共生の物語 ~屍人と響界種と守護竜と~ 作:フォルカー・シュッツェン
獣皇の拳を避けた私はそのままその腕に組み付いて関節を破壊しようと試みる
だが、あまりに頑丈な獣皇の腕は人の身で破壊出来るものではなかった
私が離れるよりも早くもう片方の腕で私の顔に向けて拳を放ってくる
それを顔を横に倒してなんとか避けるが、頬に掠って血が流れた
すぐに腕を離して距離を取る
獣皇の攻撃はどうやら力任せで技量など度外視されている
しかしそれを補って余りある膂力があるため油断は出来ないし、タフネスさも備えていると見て良いだろう
これを破るには相手のタフネスを上回る程の勁力を与えるかヒューイのように投げ飛ばし続けたり脳を揺らすかしないと駄目だろう
それを実行しようにもこいつは巨体に似合わない速さも持ってるから厄介だ
さて、どうするか…迫り来る剛腕を避けながら私は考えていた
☆・☆・☆・☆・☆フェア視点☆・☆・☆・☆・☆
アウルさんが飛び出して行ったあと私達も急いで後を追ってアロエリとミルリーフと合流出来た
アロエリは獣皇に殴られたことで自分の足で立てないほどのダメージを受けてる
そんなアロエリにリビエルが近付いて
「癒しの光よ…」
そう言うと翼が淡く光ってアロエリの身体を優しい光が包み込んだ
傷が癒えたのかアロエリは立ち上がってリビエルにお礼を言っている
何にせよ戦えるならそれに越したことはないよね
顔が暗いからちょっと不安はあるけど…四の五の言ってられない
アロエリを加えた私達は襲いかかる獣の軍団相手に武器を取って立ち向かった
あれから暫くしたけど、まだ敵は残ってる
とは言えその数は少なくて、私達の人数の方が多いくらい
早く全員倒してアウルさんの援護に行かなきゃ…
そんなことを考えてたら槍を持った亜人と斧を持った亜人が連携して突撃して来た
私達の方が多いとは言っても多方向にいる獣の軍団を倒すために二手に別れてるから私の近くには御使いの三人しかいない
振り下ろされる斧を横に避けた私はその斧に向けて剣を振り下ろして上から抑えつける
亜人の力には適わないけど少しは動きを制限出来るはず
この予想は的中して斧を上げようと必死になった亜人の顔を側面からセイロンの掌底が叩く
そんなセイロンを槍で貫こうとしたもう一人の亜人はリビエルの召喚術で怯んだ隙をアロエリが矢を二本放って武器を落とさせた
痛みに苦しむ亜人の顎をセイロンが蹴り抜いて気絶させる
その間に私はふらふらになった斧を持ってる亜人の腕を斬りつけて武器を握れなくして、それから跳躍して剣の腹を思いっきり脳天に叩き込んだ
「今ので最後かな?」
「どうやらそのようだな。あちらも丁度最後の一人を倒したようであるし」
「ならば…」
「ええ、後は獣皇だけですわ!」
そう言って皆が一斉にアウルさんと獣皇が戦ってる方を向いた
その時見たのは血を吹き出しながら宙を舞うアウルさんの姿だった
「アウルさん!?」
アウルさんはそのまま私達とグラッドお兄ちゃん達がいる場所の間の地面に受け身も取れずに落ちてきた
アウルさんの周りに流れ出た血が広がって…
「リビエル!」
「わ、わかってますわセイロン!」
セイロンとリビエルはいち早くアウルさんの元へと走り出した
それを見て我に返った私達は皆我先にとアウルさんの元へ集う
「酷い…こんな傷…」
「ちょっとアウル、しっかりしなさいよね!あんたこんなんで死ぬようなタマじゃないでしょ!?」
ミントお姉ちゃんやグラッドお兄ちゃんは顔を蒼くしてるしリシェルやルシアンはもう泣いている
そんな中セイロンがアウルさんの傷を確かめた
「…これは酷い、内蔵にまで彼奴の爪が達しておる。今すぐ治療せねば助かるまい」
「なら私の癒しの光で!」
「本来なら好ましくないが…致し方あるまい、頼む」
「その必要はありませんよ」
「え?」
リビエルが癒しの光を使おうとする直前、アウルさんが声を発した
その声はとても落ち着いていてこんな大怪我をしていることを微塵も感じさせない
するとアウルさんは驚いている私達を他所に軽快に跳ね起きて獣皇の元へと歩き出した
「な、なにを考えておる!?アドレナリンの過剰分泌で痛みを感じていないのかもしれぬが今のお主は重症なのだぞ!!」
「そうです!今すぐにでも私が癒して…」
「今の私にとってはこんなの怪我の内にも入りませんよ。心配しなくても勝手に治りますから」
「何を馬鹿な……なっ!?」
セイロンはそんなアウルさんを止めようとするけどアウルさんの傷が塞がってるのを見て…え?
