共生の物語 ~屍人と響界種と守護竜と~ 作:フォルカー・シュッツェン
ちょっと諸事情ありましてこれから暫くの間こちらのSSを集中的に投稿していくこととしました
前回の投稿が2年前とかマジ?
流石にそろそろ完成させないと……
「ママ、こっちこっち〜!」
「もう、あんまり
私の前方をフェアとミルリーフが仲睦まじく歩いている。今私は彼女達と共に街の大通りへと来ていた。
「まぁまぁ、子供はこれくらい元気な方が良いものですよ」
「それはそうかもしれないけど……わわ、引っ張っちゃダメだってば!」
ミルリーフが出掛けたがってフェアが保護者として付いていき、万が一の為にセイロンが隠れながら追跡する……ここまではいつも通りなのだが、今日は何故か私まで連れ出されている。フェア曰く、『折角宿屋の方に戻って来れたのにいきなり重労働なんてさせたくないよ。息抜きがてら一緒に街でも歩こ?』とのことらしい。確かに暗殺者の身柄を帝国の護送隊に引き渡した私はフェアの宿に戻って階段制作の続きをやろうとしていた。しかし彼女はそれが気に入らなかったらしい。その私を気遣ってくれる気持ちは素直に嬉しかったし、息抜きが大事であることも確かであるのでこうして彼女の提案を呑んで付いて来た訳である。
そのまま暫く街を散策していた私達だが、ふと聞き馴染みのない音が聞こえて足を止めた。
「なんの音だろう、これ……不思議な音色」
「うん……でも、とっても綺麗だよ」
……いや、聞き馴染みがないのはフェアとミルリーフだけだ。私はこの音を知っている。だがまさかこんな所で聞くことになるとは……
「あそこの人集りから聞こえてるみたいですね。行ってみますか?」
少し離れた位置に人集りが出来ていて、どうやらその中にこの音色を奏でている者がいるようだ。私の提案に2人は、特にミルリーフが強く賛同の意を示したため件の人集りへ向かうことにした。
「遠くから見てる時も思ったけど凄い人数集まってるわね」
「だって凄く良い音色だもん……」
暫く歩いて人集りへ着いた私達は人の多さに吃驚し、またその美しい音色に魅了されていた。雅にして幽玄、そんな全く違う要素が一切喧嘩することなく見事に調和している……言葉で言い表せない程の演奏だ。しかし私が何よりも驚いたのはその奏者自身に対してだ。深い緑を基調として少しだけ赤で装飾された着物をゆったりと着流しており、その手には三味線を持って曲を奏でている。どこからどう見ても日本人だ。それに、目立たないよう隠されてはいるがあの三味線にはネックに不自然な切れ込みが入っている……持っている三味線や演奏の腕からして、この男は間違いなく只者ではない。
「ミルリーフの言う通り綺麗な音色……アウルさん?どうかした?」
「ん、いえ……あまりの演奏に圧倒されていました」
「そっか。この演奏ならそうなるよねぇ」
男を観察しているとフェアがそれを不審に思ったのか、声を掛けてきた。暫くの間暗殺者の監視と護衛などをしていた所為でそっちの感覚に染まっていたらしい。咄嗟に取り繕ったが彼女は納得してくれたようだった。私がそういったことに慣れているのもあるが、それ以上にこの演奏がそれ程までに素晴らしいお陰だろう。ミルリーフなど目を閉じて完全に奏でられる音に集中している。あまり気を張りすぎるのも良くない、今は演奏を堪能しよう……そう思った矢先、その思いは打ち砕かれた。他ならぬ、演奏していた男によって
「あっ⤴︎ あ⤵︎ ︎ぁ⤴︎ ⤴︎⤴︎〜ん♪おぅ⤵︎ ︎おぉ〜⤴︎ ⤴︎⤴︎さとぉ〜じぃ⤵︎〜⤴︎ まんのぉ⤵︎ ︎〜 ︎♪」
「「⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️」」
(なんという…………音痴なのだろうか………………)
そう、この男はどうやら奏者ではなく吟遊詩人のようで人が集まった頃合いを見て歌い出したのだが……途轍もない音痴だったのだ。折角の美しい演奏が全て台無しである。集まっていた人達も表情を驚愕に染めて我先にと散っていった
「あぁ!皆様!?どうして帰っていってしまうでありますか!?」
そこに誰よりも深い困惑に陥った男を残して
「で、歌でお金を稼ごうとした……と」
「えぇ、その通りでございます。しかし、皆様帰ってしまうとは……そんなに、自分の演奏はダメだったでありますか?」
男はそう言うと悲しそうに眉を下げた。あの後私達はフェアが耐え切れずに男にツッコミを入れたのを起因として男の話を聞いていた。それによると男の名はシンゲンと言い、各地を旅して廻る吟遊詩人だそうだ。しかしこの街へ着いた所で路銀が尽きたらしく、歌で稼ごうとしてこうなったらしい。物腰は柔らかく何処か剽軽というか楽観的というか、そういう印象を覚える男だ。今のところ害意や殺気などは一切感じられず、どうやら私たちとの会話を心から楽しんでいるように見受けられる。しかし近くでみるとシンゲンの身体は相当鍛えられていることが分かるし、無駄な筋肉が一切ない……恐らくは剣客なのだろう、油断はしない方が良いかもしれない。
「いや、演奏『は』良かったよ、演奏『は』。この子だって聴き入ってたし……ね?」
「うん!凄く不思議ですっごく綺麗だったよ!」
フェアの言葉にミルリーフが目を輝かせてシンゲンを見詰める。しかしフェア……「演奏『は』」って……その通りだが強調しないであげて欲しい。シンゲンはミルリーフの純粋な褒め言葉と表情に喜んでいて気付いていないようだが。
