一つして。

 

「忠告とは、汝と因縁のある例の強欲領主の事だ」

「アルダープの事か? 続けろ」

「うむ。汝はあの男に対して近いうちに報復を……それも、かなり強引な手段でやるつもりであるな?」

「…………」

「え、マジ? 暗殺とかするつもりじゃないだろうな?」

 

 不安げにスタークを眺める異世界ボウズ。

 我輩はスタークを指さして告げる。

 

「見通す悪魔が宣言しよう。汝の短絡的な行動は、汝が本来守ろうとするあの鎧娘によくない結果をもたらすであろう。もう少しゆっくりと計画を練るが吉と出た」

「…………」

 

 スタークは、顎を指でさすって考えるような仕草を見せる。

 

 我輩の忠告に対して出した答えは……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「見通すヒーローが宣言しよう。計画ならあるさ。……戦う」

 

 ……真っ向からの、拒絶だった。

 

 


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