うそ、そんな…なんで塞がってるの!?
そう言えば以前屍の再生力がどうとか言ってたけど…これがそうなの?
皆が呆気に取られているといつの間にか獣皇が間近に迫っていて、走りながら全体重の乗った一撃をアウルさんに向かって放とうとしていた
「っ!?アウルさん、あいつが!!」
「大丈夫ですよ、フェア」
アウルさんは獣皇の攻撃を見もしないで止めてみせた
それどころか指二本しか使ってないんだけど…
「っ!?」
これには流石の獣皇も目を丸くして驚いている
その直後、アウルさんから言い様もない威圧感…いや、殺気が立ち上った
それに危機感を抱いたのか獣皇が離れようとするけどそれよりもアウルさんの拳が炸裂する方が先だった
「ギャオォンッ!?」
吹き飛ばされ段差に叩きつけられた獣皇が悲鳴を上げる
見るとアウルさんの髪が白くなって肌に赤黒い紋様が浮かんでる
これってあの時おじいさんの召喚術を叩ききった時の…でもあの時は紋様は浮かんでなかった
てことはこれが本当の本気?
「比類無きパワー、スピード、タフネス、何よりも破壊衝動を備えているある意味最も警戒しなければならない存在だと聞いてどんなものかと思いましたが…確かに予想以上に強くて焦りました。ただの怪力で屍の力を使わざるを得ないとは恐れ入ります。ですが…」
アウルさんはそこで言葉を切ると獣皇に向かってゆっくりと歩き出した
「グルル…っ」
獣皇はそんなアウルさんから距離を取ろうとするけど後ろが壁のように高い段差だから逃げられないでいる
「あの魔人の方が余程強かったですよ。まぁ数万年の時を生きた者と比べるのは無情かもしれませんが…私を殺したいなら天変地異を起こせる程の強さがなければ無理ですよ」
魔人?
数万年?
なんのことだろう…よく分からないけどアウルさんのいた世界にはそんなおっかないのが居たのかな…
それにしても天変地異は言い過ぎなんじゃ…でも内蔵が損失するような傷がすぐに治ったし、それくらいの破壊力がないと倒せないのかも
…考えたら恐ろしくなってきた
この人が敵にならなくて本当に良かったと思う
「さて、そろそろ止めとしましょうか。安心して下さい、決して殺しはしませんから。ただそれなりの怪我はすると思いますので覚悟はしておいて下さいね」
そう言うとアウルさんは右手で拳を作って腕を引いた
獣皇の顔が心なしか引きつってるような気がする
そしてそのままアウルさんの拳は獣皇の胸へ叩き込まれて、それを真面に受けた獣皇は後ろの壁にめり込んだ
「んー…うん、致命傷になるような傷はありませんし放っておいても死ぬことはまずないでしょう。軽く手当だけして後は敵が回収するのに任せますか」
そう言ってアウルさんは獣皇を壁から引きずり出してその身体を横たえてから手当をした
自分を殺そうとした敵なのに殺さないように手加減するだけに留まらず倒した後に傷を診て手当までするなんて…優しいのかおっかないのかどっちなんだろう
いや、アウルさん自身は優しい
ただ命に関わる戦いだから殺しはしないという一線を守りつつ容赦しないだけなんだ
このままじゃ勝てないって思うまで自分の力を使わなかったくらいだし、ひょっとしたら戦いたくもないのかもしれない
そんなことよりミルリーフとアロエリのことだよね…そう思って後ろを振り返った瞬間、ミルリーフが私にしがみついてきた
「わわっ…とと」
「ママァ〜!怖かったよぉ…」
「もう…あんなに頑張ったのに泣かないの」
「だってぇ…っ」
うん、まぁ…初めての戦いの上に相手はあの凶悪な獣皇だもんね
そりゃ怖くて仕方ないか…
私はミルリーフの抱き締めながら頭を優しく撫でる
それを続けながら言葉を紡いだ
「そうだね、怖いのに良く必死になって戦えたね…本当に頑張ったよ、貴女は」
「…うんっ♪」
ミルリーフは目一杯の笑顔で応えてくれた
あぁ可愛い…じゃなくて、これならもう平気かな
でもすぐに離すのは可哀想だし私自身もう少し一緒にいたいと思ったからそのままいてあげた
そうしながらも顔をアロエリの方に向けて様子を見ると、丁度ポムニットさんが手当をしようと近付いた所だった
「お怪我の方は平気ですか?」
そう言いながら手当の為にアロエリの腕を取ろうとしたけど
「触るなっ!!」
アロエリはその手を払い除けた
ちょっと…それは流石にないんじゃないかな
「ちょっとあんた!ポムニットになんてことすんのよ!?」
「そうだよ!怪我を心配してくれただけじゃ…」
案の定ブロンクス姉弟が噛み付いた(噛み付いてるのは姉だけの気はするけど)
それでもアロエリは
「心配してくれなんて、誰も頼んじゃいない!俺の事など放っておけ!」
…あれかな?