「そうですかそうですか!いやはや、例えお世辞でもそう言って貰えるのは嬉しいものですなぁ♪」
「お世辞などではありませんよ。本当に素晴らしい演奏でしたし、そうでなければあんな人集りなど出来ませんから」
「そうそう、その通りだよ。だから次からは歌わなきゃ良いってことね!」
「ごはぁっ!!!」
シンゲンは見えない血を吐き出しその場で蹲った。それはそうだろう……『歌が下手だから歌うな』 なんて吟遊詩人にとってこれ程屈辱的なことはない。要は上げて落としたのである、フェアも中々に恐ろしいことをするものだ。
「フェア、貴女……」
「ち、違うのアウルさん!別に私はトドメを刺したかった訳じゃ……!ただシンゲンさんの為を思って!」
「ぐふぅ!」
「……悪意のない、誠意で言われる方がそりゃ辛いですよね」
「あああああああぁぁあああ!?ごめんなさいぃぃぃぃいい!!!」
「おじちゃん、大丈夫?」
フェアの言葉で更に撃沈するシンゲン。そんな様子に己の失言を悟り、パニックになるフェア。優しく背中を擦るミルリーフだけが癒しだ。こういう状況を地球ではなんと言うんだったか……ヤムチャしやがって、だったろうか
「落ち着きましたか?」
「えぇ。お見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ありません」
その後フェアを落ち着かせシンゲンを励ましてとした結果、なんとか場は落ち着いてくれた。シンゲンもこちらに謝罪してきたが彼が謝ることではないだろう、律儀な男である。しかし謝罪をしてもそこに重さはなく、寧ろ相手を明るくさせる不思議な感じがする……彼の朗らかさがそうさせるのだろうか。
「それで、貴方はこれからどうするのです?」
「何はともあれ銭を稼がなければ食うことも出来ません。またどこかで歌いますかね」
……あれだけの目に会ったのにまだ歌おうとするとは、見上げた根性というかなんというか。そんなことを思っているとシンゲンが突然両手でお椀を作るようにして差し出して来る。まさか
「ということで、もしよろしければお代の方を……」
「「…………。」」
「うぅぅ、無言の視線が痛い……!」
それはそうだろう。演奏は文句無しに素晴らしく、それだけであればお代を払うのに躊躇はなかったかもしれない。しかしあの歌では……
「うんまぁ、お金を払うのには抵抗あるけどさ。ご飯くらいなら食べさしてあげるよ」
「ほ、本当でありますか!?」
「フェア……良いのですか?」
「うん、良いの。さっきのお詫びってのもあるんだけど……」
フェアはそう言うと隣にいたミルリーフの肩に手を置き、彼女の後ろに立った。
「その楽器、三味線だっけ?それをこの子に聴かせてあげて欲しいの。ここじゃ珍しくて中々聴けるものじゃないからさ、それがご飯代ってことでどう?」
「ママァ!」
フェアは、やはり良い意味で大人だ。全員が喜べて丸く収まる、だけではない。まずシンゲンは見た目こそ人間にしか見えないが、その実彼は召喚獣らしい。この世界では召喚獣の地位は低く、差別的に見る者が大半である為シンゲンはこれまで沢山の苦労をしてきただろう。その中に基本的に召喚獣はしっかりとした店で食事を摂ることは出来ない、というものがある。露天であれば「主人の命令で買いに来た」と言い訳が効くが食事処ではそうはいかない、だから彼は旅を始めてからちゃんとした食事を腰を落ち着けてゆっくりと味わうことが無かったと思われる。これは短期であればさしたる問題にはならないが、長期になると大問題だ。生物の三大欲求の1つである食欲、これを満足に満たせない期間が続くと精神を蝕まれる。それに睡眠だって碌な寝具で寝れていないだろう、だからフェアはきっとそのまま泊めるつもりだと思う。そこまで見抜いた上で「三味線の音色を聴かせてあげて欲しい」と彼にしか出来ないことを頼むことで相手が抱く遠慮の消去乃至減弱を行う。そしてミルリーフは喜ぶし他の者達だって珍しい楽器の音色が聴けるとなれば嫌な顔はしないはず、寧ろ歓迎するのではないだろうか。こうした行動を躊躇うことなく実行出来る彼女はとても15歳の少女とは思えないほど大人びている。本当に、大した少女だ
「そういうことでしたら、喜んで♪」
「よし!それじゃあ一旦帰りましょ。アウルさんもそれで良い?」
「えぇ、問題ありません。そう言えばフェア、最近セイロンからシルターンの料理を学んだと言ってましたよね?」
とあることを思い付いた私はフェアに質問を投げ掛けた。きっと彼女ならこれだけで私の言いたいことが分かるだろう
「え?うん、そうだけどそれがどうか……あ、そういうことね」
「シルターンの料理が作れるのですか!?」
思った通りシンゲンが食い付いた。この世界ではシルターンの料理は一般的ではなく、特定の地域でしか通常食べることは出来ない。そしてシンゲンはシルターンから召喚された人間だ、長らく故郷の味を食べてはいないだろう。それに話に聞く限りシルターンの料理は日本料理や中華料理に近いようだ、フェアがこれらの料理をマスターすれば私の食生活的にも非常に助かる。利害の一致である
「も、もしやこれは『りくえすと』なるものをしても?」
「うん、良いよ。でもシルターンの料理を学び始めたのは最近だから、無理だったらごめんね?」
「勿論ですとも!そ、それでは……」
彼が要求したものは凄く質素で、それでいてとても大切で温かいものだった