反抗期の子供なのかな?
「アロエリさん…」
怪訝にされても尚アロエリを心配しているポムニットさんは本当に優しい
私もあんな風になれるかな…
「人間なんかに、助けられたりはしない…人間なんかに…哀れみの目で見られて、たまるかあぁっ!」
「…っ」
大人達はそんなアロエリの様子を見て顔を伏せてる
やっぱり召喚術に関わる者として辛いところがあるんだと思う
でもいつまでもそのままじゃいけないと思うんだ
これから前向きに考えていかないと…
「いっそ、あのまま殺されていた方がマシだった…」
…なんか、今物凄いこと言ったような気がする
リビエルも目を見開いて驚いている
「御使いの誇りに殉じた死であるならば、俺は……ぐぁっ!!」
アロエリが最後まで言うよりも早くセイロンの蹴りが腹に入った
「巫山戯るなよ、小娘」
その声は普段の快活な様子は微塵もなくて、途轍もなく低くて怒りを押し殺したような声だった
「この状況を招いたのは誰だと思っておる!?」
「…っ!」
「お主が何処で犬死にしようとも我は構わぬ。だがな…御子殿を危険に晒すことは許されぬ!!」
「つっ…うぅ……」
「私情に流された挙句守るべき使命を忘れて自暴自棄に振る舞う…そんな貴様がどの口で御使いの誇りなどを語れるというのだ?恥を知れ!!」
「う…っうぅ……」
アロエリは目に涙を浮かべてる
色んな想いが混ざり合って自分で消化しきれないんだと思う
私もそうなったこと何度もあるから…
「アロエリ…」
「守れなかった…御使いなのに、俺は守れなかった…守護竜様も、里も何一つ守ることが出来ずに…っ」
「貴女だけじゃないわ、アロエリ…私だって悔しいです。情けなくてたまらない。でも、だからこそ私達は命を粗末にしてはいけないの。千代様のご遺志を無駄にしないために」
「リビエル…」
その時、不気味な音が…何かが胎動するような音が聞こえてきた
「っ!?」
その音は段々と早くなっていく
「なんなの…この不気味な音は?」
「あいつの鼓動だよ!もう動けるようになったんだ!」
私の問にミルリーフが答えてくれる
アウルさんのあの攻撃を受けてもう回復したっていうの!?
やっぱり獣皇も化け物じみてる…
「ガルル…ッガハッ、ガ……ッ」
獣皇は唸りながら身体を起こしていく
それを見てアウルさんは皆の前に出て、その他の皆も私とミルリーフを守るように陣取った
勿論私もミルリーフの前に立って剣を構える
「グルルガァアアアアァァァァッ!!」
「まだ立てるなんて、しぶといわね!」
「ギャオオオオオオォォォォン!!」
獣皇も殺気を剥き出しにして襲いかかる一歩手前だ
正に一触即発、また戦いが始まろうとしたその瞬間
「え…笛の…音?」
心地良い笛の音が何処からか聞こえてきたの
「ガロロロロロ…」
見ると、獣皇の目から明らかに殺気が霧散していて身体の力も程よく抜けていた
そしてそのままどこかへ去っていった
「なんか、帰っちゃったみたいですね???」
「た、助かったぁ…」
ポムニットさんの気の抜けた声とグラッドお兄ちゃんの心底ホッとしたような声でようやく本当にこの日の戦いが終わったことを悟る
皆身体の力を抜いて武器を下ろした
「これでようやく一段落って所かな…さぁ皆、帰ろっか?」
「うんっ!」
そうして私達は家路に着き始めた
その頃アロエリ達は…
「……」
「ああいう人なのよ、フェアって。過ぎたことには拘らないし、責めたりもしない」
「けど、俺は…」
「御使いたる者は、御子殿の側へと控えその身を守るべし。何度も言わせるでない、この馬鹿者め」
そう言うセイロンの顔は穏やかで、僅かに笑みを浮かべてさえいた
「セイロン…あぁ…分かってるさ…」
そうこうして結局アロエリは帰ってきた
私は何も言わずに彼女を迎え入れた
「なんで怒らないのよ」ってリシェルはぷんすか腹を立ててたけど…怒れるわけないじゃん
だって、私とアロエリはある意味で似た者同士だったんだから
理不尽な境遇に対して何も出来ないもどかしさや、覆せない自分の非力さが悔しくて…当たり散らすことでしか紛らわせない
今よりももっと小さかった頃の私もそうだったと思う
いや、大人になったつもりで一丁前なことを言っていても…今も昔も私は私で変わってないのかもしれない
やっぱ、自分じゃよく分かんないや……
夜、なんとなく眠れなくって庭をぶらぶらしてたら人影が見えた
多分大丈夫だとは思うけど泥棒とかだったら困るし宿にいる誰かなら話し相手になってくれないかなと思って近付いていくと、そこにいたのはセイロンだった
「あれ、セイロンどうしたのこんなところで」
「ん、おお店主殿か!お主こそどうしたのかね」
「私は…なんとなく眠れなくって」
「そうか、我も…似たようなものか。少し考え事をしておってな」
「考え事?セイロンもそんな風になる時あるんだ」
「ハッハッハ、似合わぬかね?」
「んー考えてみたらそんなこともないかな?でも私はそうやって陽気に笑ってるセイロンの方が良いかな」
「うむ、笑顔でいるのが一番!それは人も召喚獣も変わらぬことだろう」
「そうだね…」
私達は手頃な切り株に腰掛ける
それから少しの間話してたけど、次第にお互い無言になっていった
なんとなく気まずくって何か話そうかなって思ってたらセイロンが徐ろに口を開いた
「店主殿は、怒らないのかね?」
「え、なにが?」
「アロエリがしでかした一連の出来事だよ」
「怒ったところでもうすんじゃったことじゃん。それに…そうさせない為に貴方、先にアロエリを蹴ったんでしょ?」
「あっはっはっは!やれやれ、しっかりお見通しか」
「私だって伊達に宿を切り盛りしてないってことだよ」
「そうであったな。まぁ人間の言葉にはあやつもただ反発するだけだろうが、我の叱責であればいくらかは堪えるだろうと思ってな」
「でも、ちょっとやりすぎだったんじゃないの?いくら何でも女の子に蹴りは…」
「そういう物言いは、彼女にとっては逆に侮辱になるぞ。アロエリは女であることよりも御使いであることを選んだ。それほどの覚悟をもって、彼女は使命に当たっていたのだよ」
「なるほどね…」
女であることよりも、か…女の子として扱われたい私には、その気持ちはよく分からないかも
でも、ミルリーフを守るために女の子としての幸せを捨てなきゃならないってなったら…うん、その時は迷いなく捨てるのかもしれない
そんな状態になってないから結局分からないんだけどね
「あの時…彼女は罰せられることを望んでいた。だから、はっきりと目に見える形で罰してやったのだよ。ずっと引きずってきた自責の念から解放してやるために、な」
「う〜ん…よく分かんないなぁ、それも」
「まぁ、御使いの中でも我は少しばかり特異な立場であるからして冷めた目を持ち続けていられるのやもしれんな…」
「特異な立場?」
セイロンの独白のような言葉に少しひっかかるようなものを感じた私は思わず聞き返してた
そして返ってきた答えは予想外過ぎるものだった
「我は『ラウスブルグ』の住人ではないのだよ」
「え!?」
「故あって、世話になっていた客人なのだ」
「ちょ、ちょっと待って!?なんでよそ者が御使いなんて立場になってるの!?」
「先代から頼まれたのだ。御子殿が後継者となるまでの期限付きで、な」
「そう…だったんだ……」
説明してもらって納得は出来たけど…でも、それって
「お主の考えている通りだ。約束が遺言となった今、違えるわけにはいかぬ。そして、願わくば先代の仇を討つ!…そうすることで賜った恩義に報いたい、今の我を動かしておるのはそうした願いであるのだよ」
「セイロンにとっては、それが譲れない想いなんだ…」
「あぁ…」
そっか…それなら私が言えることなんて何もないよね
でも、それって本当に良いのかな?
仇討ちをしたいほどに憎む相手や都合がない私には良く分からないけど…相手を殺すのだけは間違ってると思うんだ
こんな時、アウルさんならなんて言うんだろう
そんなことを考えているとセイロンがいつもの陽気な雰囲気に戻って話を切り上げた
「さて、もう夜も遅い。そろそろ寝るとしよう。店主殿ももう寝ると良い、夜更かしは肌に良くないしな」
「…そうだね、そうするよ。お休み、セイロン」
「あぁ、お休み」
考えるにしても今日は疲れてるし、また明日からで良いよね
宿のお仕事もやらなきゃいけないんだし、ちゃんと寝ないと
そうしてセイロンと別れて部屋に戻った私はベッドに入る
自分で思ってる以上に疲れてたのか、考え事をする暇もなく私の意識は眠りに落ちていった